常世総ての悪、悲劇の坩堝の主(時給980円)   作:sugar 9

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今回シリアス率高めです。


第11話 やってしまったこと

 

「これは傑作だ。まさか君が、魔人を騙る愚者だったとは」

 

 ルスランは小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、ディアボロス、テオを見据えた。その言葉に反して、彼の頬には冷や汗が伝っていた。

 

(これが、魔人。なるほど、そう騙るのも頷ける)

 

 ディアボロスの自然体に見えるその佇まいは、しかして歴戦の剣豪であるルスランの目を以てしても隙らしい隙は見当たらない。美しさすら感じさせる佇まい。

 そして、そんな体を包み込んでなお有り余る黄金の魔力。実力のある魔剣士に見られる練り上げられ、鋭さを増した魔力がそのまま可視化出来るほどにあふれ出している。

 

 認めよう、目の前の存在はラウンズに位置する実力者だ。

 

 だからこそ、ルスランには分からなかった。

 

「わからないな。君ほどの強者が、わざわざ魔人の名を騙るなど」

 

 ルスランは言葉を紡ぎながらも油断なくディアボロスを見据え、剣を構える。

 ルスランの言葉に対して、ディアボロスが初めて言葉を紡ぎだす。

 

「下らん」

「何?」

「俺が魔神()であることを、何故お前らなどに伺い立てねばならん。お前らはあれか? 俺の紛い物でも崇めているのか。大層な趣味だな、励むといい」

 

 あきれた様子で微笑みながら、心底馬鹿にした口調でそういうディアボロス。肩をすくめるその様に、少なくともルスランにとっては隙は見られなかった。

 

「が、こうも偽物偽物五月蠅いと癪に障るのが人心というものだ」

 

 そういいながら、ディアボロスは右腕を悠然と横に伸ばし、

 

「どけ」

 

 小虫を払うかのように横に振った。

 

 

 瞬間、ルスランは警鐘を鳴らす本能に従い殆ど反射で体勢を下げた。

 

 次の瞬間、先ほどまでルスランの首があった位置に魔力で構成された刃が振りぬかれ、周辺にあった資料や家具等が紙切れのようにたやすく引き裂かれた。

 

 死んでいた。あんな児戯のような動きで漫然と放たれた一撃が、理性でもって対応していたら間違いなく首が跳ね飛ばされていた。そんな確信とは裏腹に、長年培ってきたはずの彼の戦いに関する知恵は、今の一撃が何だったのかまるで理解できていない。

 ルスランの心臓の鼓動が早くなり、流れる汗の雫が増え、粘度を増す。自身が相対している存在が、紛れもなく彼らが崇めていたそれなのだという結論が輪郭を描き確かなものとなっていく。

 

「ふむ、後ろの小娘に救われたな。飛ばしていたら首が飛んでいたぞ」

(飛ばす……? 何を、言っているのだこいつは……っ!?)

 

 ルスランには、目の前の少女が言っていることが理解できなかった。魔力はあくまでも身体や得物に流し込み、強化するためのもの。

 魔力を炎と変える剣や、光の矢とするアーティファクトこそあれ、あのような魔力そのものを武器とし、ましてやそれを生身で行うなど、正しく神話の域の神業である。

 

「この女との契約でな。お前のような奴以外とは碌に喧嘩もできんのだ。全く厄介な檻だと思わんか?」

 

 ディアボロスが面倒くさそうに告げた言葉、しかしそこには多くの意味が含まれている。

 

 まず、目の前のディアボロスを名乗る何者かと、その肉体であるテオ・アークノは別の存在であるということ。そして両者は何らかの主従関係にあること、それにより目の前のディアボロスを名乗る何者かは力を大幅に制限されていること。

 

「っ……!!」

 

 それを把握したルスランはとっさに身を後ろに退こうとする。狙いは、今なお呆然と入り口で立ち尽くしているシェリー。

 

「お前、本当につまらんな……」

 

 心底軽蔑するような、軽蔑を通り越して敬意すら籠っているそんな言葉と共に、ルスランの膝から下が吹き飛んだ。

 

「ぐっぉおおおおおおお!!?」

 

 今度は本能すら反応しなかった。一瞬の浮遊感と共に、ルスランは地面を転がり、焼けるような激痛に叫ぶことしかできなかった。

 呆然と立ち尽くすシェリーの前に両足を失ったルスランが転がり、そのままのたうち回る。

 

