常世総ての悪、悲劇の坩堝の主(時給980円)   作:sugar 9

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バーに色がついたり日刊ランキングに入ったりとなんかすごい事になっているのに投稿が遅れ申し訳ありません。
評価、感想本当にありがとうございます。執筆の励みになっています。

次回戦闘に入ると言ったな。あれは嘘だ。


第3話 モブが為 高嶺の花が 割を食う

 

「お久しゅうございます。アイリス王女殿下。王女殿下におかれましては、ミドガル王国騎士団入団、誠に喜ばしく存じます」

「……それ私の部屋でもやらないとダメかしら?」

 

 絢爛豪華な調度品で彩られた、部屋の主曰く未だに落ち着かない部屋に2人の女性がいた。格式張った挨拶でもって傅くテオに対して苦笑しながら応じる燃えるような赤毛の美女、アイリス・ミドガルは式典用のドレスの裾を煩わしそうに持ち上げながら歩み寄る。

 

「形式は大事です。意味はともかく、やることが大事なのです」

「そういうものかしら」

「そういうものです。王女殿下」

 

 そう言いながらも、比較的地味な淡い色合いのパーティードレスに身を包んだテオは傅く姿勢から微動だにせず、石像にでもなってしまったかのように固まっている。

 

「それなら、妹の親友として接してくれるかしら?」

「命令でしょうか?」

「お願いよ」

「では遠慮なく」

 

 おどけたように告げるアイリスに対し、テオは先ほどまでの硬直具合が嘘のようにスクッと立ち上がると、悪戯めいた微笑みを見せた。

 

「久しぶりです。アイリスさん」

「ええ、久しぶりね、テオ」

 

 アレクシアと同じく、その姉であるアイリスとテオの親交もそれなりに深い。年が離れていることやアレクシアと異なり第一王女としての責務も多いアイリスがテオと交流した回数は少ないが、それでも数少ない年の近い友人としてかけがえのない存在であることに間違いはない。

 

「それで、私に用とは?」

「あら、妹の友達に会うのに理由がいるかしら?」

「それもそうですね」

 

 悪戯めいた笑みを浮かべるアイリスに対して、テオは降参の意を示すように両手を上げて応接用の椅子に腰かける。

 

「え、本当に会いたかっただけですか?」

「まさか、首席入学おめでとう」

 

 そう言いながらアイリスは机の上に置いてあった小箱をテオに差し出した。

 ミドガル魔剣士学園は貴族の子弟ならば入学を義務付けられており、よほどひどい結果を残すか学費すら出せない落ちぶれ切った貴族でもなければ入学は可能であるが、それでも形式上の試験は存在する。それが何に使われているかといえば、限りある教育リソースの効率的な分配。早い話が、クラス分けに活用されているのである。

 

「……下賜ですか?」

「失礼ね、普通にプレゼントよ」

「わーいありがとうございまーす!」

 

 テオは恭しく小箱を受け取った後に嬉しそうに掲げながらくるくると回った。

 

 

 が、何かに気付いたテオはその場で固まると、顔だけアイリスに向けて問いかけた。

 

 

 

「……このプレゼント、もちろんアレクシアにはもーっと良いものを上げましたよね?」

「……あげたわよ。メイド伝手に」

「はぁ~~~~」

 

 テオは大きなため息をつきながら頭を片手で抑えてふるふると首を横に振った。

 

「アレクシアも別に不仲になりたくないわけじゃないのに何をどうやったらここまで拗れられるんですか」

「あなたが間に入るまでに入った溝の深さ、かしらね……」

「こちとら幼馴染なんですけど?」

 

 テオはアイリスの目をジトっと見つめながら言葉を続ける。

 

「昔はあんなに仲良かったじゃないですかー。ほんっとに剣だけですよ? 仲拗れた原因」

 

 年の差を考慮したとしても、余りにも開きすぎてしまった実力差。

 それに伴う周囲からの声。

 アイリスには賞賛が、アレクシアには侮蔑の声が。

 そんな差が、いつの間にか、剣を通して通じ合えていた2人を引き離してしまっていた。

 

 アイリスはため息をつきながら独り言のように喋り始める。

 

「……前にも言ったでしょう? 私は、あの子の剣が本当に好きなの。私の剣よりも、ずっと美しいと思ったから」

 

