超次元ゲイムネプテューヌ Origins Unknown 作:シモツキ
戦いは、終わった。信次元の今と、これからを守る戦いは、お姉ちゃんの過去との戦いは……もう一人のお姉ちゃんの、思いと願いを懸けた戦いは、幕を閉じた。…もう一人のお姉ちゃんの、敗北で。アルテューヌという存在の、消滅で。
きっと、違う道もあった。もう一人のお姉ちゃん自身が言っていたように、きっとこうならない明日もあった。だけど…その道は、選べなかった。掴めなかった。それがわたしは、辛くて、辛くて……だけど、もう一人のお姉ちゃん自身は、満足していた。心残りはあるのかもしれないけど、受け入れていた。
だからわたしも、進もうと思った。これで良かったとは思わない。わたしの中には後悔が残っている。全力でやった、やれる限りの事をした…そう思っていても尚、この思いは消えてくれない。それでもわたしは、立ち止まれない。もう一人のお姉ちゃんに、見ていてほしいから。もう一人のお姉ちゃんの、最後の願いを聞いたから。わたしが進み続ける限り…わたしの中にある、お姉ちゃんの思いも進み続けられると、思うから。……──そう、思っていたんだけど…。
「……ここは…」
ぼんやりとした、どこまでも広がっているような空間。何もない、だだっ広い場所。ここはどこなのか、どうしてわたしはここにいるのか、どうやって来たのか。わたしは何一つ分からなくて……不意に後ろから、声が聞こえた。
「夢の中よ」
「あぁ、そっか…だからこんな漠然としてるんだね…」
言われてみれば、そんな気がする。なんでそんな気がするのかは分からないけど、言われてすぐに納得した。それも、夢の中だからかもしれない。
…うん、そうだ。確かに寝た覚えはある。だったら夢の中で間違いない。そう思ってわたしは、教えてくれたもう一人のお姉ちゃんに言葉を返して……
「…って、えぇぇッ!?お、おねっ、お姉ちゃんッ!?」
「そうよ?」
「そ、そうよって…えぇ……?」
ぎょっとした。それはもう、ぎょっとした。具体的には、幽霊に会った位に驚いた。…だ、だって…ねぇ……?
「何を驚いているの。言ったでしょう?夢の中だって」
「い、言われたけどさ…夢の中ならそういう事もあるとは思うけどさ……」
クールな顔で言ってくるもう一人のお姉ちゃんに、軽く辟易。…うん、この感じはお姉ちゃんだ…そんな気がする…。
「…本当に、お姉ちゃんなの…?」
「わたしはネプテューヌよ。少なくとも、わたしはそう思ってる」
「そ、っか。…けど、ここは夢の中…なんだよね?なら……」
「わたしはネプギアの記憶の中から作り出された、本物ではない存在…かもしれないって事?」
察して答えたお姉ちゃんに、わたしは頷く。夢っていうのは、記憶から作られるもの。例えるなら、寝ている間にしている妄想…みたいなもの。だから、夢の中だって時点で、『本物じゃない』可能性は常にあって…それも分かっていると言うように、お姉ちゃんは肩を竦める。
「まあ、そう思うのも無理はないわ。だから…そうね、こんなのはどう?わたしがわたししか知らない事、ネプギアが知らない事を言うの。そうすれば、本物だって証明になる筈よ」
「それは…そう、だね(それが正しいかどうかは起きて、お姉ちゃんに訊くまで分からない…とは、言わないでおこうかな…)」
若干目を逸らしながら、再度頷くわたし。それじゃこの場での証明にはならない、と言いたかったけど……あまりにもお姉ちゃんが自信満々に言うから、名案でしょう?…って顔をしているものだから、同意をするしかなかった。
「こほん。それじゃあ…わたしが靴を履く時、いつもどっちの脚から履くか知ってる?」
「うん。知ってるよ。っていうか別に、決めてないよね?大体こっちってだけで、必ずそうって訳じゃないよね?」
「あ、知ってるのね…流石ネプギア、よく見てるわ…。じゃあ、RPGでパーティーの組み合わせを作る時の事なんだけど、わたしはいつも……」
「それも知ってるよ」
「そ、そう…だったら、わたしが隠し事をする時は……」
「知ってるよ」
「なっ……。…え、えぇいそれなら、わたしは寝起きと寝る直前によく──」
「知ってるよ」
「なんで何もかも知ってるのよ!?ね、ネプギアは何者なのッ!?」
さっきとは立場が入れ替わるように、今度はお姉ちゃんがぎょっとした顔をわたしに見せる。というかなんなら、軽く後退る。うーん…そこまで驚く事かなぁ。何者もなにも、わたしは妹だよ…?
