常世総ての悪、悲劇の坩堝の主(時給980円)   作:sugar 9

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第4話 流れで、魔神降誕

 

 その日の深夜。テオはシドが閉じ込められていた留置場の一室に魔王様コスチュームで訪れていた。フードを目深にかぶっているため顔は見えないとはいえ、余りにも目立ちすぎる格好である。

 だが、アーティファクト等が監視装置の大部分を占め、後は前時代的な人による監視が全てなこの世界においては、シド程ではないが卓越した魔力操作が行えるテオにとってはさしたる障害にはならなかった。

 

「……シド、生きてる?」

「……あれ、テオ、何でいるの?」

 

 シドはパンツ一丁で椅子に縛り付けられる形で座らされていた。右手の人差し指と中指、後は左足の親指の爪がはがされており、全身には既にいたるところに青あざが出来ていた。

 無論、いくらこの世界の拘置所とはいえこのような拷問まがいの行為は許されていない。このシドの惨状が、ゼノン・グリフィがこの一件において黒である確証となっている。

 

 シド本人は暢気な物で、久しぶりの安眠を満喫していたのか、寝ぼけ眼で顔を上げてテオを見ていた。

 

「何でも。助けていい?」

「ダメ。モブとして捕まったからね。ちゃんと刑期は全うしないと」

「そんなことだろうと思った」

 

 抜け出そうと思えばいつでも抜け出せる。そんなことは確認するまでもなかった。テオは呆れたようなため息をついてシドの傷を診始めた。

 

「せめてヤバめの傷は治そうよ。ばい菌入るよ?」

「ダメダメ、傷を鮮やかに魔力で治癒するモブなんて聞いたことないよ」

「……ほんとバカ」

 

 青あざだらけのシドの身体に触れ、魔力を流し込む。

 

「ちょいちょい、勝手に治さないでよ」

「だまらっしゃい。見た目はそのままにしといたげる。それでいいでしょ?」

「……まぁ、それなら」

 

 こういう時のテオは一度言い出したら聞かない。渋々といった様子のシドの了承を得たテオはシドの身体に流し込んだ魔力を用いて治癒を行った。

 

「……で、誰のせいか分かる? アレクシア助けに行くから教えて」

「んー、多分ゼノン先生かな。僕ゼノン先生に連れてこられたんだけど、そのまま鮮やかに爪剥きツアー入ったし」

「そ、ありがと。じゃ、刑期全うしてね」

 

 普段のテオからは信じられないほどの素っ気ない口調でそれだけ言うと、テオはシドに背を向けて歩き始めた。

 

「……何そんな怒ってるの?」

「怒ってないよ」

 

 呟くように吐き捨てるようにそう告げたテオは、逃げるかのようにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「んー……ありゃ本気と書いてマジだね……」

 

 陰の実力者にしてスタイリッシュ盗賊スレイヤーにしてそこいらにいるモブA。シド・カゲノーは、何も根っからの朴念仁という訳ではない。陰の実力者を貫かなければならない以上、周囲の人間という名の観客の反応には誰よりも気を遣う人間である。

 

 問題があるとすれば、洞察力はあるものの視野が絶望的なまでに狭く、情報の分類を「陰の実力者関連」と「それ以外」でしか行わないため、現在進行形で自分が1000年の因縁を孕んだ闘争に巻き込まれつつあることにまるで気づいていない所だが。

 

「こりゃ、早めに動かないと美味しい所持ってかれるなー……」

 

 とはいえ、最も長い付き合いであるテオの心の機微に気付かないわけはない。シドがテオに隠れて野盗やら何やらを狩っていた時以来のマジギレを見せたテオの手にかかれば、ゼノンが敵方の最高戦力と仮定した場合、敵は明日の朝日……は、テオが慎重を期して日中の行動を控えるため見れるだろうが、明後日の朝日は確実に拝めないだろう。

 

「さて、明日の夕方までってところかなぁ」

 

