常世総ての悪、悲劇の坩堝の主(時給980円)   作:sugar 9

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第2話 多様性において厨二病は何歳まで許容範囲か

 

「アルファ達に逃げられた」

「え、シドも引っ越し先聞いてないの? シドに聞けばいっかーって思ってたのに」

「ま、別にいいんだけどさ……」

 

 いつものごっこ遊びを終わらせたある日の真夜中。シドからのそんな報告に、寝ころびながら夜空を眺めていたテオは上半身を起こして驚愕の表情を浮かべる。そんなテオに対して、いつもの事だと言わんばかりにシドは伸びをする。

 

「いや別にいいって、実質絶交じゃん」

「何かローテで相手はしてくれるらしいから厳密には絶交じゃないかな。普段どこにいるのは知らないけど」

「えー……」

 

 テオは半ば呆然としながら空を見上げる。適当なこと言って陰の実力者ごっこと鍛錬以外何もしていないシドならともかく、最近では公爵家としての仕事が増えてアルファ達に会いに行く機会が減っていたとはいえ、まさかそんなドロンをかまされるほど嫌われていたとは思っていなかったのである。

 

「ちなみに、連絡手段とかは……」

「さあねー、スマホがあればいいんだけど」

「……ひょっとしてご傷心?」

「んー、そうかも」

 

 そう言いながらシドは真夜中の夜空に浮かび上がる月を眺める。

 

「僕1人になろうが陰の実力者を目指すだけだけど。同好の士が大人になっちゃうのは寂しくはあるよね」

「え、絶交の原因それ?」

「それでしょ。アルファ達も大人になって、こんな遊びに付き合ってられないって思うようになったってことだよ」

「うーん?」

 

 シドの達観したようなセリフに対して、テオは首をかしげる。確かにシドの陰の実力者ごっこは行き過ぎていると感じる事はテオもある。

 だが、それでも彼女達は相当ノリノリでごっこに参加していたし、魔神をやるからろくに参加できない自分に対してはコソコソ隠れて活動したりとその徹底ぶりは中々のものであった。ついていけなくなったとはいうがそもそもシドはアルファ達が出会った頃から頭のねじは大体外れていた。にも拘らず3年も付き合うものだろうか。

 

 そんなテオの疑問などつゆ知らず、視線だけテオの方へ向けながら、シドは問いかける。

 

「テオの方こそ良いの? あんなに仲良かったのに」

「んー、まぁショックといえばショックかなぁ」

 

 本当にそう思っているのかいないのか、どちらとも受け取れる曖昧な口調と表情でテオは応えた。

 

「けどまぁ、私はあの子たちが独り立ちしてくれたことのが嬉しい。どのみちあと2年でここにはそう頻繁に来れなくなるわけだし」

「……魔剣士学園かぁ、大変そうだねぇ」

「や、お前も行くだろ」

「僕はモブAとして通うだけだから。家柄的にも実力的にも首席確定のテオとは違うの」

 

 ミドガル魔剣士学園。

 

 この国の齢15を迎える魔力を持った貴族の子弟が入学することを義務付けられている魔剣士を養成する学園である。貴族の子弟を想定していることもあってか、校内では家柄や実力などに寄る格差が隠されもせず表面化されている。

 

 例えば、テオの家系であれば入学するだけで最上級の扱いを受けることが半ば確定している。

 反面、シドの家系のような地位が比較的低い家系の場合は、シドの姉であるクレア・カゲノーのように実力が見込まれた特待生などの例外を除き、冷遇されることが半ば確定している。

 

 当然、学生の大半を占めるのは実力など関係なく選民思想だけは一丁前なお貴族様であり、甘い汁を啜るために媚び諂われることが苦手なテオとしては憂鬱な気持であった。

 

「っていうか、本当にモブを貫く気なの?」

「当たり前でしょ。陰の実力者が普段から本気出してたらバカみたいじゃん」

「うん、バカなんだよ」

「お、戦争か?」

 

 それに加えて、目の前にいるシドは平時ではモブであることに一切の妥協を抱かないため、少なくとも戦闘面では他の追随を許さない強者であるにもかかわらずそれを表に出す気は一切ない。その結果特にそんなこだわりはないテオばかりが目立つことが半ば確定しているのである。

 

「大体テオは…………」

 

 喋ってる最中にふと、シドはテオの方へ歩み寄り、テオの真正面に立ってじっと顔を覗き込んだ。怪訝そうな表情を浮かべているテオの赤い瞳の中に、真顔のシドが映る。

 

