常世総ての悪、悲劇の坩堝の主(時給980円)   作:sugar 9

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大変お待たせしました。


第10話 しょうますとごーおん、みたいな

「……シェリー、ちょっと下がってて」

「? はい……」

 

 シェリーが副学長室に置いてあった資料を熱心に読み込んでいるのを視界の端に収めながら、さりげなく金目の物を物色していたシドだったが、テオのものではない足音と魔力を察知したシドはシェリーとドアの間に立つ形でドアの方へ視線を向けた。

 

「失礼します……」

「あれ、ニューじゃん。どうしたの?」

「シド……様……」

 

 副学長室に入ってきたのは、シドの見知った顔だった。後ろで一つにまとめた深い茶色の髪に、野暮ったい丸眼鏡、それらをまとっても尚美人であるとわかる容貌。ニューは、ひどく憔悴した様子でシドの方へ視線を向けた。

 

「わた、しは……」

「……シェリー、ちょっと待ってて」

「は、はぁ……」

 

 普段の彼女からは想像できないほど憔悴した様子のニューを見て、なるほど、そういうシチュエーションかと影の実力者センサーで即座に察知したシドは、困惑しているシェリーをそのままに、震えているニューを連れて廊下に出た。

 

「で、どうしたの?」

「申し訳、ございません。作戦行動中に、テオ・アークノと接触、こちらを一般生徒だと勘違いしたテオ様が……私を庇い教団の者と交戦状態に……っ!」

 

 

 

 

「……ん?」

 

 シドは「それのどこが問題なの?」という間抜け極まる問いかけをすんでの所で飲み込んだ。

 

「っこの失態は、私の命を以て……っ!!」

「よせ」

 

 今にもスライムゼリーから錬成した剣でもって自刃しかねない勢いのニュー。拳から血が出んばかりに握りしめて報告するニューに対して、シドは感銘を受けていた。なるほど、これは演技派だ。ガンマが日は浅いが既に使えるといったのもうなずける、と。

 

「お前は為すべきことをした。失態はない」

「ですが……私は、テオ様を……っ!」

 

 シドはニューの唇に人差し指を当てる。ニューの頬が赤くなるが知ったことではない。

 

「あの程度の者たちに、テオは遅れは取らない。それだけのことだ」

「それは……一体……?」

 

 ニューの脳内が困惑で満たされる。

 

 確かに、テオ・アークノは、アークノ家始まって以来の天才として、剣の腕もそれなり以上のものがある。だが、それはあくまで表の世界での評価に過ぎない。ブシン祭にて名を馳せた実力者ですら一兵卒に収まってしまう。そういった世界なのである。言い方は悪いが、表の世界の実力者、で収まってしまうテオが生き残れるとは思えない。ニューはそう考えた。

 

 まぁ、シドとしてはそんなことはどうでもよく、いかにすればこの状況から陰の実力者ムーブをできるかどうかしか頭にない。

 

 

 

 ここ最近の陰の実力者、シド・カゲノーの悩みの種は、現在進行形で話題に上がっているテオの扱いについてである。これまでは魔神という大役であることに加えて、本人のモチベが今一つだったため、テオを積極的に陰の実力者ムーブに加え入れることはしなかった。

 

 しかし、魔剣士学園来てからというもの、テオのモチベが過去類を見ないほどに高まっている。シドが本気を出しても死なない数少ない存在であるテオがやる気になっている間にやりたいことは多い。それはもう多い。

 とはいえ、テオ自身もまだまだ本番の経験は浅い故に、一度魔神役がハマってしまえばパーフェクトに近いものの、そこに入るまでの準備が雑というべきか、常日頃、いついかなる時でも魔神モードに突入できるような心構えがまるでなっていないのである。

 

(うん、そうだね。相手は美的センスゼロのニュービー。予行練習にはありかもしれない)

 