「…えっと、お姉ちゃん。訊いておいてあれだけど、別にわたしは疑ってる訳じゃないよ。ただちょっと、いきなり過ぎて理解が追い付いてなかっただけで…」
「そ、そう…それなら良かったわ…」
頬を掻きつつわたしが言えば、同じようにお姉ちゃんも頬を掻いて良かったと言う。…若干、目を逸らしながら。
そう。目の前にいるのがもう一人のお姉ちゃんだって事は分かってる。根拠や証拠がある訳じゃないけど、感覚として分かる。…もしかすると、それも夢の中だからかもしれない。
「…どうして、お姉ちゃんはここが夢の中だって分かっていたの?何か、理由があるの?」
「どうしてかしらね。ただ何となく、そんな気がした…気がするだけなのに、確信を持って言えた。…おかしな話だけど、そういう事なのよ」
「なら、わたしと同じだね。…夢って、そんなものなのかな」
「そんなものよ、多分ね」
「…なら、もう一つ訊いてもいい?」
勿論、とすぐに頷くお姉ちゃん。そのお姉ちゃんの首肯を受け取って…わたしは、問う。
「お姉ちゃんは、どうしてここにいるの?お姉ちゃんが本物なら……」
「…ここに、いる筈がない。もうどこにもいる筈がない…確かに、その通りよ」
言わずに切った言葉を引き継ぐように、お姉ちゃんが、お姉ちゃん自身が口にする。
ひょっとすると、お姉ちゃんは問われる事を想定していたのかもしれない。お姉ちゃんの反応は、そう思わせるもので…わたしが見つめる中、お姉ちゃんはゆっくりと息を吐く。
「…正直、それはわたしもよく分からないわ。こんな事、想定も想像もしていなかったもの」
「そうなんだ…いやでも、そうだよね」
「…だけど、予想なら出来るわよ?例えばネプギアは、わたしが撒いたカオスエナジーに少なからず触れていたでしょう?逆にわたしもネプギアの力…NG粒子だったかしら?…を身体に受けていて、ついでにネプギアは怪我を通じてわたしの解析もしている。だから、お互いの力を通じてわたしとネプギアの間には繋がりが出来ていて…貴女の中に残ったカオスエナジーの影響の残滓、そこに籠ったわたしの『欠片』とでも言うべきものに、繋がりを介して消える筈だったわたしの存在が留まった…とかね」
「そんな事……ない、とも言い切れないか…現にお姉ちゃんは、ここにいる訳だし…」
「でしょ?それか、もっと単純に…シェアエナジーの、シェアの起こした奇跡かもしれないわ。…なんていうのは、流石に少し雑かしら」
「ううん、あり得なくはないよ。だってシェアの…思いの力は、無限大だから。それに…わたしにとっての最高のハッピーエンドには、お姉ちゃんも必要だもん。そのハッピーエンドを、お姉ちゃんは願ってくれたでしょ?」
そうかもしれないし、違うかもしれない。一つだけじゃなくて、複数の要因があるのかもしれない。はっきりした事は、何も分からない。…だけど一つ、断言出来る事がある。理由は分からないけど…確かにここには、お姉ちゃんがいる。わたしの前に、確かにいる。
(…うん、そうだ。お姉ちゃんは、ここにいる。たとえ夢の中だとしても…本当に、いる。あの時消えてしまったお姉ちゃんが、もう会えないって思ったお姉ちゃんが、ここに……)
…………。
………………。
……………………。
「……恥ずかしくないの?」
「ぐふぅうぅぅぅぅ……っ!」
あんな別れ方をしたのに、幸せだった…とか覚えておいて…とか、本当にこれで最後だって感じの事を色々言ったのに、皆にお別れの言葉を掛けていたのに…そんな思考が頭を過ぎって、思わず言ってしまうわたし。それを聞いたお姉ちゃんは…悶絶していた。大ダメージを受けていた。…身体じゃなくて、心に。メンタルに。
「あ、ち、違うよ!?わたしは責めてる訳じゃなくて、ただ思った事を言っただけっていうか……」
「ぎゃん……っ!」
「うわぁしまった!ご、ごめんねお姉ちゃん!えっと… そ、そう!これぞ正に、恥知らずのパープルハート!」
「あッ…ぐぅぅ……」
追撃をしたい訳じゃない。そんなつもりは微塵もない。だけど気付けば、お姉ちゃんはメンタルブレイクしていた。後何故か、呻きが悉く某公国の機動兵器だった。
「分かってる…分かってるわよ…あれだけの事をしたんだもの、恥ずかしいに決まってるじゃない……」
「ご、ごめんね…?責めたかった訳じゃないの、本当にごめんね…?」
がっくりと肩を落とし、わたしより背が高い筈なのにずっと小さく見える程しゅんとしてしまったお姉ちゃんに、わたしは謝る。ま、まさかこんな事になるなんて……。
「…ネプギアって、わたしに対してはちょっと当たりが強くない…?」
「え、えぇ?そんな事はない、と思うけど…」
「…本当に?」
「う、うん。あれじゃないかな…わたしはお姉ちゃんに慣れてるけど、お姉ちゃんはまだわたし程慣れてないから、その差でわたしが振り回しちゃって……って、あれ?つまり、悪いのはわたし…?」
「…………」
「…………」
「……お、お互い切り替えていきましょ、うん」
「そ、そうだね!その方が良さそうだね!」
物凄く変な空気になる中、微妙な顔をしたお姉ちゃんの提案に全力で首肯。うん、これはもう切り替えるしかないよね…!
「…こ、こほん。だから…理由の断言は出来ないけど、わたしはここにいる。いる筈のないわたしだったけど…気付いたら、こうして留まっていた。それが、全てよ」
「…うん。でも…一つだけ、違うよ」
「違う?」
わたしはゆっくりと、首を横に振る。違うと言って、お姉ちゃんを見つめる。一つだけ、どうしても伝えたい事があったから。そして、困惑の表情を浮かべるお姉ちゃんへ…言う。
「だって、お姉ちゃんはいなくなってなんかいないもん。ちゃんとお姉ちゃんは、わたしの中にいる。お姉ちゃんは今も、わたしの中に在る。…そう、約束したでしょ?」
「ネプギア……」
拍子抜けというか、全く以って斜め上の状況になっちゃった訳だけど…あの時交わした言葉が、思いが消える訳じゃない。わたしの中に、思い出と共に、もう一人のお姉ちゃんはいる。だから、いる筈ない…なんて事は、ない。それを、わたしは伝えたかった。
そんなわたしの言葉に、お姉ちゃんは目を見開いた。驚いて、目を伏せて…それからまた、わたしを見る。
「…ねぇ、ネプギア」
「…何かな、お姉ちゃん」
「わたしはいつまで、こうしていられるか分からないわ。ネプギアが目を覚ましたら、それでもう終わりかもしれない。今度こそ本当に、わたしは消えてしまうのかもしれない。…だけどもし、これからも貴女の夢の中にいられるなら…こうしてまた、ネプギアと話せるなら……」
見つめるお姉ちゃんの瞳に浮かぶのは、期待と不安。それはきっと、この奇跡みたいな時間が続いてくれる事への期待と、これきりの奇跡かもしれない事への不安。自分はまだ、ここにいられるかもしれないって思いと…ここにいていいのか、って思い。
その気持ちは分かる。どうして、の部分がはっきりしていないからこそ、期待も不安もしてしまう。だけどもう一つの方は…何も、不安になんてならなくてもいい事。それでも、お姉ちゃんは…もう一人のお姉ちゃんは、不安になってしまったのかもしれない。だからまた……わたしは、言った。
「勿論だよ、お姉ちゃん。これからもまた、話をしよ?沢山沢山、話そ?だって、わたし達は──姉妹、なんだから」
言葉と共に、送る笑顔。お姉ちゃんは肩を震わせて、一瞬表情がくしゃくしゃになって…けれど次には、お姉ちゃんも笑ってくれた。優しくて、温かくて…本当に嬉しそうな、わたしのお姉ちゃんの笑顔を浮かべてくれた。
本当のところは、分からない。わたしの感覚も、自分が本物だって思っているお姉ちゃん自身も、やっぱり全部夢で、目が覚めれば全て消えてしまう泡沫の幻なのかもしれない。…だから、信じる。これが、夢だけど夢じゃないって事を。今ここにある奇跡を。もう一人のお姉ちゃんとの……これからを。
*
戻ってきた日常。帰ってきた日常。表現は、なんだっていい。わたしは、わたし達は、そこに辿り着いた。イリゼを取り戻せた時点で、わたしとしては半分以上満足していたけど…日常に戻ってこれてこそ、本当に終わったと言える。今度もまた、長い道で…それでも力尽きる事なく、望む先へと行き着いた。
ただ、日常といっても、穏やかでなんて事ない時間という訳ではない。少なくとも女神にとっては、そういう時間だけが日常ではなくて……。
『皆、まだまだ上げていく(わ)よーっ!』
腕を突き出し、イリゼと背中合わせでコールを掛ける。会場からの、観客席からの割れんばかりのレスポンスを受ける。…はー…最高、最っ高!さいこーサイコーSai&Co!