「……どしたの急に」

「テオは何で未だに付き合ってくれるの?」

「え、今更?」

「いや、そういえば何だかんだずっと一緒にいるよなーって思って。そっちは僕ん家が石ころに見える金持ちだし。陰の実力者に興味があるとも思えないし」

 

 

 テオの家、アークノ公爵家は、シドたちが暮らすミドガル王国の中でも有数の貴族であり、王都に隣接した広大な公爵領を持つ名家中の名家である。

 

 当然、その家の長女として生まれたテオにもそれ相応の義務やしがらみというものがある。

 魔力次第では身体能力の差を埋められるという事からか、この世界はアイリス・ミドガル王女を筆頭に女性であったとしても実力が確かならば前線に出てバリバリ働くという事例も決して珍しい事ではない。よって、テオ自身女性であるにもかかわらず文武両方でそこそこ厳しめの教育の下で育っている。

 

 そんな彼女が度々深夜に抜け出して全力移動でもそこそこかかるカゲノー領にまで遊びに来るのは、なるほど、確かに不自然といえるだろう。

 

「んー、まず、転生者仲間じゃん?」

「うん」

「君程じゃないけど私もそこそここういう趣味があったじゃん?」

「うん」

「……あれ?」

「え、終わり?」

 

 2人の間を季節はずれの冷たい風が吹き抜ける。

 

「……やめる?」

「うーわ腹立つ」

 

 何かを悟った様な、「所詮貴様はその程度か」と嘲笑うような何とも言えない笑みを浮かべるシドに対して、テオは頬を膨らませながらデコピンを放つ。

 

「あ、1個思いついた」

「思いつく時点で理由じゃ無くない?」

「だまらっしゃい」

 

 他愛もない会話をしながら、2人は何をするでもなく真夜中の空に浮かぶ月を眺めていた。

 

 

 

「シドに勝ちたい」

 

「シドにとって私は体のいいバイトかもしれないけど、私が出会ってきた人の中で、一番強いのがシドだから」

 

 

 

 

「……ふぅん」

「え、そんな塩対応なことある? そこはもっとあるでしょーそれこそ『フッ、おもしれー女』とかいうでしょ陰の実力者なら」

「言わないよ。僕が言うのもなんだけどこれだけ僕と一緒にいてよくそこまで陰の実力者への解像度低いね」

 

 けどさ、と続けながら月をバックにシドはテオに向き直り、微笑みながら言葉を紡ぎ出す。

 

 

「僕だってテオのこと普通に認めてるんだよ? でなきゃ宿敵なんて頼まないよ」

 

 

 

「…………」

「……おーい?」

「…………」

「……顔赤いね?」

「だーー! 見るなアホ! ちょっとでも嬉しいと思った自分がムカつく!!」

「ははは、愛い奴め」

 

 質の良い金髪を掻きむしりながら顔をリンゴのように赤くして暴れるテオを横目に、シドはふと思い出したかのようにズボンのポケットを探った。

 

「あ、そうだ、渡そうと思ってたやつ。はいこれ」

 

 そう言って手を差し出すシドだったが、その手には何も握られていなかった。テオは怪訝な顔をしながらシドの手のひらを見つめる。

 

「……ん?」

「これね、バカには見えないシール」

「あ?」

「嘘嘘、魔力を流すと~……」

 

 そう言いながらシドの手のひらから紫色の魔力がわずかながらにあふれ出す。すると、シドの手のひらが仄かに輝いたかと思えば禍々しい紋様がかたどられたシールと同じく妙な紋様が刻まれているコンタクトレンズのようなものが現れた。

 

「おお……これは?」

「スライムボディスーツの技術を流用して作った『DX魔神ディアボロス瞬間変身セット』だよ。魔力を流すと色が浮かび上がる仕組みになってるんだ。いい感じに魔神に侵食されてる感が出るようにグラデーションっぽく浮かび上がるようになってるよ」

「あいっかわらず趣味の事になるとよくわからない技量発揮するよねシド」

「お黙りなさい。いいから付けてみて」

「りょうかーい、えーっとー……」

 

 テオは言われたとおりにシールを普段は紋様を描いている場所に張り付けて、先ほどのシドに倣ってスライムゼリーに魔力を流すのと同じ要領で魔力を流す。

 

 

 

 

 瞬間、バチィン!!という音と共に紫電を迸らせながら凄まじい勢いで紋様が浮かび上がった。

 

「いぃっっっったぁ!!? 輪ゴム! 輪ゴムのデカいやつ!!」

 