 となると、厄介なのがテオの立ち位置的に最もおいしい瞬間である「敵の正体が実は大切な人でした」をやるにあたってテオがノれるかノれないかが運否天賦なのは非常に危険がデンジャーで危ない。

 出来るか怪しいのならば練習あるのみ、努力できる陰の実力者であるシド・カゲノーは今の状況をその練習としてうってつけの舞台であると判断した。

 

 

 

 

「……知りたいか?」

「っ…………」

 

 ここまでを0.2秒の間に思考し終えたシド改めシャドウは改めてニューに向き直り言葉を紡ぎだす。

 その言葉に乗せられた重みは計り知れない。かつて、ニューがシャドウガーデンの面々に助けられ、この世の真実を求めた時、そこから一歩踏み出せばもう元には戻れないその一線を、ニューは再び感じていた。

 

「今夜、全てが終わった後、再びここに来ると良い」

「それは……どういう……」

 

 とっさに組み立てた展開のため、ニューが疑問を投げかけようとしているのを無視してシドはしゃべり続ける。

 

「但し、そこで見たものは全て他言無用。他のシャドウガーデンの面々へも、だ」

「え……?」

 

「決めるのは、お前だ」

 

 勢いだけで押し切ったシドはそれだけ言い残し、副学長室へと戻って行ってしまった。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「なぁ、俺はこう考えている。神とは、姿なき故に神なのだと」

「…………」

 

 荒れ果てた研究室に、ディアボロスの語りが滔々と響く。見るも無残な長机に腰掛け、目の前で座り込むレックスに語り掛ける。レックスはひび割れた壁に半分埋まるような形で座り込んでおり、その両手足は醜くひしゃげていた。

 

「何も特別なことではない。人は、無意識のうちに己より高き者を求める。今の自分に満足できない。満ち足りていない。埋まらない鬱憤を理由づける何かが欲しい。その果てにして始まりこそが、姿のなき神なる者なのだ。はるか高きにおわす何者かが斯く在れかしと決めたのだから仕方ない。むしろ満ち足りているお前たちこそが悪なのだとな」

「…………」

 

 研究室にはディアボロスとレックスだけではなく、レックスの部下達も死屍累々と言った様相で転がっていた。いずれも僅かに胸が上下していることや、うめき声が時折聞こえることから辛うじて息があることがうかがえる。

 

「…………」

 

 ふと、言葉を途切れさせたディアボロスは長机から立ち上がり、座り込んだレックスに歩み寄ったかと思えばしゃがんでその顔を覗き見る。息はあるようだが、恐怖にゆがみ見開かれた眼は虚空を見つめていた。

 

「…………ごめん、どの辺から聞いてなかった?」

「…………」

 

 これまでとは全く異なる、この場には似つかわしくない緊張感のない声色でディアボロス改めテオは意識などとうの昔に手放したレックスに向けて問いかける。無論、反応が返ってくるはずもない。

 レックスの胸に手を当てる。上下していることから息絶えているわけではないことを再度確認した後、テオはため息をつきながらすでにボロボロの長椅子に腰掛け、頬杖をついた。

 

「んー、マズった。ほっとくってわけにもなぁ……」

 

 ひとまず意識を失って伸びているシャドウガーデン(自称)の面々をひとまとめにして縛り付けたは良いものの、当然テオはそのような点に関してはてんで素人である。目が覚めたら容易に抜けられることも想像できてしまう。

 研究道具はニューに渡した。彼女の素性をテオは何も知らないが、少なくともテオ視点では悪人には見えなかった。

 

「んーーーー…………」

 

 テオはしばらく考え込んだかと思えば、手拍子を1つして結論を出した。

 

「おし、ニューさんを信じよう」

 

 少なくとも、この魔力が使えない状況がなくなるまではこの場を離れるべきではない。テオはそう判断し、性善説に身を委ねることにした。

 

「じゃあ後やることは……」

 