…って位のハイテンションで、なんかもう某魔王少女宜しく語尾に☆を付けまくりたい位の高揚感で、皆からの声援を浴びる。…いや、本当最高…最高過ぎる…もし許されるのなら、今から観客席に飛び込んで一人一人に抱き着きたい……♡…あ、間違えて♡付けちゃったわね。
(…本当に、最高だわ。可愛い妹と、志を同じくする女神と、わたし達を信仰してくれる皆の前で思いを乗せて歌う…これが幸せと言わずして、何を幸せと呼ぶのか、って話よね)
心の奥底から湧き上がるような幸福感を噛み締める。元からわたしは人の心を感じるのが好きだし、こういう場に立つとわたしでなくても楽しくなっちゃうものだけど…今は、格別。イリゼを取り戻し、帰ってきた日常と共に感じるこの瞬間は…格別で、特別。
今、わたし達が行っているのはコンサート。イリゼが…守護女神が姿を見せない中でも、日々を懸命に積み重ねてきた皆への感謝を込めた、皆で楽しむ為の時間。
「さぁ皆、まだバテてないわね?まだまだわたし達と楽しむ覚悟は、ある筈よね?」
『おぉぉぉぉーーーーッ!!』
「ふふっ、宜しい!…けど、この辺りで一度イリゼから…オリジンハートから、言葉を貰うとしましょ?」
会場を煽り、響き渡る返答に笑顔を返す。このまますぐに次へ…といきたいところだけど、それは一度堪えて、イリゼを見やる。
折角のコンサートなんだから、最初から楽しく。そう思って開始と同時に一曲目を始めたし、その後も歌ってきたけども、ちゃんと言うべき事が、伝えるべき事がある。だからわたしは、一歩引き…対照的に、イリゼは前へ。
「…皆。知っているとは思うが、私は先日まで、暫く己が国から…神生オデッセフィアから離れていた。君達の中には、その理由を知る者もいるかもしれない。…まずは、申し訳なかった。何も言わず、不在にしてしまった事を…女神の務めを果たせていなかった事を、君達に、この国に住まう皆に、私を信仰してくれる全ての人に、謝罪したい。そして、言い訳もしない。全ては私の力不足であり、守護者であり先導者である女神としての未熟さが招いた結果。…本当に、申し訳なかった」
水を打ったように、会場は静寂に包まれる。イリゼはコンサート衣装のまま、深く頭を下げ…謝らなくていい、頭を上げてほしい、そんな声が上がり始める。式典なら、そのまま静かになっているであろうところだけど…ここは、コンサート会場。顔を上げたイリゼは、感謝するように小さく笑い…けれどそんな声を、手で制す。
「ありがとう。しかし私は受け止め、受け入れなければいけない。反省しなければいけない。…でなければ、神生オデッセフィアをより良い国になど、出来ないのだから。皆の日々を、更に充実させる事など叶わないのだから。そして、感謝もしたい。私が不在の間、国を支えてくれた、私の思いを汲んで為すべき事を為してくれた…何よりこうして待っていてくれた、これまでと変わらず私を思ってくれる、皆に。家族に、友に、国民に…君達に」
ちらりとイリゼが送ってきた視線に、深く頷く。イリゼは伝えた。謝罪も、反省も、感謝も。思いの全てを、自分の言葉で。
そうしてイリゼは、一度口を閉じる。言うべき事は取り零しなく言い切ったと示すように、口を閉じ、ゆっくりと溜め……そして、叫ぶ。
「うん、伝えるべき事は済んだ!この場に相応しいのは、こんな静寂と神妙さじゃない!だから、この話はこれまで!ここからは…もっともっと、熱く激しく楽しんでいくよッ!私と、私達と…皆でッ!」
表情を緩めた…かと思えば、自信満々で威風堂々とした面持ちを浮かべたイリゼの、目一杯気持ちを詰め込んだ呼び掛け。その声に、言葉に、一瞬静寂は深まり、全ての音が消え去って……次の瞬間、皆の感情が爆発する。轟音とすら思える程の、本当に身体がビリビリと震えそうな位の歓声が、応援が響き渡る。
誇らしい。全く以って、誇らしい。これが、これだけの思いを受けるのが自分の妹だと思うと、誇らしさが胸に満ち溢れて…負けていられないって、闘志も燃える。わたしは女神。わたしも女神。神生オデッセフィアの守護女神の立場こそ、イリゼに譲っている…オリジンハートこそが相応しいと思っているけど、皆の思いを受け止め応える者としては、負ける気なんて微塵もない。
「わたしにも、皆の熱をもっと頂戴!次の一曲、ノる準備は出来てるかしら?」
再びわたしも前に出て、ぱちんとウィンク。ヒールの音を響かせて、わたしもにっ、と笑みを浮かべる。
そうして次の曲を、イリゼと二人で歌い踊る。二人の曲も、それぞれのソロ曲も、わたし達は歌っていく。そして、それだけじゃない。このコンサートを盛り上げ、彩るアーティストは…他にもいる。
「ここからは、ゲストのパフォーマンスタイムよ!わたし達のオファーを受けてくれた人達の輝きを、見ていて頂戴!」
「呼んだのは何も、プロや名の通った人達だけじゃない。けれどその技術は、この舞台に相応しい力の持ち主だって事は、私達が保証しよう!」
『それじゃあまずは、彼女達から…どうぞ!』
イリゼと声を合わせて、手を振ると共にステージの中心から離れる。わたし達はステージの端に移動し、最初のユニットが…ある三人が、舞台袖から中央へ駆け出す。
「皆ー!お待たせー!」
「女神様が温めたこの舞台で、精一杯歌いまーす♪」
「だからどうか、聞いてほしい。わたし達の…歌を!」
慣れた様子で、もう完全に『舞台』を知っている余裕と身のこなしを見せる少女が一人。同じく緊張を感じさせない、愛嬌たっぷりの笑みを浮かべる少女が一人。真剣な…凛とした表情で観客席を端から端まで見回す少女が一人。並んだ三人は、一瞬こちらに視線を送り…わたしとイリゼは、頷いて返す。
そんな三人へ向けられるのは、奇異な目。応援の声もあるけど、それはあまり大きくない。だけどそれもその筈、だって三人はここじゃ…
そしてすぐに、わたしの考えは証明される。曲が流れ、三人が歌い始め…その実力、パフォーマンス能力を見せた事で、瞬く間に三人を見る目は変わっていく。