「っ、ひ、あ……!」

 

 余りの光景にシェリーの顔が恐怖に歪み、シェリーの本能がそのまま意識を手放すことを選び、その場に倒れこんだ。ルスランからすれば絶好の好機のはずだが、ルスランはそれどころではなかった。

 

「まぁ、このような回りくどい方法をとる時点で底は割れているか」

 

 心底面倒くさそうにディアボロスは頭を掻きながら、今なお叫びまわり、のたうち回るルスランに近づく。

 

「ひっ……」

 

 先ほどまでとは打って変わり、ルスランの全身を死の恐怖が蝕む。一歩一歩近づいてくる白い人影、それが紛れもなく己の死であることを、数多の戦場を戦い抜いたルスランの本能が告げたのだ。

 

「ぁあああああああ!!」

 

 しかし、ルスランはそこでは止まらなかった。自信を蝕む病に抗い続けたその野心が目の前に迫る死への恐怖を凌駕したのだ。懐から取り出した強欲の瞳とその制御装置を重ね合わせる。

 それらは重なり、絡み合い、組み合わさって1つのアーティファクトとなり、強欲の瞳が蕾となり、やがては華開く。

 

「ぬっ、ぅうううう……!!」

 

 形状を変えた強欲の瞳からあふれ出した赤黒い魔力がさながら蛇のように蠢いてルスランの体を貫いた。苦痛に歪んでいたルスランの瞳が見開かれ、さながら操り人形のような不自然な挙動で起き上がる。

 

「ほう?」

 

 少し興味を抱いたかのようなディアボロスを尻目に、ルスランの肉体が蠢く。吹き飛ばされたはずの膝から下が見る見るうちに生え、地面に足をつける。急激な肉体の変化故か、その人相は歪み、辛うじて人型は保っているものの、おおよそ人の域は外れた外見となっていた。

 

「はぁああぁぁ……っ!」

 

 しかし、そんなものはルスランにとって何ら問題ではない。

 空気が旨い。体が軽い。(絶望)が消える感覚がたまらなく心地良い。

 

「終わったか?」

 

 そういいながら、ディアボロスが再び小虫を払うような手つきで右手を振るい、魔力による斬撃を振るった。

 

「っはぁ!!」

 

 それを、ルスランは返す刃で受け止めて見せた。その速度は神速の域に達しており、ミスリル製のその刀身には溢れんばかりの魔力が込められていた。

 

 

 届いた。

 

 一時は絶望の底に沈められかけた神域の一撃に、己の手が届いた

 

 ほんの少しの驚愕の後、長らく感じることなどなかった自身が強くなったという紛う事無き確信。目の前の圧倒的強者に並んだという高揚感。

 それらは余りにも甘美な毒となって、ルスランの理性を蝕んでいく。

 

「か、は」

 

 その歪んだ口角が吊り上がり、声が漏れる。

 

「カハハハハハ!! 素晴らしい!! 見たまえこの魔力を! 病は癒え、我が剣は再び全盛の輝きを得た!」

 

 彼の高ぶりを示すかのように、彼から漏れ出した赤黒い魔力が荒れ狂う。

 膨大な魔力、それによって人の道を外れ天井知らずに強化され、死病すら吹き飛ばした肉体。そしてかつてはブシン祭の頂点にも輝いた剣技。間違いなく今のルスランは王国最強、否、尋常の人の身ではおおよそ前人未到の高みへと至っていた。

 

 

「はぁ……」

 

 そんなルスランを、危うく初撃がシェリーに届きかけたため内心冷や汗ダラダラのディアボロスは冷たい眼で見据え、ため息をつく。

 

「試させてくれ、未だ誰も見ぬ高みへ至った私の剣を、貴様の傲慢で!!」

 

 しかし、そんなディアボロスの様子など知る由もなく、有頂天になっているルスランは剣を構え、ディアボロスへと再度の突貫を仕掛けた。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「…………」

 

 副学長室がよく見える大講堂の屋上。炎上する大講堂など気にする様子もなく、ただ一点、副学長室を見据える存在がいた。陰の実力者こと、シド・カゲノー改めシャドウである。

 

「…………まずいな」

 

 夜闇に消え入るようなそのつぶやきを聞く者は誰もいない。故に、シャドウの内心を推し量れるものもいはしない。

 予想以上に被害が拡大している学園への憂慮だろうか。それともことが大きくなりすぎたが故の情報の拡散を憂いているのか。

 

(……テオ、ちょーっと熱入り過ぎかな?)