 そういいながら、テオは窓の方へ向かい、今なおテロリストに占拠されているであろう校舎を眺めた。流石にもう逃げ遅れもいないだろうに、テロリストがそこいらでたむろしている様子が見られた。

 

「……お掃除?」

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 シェリーがアーティファクトの調整を始めてから早数時間。すでに日は沈みかけ、部屋も暗くなっているが、シェリーは時間の経過にも気づいていないかのようにアーティファクトの調整に没頭していた。

 

 既に副学長室の金目の物をさりげなーく盗む中で気づいてはいけないタイプの真実に気づいてしまったシドは手持ち無沙汰になりながら今後のパターンを1400万と605パターンほど網羅した時、シェリーが久しぶりに声を出した。

 

「でき、ました……!」

「おー、おめでとう」

 

 シェリーが額の汗をぬぐいながら誇らしげに強欲の瞳の制御装置を掲げる。シドからしてみれば、調整前と何が変わったのかまるで分からないが、まぁ出来たというのだから出来たのだろう程度のふわふわ認識だ。

 

「アーティファクトはこれで良いとして、隠し通路は?」

「は、はい、確か、ここを……」

 

 そういいながら制御装置を片手に立ち上がったシェリーは近くの本棚に歩み寄り、並ぶ本のうちの一つを押し込んだ。すると、重苦しい音と共に、本棚が動き、そこから地下へと続く階段が現れた。

 陰の実力者を目指すくらいには性根がオトコノコなシドは目を輝かせたものの、シェリーは緊張しているのかそんなシドの様子に気づく様子はなかった。

 

「シ、シド君、何から何まで、本当にありがとうございました……っ!」

「お礼ならテオにいったげてよ。多分きっと今もこの学校のどこかで戦ってるはずだ。早くいって、この状況を何とかすれば、きっとテオも助かるよ」

「っ……はい!」

 

 一瞬何かを言いよどんだシェリーだったが、首を振って言うのをやめ、シェリーは勇ましい歩調で一歩一歩階段を下りて行った。

 

「……さて」

 

 シェリーの姿が完全に見えなくなるまで見送ったシドは、それまで顔に張り付けていた社交辞令スマイルを引っぺがし、副学長室の窓から見える大講堂を見据え、状況を確認する。

 まず、すでに夕暮れ時を過ぎ、日は殆ど沈みかけている。すなわち夜である。素晴らしい。天井窓から漏れる灯りが、今なお事態は膠着状態にあることを示している。エクセレンツ。つまりこれから陰の実力者ムーブをする余地がたっぷりあるということである。マーベラス。

 

「いいね、楽しくなってきた」

 

 この学園内で多くの者が命の危機にさらされていることなど知らんとでも言わんばかりに、シドは楽しいおもちゃを見つけた幼子のような純粋な笑みを浮かべながら夜闇へと消えていった。

 

 

―・―・―・―

 

 

(……レックスは、死んだか)

 

 今だ絶望に打ちひしがれている学園の生徒が大半を占める大講堂にて、一人魔力探知を続けていた痩騎士は無感動にそう判断した。特段不思議なことは無い。いくらレックスが教団内で有数の実力者であるチルドレン1stとはいえ、痩せ騎士からしてみればろくな場数も踏んでおらず、本当の強者との戦いなど経験しているはずもない者など捨て駒程度の価値しかない。

 

(……問題は)

 

 すでに痩騎士の思考は一瞬ではあるが探知した莫大な魔力の方へと移っている。

 即座に強欲の瞳によって吸収されたためおそらく、外部に漏れたということは無いだろう。しかし、それはその魔力の主が気まぐれで魔力を収めたにすぎない。痩騎士にそう確信させるだけの威圧感とも呼べるものがその魔力にはあった。

 候補としては2つ。1つは、近頃教団に牙をむいているという謎の集団、シャドウガーデン。

 

 そしてもう1つが、

 

(魔人、ディアボロス……)