「…やるわね。やっぱり、三人にトップバッターを頼んで正解だったわ」
「だね。…まあ…ちょっと、意外が過ぎる気もするけど…」
苦笑するイリゼに、わたしも軽く肩を竦めて返す。確かにそれはそう。ちょっとどころか…正直、かなり意外。意外過ぎる。まさか、三人にそんな一面があるなんて思いもしなかったから。まさか……スカネク、東ザナちゃん、乙戦ちゃんの三人が、こうして舞台に立ってくれるなんて思ってもみなかったから。
信じられないかもしれないけど、これは真実。真っ先に観客に呼び掛けたのが、普段は落ち着き払っている東ザナちゃんで、惜しみなく笑顔を振り撒いているのが、普段は一貫してクールなスカネクで、いっそもうカリスマ性すら感じさせているのが、普段は柔らかくも武人然とした乙戦ちゃん。前者二人はいつもとキャラが違い過ぎるし、乙戦ちゃんだって驚きのもの。
けれどそれもその筈、何せ東ザナちゃんは自分の次元では本当にアイドルとしての顔も持っているらしいし、スカネクも広報の仕事をよくやったりするらしいのだから。乙戦ちゃんだけは違うみたいだけど…その乙戦ちゃんも実はかなり高貴な家柄の出身らしくて、こういう人前についてはまるで動じていなかった。つまり…三人共、このコンサートへの適性はばっちりだった。
「…で、イリゼ。三人はどうするって?」
「まだ暫くはいるみたいだけど、その後は帰るって。向こうにも…それぞれの次元にも、家族や仲間がいる訳だし。…けど、また来るし、何かあったらいつでも力になるって言ってくれたよ」
「そう。良かったわね、イリゼ」
「む…何よその笑みは…。…嬉しいのは、事実だけど」
また来てくれるようで嬉しい。それを隠さない、素直に言葉にするのもイリゼの良いところ。それに…別に秘密にする訳じゃないけど、嬉しいのはわたしも同じ事。わたしにとっても、三人は仲間で、友達な訳だから。…だからこそ、もし三人が困っていたら、今度はわたし達が助けないと…ね。
それからわたし達も、三人のパフォーマンスに目を、耳を傾ける。歌に、踊りに、表情や仕草の一つ一つに熱中し…三人の後も、アーティストが続く。新進気鋭の若手から、卓越したベテランまで、プロアマ問わず会場を盛り上げ、自らの良さを披露していく。皆の頑張る姿は、見ていて気持ちの良いもので…けれどやっぱり、こう思う。女神として、イリゼに負けたくないように…今はアーティストとして、皆に負けたくないって。
「皆ー、ありがとー!皆の熱、皆の思い、皆の輝き…全部見せてもらったよ!」
「こんなに素敵なものを見せてもらったんだもの、だったらこの流れを引き継ぐわたし達は、もっと心が震えるような、全身が沸き立つようなものを皆に見せてあげないとね!いくわよ、イリゼ!」
『追憶の華!』
再び舞台の中心に立ったわたし達。次に披露するのは、わたしとイリゼの新たな曲。会場に、皆に響かせる為の歌。
これは、今日のコンサートは、皆で楽しむ為のもの。皆に楽しんでもらうんじゃなくて、わたし達も含めた皆で、楽しみたくて企画したもの。そして…これからの為のもの。その為に、これからを目指して、わたし達は唄う。わたし達の思いと、皆の思い…全部の気持ちを、重ね合う。
*
つい先日、イリゼはセイツと一緒に、神生オデッセフィアでのコンサートを成功させた。コンサートはこれまでも結構やってるし、コンサートっていう単独のイベントだったとはいえ…ずっと国から離れていた、当然進んでない仕事や出来ていない事が沢山ある筈の状況で、テキパキと準備や皆の了解を当て開催に、成功に繋げたイリゼ達はやっぱり凄いと思う。二人の能力は勿論だけど、これまでの経験だったり、実績だったり、身の振り方だったり…そういう一つ一つのものが繋がって、成功させられたんだと思う。急な話でも、皆協力してくれたんだと思う。…それが、前までのわたしと、イリゼ達の差。わたしと、皆との違い。今更もう、それについては何も言わない。全部、事実だから。それが皆の凄さで、女神らしい姿で…わたしに足りていないところだったから。
変わらない。どれだけ後悔したって、泣いたって、過去は変わったりしない。原天界帰なんてものを知った今、過去は絶対変わらないとまでは言えないけど…やっぱり普通は、変えられない。…だけど、それで良い。失敗だって、間違いだって、わたしの歩みだから。その先にいるのが今のわたしで…そういう事も力に変えて進むのが、これからのわたしだから。
「皆、今日はこうして来てくれてありがとう。今日の為に、努力を重ねてきてくれてありがとう。こうして開催出来るのは、皆のおかげよ」
壇上に立ち、声を響かせる。わたしを見つめる皆へ、わざわざこうして足を運んでくれて各国の人達へ、感謝を伝える。
勿論、来てくれた皆だけじゃない。催しっていうのは、運営する人がいて初めて成り立つもの。女神だけじゃ、出来ないもの。だから、共にここまで作り上げてくれた皆にも、ありがとうって気持ちを届ける。
「プレオープンの時にも多くの人に楽しんでもらえたとは思うけど、同時に多くの反省点、改善点も見つかったわ。わたし自身もそうよ。駄目な部分が、変わらなきゃいけない部分が沢山あると、痛感したわ」
反省点、改善点。わたしが痛感したのは、そんな言葉じゃ収まらないような…どうしようもない、自分の駄目さ。でも流石に、そこまでは言わない。女神が自分は駄目だ…なんて語るのは良くないどころの騒ぎじゃないし、そもそもこんな場でそんな話をされても、全員反応に困るだけ。というかわたしとしても、そこまでは語りたくない…。
「だけど、そのおかげで今、より良くなった形で本番を迎える事が出来た。月並みな言葉だけど、失敗は成功の元よ。たとえ失敗しても、そこから立ち上がれば、再び進む事が出来る。その事を感じてもらえれば、わたしは嬉しいわ」