 アイリスとアレクシアは、同じ王都ブシン流と呼ばれる流派の剣を振るっている。しかし、アイリスの剣の強さが圧倒的な魔力量と天才的な戦闘センス、早い話が才能に裏打ちされているのに対して、アレクシアの剣は基本を突き詰めた、言ってしまえば努力によって成り立つ地味なものだった。

 だが、努力の果てに無駄を削ぎ落し、最高効率で剣を振るうアレクシアの剣をこそ、アイリスは美しいと感じたのだ。

 

 

「けれど、あの子にとっては、私より力が無いというだけでそれに価値がないと断じてしまっている」

 

「私から何を言ったとしても、きっとあの子にとっては、傷口に塩を塗り付ける行為にしかならない」

 

「そう考えると、どうしようもなく恐ろしいの。あの子と言葉を交わすことが」

 

 

 ぽつりぽつりと、自分の気持ちに整理を付けようとするかのように喋るアイリスに対して、テオはムッとしたような表情で喋り始める。

 

 

「じゃあ何ですか、天才なのに未だにアレクシアにダル絡みする私は塩塗りたくりウーマンですか?」

「……そこを突かれると弱いわね」

 

 困り笑いを浮かべるアイリスに対してテオはまっすぐアイリスの目を見据え、真剣な表情で喋り始める。

 

 

「言葉にして伝えなきゃ。伝わるものも伝わりません」

 

「私とアレクシアが戦ったら、100回やっても100回私が勝つでしょう」

 

「けれど、それでも私もアイリスさんと同じで、アレクシアの剣が好きです」

 

「真面目なアレクシアにそれをわかって欲しいなら、怒られても拒絶されても傷つける事になっても、伝える事が大事なんだと思います」

 

「わかってもらえなきゃ、仲良くなることだってきっとできませんから」

 

 そう言い切るテオの目に、迷いは一切ない。この世に絶対的な才能の差があることなど百も承知。その上でそれを踏み越えて通じ合うというのはそういう事だと、理想論を押しつけにも近い形で淀みなく言い切って見せる。

 その強さは、傷つけないのならばそれで良いのではないかと思ってしまうアイリスには決してないものだった。

 

 

「言葉にして伝える、か……強いわね。テオは」

 

 困った様な、うらやましがるような、何とも言えない優し気な笑みを浮かべるアイリスに対して、テオは得意げな笑顔を見せて、胸を拳で叩く。

 

「お任せください。学園に入学してからもアレクシアにすり寄る悪い虫は私が追っ払ってあげますから」

「心配しなくても大丈夫よ。ミドガル魔剣士学園の設備は全てが最新式。悪い虫が入ってくるほど悪くなってはいないわ」

 

 

 

 

 

「……ん?」

「ん?」

 

 

 

 もう少しテオが話を別の所にもっていかなければ、このシリアスな空気ももう少し続いたことだろう。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「もう無理……」

「あら、早いわね。もうちょっともつかと思ったのに」

 

 

 数か月後、テオやシドは晴れてミドガル魔剣士学園への入学を果たし、早くも2ヶ月が経った。

 

 テオは寮内のアレクシアの部屋にて紅茶の入ったティーカップやお菓子の盛りつけられた小皿が載った丸机に突っ伏していた。

 

 第二王女であるアレクシアと国内有数の公爵家の娘であるテオはミドガル魔剣士学園に複数ある宿舎の内最も良い宿舎を割り当てられている。

 

 一方、シドは貴族ではあるものの下から数えたほうが圧倒的に早い田舎男爵家の平々凡々な長男であるため、下町の安アパートに居を構えている。モブらしいとテンションが上がっていたのはお約束だ。

 

 住環境や学園に文句をつける気は一切ない。国内外問わず将来有望な魔剣士候補を育成する超名門なだけの事はあり、設備や講義なども国内最上級の者がこれでもかと出そろっている。

 

 

 問題は、

 

「いつになったら皆私に慣れるの? いつまで私は高嶺の花子さんでいなきゃいけないの?」

「残念、その問題は2ヶ月前に通過したわね、手遅れよ」

 

 学園入学してから2ヶ月。2ヶ月である。もうとっくに生徒間のカーストも固まり、いつメンも固定化しきった頃合いである。

 

 にも拘らず、テオは友人らしい友人を作れないでいた。

 