 

 無論、そんなことは毛ほども頭になく、今頭にあるのはここからどうすれば陰の実力者ムーブっぽくできるか。それだけである。

 モブらしい動きは全うした。ローズ・オリアナというネームドキャラの前に颯爽と陰の実力者ムーブをかまして陰のように消え去ることにも成功した。おおむね文句なしである。陰実ムーヴのためにブチ転がしあそばしたチャレンジ精神旺盛なテロリストの皆さんもこれで報われることだろう。

 

(……まぁ、僕も通った道だ。広い心でフォローしようじゃないか)

 

 問題は、今なお副学長室にて今回の首魁と思わしきルスラン・バーネットと戦闘を繰り広げている魔神ディアボロス改めテオである。今回は主人公ムーブをしなければならないはずなのに、その身を魔神様コスチュームで包み、ロールもばっちりと魔神様ムーヴをこなしている。

 

 何故か。理由など1つしかない。

 

(代償があるタイプの能力。ピンチになると人格交代。キレると頭が真っ白になって気が付いたら周囲が血だまり……ツーアウトってところか?)

 

 14歳が罹患しがちな病に、テオもかかっていたのだ。しかし、驚きがあるかと言われれば決してそうではない。やけに魔神ロールが板についていたのも、日々そういう妄想にふけっていたとすれば頷けるからである。

 それ自体は別にさして問題ではない。誰だってそんな年代を経ることで自身の中の核を明確にしていくものである。主人公の内側にラスボスが潜んでいた、というのもべたではあるが悪くない設定だ。

 

 問題は、

 

(もうすぐ騎士団が学内に入る。それまでに撤収してほしい所だけど、ああも役に入り切ってるとなぁ)

 

 時間をかけ過ぎという点である。シドにも覚えがある。陰の実力者の練習としてスタイリッシュ盗賊スレイヤーからシャドウへと転換する時期、陰の実力者ムーブで気持ちよくなり過ぎた余り危うくカゲノー領の巡回兵に気づかれかけるという失態をやらかしたこともある。

 

「シャドウ」

 

 そんなシャドウに鈴を鳴らすような声が投げかけられる。

 

「アルファか」

 

 そちらへ視線を向けることなく、シドは言葉を返す。アルファはシドの右斜め後ろで立ち止まり、シドと同じく副学長室の方を向く。

 

「黄金の魔力……いるのね、奴が」

「ああ」

 

 相変わらずのアルファのアドリブ力に舌を巻きながらも、シャドウはアルファの問いかけに応じ、今後の展開を練り上げる。

 

「仕掛ける?」

「いや、奴は…………今はまだ、警戒を抱いている。前回は応じたが、今回もそうとは限らない」

「……下手にぶつかってこちらの手の内をさらす訳にはいかないと?」

「ああ」

 

 シャドウの言葉を聞いて、アルファの心に影が差す。普段のシャドウと比べて、明らかに言葉数が多い。普段は最小限の情報と指示だけ伝え、あとはアルファたちに任せるシャドウからは考えられない言動だ。

 それが、今のシャドウからの信頼の現れ、そう判断したアルファはシャドウに問い尋ねる。

 

 

 対するシャドウは陰色の脳細胞をフル回転させ、現状からアルファを動かさず、なおかついい具合に自分だけテオの元へ迎える言い訳を導き出す。

 

「……私達には、任せられないの?」

「……今はまだ、その時ではない」

「その時は、本当に来るの?」

「…………」

(いや今日めっちゃ聞いてくるね!? いつもはすぐ納得してくれるじゃん!)