失敗は成功の元…言葉にすれば簡単だけど、本当はそんな簡単な事じゃない。転んで辛い中、立ち上がって更に進もうとするなんて、大変な事なんだから。…だからこそ、プレオープンからここまでこぎつけた、より良くしてきた皆の事を、凄いと思う。そんな凄い皆の成果を披露出来る事が、わたしは誇らしい。
わたしは振り向く。ネプギアを見て、来てくれた女神の皆を見て、それから視線を前に戻す。そして大きく息を吸い…言う。
「だから皆、これから存分に、頑張ってきた皆の凄さを感じて頂戴!誇って頂戴!パープルハートの名において──プラネテューヌ大博覧会の開催を、宣言するわ!」
ここまで長かった。本当に長かった。良い事も悪い事も沢山あって…その結果の、今がある。
…さてと。真面目な語りはこの位にして…わたしも楽しまないとね。だってこれは…わたしがやりたくて、わたしが始めた企画なんだから。
「お疲れ、相変わらず言葉だけは立派ね」
「もう、言葉『だけは』じゃなくて、言葉『も』でしょ?」
「まあ確かに、貴女の努力は評価に値しますわ。これまでの事を思えば、わたくし達が同じような事をするよりも、更に大変だった事でしょう」
「これまでやってきてないからこそ、だな。んで、ここからネプテューヌはどうするんだ?」
「それは勿論、わたしも見て歩く…と言いたいところだけど、この後もやる事があってね。ま、そういう訳だから徹頭徹尾…この大博覧会の『主催者』として、楽しませてもらうわ」
だから、皆も皆で楽しんで。そうわたしはノワール達へと伝え、視線をネプギアへと向ける。ネプギアだって頑張ってくれたし、プレオープンの時はこんぱやあいちゃん達と同じように、ネプギアにも凄く迷惑を掛けてしまった。そんなネプギアには、今度こそたっぷり楽しんでほしい、と思っていたんだけど……
「ほーら、行くわよネプギア!」
「ネプギアちゃん。わたしね、見てみたいものたくさんあるの」
「わ、わっ…!そんな、二人共引っ張らなくたって…!」
「自分で意図したのとは違う形で見て回る事で、分かる事や気付ける事もある…ってね。すみませんネプテューヌさん、暫くネプギア借ります!」
左右の手をそれぞれにロムちゃんとラムちゃんに握られ、歩いていく…というか、連れていかれるネプギア。ぺこりと頭を下げるユニちゃんに軽く手を振り、わたしは見送る。…どうやら、わたしが何か言うまでもなかったみたいね。…ネプギアも、本当に良い友達を持ったものだわ。
「……ふふっ」
「どうかしたの?ネプテューヌ」
「散々ヘマした、結果的にアルテューヌという脅威を生み出す原因にもなったわたしだけど、それでもこうして皆がいてくれる。理由はどうあれアルテューヌの側に回っていたネプギアにも、友達がいてくれる。…わたしもネプギアも、皆に助けられて、支えられて、そのおかげで今があるのよね」
「…それは、私や皆も同じ事だよ。女神も、人もそう。それが、私達の守る信次元でしょ?」
怪訝な顔をするセイツへ、心に浮かんだ言葉を話す。それを聞いたイリゼは小さく笑って…皆もそれに、微笑み頷く。…そう、その通り。それが、わたし達の信次元。これからも守っていく、かけがえのない場所。
「それじゃ、特設ステージの方へ行ってくるわ。わたしの楽しみにしていた機械の発表があるから、良かったら見にきて頂戴」
「ふぅん…ねぇ、ネプテューヌ。貴女…今は自分を、どう思ってる?」
ドレスのスカートの裾を翻し、歩いていこうとしたところでわたしを呼び止める声。振り返れば、見つめているのはノワールの瞳。ノワールだけじゃなくて、皆がわたしを見ていて……そんな皆へ、わたしは答える。
「そうね…どこまで行っても、何があっても、わたしはわたしよ。だから、これからもわたしらしく頑張るわ。わたしが望む、皆が笑顔でいられる未来へ……皆の力を、借りながらね」
言葉と共に笑みを返して、わたしは歩いていく。反応は待たない。そんなの待たなくたって…わたしを見る皆の顔が、柔らかな表情が、何よりの答えだったから。
そうしてわたしは皆と離れ、スタッフの案内を受けつつすぐ近くの特設ステージへ。ここで紹介するある発明品を、わたしが実際に使ってみるという宣伝をしたからか、既に結構人が集まっていて…定刻になると同時に、わたしはステージの上へ立つ。
「集まってくれた皆、待たせたわね。今日紹介するのは…なんとこちら、全自動プリンマシンよ!」
ばっ、と目隠しとして被せていた布を取り、盛大に発明品を…プリンマシンをお披露目する。舞台上のスクリーンにも、マシンが大きく映し出される。…思わず実演販売とかTVショッピングみたいな言い方になっちゃったけど…まあそれは気にしない。
「よっ、待ってましたー!どんなプリンマシン?どんなプリンマシンなのっ!?」
「騒ぐな騒ぐな、女神と同じ顔してるお前が注目を集めたら面倒な事になるだろうが」
「…こうして見ると、クロワール…いや、くろっちって大きいねぷっちの良いストッパー役だよな」
「確かに…てか、注目を集めたら面倒なのは、サイズとかシルエットが教祖と似てるクロワールもなんじゃ…?」
「二人揃って同じ国のトップと似ている…どころの存在じゃないのは、運命めいたものを感じるね」
聞こえてきたのは、おっきいわたし(いや、今は女神化してるから大きい…?…って話だけど)とクロワール、うずめにくろめにウィードくんの、観客席からこっちを見つめる五人の声。こうしてこの五人が、普通に過ごしてるっていうのも色々感慨深いものがある…けど、今はプリンマシンの方が大事。
「それじゃあ、このプリンマシンの説明だけど…至って簡単よ。電源を入れて、材料を投入して、後は待つだけ。それでいて、普通のプリンは勿論、好きな材料を入れる事でオリジナルのプリンが作れる優れものなの、凄いでしょう?」
そう。これはプリン好きにとって、夢の様なマシン。今はまだ結構な大きさだし、コスト的にも一家に一台…とはいかないけど、将来的にはそれが出来るようになればと思っている。だってそうすれば、間違いなく世の中は今より素晴らしいものになるんだもの!