 貴族としては余りにも狭すぎるパーソナルスペースと持ち前の天真爛漫さ、とどめの「シドが宿敵を頼んでも良いと思うレベルの顔面偏差値&スタイル」の暴力で以て授業放課後問わずガンガンいこうぜした結果、勘違いして告る男子が同級生上級生問わず大量発生。それら全てを魔剣『ゴメンソウイウノジャナイ』で切って捨てた結果、男性陣からは軒並み距離を置かれ、女性陣からは理解できない生物(超上流階級)として取り入ってどちらに転ぶか分からない以上距離を置かれるという惨状である。

 

「だって、思ってたのと違う……!」

「人生そんなもんよ、諦めなさい」

 

 結果、比較的いつものグループとして組まれたのがアレクシアを筆頭とした学内カースト最上位のみで組まれた高嶺の花グループである。

 が、これもまたグループとは名ばかりのこの国の上流階級の勢力関係の縮図と化しており、表面上は片手うちわでお上品にお笑いになるお嬢様お坊ちゃまであるものの、机の上では見栄の張り合いが、机の下では舐められてなるものかという脛の蹴り合いが行われる結果となった。

 

 結果、辟易したアレクシアとテオの2人がどちらかの自室にたむろするという構図が出来上がったのである。

 

 ちなみに、学園内でモブであることを徹底するためか、学内では高嶺の花であるテオに対してシドは徹底して距離を置いており、入学以降話した回数は片手で足りる。

 

「大体、あなたなんてまだマシよ。私なんて剣術授業の度にあのいけ好かない優男と顔合わせないといけないのよ?」

「あー、ゼノン先生?」

 

 ゼノン・グリフィ。グリフィ侯爵家の現当主であり、学園では王都ブシン流の剣術指南を行っている。侯爵家の当主にして、武力もこの世界基準で言えば申し分なし。加えて容姿も整っているため生徒の中にはファンのような存在も多数いる男性である。

 

 そして、これだけ非の打ちどころのない経歴と実力を持っているとなれば、当然狙いをつけるのが、王族の血筋に加わる事である。

 早い話が、ゼノンはアレクシアの婚約者候補なのである。とはいえ、ゼノン本人はもはや婚約者確定してますと言わんばかりの押し具合であり、正直テオ的にも若干引いている。

 

「いーじゃん、イケメンで強くて身分も申し分なし。これ以上ない優良物件だよー?」

「あら? なら変わってくれていいのよ?」

「んー、結婚はまだ嫌かなぁ」

 

 しかし、アレクシアにとってはむしろ、欠点がないという事そのものがマイナス評価につながっていた。

 誰よりも比較され、蔑まれて生きてきたアレクシアにとって、長所というものはいくらでも偽れるものであった。

 だからこそ、アレクシアは短所を見て人を判断するのである。そこにこそ、その人間の本質があると信じているから。

 

「ああいうのは絶対中身碌なもんじゃないわよ。陰で娼婦使い捨てたりとかしてるに違いないわ」

「うん、今更だけど表でその態度絶対やめてね?」

「するわけないじゃない。この道15年のベテランよ」

 

 そう言いながらアレクシアはティーカップに注がれた紅茶を飲んで一息ついた。

 

「そうそう、それでゼノンね。あまりにも鬱陶しいから対策に彼氏見繕う事にしたの」

「嘘!? え、誰誰!?」

 

 まさか女らしさを社交界においてきたアレクシアからそんな話題が飛び出すとは思っていなかったのか、恋に恋するお年頃のテオは目を輝かせながら突っ伏していた状態から跳び上がり、アレクシアに詰め寄った。

 

「うるさいわね、別にそんな特別な人じゃないわよ。昨日偶々告ってきた男子生徒」

「えー、勿体ない。せっかくならちょっと良いなぁって思う人にしときなさいよ」

「あら、ちょっと良いとは思ってるわよ? 余りにも欠点だらけ過ぎて安心感ならゼノンに圧勝してるわ」

「うわ、嫌ーな女」

 

 テオは落胆した様子を隠そうともせずにため息をついた後、ティーカップに注がれた紅茶を啜った。

 

 

 

 

「というか、あれだけ騒ぎになってたのに噂届いてなかったのね。 シド・カゲノーって生徒なのだけど」

 

 

 次の瞬間、テオは啜っていた紅茶を思いっきり噴き出した。

 

 

「えっ、やっ、なんっ…………え?」

「嘘、知り合い?」

「知り……合いじゃないけど、お姉さんと、ちょっとね?」

「お姉さん?……ああ、クレア先輩?」

 

 まさかそこでその名前が出てくると思わなかったテオは目をあちらこちらへと泳がせながらごにょごにょと喋る。ティーカップを持つ手が可哀想なくらい震えているテオは、少なくともアレクシアがこれまで見てきたどのテオの姿と比べても動揺しているように見えた。