 

 普段ならば一言二言話せば勝手に脳内で設定を組み立ててくれるアルファが、今日に限って異様に察しが悪い。テオの演技がぺんぺん草なことはメンバー内では共通認識だと思っていたがどうもそうではないようだ。

 

(大体、テオもテオだよ。いくら魔神ロールが楽しいからって時間かけ過ぎ……あ)

 

 

 

 何かに気づいたシャドウは1つ長い息を吐いた後に、アルファの方を初めて向いた。

 

「アルファ、1つ頼みたいことがある」

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 肩で息をしながら、目の前の敵を見据える。先ほどまで全身を包んでいた全能感は薄れ、羽毛のように軽く感じているはずの体は今や鉛のように重苦しく、頼りない。

 

 

 間違いなく、己は人の域を踏み越えた。ルスランにはその確信があった。

 未熟とはいえ魔剣士数百人分の膨大な魔力。それによって病を癒し、人の域を超えた力を手に入れた肉体。それらによって十全以上に振るわれるかつてラウンズに名を連ねた剣技。

 

 これらを以て、王国、否、世界最強にすら手が届いたのではないかという想いすらあった。

 

「何だ、もうチャンバラは終わりか?」

 

 だが、遠い。目の前で悠然と佇む少女に、己の剣が届かない。

 

「まだだ!!」

 

 地を蹴り、常人が見ればルスランが何人にも分身したかのように見える速度でもって、多角的にディアボロスとの間合いを詰め、ルスランの剣が振るわれる。

 

「惜しい、さあもう1回だ」

 

 しかし、届かない。彼女の周りを浮遊する6本の剣が、生命を持っているかのように動き、ルスランの剣を受け止め、弾き、受け流す。一目見ただけでは刺剣と見紛う程の細身の剣が、柄頭の部分で鎖でつながれ計7本。ディアボロスが片手で弄んでいる1本を除いた6本が、ルスランの剣を全て防いでいるのだ。

 ディアボロスは、剣を構えすらしない。小馬鹿にしたような口調で剣を弄ぶのみ。

 

「けああああああああ!!!!」

 

 ルスランがさらにスピードを上げる。ルスラン自身制御できるスピードを逸脱し、単調な軌跡ながら光の矢と見紛う程の速度で以て剣を振るう。再びディアボロスの浮遊する剣の一本が迎え撃つべく動くが、それを弾き飛ばし、返す刃でディアボロスに刃を届かせるべく剣を振るう。

 

「いいぞ1本超えたな。そら後5本だ。がんばれがんばれ」

 

 しかし、浮遊する剣はあと5本残っている。動くことなく浮遊だけしていた残り5本の内1本がそれを迎撃する。

 

 幼子が見てもわかる。ルスランは弄ばれている。人外の域に至り、どんなに過小評価しても王国最強の位置は揺るぎないはずのルスランが。

 圧倒的手数の差。単純に彼が剣を1回振るう間に、ディアボロスは剣を7回振るうことができる。

 

 

 ただの1本、自身では握りすらせず、魔力で以て動かしていると思われる剣1本でたやすく彼をあしらえるにもかかわらず。

 生まれて初めて剣を握り、かつて師と仰いだ者と相対した時にすら感じることは無かった、余りにも高すぎる壁。世界中に敷かれたディアボロス教団の情報網にすらかからなかった、無名の、絶対的な強者。

 

「そのようなことが、あってなるものかああああ!!」

 

 ルスランはそれを決して認めない。何らかのアーティファクトか、もしくは禁忌の術によるものだ。そうに決まっていると。

 副学長室の床を吹き飛ばしながら、限界を突破したルスランの刺突がディアボロスに向けて放たれる。いくら剣で防ごうがそれらごとディアボロスの心臓を貫く。

 軌道は一直線、しかして最高速度で一切の無駄は存在しないルスランの人生の中で間違いなく最高と断言できる一撃。慢心しているディアボロスならばきっと回避という選択肢は取らない。そう判断しての一撃。

 

 事実、ルスランのその判断は間違えていなかった。

 

「ん、悪くない」

 

 ディアボロスはその場を一歩も動くことなく、掌を向けた。

 

 

 音を置き去りにした衝突は一瞬の無音の後、剣と人肌をぶつけたそれではない衝撃音が響き渡り、

 

 

 ルスランの剣が砕けた。

 

 

「…………」

 

 一瞬の沈黙、ルスランの目が見開かれ、ルスランの剣だった破片が副学長室の床に散らばる。

 

「は……はは……」

 

 ルスランの口から乾いた笑い声が漏れ、その場に膝をつく。

 もはや疑うべくもない。目の前の存在は魔人だ。例え彼らの知るそれではなかったとしても、目の前の存在はそれに近しい存在だ。

 

