その後、各所への報告と簡単な整理が終わったあと。
イズモ「そういえば、うちのセントラルドグマって今どうなってたっけ。カエデ、知ってる?」。
カエデ「中心域の柱を抜いたついでに、これ以上延伸できないよう粉々に砕いたわ」。
カエデ「そのあとイノセさん達が偶然設置した十七番目の柱以外は、全部破壊したはず」。
イズモ「そうだ、それで今は大型戦艦の格納庫になってたんだっけ」。
イズモ「使用頻度が低すぎて、完全に忘れてたわ」。
イズモ「久しぶりに、エヴァパイロットにでも会ってくるか」。
通路を進んでいると、ちょうどアスカとすれ違った。
アスカ「あんた、聞いたわよ」。
アスカ「クデュックとヴィレの間の時間軸のパラレルワールドに行ってきたんですって」。
その背後、二人の影に隠れるようにして視線を向ける人影がある。
シンジの声が、かすかに聞こえた。
だが、彼の表情はどこか他人のようだった。
イズモ「アスカか。久しぶりだな」。
イズモ「何年ぶりだ。……一年と一ヶ月くらいか?」。
イズモ「ところで、今少し時間あるか。話したいことがあってな」。
アスカ「いいわよ。少しなら」。
カエデは一歩引いた位置で二人を見て、心の中でため息をつく。
どうせまた、シンジの話や音楽だのシンクロテストだのと話が膨らんで、時間いっぱいになるのだろう。
まあ、全部終わったあとのアフターケアと思えばいい。
イズモ「俺がNERVから異世界転移したあとの話、聞かせてくれないか」。
アスカ「いいわ」。
アスカ「地球降下後の話から、地下神殿のこと、加持さんの死亡、それとニアサードインパクトまで」。
十分ほどかけて説明を受けたイズモは、驚きながらも、どこか安堵した表情を浮かべていた。
NERV以外の視点から語られる世界は、無力だと思い込んでいた過去の自分を裏切るものだった。
可能性があり、頼もしさがあった。
横で聞いていたマリは、明らかにつまらなそうな顔をしていたが、話自体はきちんと聞いていた。
人を簡単に信用しない彼女なりの距離感なのだろう。
話を総合すると、先ほどまでいた世界と大筋は同じだった。
違うのは、そこにイズモとアリス艦が存在しなかったことだけだ。
イズモ「ありがとう」。
イズモ「さっきまでいた世界と、ほとんど同じだったから正直驚いたわ」。
アスカは首を傾げ、イズモをまじまじと見る。
アスカ「……あなた、なんて名前だったっけ?」。
次の瞬間。
カエデ、カヲル、マリの三人が同時に吹き出した。
アスカははっとして、自分の言葉の意味に気づき、顔を赤くする。
イズモ「ちょっと待て」。
イズモ「アスカ、記憶喪失か?」。
空気が一気に変わる。
イズモは慌ててリツコのもとへ向かった。
リツコ「……うーん。原因は分からないわ」。
カエデ「あの、アスカは結構あるんです」。
カエデ「自我が強い人が行き詰まって、戻れなくなるタイプの心的外傷性の症状だと思います」。
リツコ「なるほどね」。
リツコ「本人にとって思い当たりがある、あるいは忘れてしまったほうがいいと感じた人物や出来事が複数ある」。
リツコ「それに対する心の防衛反応だと考えると、辻褄は合うわ」。
リツコ「仮説一としては十分成立する」。
イズモ「エヴァパイロットとしての過度なストレスで、心を守るための記憶喪失、か」。
リツコ「詳しくは検査するけど、現段階で分かるのはそこまでね」。
リツコ「とりあえず入院してもらうわ」。
リツコ「それから記憶の復元方法を考える」。
そう言って、カエデは病室を確保するために足早に去っていった。
イズモ「……そろそろ現役引退させて、別の仕事を探してあげた方がいいのかな」。
アスカ「何言ってんの」。
アスカ「引退なんてしないわ」。
アスカ「働き続けたいのよ」。
アスカ「それに、たぶん私は、いくら新しい装備になっても一生弐号機から離れられない」。
アスカ「こいつを捨てておけない気がするの」。
アスカ「たとえ全部の記憶を失っても、弐号機に乗り続けたい」。
イズモ「……アスカの意思は尊重する」。
イズモ「でも、君のいる世界線、どれも精神崩壊起こしてるから正直すごく不安なんだ」。
アスカ「それも、なんとなく分かってる」。
アスカ「精神を保つための存在と、それを支えてくれる人がどれだけ大事か」。
アスカ「今更になって気づいたの」。
アスカ「それに、もうあなた達に救われた借りがある」。
アスカ「ここで何もしないなんて、できないわ」。
アスカ「それくらい、あんただってそうでしょ?」。
イズモ「……まあ」。
イズモ「どっちにしろ、記憶が戻るまでは出撃させない」。
イズモ「いいな」。
三分ほど、互いに苦笑しながら言葉を交わしたあと。
アスカは少し照れたように手を振り、その場を後にした。
イズモ「どうやったら、記憶戻るんだろ」。
イズモ「一般的なのは追体験」。
イズモ「もしくは、強い衝撃を伴う出来事」。
イズモ「でも、イレギュラーで、記憶そのものを貪る何かがあるパターンもある」。
イズモ「最悪、記憶データベースから移植するか?」。
カエデ「生身に行った記録があるの、イズモさんくらいしかいません」。
カエデ「しかもイズモさん、正確には生体部品百パーセントなだけですし」。
カエデ「実質、前例はないですね」。
イズモ「これも無理かぁ」。
イズモ「アスカ、AI化反対派だもんな」。
カエデ「だから、少しずつ色々試すしかないね」。
静かに、長い時間が流れ始めていた。