 

 

 

 アレクシアの口角が、良くない角度で上がる。

 

 テオに、シド*1と初めて出会った時以来の緊張が走る。

 

「ちょ~~っと詳しく聞かせてもらおうかしら?」

「何もない!! 何もないから!!」

「何かある奴がそう言うのよ!! 日頃の恨みも込みで身ぐるみひん剥いてくれるわ!!」

 

 その後、とてもではないが国が誇る第二王女と公爵家始まって以来の天才と呼ばれる才女のそれとは思えない見るに堪えないキャットファイトが繰り広げられることになったのだがそれはまた別のお話。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 日中のミドガル魔剣士学園。シド・カゲノーとかいう名も知れぬモブとアレクシアが恋人関係になったというスクープが学園を駆け抜けて二週間が経過していた。

 最初こそTPOをわきまえずいちゃつく*2シドとアレクシアに対して悲喜こもごもな視線や声がかけられていたものの、1週間もすれば生徒たちは慣れるものである。

 

 テオがアレクシアと一緒に行動する機会が減り、1人でいる時間が増えた結果、アレクシアがモブに持っていかれたことにワンチャンを夢見てテオに突貫する男子生徒が増え、テオの魔剣『ゴメンソウイウノジャナイ』が流す血が幾分か増えたものの、せいぜいその程度の変化である。

 

「アレクシアっ」

「あら、テオ、どうかした?」

 

 選択科目のうちの1つである王都ブシン流の授業の終わり。何故か最も階級が上の1部の授業に最も階級が下の9部在籍のはずのシドがねじ込まれるという珍事こそあったもののそれ以外はつつがなく進んだ授業の終わりに、テオがアレクシアに話しかけた。

 

 無論、2人とも世間の衆目がある以上猫を被っており、自室にいる時の場末のスナックで駄弁っているような空気感はなく、第二王女と公爵家の娘として相応しい気品を漂わせていた。その気品は2人の間に挟まっているシドを消し去るには十分すぎるものである。

 

「シドに用事があるんだけど、ちょっと借りてって良い?」

「もう、横取りする気?」

「そんなんじゃないよ。シド。ちょっと良い?」

 

 アレクシアはほんの少し頬を赤らめながら膨らませる。それに対して、テオは苦笑いを浮かべながら首を横に振り、シドの方へと視線を向ける。

 

 シドはそれぞれの普段の声色と性格を知っている。故に、剣技の授業で着ていた学園指定の道着の下は鳥肌がざわめいていた。

 だが、それでも今のシドは学園きってのモブである。たとえ両サイドから鳥肌が止まらない猫撫で声ASMRをかまされようともモブ演技をやめる事は決して無い。

 

「アッアッ、な、何か用かなアーキュノしゃん!!」

 

 アレクシアに告白した時ほどでは無いものの、学内カーストトップに居座る女子生徒相手の口調に変更。始めにアッが付き、ちょくちょく噛む。そんなシドに対して、テオは眉1つ動かすことなく両手を合わせてウィンクしながら首をかしげる。

 

「ちょっと先生から用事頼まれてて、聞きたいことあるんだけど今時間大丈夫?」

「アッい、今から!? ぼ、僕今からちょっと用事が」

「黙れ、面貸せ」

「うっす」

 シドにだけ見える角度でかつてないほど冷たい目をしたテオには通じなかった。現実は非情である。

 

 

 

 

 

 武道場を出た後、2人は何をしゃべるでもなく横並びになり、歩いていた。背後から時折聞こえるヒョロとジャガとしか言いようがない外見の男子生徒2名の怨嗟の声を受けながらも、シドとテオは使われていない空き教室に入った。

 

「やーっと捕まえたよ。のらりくらりと逃げ回りおってからに……」

「アレクシアさんだけでおなかいっぱいなのにこの上テオまで絡んできたらいよいよラブコメ主人公ルートが確定しちゃうよ」

「高いね自己評価」

 

 シドを適当な空いていた椅子に座らせると、机を挟んで対面したテオは机を思いっきり叩く。ミステリーでよくあるシーンである。やってみたかっただけである。

 

「で、どういうつもり? ネタはもう上がってるんだぜい?」

「アレクシアさんとの件なら僕は被害者だよ? モブらしく学園の高嶺の花に告白して玉砕する予定だったのになんかOK貰っちゃった」

「そっか……うん、まぁ、そりゃそうか」

「え、何その間」

 