「……何故なのですか」

「む?」

 

 生きる意志が失われてしまったかのような虚ろな目をしたまま、ディアボロスの方へ視線を向けることなく、ルスランがつぶやいた。

 

「何故、それ程の力がありながら、今まで……」

「表に出てこなかったのか、か?」

 

 ディアボロスは顎に右手を添えながらルスランを見下ろし、言葉を紡ぎだす。

 

「特に理由はない。気が向いたから、丁度良い器が見つかったから、気を引くものが見つかったから、そんな偶然が重なって表に出る気になった。それだけだ」

「……そのような、ことで」

 

 

 壊れかけのルスランの心に、致命的なヒビが入る。絶対的な自信を抱いていた己の剣を否定され、長年の宿願を否定され、信じ奉じた存在を否定され、

 

「そうだ、そのようなことでお前の宿願はゴミとなった。まぁ、アレだ。災害にでもあったと思って割り切るといい」

 

 その一言によって、ルスランの心は見るも無残に砕け散った。

 

 

 

 文字にすることすら困難な判別不能な叫び声をあげながら、強化された肉体を稼働させて地面を蹴り、拳を握り締め目の前の絶対的な強者へ向かって突貫する。

 

 理性では、とっくに理解できてしまっている。彼女の言うことは正しい。この世は強者のためにできており、強者がそうあれというのであれば弱者はそれに従う外ない。そのような悲劇をいくつも目にし、それを弱者に強いてきたルスラン自身が一番よくわかっている。

 だが、それと納得できるかどうかは別の問題だ。

 己は病を治し、かつての栄光を取り戻したかっただけだ。そのために手段を択ばなかった。ラウンズから身を引いてからの全ての時間をそれに費やした。それを、運が悪かったから諦めろと言われて納得できるはずがない。

 

 身体的な負傷はいまだ皆無。魔力によって莫大な強化を受けたルスランの拳がディアボロスへと向かっていき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その胸から、黒い刃が生えた。

 

 

 

「が……はっ……!?」

 

 ルスランの口から、血が噴き出す。寸分違わず心臓をうがったその刃は、ルスランの身体と融合していた強欲の瞳に致命的な損傷を与える。

 

「ご、おおおお……っ!?」

 

 明らかに、胸を刺し貫かれたというだけでは説明がつかない異常がルスランの全身に発生する。強欲の瞳による制御を失った膨大な魔力が行き場を失い、ルスランの体内で荒れ狂う。

 四肢は歪み、魔力で修復しようにも制御が聞かないそれは暴走によって千切れた部位を治療しようとした結果歪な形で修復されていく。

 

 そのような状態で生命の維持など叶うはずもなく、程なくしてルスランは自ら生み出した血だまりの中に凡そ人型とは呼べない形となって倒れ伏した。

 

 

「…………ほう、来ていたのか」

「…………」

 

 倒れ伏したルスランの向こう側、黒い刃の主、陰をそのまま身にまとったかのような漆黒の男、シャドウがそこにいた。ディアボロスは少々の沈黙の後に先ほどまでと比べて幾分か機嫌がよさそうな声で声をかけるが、シャドウはそれに応じることは無く、ただじっとディアボロスを見据えている。

 

 数瞬の後、シャドウは夜闇に溶けていくかのように姿を消した。

 

 

「……行ったか。つれない、奴だ」

 

 シャドウがいなくなった虚空を見据えながら、ディアボロスは若干たどたどしくそうつぶやいた。

 

 

 

 

「終わったぞ、女………………っ」

 

 そう呟きながら、ディアボロス改めテオは、全身を包んでいたスライムゼリーで作られた魔神用のコスチュームを急いで解除する。

 

 

 半日ぶりのスライムスーツ越しではない外気に浸る暇もなく、魔神の演技によって無理やり蓋をしていた本能が溢れ出す。

 

「っはぁ……はぁ……か、あ……」

 

 膝をつき、浅くなっていく呼吸と共に肩を揺らしながらも、目をそらすなと自身に言い聞かせるように頭を振り、目の前で見るも無残な遺体と化したルスランを見つめる。

 

