過去の追憶   作:最上 イズモ

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07:破壊

一か月ほどが過ぎても、アスカの記憶は戻らなかった。

原因もきっかけも掴めないまま、回復待ちという名の停滞が続いていた。

 

イズモ「ここまで回復しないとなると、何か大きな原因があるはずだ」

イズモ「待てよ……一か月前、アスカが突然記憶喪失になった瞬間、ドローンが飛んでなかったか」

イズモ「もしかしたら、あのドローンに何か……」

 

その瞬間、室内に羽音が落ちた。

一羽の小鳥が、どこからともなく現れる。

可愛らしさはなく、無機質な瞳が鈍く光っていた。

鳥は床に小さな発光体を落とすと、痕跡を残さず消え去った。

 

その直後から、イズモの中で何かが削られていく感覚が始まった。

大切だったはずの記憶が、砂のように指の隙間からこぼれていく。

 

イズモ「このこと……カエデやみんなに……」

イズモ「……カエデ?」

イズモ「誰だ、それ」

 

名前を口にした瞬間、胸の奥が空白になる。

なぜその名前を知っているのか、なぜ言おうとしたのか、それすら分からない。

 

半日後、その違和感すら完全に失われた。

それでも、今まで作り上げてきた装置や研究成果は残っていた。

イズモはそれを見て、自分はまだ大丈夫だと無理に納得した。

 

そんな折、アスカの記憶が回復し、退院が決まった。

そこから、事態は静かに、しかし確実に悪化していく。

 

イズモは自分の家にいるはずなのに、まるで他人の家で生活しているような感覚に陥った。

そして、カエデの存在を、ただのメイドロボットのようにしか認識できなくなっていた。

記憶が薄れていく恐怖を、ようやく自覚する。

 

イズモ「……これは、さすがにまずい」

 

彼は誰かに相談することを決めた。

 

リツコ「イズモくんも記憶喪失……」

リツコ「しかも、鳥型の何かが光る物を落とした直後に記憶が消えたですって」

リツコ「……まずいわね」

 

リツコはカエデの病室で資料を広げ、状況を整理していた。

 

リツコ「一応、記憶のバックアップはあるから復元はできるわ」

リツコ「でも、根本原因を潰さない限り、また消される」

 

眉間に皺を寄せ、考え込む。

さらに半日が過ぎても答えは出なかった。

 

リツコ「……何かあるはずよ」

 

防犯カメラの映像を洗い直すと、問題の場所に確かに鳥型ドローンが映っていた。

だが、その足取りを追うと、ある地点で忽然と消えている。

そこは、空間圧縮区画と通常空間を繋ぐ廊下の境界だった。

 

リツコ「こんな芸当ができるのは、空間設備課の人間か、イズモくん本人……」

リツコ「それか、幻想郷支部の紫だけね」

 

リツコは即座に判断する。

 

リツコ「幻想郷支部へ行きましょう」

 

紫は、いる時といない時がある。

本人曰く「幻想郷をフラフラしてないと世界の秩序が乱れる」らしい。

イズモは、これから待ち受ける残酷な結末を、まだ知らなかった。

 

夜。

幻想郷支部で、紫に映像を見せる。

 

紫「これは隙間を応用した空間圧縮じゃないわね」

紫「それなら、私たちにも分からない」

 

イズモ「君以上に詳しい人なんて、僕の知る限りいないからさ」

 

リツコ「そういえば……数か月前、空間設備課で不祥事があったわね」

リツコ「今、保安部の独房に入ってる人がいたはず」

 

紫「リツコ、悪いことは言わないわ」

紫「これは保安部に任せて、イズモくんのケアに専念してあげなさい」

 

その直後だった。

サーバルーム付近で、爆発が起きた。

 

リツコ「被害状況は?」

カエデ「サーバルームより爆発を確認しました。近くのオンラインカメラにアクセスします」

 

映し出された映像には、異様な光景が広がっていた。

サーバルーム内に、無数の花びらと鳥が舞っている。

 