 怪訝そうな顔をするシドに対して、テオは苦笑いしながら首を横に振る。

 

「何でもない。で、何で自分がOK貰ったか分かってる?」

「……アレクシアさんはペットを欲しがっていた?」

「うーん、無いね、突拍子」

 

 閃いた、とでも言わんばかりのシドに対して曇りのない笑顔を向けながらテオはアレクシアの事情を説明し始める。

 

 

 

 

 

「何それ、僕とんだとばっちりじゃん」

「人をモブになるための当て馬にしようとした奴が言える事じゃ無くない?」

 

 1人眉をひそめるシドに対して、テオはジト目になりながら、ジッとシドを睨みつける。シドも自覚は無いわけではないだろうが、優先順位第一位が「陰の実力者になる」から動くことは天地が裂けてもあり得ないため反省することは無い。

 

「テオ、何とかならない? あの子裏だと怖いしまさか付き合うとか思ってなかったから修行の時間ゴリゴリ減るし何より目立つしで良い事何もないんだけど」

 

 うだうだと愚痴を言いながら机に突っ伏していたシドだったが、

 

 

 

 

「え、でもお給金貰ってるんでしょ? ポチ」

 

 テオの口からテオが知らないはずの情報が飛び出した瞬間、雰囲気が豹変した。

 先ほどまでのダルがらみが信じられない俊敏さで座っていた椅子を吹き飛ばして飛び退く。その瞳は鋭く、目の前の敵対者を見据えている。腰を落とし、拳を引く、最速で正拳突きを放つための臨戦態勢である。

 

…………どこでそれを?

「すごいよね、ポチって呼ばれてる事実を隠したいモブの威圧感じゃないよ」

 

 テオは悪戯めいた笑みを見せ、人差し指を立てる。

 

「1つ、私はアレクシアと幼馴染だ」

「…………初耳だな」

「そりゃ言ってないからね」

 

 テオは得意げに鼻を鳴らし、臨戦態勢のシドを見据える。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

「…………いや、2つ目は?」

「え? 無いけど」

「指へし折るぞ」

 

 珍しく素で怒りを露にするシドを見てテオは笑い転げる。憮然とした面のシドを尻目にしばし笑い転げた後、満足したのかシドの方へ向き直った。

 

「あー笑った笑った。で、アレクシアと別れたいんだっけ」

「そうだよ。幼馴染なら何とか出来るでしょ」

「んー、じゃあまぐろなるど奢って」

「……ラッキーセットで」

「私いくつだと思ってんだコラ」

 

 ラッキーセット(980ゼニー)とは、今や王都の若者の胃袋を握り潰していると言っても過言ではない外食チェーン、『まぐろなるど』の子供向けセットメニューの事である。季節替わりで無駄に凝ったアクセサリーが付いてくることで評判だ。

 

「っていうか、テオミツゴシ商会のスポンサーだからいらないでしょ。顔の横で手拍子するとまぐろなるどのトラックが飛んでくるんでしょ?」

「金持ちの解像度低すぎない?」

 

 家督を継ぐための訓練の一環としてテオが与えられた資金を全額投資した商会、ルーナ商会は、まぐろなるどの元運営企業である。

 現在でこそ様々な革新的な商品で以てこの国の経済に深く食い込みつつある商会ではあるが、テオの投資と共に始まったまぐろなるどこそがこの商会の大躍進の第一歩であり、それまではかつての栄華が見る影もない没落商会であった。

 躍進の第一歩であるこの事業は、商会の長の意向もあってか、現在では大事な宝物を扱うかのように、ルーナ商会改めミツゴシ商会とは切り離して経営されている。

 

「わかってないなー、友達と一緒に行って友達の金で食べるまぐろなるどのポテトが一番美味しいんだから」

「青春だねーって思ってたけどまあまあクズじゃないそれ?」

 

 話すべきことは話したため、テオはシドに背を向けて教室の出口へ向かって歩を進める。シドもそれに従い構えを解いて歩き始めた。

 

「まあまあ、今やってるキャンペーンのストラップちょっといいなーって思ってたからラッキーセットで引き受けたげるから任せときんしゃい。5日もあればもとのモブA『シド・カゲノー』に戻して進ぜよう」

 

「ははー、ありがたやー」

 