…という事で、早速実演開始。好きな材料を、とは言ったけど、今回は分かり易さ、伝わり易さを重視して、シンプルなカスタードプリンを作る事にする。
「ただ入れるだけだから、小さい子や、料理初心者でも簡単にプリンが作れるのよ?勿論すぐに完成する訳じゃないけど、完成までの時間をどれだけ有益なものに出来るかも、プリンを待つ上での楽しみよね」
完成品がこちら、って事も出来たけど、今回は皆の目の前で完成した物を、皆に披露したい。だからわたしは、皆に暫く待ってもらう事にして…その間は、わたしのトークで繋ぐ。折角だから何人かのお客さんにステージに上がってもらったりもして、待っている間も賑やかな時間にする。実演販売から今度はトークイベントみたいになっちゃったけど…皆楽しんでくれたみたいだから、全然問題ない。
そして、必要な行程の全てが終わり、マシンが完了の音を鳴らす。待ち侘びたその時が訪れ……完成したプリンが、ぷるんと揺れながら姿を現す。
「さあ、遂にプリンが完成したわ。という事は…お待ちかねの、実食タイムよ。見た目はどこからどう見ても、完全にプリン…これがどんな美味しさを秘めているのか、凄く楽しみだわ」
リハーサルでも一度作ってはいたけど、実はその時実食まではしなかった。味わうのは本番で、と決めていたから、食べてみるのはわたしも初めて。だからこそ凄く楽しみで…でもその気持ちを抑えながら、落ち着いてわたしはスプーンを手に取る。皆の注目を受ける中、一口掬い…口へと、運ぶ。
(…こ、これは……)
咀嚼し、舌で味わい、飲み込む。もう一口食べて…わたしは一度、スプーンを置く。そして皆を見回し……言う。
「…凄いわ。見た目だけじゃなくて、食感も完全にプリンよ。冷え具合も丁度良いし、スプーンを差し入れた瞬間の感触なんて、プリンマシンで作ったと知らなきゃ判別が付かないレベルだもの。本当に、革新的な発明よ。……ただ…あ、味はちょっと…うん、その…伸び代しかない、わね…」
誤魔化そうかとも思った。それっぽい言い方で、お茶を濁す事も考えた。…でも、わたしは言った。ストレートではないけれど、一応オブラートには包んだけど…味はまだ、明らかに問題がある、と。後、何故か某一人で賛否を言う動画みたいな言い方になってしまった。
(…まあ、こういう雰囲気になるわよね)
結果、変な静まり方をする観客席。こうなる事は分かっていた。料理において、味に難があるのは致命的だし、こういう場で問題点を言ってしまう事自体、普通はない事だから。…でも……
「…だけど、わたしは感じたわ。このマシンから、これを作った人達から、可能性をね。確かにまだ、完璧じゃないわ。改良や改善を必要とする部分は、色々あるわ。…でも、それでいいの。大切なのは、完璧である事じゃない。大博覧会は今が本番だけど、絶対的なゴールじゃない。駄目なところがあったなら、それを踏まえて先に進めば…進んだ先で別の失敗をしたとしても、更にそれも『次』に繋げられたのなら…それは完璧ではなくても、『成功』なんだから。成功は勿論、失敗ですらも…懸命に『挑戦』したからこそ、生み出されるものなんだから」
観客の皆を、ステージ横で真剣に見つめる開発陣の人達をゆっくりと見回して、開会式の続きのようにわたしは話す。
「だから皆も、挑戦をしてみて頂戴。どんな事でもいい、小さくてもいい、勿論失敗してもいい。挑戦しなくちゃ、何も進めないから。挑戦すれば、小さくても、転んで怪我をしたとしても…きっと前に進める筈だから。一歩一歩は小さくても、挑戦を重ねていけば、初めは遠く見えた未来でも辿り着けるし…そういう人達が増えていけば、もっともっとプラネテューヌは、信次元は良くなる筈だから。そしてわたしも、挑戦を続けるわ。皆が挑戦出来るような…転んでも立ち上がって、また前に進めるような国にしていくと、約束するわ」
わたしは知った。挑戦するだけなら気持ちだけでも大丈夫だけど、成功させるのは凄く難しいんだって事を。失敗したら辛いし、現実を目の当たりにしたら苦しくなるし、怖くて動きたくなくなる事を。…それでも、自分は一人じゃないって事を。いつだってわたしの周りには皆がいて、支えてくれていて…そんな皆に応えたいなら、やっぱり挑戦し続けるしかないって事を。駄目駄目でも、迷惑ばっかり掛けていても、一歩一歩を大事にして、辛い事でもちゃんと受け止めて、次に繋げて…自分で頑張るところは全力でやって、でも頼った方が良い時はばっちり任せる事が、本当に大事なんだって事を。
沢山、教えてもらった。助けてもらった。だから今があるし、これからもある。だからこそ…今度はわたしが、助ける番。皆の挑戦に協力して、応援する番。そうして…皆で挑戦していきたい。皆で未来を、目指したい。
いつの間にか、わたしに送られていたのは拍手。それにわたしは手を振り、笑顔を返し…主催者として、大博覧会を回っていく。プレオープンの時は、どんどん焦って、心が苦しくなっていった。だけど今は、きっとあの時よりちょっとだけ前に進めた今は……幸せな、気持ちだった。
*
あの日からここまで、長かった。分かっていた事だけど…やっぱり、凄く長く感じた。遠い場所を、辿り着けるかどうかも分からない先を目指す道のりで…何が何でも掴んでみせるとは思っていたけど、だとしても大変だった。
けれど、大変ではあっても、苦しい道のりではなかった。苦労は沢山あったけど…間違いなく、充実していた。そしてそれは、此度の戦いもそう。騒動が起きて良かった、とは思わないけど…得られたものは、確かにある。
「…準備、完了ね」