 目の前に死体がある。一等惨く死んだ死体がある。友達の親代わりでありながら、その友達の親を殺し、友達も利用の果てに殺そうとした悪人であることには違いない。

 それでも、死は死だ。とどめを刺したのはシドだが、それでも自分が殺したようなものだろう。

 そうだ、目の前の惨状を起こしたのは自分だ。他の誰でもない。お前がやったのだと。

 

 悪人だから死んで当然、だから死の恐怖を教えてやった。

 その身勝手は、かつてのルスランと一体何が違うというのだろうか。

 

 歪んだルスランの死体。辛うじて人だとわかるその顔面は瞳が大きく見開かれ、苦痛に歪んでいた。

 

「が、え……!」

 

 止まらないえづきのままに、朝食以降飲まず食わずだったためさして内容物のない吐しゃ物を床にぶちまけた。血だまりと吐しゃ物が混ざり合い、水玉模様を描く。

 

「はっ……はっ……」

 

 口元の不快感を気にする間もなく、よろよろとその場から離れ、近くの本棚に背を預ける。ボロボロになった本棚に身を委ね、浅い呼吸が元に戻るのを期待しながら、頬を伝う脂汗に不快感を覚えながらも拭う気力すらわかず。ただじっとその不快感が過ぎ去るのを待っていると。

 

 

「テオさん!!」

「ニュー……さん……?」

 

 副学長室に入ってきたのは、昼頃に研究室で出会ったニューという女性だった。何故ここにいるのか、という疑問をテオが投げかけるよりも早く、ニューはテオに駆け寄った。

 

「一体、何が……っ!」

「大、丈夫、怪我したわけじゃないから……ごめんだけど、詳しい事情は後、で……っと」

 

 他人の目があることで気力がわいたのか、テオは口元を拭った後によろよろと立ち上がり、入り口付近で倒れ伏しているシェリーの方へ歩み寄った。

 

「もう、テロリストはいないよね。シェリーを学外に連れて行こう。怪我はしてないはずだけど、だいぶショックを受けてるだろうから……」

 

 そういいながら、テオはルスランだったものの方を一瞬見て、表情をゆがめた後、シェリーをおぶった。

 

「大講堂の火がこっちに回ってくるかもしれない。急ごう、ニューさん」

「は、はい……」

 

 そういいながら、テオ、ニュー、シェリーの3人はその場を後にした。

 

 

 

 

 シェリーを背負いながら、学園の外へ向けて歩くテオの後ろ姿を見ながら、ニューは今なお荒れ狂う内心を抑え込むので精いっぱいであった。

 

 シャドウの宿敵、魔人ディアボロス。その正体が、テオ・アークノであった。

 魔人が語った内容を鑑みれば、テオ自身がディアボロスなのではなく、テオの中に、魔人ディアボロスが取りついているという形で。

 

 その情報は、確かに他言無用を厳命したシャドウの考えもわかるものだった。現在のシャドウガーデンの中核をなす七陰にとって、テオは親であり教師であり親友であったという。打倒すべき存在がそれであると知れ渡ったら、最悪シャドウガーデンそのものが空中分解しかねない。

 

 ニューにとっても、テオは命の恩人だ。ニューが欲しいものを全て持った、太陽のような少女。それゆえに嫉妬こそしても、不幸せになどなってほしいわけがない。

 命の恩人ではあるが、別段これといって親しいわけではない。そんな不思議な間柄だからこそ、ニューは動揺をかろうじて隠すことができていた。

 

(シャドウ様は、一体何故このような……)

 

 何故、シャドウは自身にのみこれを教えたのか。彼が何の考えもなしに行動に起こす訳がない。1の情報から100を見通す彼が、ニューのみにこれを教えたのにも必ず何か理由がある。

 しかし、わからない。理由も、対処も、何もわからない。彼が知りたいと望む自身の意を尊重してくれたと考えた方がよほど筋が通る。

 

 そもそも、テオ本人は自身の内に巣食うディアボロスの存在を認知しているのか。

 

「アークノ卿! ご無事ですか!」

 

 そんなことをニューが考えているうちに、学内に突入した騎士団員がテオたちの姿を見つけた。

 ニューはテオ達とは別で保護された。テオは紅の騎士団員ということもあってか、彼らに連れられるがままに学外へと出て行ってしまった。

 

 その後姿を、ニューはただ見送ることしかできなかった。

 

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