 わざとらしいにも程があるテンションで土下座するシドを見てフフーンと得意げに笑いながら、テオはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、アレクシアは学園から姿を消し、シドはアレクシア誘拐の容疑をかけられて学園から姿を消すこととなる。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「はぁ、なーにやってんだか……」

 

 放課後、1人用にも拘らず家の面子の為だからと無駄に広い一室の無駄に大きな天幕付きのベッドに、テオは制服姿のまま身を投げた。文化レベルが産業革命前後で止まっているこの世界では最上級の一品に分類されるそれはテオを受け止め、そのまま沈み込むかと思うほどに柔らかい。

 

 シド・カゲノーにかけられたアレクシア第二王女誘拐容疑の報せは瞬く間に学園中を駆け抜けた。いくら姉と比較され凡人の剣と揶揄されるアレクシアであったとしても、比較対象が悪すぎるだけで学園指折りの実力者である。

 生徒は安全を期して原則自宅謹慎。特に次のターゲットにされる可能性が高いテオを始めとした公爵家やそれに類する家系の生徒に関しては厳重な警備の下軟禁状態にあった。

 

「どーしよっかなー……」

 

 現状ではアレクシアが何者かに誘拐された、その容疑者としてシド・カゲノーがとらわれている以上の情報はなく、判断できる要素は少ない。

 だが、テオは100%まっ黒だと断言できる。シドがそんな小悪党のようなことをするはずがないからだ。しかも、大人しく連行されたことを見るに今のシドはモブのすがただ。陰の実力者やるならとっくに脱獄して今頃テオの外でスタンバってる警備の人員が倍になるだろう。

 

 という事は、容疑者は必然的にシドを逮捕するよう指図した人物になる。

 

 その人物はゼノン・グリフィ。アレクシアの婚約者候補にしてミドガル魔剣士学園の剣術指南。イケメンで身分もあって強い年頃の女子が憧れる理想の男性。そんな彼が王女を誘拐とは、人は見かけによらないものだが、アレクシアの予想が嫌な形で当たったことになる。

 

「あーーもう、ほんとやらかした……」

 

 アレクシアにそんな男を勧めた過去の自分への嫌悪感からベッドの上でじたばたと暴れるテオ。

 

 本当のことを言ってしまえば、今すぐに部屋の外にいる護衛を蹴散らしてでも幼馴染を探しに行きたかった。

 だが、繰り返すことにあまりにも情報が少ない。アークノ公爵家の情報網にも引っかからなかったことから相手はかなりのやり手。1対1でよーいドンならば負けるつもりはないが、あてもなく動いてアレクシアごと雲隠れなどされたら笑い話にもならない。

 

 この世界の治安は、贔屓目に言ってカスだ。王都でさえ、刃傷沙汰は決して珍しいものではない。王都は取り締まる機関がいるからまだマシとすら言えるほどであり、カゲノー領のような辺境の地の場合、私刑すら割と罷り通ってしまう。でなければシドは今頃牢屋の中か晒し首か陰の実力者(ガチ)となっていることだろう。

 そんなファンタジー世界の皮を被った怒りのデスロードな世界において、やんごとなき身分は無事の保証に等なりはしない。だとすれば、1秒だって待ってやる道理はない。しかし、徒に動くにはリスクが高すぎるのもまた事実。

 

 もっとも短絡的かつ簡単そうなのは変装して、夜分に行動する事だろう。幸いにも警備が室内に見回りに来るのはお貴族様のプライバシーを考慮してか数時間に1度程度。少なすぎる気もするが、その辺はまぁ内通者がいるのだろう。

 

 

「変装、変装なぁ~……したことないんだよな~」

 

 

 アークノ家は表向きの姿は国内有数の名家だがその裏の顔は国内の裏の情報に精通する暗殺者一家だった……などという事はなく、テオ自身剣や式典の場での作法こそ習った覚えはあれど、変装の仕方も特定の部位を突いて身体を爆ぜさせる暗殺術も習った覚えはない。

 

 どこかに誰にも見せたことがなくてかつ、自分だと絶対にばれないような変装手段があれば良いのだが。

 

 

 

「……いや、あるじゃん。変装」

 

 

 

 テオの腰に提げられた小瓶に詰められた金色のスライムゼリーが「俺を呼んだか!?」といわんばかりにキラリと煌めいた。

 

 

*1
スタイリッシュ盗賊スレイヤーのすがた

*2
一方的




戦闘まで書くぜ!! って意気込んだら文字数5桁超えそうだったのでここで区切ります。

評価、感想等是非お願いいたします
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