真剣そのものな声音で、セイツが言う。それに私と、イストワールさんが頷いて返す。
ここは、神生オデッセフィア教会のシェアクリスタルの間。嘗てプラネテューヌの魔窟にあった、私が眠っていた場所…そこにあった、もう一人の私の遺したものを移設させた、シェアエナジーに満ちた場所。
「これまでに得てきた…先日のコンサートで更に得た、シェアエナジー。仮想空間形成装置による多くのシミュレートと、各次元や世界の皆さんが訪れた先に発生した、創世の片鱗のデータ。長い歴史の中で積み上げられてきた叡智と、オデッセフィア時代に行われた…いえ、行って頂いた準備。そして…原天界帰という、想定外ながらもこの上なく有用な技術の発見。…偶然が味方した部分も少なくないとはいえ、本当によくここまで整ったものです」
「うん。アルテューヌ、貴女のおかげで私は遂に辿り着けた。貴女がいなければ、もっと長い時が掛かっていたかもしれない。だから…ありがとう」
続くイストワールさんの言葉にも頷き、私はアルテューヌに感謝を伝える。最後の時は、言っても混乱させてしまうだろうから、ちゃんと言えなかったありがとうを。
「確かに、わたし達にとってアルテューヌ…というか原天界帰の存在を知れた事は大きなプラスだし、その点ではわたしも感謝してるけど…とんでもない目に遭わされた張本人がそれを言うなんて、ほんとにイリゼは優しいわね。お姉ちゃん、もっと好きになっちゃうわ」
「いやまあ、それはそれ、これはこれだしね。…一応訊くけど、今のは皮肉とかじゃ……」
「まさか。いつだってわたしは、イリゼ大好き氏よ?」
「それだとファンのファンとかファンのアンチとかファンのアンチのファンとか出てきそうで嫌なんだけど!?」
全く変な事を…と軽く流せればいいのに、どうしてもつい全力で突っ込んでしまう。女神の姿でも、守護女神として色々心の持ちようも分かった筈の今でも、こういうところは中々変わらない。…まぁ、本気で変えたいって訳ではないけども…セイツもセイツで私の感情を感じて喜んでるし、まぁいいんだけども…。
「…でも、本当にここまで辿り着けて良かったよ。私だけじゃ絶対辿り着けなかったし…私とセイツとイストワールさんだけでも、きっと辿り着けなかった。皆がいたから、数え切れない程の人達の頑張りによって『今』が作り上げられてきたから、私達もここまで辿り着けた。女神の本質はシェア、そしてシェアの本質は繋がりだって、思いだって、改めて実感するよ」
「そうですね。女神も人も、一人では限界はあります。どうしたって出来ない事があります。だからこそ、誰かと手を取り合うのですし、そうする事で、一人では超えられない、辿り着けない先へと手を届かせる事が出来る…それが女神の、人の何よりの強さだと、わたしは思います(*´∇`*)」
「ほんと、そうだよね。…うん、本当にそう。私はなりたくて守護女神になったけど、望んでももらえて守護女神になれたけど…こうしてやってこれたのも、間違いなく皆のおかげだから。本当に、本当に…人って、信次元って、素敵だと思う」
全てが全て、良い訳じゃない。私が目覚めて以降だけでも、幾度となく次元規模の危機は訪れているし、歴史を紐解けば、そういう事は信じられない程数多く起こっている。今はまた平和を取り戻せたけど…小さな問題、小さな争いは、沢山ある。まだ失われてしまったまま取り戻せていないものもあるし…私達の目に見えていない、手の届いていない悲しみや苦しみを抱えている人も、きっといる。
それでもやっぱり素敵だと、私は思う。今はまだ解決出来ていない事や、幸せになれていない人も、いつかきっと…と信じられる。その為に、私も頑張り続ける。私の手で、皆を幸せにしてみせる。…そう、思っていた私だけど…小さく笑ったセイツは、肩を竦める。それから、私の事をじっと見つめる。
「ふふ、そうね。だけど…一つだけ違うわよ、イリゼ」
「え?」
「確かに信次元は、良い次元だと思うわよ?だけど…信次元が素敵なんじゃなくて、貴女が素敵な女神になれた……そういう事だって、わたしは思うわ」
「あ……」
セイツの言葉で、はっとする。…分からない。本当にそうかどうかなんて、分からない。だけどもし、そうだというのなら…ただただ信次元が素敵な次元で、皆が良い人だから、私が守護女神としてやってこれたんじゃなくて……私がちゃんと、私もちゃんと、皆の思いに応えられる…信じてもらえる守護女神になれていたからこそだというのなら…それは凄く、嬉しいと思う。
「…えへへ…うん、そう信じるよ。皆が信じてくれる私だって、それがオリジンハートだって…私自身が」
「えぇ。…さて、と…それじゃあ、始めましょ」
三度目の、首肯。そして私は中央に、セイツとイストワールさんは左右に分かれて、私達は並び立つ。
これから始めるのは、約束の…願いの成就。女神は諦めない、常識だの摂理だのには囚われない、真に望むものは必ず掴んでみせるのだという、私達の証明。
緊張する。上手くいくかの不安がないと言えば嘘になる。でも、止める気はない。絶対成功させるんだって気概はある。何より、ずっと望み、願い続けてきた事なんだから…最後まで、突き進むのみ。
「…すぅ…はぁ……」
ゆっくりと深呼吸し、意識を集中させる。神経を研ぎ澄ます。女神の姿のセイツと、イストワールさんと共に、機械を、術式を起動させる。シェアエナジーの光で部屋の中は更に満たされ、温かさが全身を包む。
(ねぇ、オリゼ。私、ここまで来たよ。あれからも報告してるから、知ってると思うけど…守護女神になって、色んな事をしてきたよ。楽しい事も、辛い事も、戦いも、政治も…本当に、沢山の事をしてきたんだよ)