それは、イズモとアスカの記憶を消した鳥だった。

この鳥には、記憶操作に近い能力がある。

 

解き放たれた鳥たちは、人々の記憶を次々と奪っていく。

 

リツコ「隔壁閉鎖。機動部隊を派遣して」

リツコ「敵は鳥よ」

 

ミサト「了解」

 

本部の隔壁が次々に閉じられ、防衛区画が形成される。

セキュリティレベルを最大まで引き上げ、機動部隊が動き出した。

 

だが、排気口から投入された戦闘ドローンは、次々と墜落した。

プログラムが、完全にリセットされていた。

 

リツコ「……まさか、プログラムまで消されるなんて」

 

リツコ「こうなったら、隔壁内に硬化ベークライトを満たすしかないわ」

 

イズモ「どうせ、俺は元々記憶が曖昧だ」

イズモ「俺が行くよ」

イズモ「記憶が完全になくなっても動けるように、油圧式パワーワードスーツを使う」

イズモ「腕にメモ帳を付けて、遠隔で指示を飛ばしてくれ」

イズモ「最悪、ずっと鳥を殺せって書き続けてもいい」

 

リツコ「バカ言わないで」

 

正論だった。

二人は同時に舌打ちする。

対策は万全に整えた。

問題は、これ以上、イズモのような人間を出さないことだった。

 

イズモ「ダミーシステムのデータ、残ってる?」

リツコ「この前の戦闘のならあるわ」

イズモ「それでいい」

 

イズモ「俺の記憶領域に接続して、ダミーシステムを流し続けてほしい」

 

リツコ「分かったわ」

リツコ「暴走したら、イズモという人格は消える」

リツコ「それでもいいのね?」

 

イズモ「いいよ」

イズモ「リツコなら、やること分かってるでしょ」

 

イズモはダクトから対象区域へ侵入した。

鳥が記憶を消すよりも早く、ダミーシステムが脳内を埋め尽くす。

彼は無心で、鳥型ドローンを破壊し続けた。

 

数十分後。

サーバルームは、イズモ以外、完全に無人になっていた。

 

奥に、今まで見たことのない存在が立っていた。

全身が筋繊維のように浮き出た、女子高生ほどの体格。

薄く白い、人形のような姿。

 

トレーシー「僕のことはトレーシー。砂霧・沙和だよ」

 

イズモ「話してもらおうか」

イズモ「全員の記憶と、このサーバルームの損害、どうしてくれる」

 

トレーシー「無理だよ」

トレーシー「リンクが散乱しちゃったから、復旧なんてできない」

トレーシー「証拠もないし、逃げることもできない」

トレーシー「アハハ、絶望だね」

 

イズモ「理由は?」

 

トレーシー「簡単だよ」

トレーシー「君たちへの見せしめさ」

 

紙切れを差し出す。

 

イズモ「そんな曖昧な感情で計画立てるなんて」

イズモ「組織にとって危険でしかない」

 

トレーシー「まあ、そうだよね」

トレーシー「じゃあ、ここにいる全員の記憶、消すね」

 

次の瞬間、空気が震えた。

一斉に衝撃音が響き、予備戦力まで無力化される。

援軍は、もう来ない。

 

記憶損失数、約十二万人。

とてつもない被害を残し、事件は形だけ穏便に幕を閉じた。

 

リツコ「報告を聞きに来たわ」

リツコ「アスカ、あなた……前からこんな症状あった?」

 

イズモとトレーシーの記憶を最後に失い、アスカは人に戻った。

だが、幼児退行を起こしていた。

創造能力だけは、失われていない。

 

リツコ「診断結果は、普通……」

リツコ「これじゃ、どうしようもないわね」

 

特定の条件で記憶が戻るらしいが、その条件は分からなかった。

 

幼少期に特撮が好きだった影響か、想像した武器を次々と具現化する。

そのため、専用の子供部屋が建設された。

子供たちとは、テレビ通話で繋がっている。

 

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