 

 今のところは、精神崩壊したゼノンによる要領を得ない報告と、王都の夜空を埋め尽くした黄金の魔力のみがその存在の証左となっている何者か。

 痩騎士はその報告を与太話としてとらえていた。魔人という言葉は今や表の世界ではおとぎ話のそれであり、少し力を持っただけの愚か者が自身を魔人と称した事例など枚挙に暇がない。それを見たのが、いくら次期ラウンズ候補とはいえ実力的にはラウンズに及ぶべくもないゼノンとあってはその信憑性はないに等しいものだった。

 

 しかし、先ほどの魔力が、もしその魔人によるものだとしたら。

 シャドウガーデンと魔人ディアボロス。二つの不確定要素は、瘦騎士の思考を乱すには十分すぎるものだった。

 

(……こやつらもだ)

 

 一度思考の蓋が開けば、教団が寄こした人員への不満が、痩騎士の心の内で沸々と沸き立つ。

 

 レックスなど未だマシな方、まともに警備の仕事をこなしているならば万々歳。ひどいものは人質を的にして遊びだす始末。

 

 これが、今の痩騎士が持っている力。表向きはそれなりの身分を持っていても、ひとたび教団の身分を思い出せばこの程度。かつてラウンズに列していた頃とは比べるべくもない、表の身分を最大限利用して辛うじて今の立場にすがっているだけの己の脆弱さに苛立ちが抑えられない。

 

(……だが、それも間もなく終わる)

 

 もとより、このような烏合の衆未満の者達など最初から勘定に入れていない。今こうしている間にも愛らしく愚かな少女がこの事態を解決するべく動いていることだろう。

 

「あと少し……あと少しだ……」

 

 焦燥にかられる本能を抑えながら、痩騎士はひたすらにその時を待った。

 

 

 

 

 それは、唐突に訪れた。どこからともなく投げ込まれたアーティファクトが輝いたかと思えば、強欲の瞳が形成していた魔力を吸収する空間が打ち消されたのだ。

 いち早くそれに気付いたのはローズ・オリアナ。手近にいた教団員から剣を奪い、反撃に転じた彼女を皮切りに、生徒たちは一斉に手近にいた教団員に襲い掛かった。

 

 しかし、それだけでは状況が転じるはずもない。いくらローズ達が魔剣士学園に所属する魔剣士の見習いとはいえ、教団員はいずれも非道な手段でもって鍛え上げられている。実力者ともなれば話は別だが、魔力を吸収され、精神的にも疲弊しきっている素人など物の数ではなかった。

 

 一瞬盛り返した学生たちの勢いは、嘘のように萎んでいき、彼らの旗印であったローズの首に教団の刃が迫った時、

 

 

「我らはシャドウガーデン、陰に潜み、陰を狩る者」

 

 そこに、それらは現れた。陰を身にまとった謎の一団、シャドウガーデン。彼らの実力は教団員を優に凌駕しており、特にその先頭にいた頭目と思わしき者の実力はまさに一騎当千。瘦騎士がたとえ全盛期であったとしても勝てるかどうか、という実力者であった。

 

(……………)

 

 自身の部下が蹂躙されていくのを尻目に瘦騎士は投げ込まれたアーティファクトを拾い上げた。見間違えるはずもないそれは、強欲の瞳の制御装置。それも、完全に調整が完了した状態のものである。

 

 痩騎士が手にした強欲の瞳とは別のアーティファクトに魔力を込める。すると、学園中で爆発が発生し、瞬く間に学園中に火の手が回り始めた。

 

 もはや用はないとでも言わんばかりに、痩騎士はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 痩騎士が訪れた先、まだ火の手が回っていない副学長室に、彼女はいた。

 

「何か、御用でしょうか? ルスラン・バーネット副学長?」

「……君は」

 