心の中で語り掛ける。もう一人の自分へ、呼び掛ける。そうする事で、更に意識は研ぎ澄まされる。光はより強くなり、シェアエナジーが渦を巻く。
これまでも、色々な事があった。これからもきっと、色々な事がある。それで良い。それが良い。それが、歩みってものだから。時には平坦な道をゆっくり進むのも良いけど…やっぱり駆け抜けてみたり、乗り越えてみたりもしたいから。転んだり、倒れたりする事もあるだろうけど…諦めずに進み続ける力が、繋がりが、私にはあるから。あると信じているから。皆が…信じさせて、くれるから。
「…だから、見てほしいんだ。感じてほしいんだ。あれからの、私の…私達の歩みを。神生オデッセフィアを、信次元を。希望を、未来を」
声に出す。伝えるように、届けるように。どんどん光は強くなる、輝き煌めき溢れ出す。
「それから、私は…また、一緒にいてほしいんだ。皆に、オリゼに……一緒に!」
何度も見てきた、シェアの光。信じる力の、希望の…奇跡の光。それが今、ここにある。奇跡の光が、瞬いている。奇跡は思いの先に、信じた先にあるんだって…この光が、何よりの証拠となって示している。
「だから……一緒に『これから』を歩もう、オリゼ!」
思いを、願いを、私の気持ちの全てを懸けて、今そこにある奇跡へ届ける。セイツと、イストワールさんと…シェアに込められた思いと心を重ねて、輝く奇跡に手を伸ばす。
シェアの光は収束する。一際強くなって、全てを包み照らす程の閃光となって、視界を、部屋を、埋め尽くす。そして……
「────イリゼ。セイツ。イストワール。…ま、また…会えました、ね」
眩い光が収まった時、シェアが、シェアエナジーが、奇跡が一つの形となった時…そこにいたのは、一人の少女。人の姿の、私と同じ容姿をした…もう一人の、私。もう一人のイリゼ。複製体ではない……私。
「うん。待っていたよ──オリゼ」
奇跡は、果たされた。あの時の…お別れの時に、可能性を示されると共に結んだ約束は、確かにここで本物になった。
私は笑う。私達は、笑い合う。じわりと浮かぶ、喜びの涙を拭って…心からの笑顔で、家族との再会を果たす。これは奇跡、けれど幻想じゃない。だって…歩み続けた先の、思いを束ねた末の、私達で掴んだ奇跡だから。だからこそ、これからも続く。続いていく。それが……私達の、未来だから。
信次元・ゲイムギョウ界。思いが力に、感情が形に、夢が未来に姿を変える世界。誰もがそれぞれに、それぞれの道を歩む。自分という、物語を紡ぐ。最早あるべき形相からは完全に隔てられ、道の先にあるものなど分からない、道標すらないからこその……無限の可能性を、秘めて進む。だからこそ、そこでは今日も様々な人間が、笑い、泣き、満たされ、迷い、時に挫けそうになりながらも…同じように歩む誰かと手を取り合って、自分の未来を描いていく。
今回のパロディ解説
・「〜〜恥知らずのパープルハート!」
ジョジョシリーズの一つ、恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-の事。ネプギアは無自覚に鋭い発言をしてしまう…そういうところ、あると思います。
・某公国の機動兵器
ガンダムシリーズに登場するMSの一つ(三つ)、グフ、ギャン、アッグの事。勿論某公国というのは、ジオンの事です。呻き声がMS…というのは、特にグフの場合は他の作品でもあったりしますよね。
・Sai&Co
歌手である(きゃろらいんちゃろんぷろっぷ)きゃりーぱみゅぱみゅさんの曲の一つの事。この時のセイツは本当にハイテンションです。興奮してるどころか、もう色んな意味で危ないレベルでしょう。
・某一人で賛否を言う動画
お笑いコンビ、霜降り明星の粗品こと佐々木直人さんのネタ(動画)の事。ただぁ!…と、強めには言っておりません。別にこの時のネプテューヌはコントをしてる訳でもないですしね。
・「〜〜イリゼ大好き氏よ?」、「〜〜ファンのファン〜〜アンチのファン〜〜」
お笑い芸人、キモトウトサさんのネタに登場するキャラクターの事。主に表情からヤバい人感がありますね、大好き氏。そしてセイツも、上記の通り時々ヤバい感じになりますね。
・「〜〜違うわよ、イリゼ」、「〜〜信次元が素敵なんじゃなくて、貴女が素敵な女神になれた〜〜」
生徒会の一存シリーズのヒロインの一人、桜野くりむの台詞の一つ(二つ)のパロディ。エピローグ恒例のパロネタ、今回は新生徒会の一存からやってみました。やはり今回もこれで締められて良かったです。
今話のエピローグにて、OUの本編は終了となります。今作を読んで下さった皆様、Originsシリーズを追って下さっている皆様、お付き合い頂きありがとうございました。今作も、本当に楽しく書く事が出来ました。
ですがまだあります。まだあとがきと、設定集がありますので、後少しだけお付き合い下さい。
そして…唐突ですが、ここからなんとコラボを挟みます。『超次元ゲイム ネプテューヌG 蒼と紅の魔法姉妹-Grimoire Sisters-(橘 雪華さん作)』、『並行世界の放浪者(feldeltさん作)』、『空次元ゲイムネプテューヌ〜月光の迷い人〜(ほのりんさん作)』、『ガラルのワイルド散歩(愛月 花屋敷さん作)』、『冥次元ゲイムネプテューヌ(ロザミアさん作)』、『大人ピーシェ番外編 追憶のアサシン(ノイズシーザー(旧ノイズスピリッツ)さん作)』との(計六作品との)、前後編の二話完結となりますが、あとがきの前にコラボが入ります。こちらも是非読んで下さいね。