 テオの顔に激痛が走り、半泣きになりながらのたうち回る。のたうち回る状態でなお彼女の顔面に張り付けられたシールは今なおバッチバチと紫電を迸らせている。

 

「あーもう魔力こめすぎだよ。スライムボディスーツの1000分の1とかでいいんだよ? マージほんのちょっと」

「……お前マジ覚えとけよ」

 

 ようやく落ち着いてきたのか、テオはジト目でシドを睨みつけ、若干腫れてる頬をさすりながら立ち上がった。

 

「え、ひょっとしてカラコンの方もこんな感じ?」

「こんな感じ」

「アホ?」

「陰の実力者だよ」

「そうじゃねえよ」

「いてっ」

 

 シドの頭をはたき、ぶつぶつ文句を言いながら頬に貼ってあるシールを剥がそうとする。

 

 

 

 

 

 

 

「…………取れないんだけど?」

「戦闘中に剥がれたら間抜けすぎるから基本剥がれないねぇ」

「はぁ!!!?」

 

 今度こそテオは目の前でのほほんとした顔でくっちゃべるシドの正気を疑った。詰め寄るテオに対して、シドはケラケラ笑いながら続けて喋る。

 

「嘘嘘。キントゥーンと同じ要領で接着面を浮かすイメージで操作すれば離れるよ」

「っはぁ……びっくりさせないでよ」

 

 安堵と疲労が入り混じった表情でため息をつきながらテオはシールを剥がすべく魔力操作に集中する。

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ベリ*1バチィン*2!!という小気味良い音と共に魔力が込められすぎたシールがテオの頬を勢いよくはがれる。

 声なき声を上げながらもんどりうってしばし悶絶するテオ。

 流石に危機感を感じたのかそろりそろりと距離を置こうとするシド。

 

「…………殺すか」

「あ、いいねその感じ。魔神やる時もその感じでよろしく」

 

 その日、広さだけはあるカゲノー領の外れにクレーターが1つ出来たのはまた別のお話。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 

「お久しぶりです。アレクシア第二王女殿下。第二王女殿下におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます」

「……鳥肌止まらないからやめてくれる?」

 

 アルファ達がテオと別れを告げた2年後、ミドガル王国の王都に存在する王城、王がゲシュタルト崩壊を起こしそうなその一室に2人の少女がいた。

 

「いけません! 仮にも第二王女が何て言葉遣いですか!」

「何が悲しくて自室で幼馴染相手に肩肘張らないといけないのよ」

「言葉遣い!」

「しつこい」

「あうっ」

 

 やたらかしこまった立ち振る舞いをするテオに対して、嫌悪感を隠そうともせず顔をしかめてテオをはたく銀髪の美少女こそが、この国の第二王女、アレクシア・ミドガルである。

 

 2人は王族の娘と、それに近しい権力を持つ公爵家の娘という関係で同年代という事もあり、幼少期より何かと接する機会も多かった。さらに、それ以外では同世代の子供と会う機会も中々無い事もあり、初対面から然程時間をかけることなく2人は親友と呼べる関係になったのである。

 

「やー、本当に久しぶりだねー。半年ぶりくらい?」

「そうね、もう仕事の方は大丈夫なの?」

「仕事って言ったって適当にお金転がしてボケーっとしてただけだからねー。額だって1億ゼニーぽっちだし」

 

 先ほどまでのかしこまった態度が嘘であったかのように砕けた態度になったテオに対して、アレクシアは特に気にすることもなく答える。そちらがテオの素であることくらい、幼馴染であるアレクシアが知らないはずは無かった。

 

「それがもう10億ゼニーになって戻ってきてて今や王都有数の商会に名を連ねつつある件については?」

「テオさんの審美眼、ですかね!」

「うっざ」

 

 言葉を選ばず言ってしまえば、アレクシアは目の前で陰一つなく笑う少女の事が苦手だった。

 

 無論、数少ない、というか唯一といっても過言ではない幼馴染だ。彼女の姉、アイリス・ミドガル第一王女と異なり、アレクシアには剣の才能がなく、凡人の剣などと揶揄される彼女と進んで親交を深める者は少ない。

 そんな彼女にとってテオは、テオの為なら身を切っても構わないと思える程大切であることに嘘偽りは決してない。

 

 だが、テオは天才だった。アレクシアが才能のある人間に対してコンプレックスを抱く事になったきっかけである姉ですら追い越すかもしれない、否、既に追い越しているのではと思うほどには天才だった。

 

「おいおいそんなに邪険にしないでよ。来年からは同じ学び舎で同じ釜の飯を食う仲間じゃん? 楽しみだなー青春しようぜマイバディ!」

「あんたみたいなのと同期なんてたまったものじゃないのだけれど?」

 