 痩騎士改め、ルスラン・バーネットの視線の先にいたのは、薄い金色の髪をいじりながら、その黄金の瞳で同じくルスランを見つめ返す見目麗しい少女、テオ・アークノだった。

 

「何故、気づいた?」

「状況証拠。あとは、歩き方とかでしょうか」

「なるほど、良い目をしているね」

 

 そういいながら、ルスランは兜を脱ぎ、自身の顔を露わにした。その瞳は以前までと変わらぬ優しげなものであったが、テオの目にはそれがひどく空虚なものに見えた。

 

「……何故どうしてとは、聞かないのかね?」

「喋ってくれるんですか?」

「事態は収拾に向かっているが、外の連中が気づくにはまだかかる。これから殺すんだ。いくらでもしゃべってあげよう」

「では遠慮なく」

 

 普段なら、少なくともルスランが覚えている限りではいつ何時でも浮かべていた太陽のような笑顔は鳴りを潜め、真剣な表情でテオはルスランに向き直った。

 

「シェリーのお母さん、殺す必要はありましたか?」

 

 その質問に対して、ルスランの眉がほんの少し動いた。しかし、それだけであり、それ以上のことは何もない。

 

「ふむ、どこまで把握しているのかな?」

「あなたはブシン祭で優勝し、しかしその後すぐに病に倒れ、剣の道を閉ざされた。あなたはその栄光を取り戻すべく、何でもやった。文字通り、何でも」

「おおむね正解だ。おまけして満点をあげよう」

 

 ルスランはテオに対して、小馬鹿にしたように拍手を送った。

 

「ディアボロス教団では、最高幹部には文字通り不老不死が与えられる。しかし、剣が取り柄の者がその剣を奪われた結果など語るべくもない。私はその恩恵にあずかる間もなく幹部の座を退くしかなかったのだ」

 

 ルスランは懐から、強欲の瞳とその制御装置を取り出した。

 

「だが、不老不死の命だ。病程度で諦めがつくはずもない。だからこそ私は他のアプローチを考えた。それがこれだ」

 

 テオはルスランに問いかける。

 

「そのアーティファクトを奪うべく、それの研究者、シェリーのお母さんを殺した、と」

「いいや? 最初は同じ道を志す友だった。それもまた事実だ。だが、彼女はこのアーティファクトの人体への転用に反対し、あろうことか危険だから国に管理してもらおうなどと言い出した。人道に反するとな」

 

 ルスランは沸々と怒りをたぎらせるかのように口調を激しくさせていく。

 

「薬品臭い部屋にこもり切りで、絶頂からの転落も知らなければ、病が命を蝕む恐怖すらも知らない愚物が! 訳知り顔で、善人面しながら人道に反するなど! 滑稽極まるとは思わんかね!」

 

 ルスランの瞳に、剣呑とした光が宿る。そこには、先ほどまでの好好爺然とした人のよさそうな笑みはなく、野心に心を焼かれた者の狂気を感じさせる笑みがあった。

 

「だから、殺しながら教えてあげたのだよ。四肢の先から順に刺しながら、最後には心臓を刺し、ねじ切った。自身の肉体が死体へと変わっていく感触を、嫌というほどにね」

「…………」

「シェリーは何も疑わずに私に付いてきた。母親をなぞるかのようにアーティファクトの道を志し、あの若さで国一番の研究者に名を連ねた。賢しく愚かな自慢の娘だ」

 

 対するテオの表情は動かず、じっとルスランのことを見ていた。ルスランはほんの少し眉を寄せながらそんなテオを見て首を傾げた。

 

「……君は、評判と違ってずいぶんと冷淡なのだね」

 

 明るく天真爛漫。しかして頭脳明晰で剣にも長けた時代の寵児。しかして、挫折も転落も知らなければこの世の闇も知らない愚か者。それが、ルスランから見たテオ・アークノだった。

 

「ごめんなさい、ちょっと考え事してました」

 

