ターフを去ったあの娘達   作:テルミ(ざわテル)

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何もかもを追い越して

異次元の逃亡者

 そう呼ばれるウマ娘が居た。

 何もかもを置き去りにし、影すらも踏ませない彼女の走りに人々は、"夢"を見た。

 栄光、偉業、快挙。千差万別な夢を見せる彼女もまた、"夢"を見る。

 勝利、制覇、連覇。そういった類のものでは無い。

 誰よりも、何よりも早く――

 先頭に立つ者のみ見ることのできる景色。

 さらにその向こう側。それこそが彼女の見る、"夢"だった。

 

  *                *                *

 

 スペちゃんへ、

 前略

 昨日、ロスを発ちました。

 この手紙はバスの中で書いています。

 これから東の方に行ってみようと思うの。モニュメントバレーってスペちゃんは聞いたこと、ある?

 ずっとね、ずっとずっと真っ直ぐな道が広がってるんだって。

 ずっと風が吹いていて、周りにはなんにもなくて、『世界の果て』なんて言われているらしいの。

 そんなところを思いっきり走ってみたり、ゆっくり歩いてみたり、風に誘われるまま進んでみるのも面白そうだって思わない?

 私だけかな。

 

 ちょっと遅れちゃったけど、引退レースおつかれさま。中継で見てたの。

 すごいレースだったね。最後まで目が離せなくて、早朝なのに声まででちゃったの。

 その時にね、ちょっと日本が恋しくなっちゃったかも? たぶん、スペちゃんがそこに居るからなのかもしれないね。

 お互い引退しちゃったけど、いつか一緒に走ってみて、スペちゃんの風を感じてみたいなぁ。

 いくらスペちゃんでも、先頭の景色は譲らないけどね。

 

 あ、そろそろ着くみたい。

 またお手紙くれると、嬉しいな。

 帰る時はまた、連絡するね。

 かしこ

 

  *                *                *

 

 どこまでも続く青い空、赤茶けた荒野がどこまでも続くこの場所では、まるで時間が止まってしまったかのような感覚に襲われる。雪も降らなければ雨も降らない。春でも夏でも秋でも冬でも変わらないここはまるで、別世界のよう。

 吹き付ける乾いた風は岩を削り、塵となったソレを運びながら先に行く。そうして削られていった巨大な岩山は今、何を思っているんだろう。

 そんなことを考えながら一歩一歩、踏みしめてみる。砂を踏む度に響くシャリ、シャリ、という音が心地良い。芝を踏むことの方が多かったからどこか新鮮で、思わず口元を緩めてしまう。

 

「風も音も、気持ち良い……」

 

 その声すらも風は攫って行く。どこまでも遠く、どこまでも高く、わがままに気ままに行く先の景色に思わず胸が高鳴る。

 世界の果て。そんなことはないけれどどうしても、そう思わずにはいられない。その果てに私は今、立っている。前にも後ろにも誰も居ない。これが果ての、先頭の景色。

 星は見えないけれど、私の瞳がそれだけ輝いていることだけはなんとなく、感じていた。

 

「……ちょっとだけ、走ってみようかな」

 

 景色は見るだけでなく、感じるもの。風の音も砂踏みの音も追い越した先の景色を"感じてみたい"。

 身体は既に、心を追い越していた。

 気付いた時には固い荒野を踏みしめて、あの地平線の先を目指し、駆ける。髪を撫でる風を切るように追い越してもまだ、足は止めない。

 最高速へ向かうにつれ、世界から音は消えていく。心地良いリズムを刻む砂音、気ままに遊ぶ風の音。先に行く者はもう、居ない。何もかもを置き去りにした先頭の景色は今、私のものだ。

 "景色"を感じた私の心には感動だけでなく、困惑も混ざり合っていた。

 

「これは……何?」

 

 日本で見た先頭の景色、たくさんのレースで見た先頭の景色、どれとも違うソレに名前を付けるのであれば"神秘"であるのかもしれない。

 どれだけ速く、どこまで遠く走っても、私の目に映るのは赤茶けた岩々だけ。その景色が変わることはない。

 音も景色も何もかも、変わらない。まるで時間が止まってしまっているみたい……いや、もしかしたら私は今――

 "世界"すらも、追い越しているのかもしれない。

 錯覚なのかもしれない。そんなことは不可能かもしれない。けれどこれが"世界の果て"の神秘なのか、不思議とそう思わざるを得なかった。

 やっと、やっと見えたのかもしれない。

 スピードの向こう側。静かで、どこまでも綺麗で……ううん。そんな言葉じゃ言い表せられないコレが、私が見たかったもの。求めていたもの。これが――

 

「私だけの、景色……!」

 

 このままどこまでも行ってしまおう。この景色はずっとずっと私の、私だけのもの。

 先頭は誰にも、いや、何者にも、譲らない。

 

   *                *                *

 

 スズカさんへ

 前略です!

 こんばんは!いや、そっちだと……こんにちは?おはようございます……?

 この間は素敵なお手紙、ありがとうございました!

 世界の果て、なんて素敵ですね! 私も落ち着いたらアメリカ、行ってみようかなぁ。

 英語はエルちゃんとグラスちゃんにお任せ、です!

 

 スズカさんが引退レース見てくれたお話、すっごく嬉しかったです!

 レースは負けちゃったけど……全力でみんなと走れたから、悔いもなにもないんです。

 スズカさんに思わず声を出させるくらいの走りもできましたしね。どんな声が出たのか、ちょっと聞いてみたかったです。

 

 そうそう、この間のお手紙でスズカさんが書いてくれたこと、実現するかもしれないんです!

 ドリームトロフィーリーグってスズカさん、知ってますか?

 引退したウマ娘達だけで行うレースがあるらしいんですけど、私とスズカさんに招待状が届いてるんですよ! 学園側は今スズカさんがどこに居るかわからないからーって私に預けられたので、手紙と一緒に招待状も同封しています。

 あれ、でもこれちゃんとスズカさんに届くかな……もし届かなかったら……その時は私が走って行きます!ウマ娘ですから、海くらい越えられます!

 私、ずっと楽しみにしてたんです。スズカさんと走れることが。

 一緒に走って、スズカさんを感じて、見てみたいんです。スズカさんの言う先頭の景色が。

 楽しみにしてますね。それと、先頭の景色は私に譲ってもらいますからね!

 

 他にもしたいお話はたくさんありますけど、続きは日本に帰ってきてからにしましょう。

 待ってますね!

 かしこ(かしこって、どういう意味なんですか……?)

 

   *                *                *

 

 一年ぶりに見た日本の景色はどこか新鮮で、どこか懐かしいような気がした。

 聞きなじみのある言葉で溢れる空港、見覚えのある文字、アメリカとは違う少し湿気の含んだ空気。それらが氷漬けだった記憶をゆっくりと融かしてくれているみたい。

 その足取りも思わず心なしか跳ねているみたい。

 自由に走れるのだったら、どこでも良い。そう思っていたはずなのに。この場所を好きになれた"理由"は私を見つけると手だけでなく尻尾も大きく振って、笑顔でこちらに駆け寄ってくれた。

 

「おかえりなさい! スズカさん!」

 

 勢い余って抱きついてしまうスペちゃんに私も応える。零れそうになった涙を見せないように強く、強く抱きしめた。

 迎えてくれた私もこう告げる。あまりにも短いその言葉に、たくさんの意味と気持ちと、感謝を込めて。

 

「スペちゃん」

 

 ――ただいま。

 

 

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