 アークノ家始まって以来の剣の天才。時代の寵児。

 最近では家督を継いだ後の訓練もかねて行った投資にてかつての栄華が見る影もなく、滅びを待つばかりの商会であったルーナ商会に全額投資したかと思えば、商会はその後ミツゴシ商会と名を改め革新的な商品を数多く世に売り出して大成功。偶然である可能性もあるにしろ剣だけでなく商いにおいても相当な才を秘めていることが明らかとなった。

 

「いやいや、王女様には負けるよ」

「ろくなもんじゃないわよ、アイリス姉様のように才に恵まれたわけでもない王女なんて」

「でーたその僻み、自分が上澄みなことくらい理解しとけー?」

「そのさらに上澄みに言われても説得力皆無なのだけど?」

「私は自覚してるからいーの」

 

 本人の人格は天真爛漫すぎるが善良そのもの。

 溢れんばかりのその才を領地の民のために惜しみ無く振り撒くその様は正しく英雄のそれであり、彼女がいるならばと移住を願う者まで現れる始末。

 先述したように王国有数の公爵家の娘としてはやや天真爛漫が過ぎるきらいがあるものの、彼女の美貌はそれすらも1つの魅力として使いこなしていた。

 

 彼女が家督を継いだ日にはミドガル王国内の派閥間の勢力図が大きく揺れ動く事は確定事項であり、アークノ公爵家が率いる派閥と対立関係にある派閥からは既に大小問わずテオの名声を落とすための工作が仕込まれている。にも関わらず、それら全てを躱し、己の名声の糧としてしまう強かさをも備えている。

 

 何というか、いくら天才が嫌いなアレクシアであっても一周回って清々しくなるレベルで様々なものに恵まれた少女こそがテオだったのだ。

 

「で、お姉さんとはどう?」

「……話したわ」

「おお!」

「一言二言」

「……君ら本当に姉妹?」

「いっそ本当に姉妹じゃなかったら良かったのだけれどね……」

 

 そんなテオとアレクシアが会話する機会に恵まれた時に、決まって話題になるのがアレクシアの姉、アイリス・ミドガルに関する話題である。

 先述したように、アレクシアは姉であり天才であるアイリスの事が嫌いだ。アイリス本人に憎しみがあるというよりは、姉である彼女と才覚のない自分が比較され、見下され続ける事に嫌気がさしたと言ったことが正しいが、それでも好き好んで話したくないことには間違いない。

 

 尚、双方の関係が途切れる決定打となったのは幼いながらも姉に追いつきたい一心で挑んだブシン祭にて敗退した際にアイリスからかけられた敗者にかけるそれではない慰めの言葉なのだが、それはアレクシアとテオだけが知る秘密である。

 

「というか、もういいじゃない。アイリス姉様はこれから騎士団の仕事と第一王女の仕事で手一杯よ、より一層私みたいな凡人に構う時間なんて無くなるわよ」

「第一王女と第二王女がそんな共働き始めたカップルみたいな理由で別れられると思うなー? 一蓮托生だぞー?」

 

 そんな2人の間に入ってどうにかして関係を修復しようと動いているのがテオである。単純に双方と仲が良いというのはあるが、将来この国を背負って立つ2人に恩を売るという公爵家の娘として割と好き勝手やっているテオが両親に対して「やる事はちゃんとやってんすよハイ」というためのムーブでもある。

 

 

「で、こんな所で油売ってていいの? アイリス姉様に呼ばれてるんでしょ?」

「おい逃げるな。そのお姉様のためのパーティーにお呼ばれして来たんだよ? 私との用事なんてパーティー終わってからピって喋ってピョイっで終わりだよ」

「分からないわよ? 姉さん変なところでアホだから」

「……そう言われると怖くなってきた」

 

 しばし雑談していた2人だったが、アレクシアからの指摘に対して汗を一筋流したテオが腰掛けていた椅子から立ち上がった。

 

 行ってくるー、と間の抜けた声でその場を後にするテオに対して、アレクシアは曖昧な笑顔を浮かべながら手を振って見送る。

 

 

「……本当、変わらないわね。あなたは」

 

 テオがいなくなり、一気に静かになった室内で、アレクシアは誰に言うでもなくそうつぶやいた。

 

 

 

*1
テオの頬からシールが勢いよくはがれる音

*2
シールが剥がれた反動でテオの頬をひっぱたく音




次回辺りからやっと戦闘入れます。

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