 それに対して、テオはさして動揺しているようには見られなかった。普通そのようなことを副学長がやっていたと知れば、激昂するなり混乱するなり、いずれにせよ何らかの大きな反応が返ってくるとルスランは考えていた。

 

「そうだよね……それは私の勝手。勝手に教えて、勝手に満足して、傍から見たらそんなもんか」

 

 自分の中で何らかの踏切がついたのか、目を閉じて数回うなずいた後に、テオはいつも通りの笑みを浮かべ、ルスランの方を見据えた。一瞬、ルスランの向こう側にある副学長室の入り口のドアに視線を向けるが、すぐに視線をルスランの方へ戻した。

 

「お待たせしました。もう大丈夫です」

「もういいのかい?」

「はい、聞きたいことは大体聞けたので」

 

 そういいながら、テオは腰にぶら下げていた剣を引き抜き、構えた。

 

「そうか、では、名残惜しいが終わりにしよう」

 

 ルスランも同じく剣を引き抜き構えた。

 

「ふっ!」

 

 一息でルスランとの間合いを詰めたテオが大上段から剣を振り下ろした。それをルスランは体の軸をずらし、最小限の動きで回避する。

 

「ちょっ!?」

 

 テオの表情が驚愕に染まる中、返す刃で、ルスランの刺突がテオの体を貫いた。かつてブシン祭の頂点に輝いたその剣は、寸分たがわずテオの心臓を貫いた。

 

「すまないね。今の私では君ほどの相手となると、四肢から順番に、とはいかないんだ」

 

 テオの瞳が見開かれ、その口から血が流れだす。

 突き刺さった刃を引き抜き、血をぬぐい、鞘に収めた。

 

「天才とはいえ、これではな……」

 

 倒れ伏したテオを冷たい目で見降ろしながらルスランはため息を1つついた後に、本来の目的である証拠の隠滅をするべく本棚に歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

「お父……様…………?」

 

 その声が聞こえ、ルスランはため息を1つついた後に、声がした方を向いた。副学長室の入り口にて立ち尽くす、桃色の髪の少女。シェリーは、何が起こっているのかわからない、といった呆然とした表情を浮かべていた。

 

「全く、明らかに素人だからと気配がしても放っておいたが、よもやシェリーとはな」

「何、で……」

 

 血だまりの中倒れ伏すテオと、返り血で濡れたルスラン。そこから導き出せる結論は、1つしかない。

 しかし、シェリーの本能が、目の前の情景を嘘だと断じて認識しようとしない。

 

「嘘、ですよね……? お父、様……」

「全く、愚かで無知な娘のままでいたなら捨て置く準備もあったというのに。好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものだ」

 

 瞳を動揺で揺らしながら、うわごとのような口調で問いかけるシェリーに対して、ルスランは一度収めた剣を再び抜き放った。

 

「さようなら、あの世で愚かな親子共々仲良くするといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、黄金の魔力が溢れ出した。

 

 ルスランの剣士としての本能が最大級の警鐘を鳴らし、視線を無理やりシェリーからそちらに移す。

 

 そこにいたのは、夜闇に浮かび上がるかのような「純白」であった。

 それが纏う純白のローブが、学園を燃やす炎の光を照り返して輝く。その顔は禍々しい紋様が刻まれた仮面によって覆い隠されているが、そこにあるはずの死体がないことから、目の前の存在が誰なのかは容易に推察することができる。

 

「……まさか、君だったとはね」

 

 白いローブをまとった仮面の少女。教団の情報網にかかった数少ない「かの者」の外見的特徴と一致する目の前の存在。そして何より、今にも飲み込まれんばかりの黄金の魔力。

 

「魔人ディアボロスを騙る、愚か者」

 

 テオ・アークノ改め、魔人ディアボロスが、ルスランの前に悠然とたたずんでいた。

 

 




レックス君は全カットの犠牲になりました。次はさすがにちゃんと書きます。
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