 シドは、恐らく自分を逃がしたことでこっぴどい罰を受けるであろういかにもなチンピラ看守へ黙とうを捧げながら、思っていたより短くなったつかの間の安眠を堪能するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、看守の皆さん。せめてクビで済むことを祈っております……」

 

 次の日の夕暮れ、看守が交代したタイミングを見計らって拘束を吹き飛ばし、拘置所を抜け出したシドは、俄かに騒がしくなっている拘置所に対して合掌し、頭を下げた。

 

 単独での拘置所脱出。これは、シドのモブ式奥義道場においては破門に該当する奥義である。そんなモブ居てたまるか。

 しかし、本質を見失ってはならない。陰の実力者は、ベストなタイミングで実力を発揮するからこその陰の実力者。力を発揮するタイミングを見失ってしまったらそれは陰の実力者ではない、なんか意味深な顔して手を抜いていた間抜けだ。

 

 そんなことを考えながら、シドは人の目も気にすることなくスタスタと歩を進めた。

 

 すると、前方からフードを目深にかぶった人影が歩み寄ってきた。シドは特に気にかける事もなく、その人物とすれ違う。

 

「……後で」

 

 鈴を転がすようなその声を聞きながらも、シドは歩みを止めることなくそのまま歩き去っていった。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 その後、シドが寮の自室に戻り明かりをつけると、薄暗闇の中から浮かび上がるかのように1人の少女が現れた。

 

「久しぶりだね、アルファ」

「ええ、久しぶり、シャドウ」

 

 シャドウの記憶の中にある姿と比べて女性らしく成長した、絹のような金色の長髪とエルフの特徴である長い耳が特徴の少女、アルファはその手に持ったサンドウィッチ、まぐろなるどの看板メニューをシドに差し出した。

 

「食べる?」

 

「もちろん」

 

 シドはそれを受け取ると包装を破いてサンドにかじりつく。そこまでいってようやく疑問に至ったのか、シドは一口目を飲み込んだのちにアルファに問いかけた。

 

「今の当番ってベータじゃなかったっけ?」

「そのベータに呼ばれてきたのよ。至急伝えたい事があるって」

「そうなんだ」

 

 マグロサンドをかじりながら、シドは話半分にアルファの話を聞く。

 

「けど、良いの? 王女様の誘拐に拘置所からの脱獄、このままじゃあなたは確実に処刑よ?」

「だね」

 

 今一つ緊張感のないシドに対してアルファがため息をつきながらしゃべり続ける。

 

「そうじゃなくても、あなたを犯人として仕立て上げようとする動きがある。動くなら迅速にするべきだわ」

「それって教団の仕業?」

「間違いないわ、王女誘拐犯は教団の人間。目的は王族の血よ」

「ふーん」

 

 次から次へとよくそんな設定ポンポン考えつくなあ。

 シドはぼーっとそんなことを思いながらマグロサンドにかぶりつく。

 

「ってことは王女様まだ生きてるんだ。助けに行かないと」

「ええ、そっちは今人員を集めている最中だから、後で追って作戦を伝えるわ。問題はもう一件の方よ」

 

 シドがマグロサンドを食べる様子を微笑みながら眺めていたアルファだったが、その問いかけに呼応するかのように表情を引き締め、シド改めシャドウに対して問いかける。

 

 

 

「昨日、あなたの元を訪れた謎の人物、心当たりは?」

「…………ん?」

 

 

 いや、テオでしょ?

 

 シドがそう思ったのもつかの間、アルファが現状の状況を報告する。

 

「拘置所を見張っていた人員が気づかなかったことから、少なくとも隠密能力は私達以上。私達の情報網にはそんな勢力は引っかかっていないわ」

(あーそっか思い出した、アルファ達はテオに魔神やらせてること知らないんだ)

 

 この男、自分でテオにも伏せておくように指示しておいてこの始末である。

 

 だが、その程度の事で罪悪感を抱くようなシドではない。むしろここから如何にすれば最も自分が映える陰の実力者的展開に持っていけるか。現状では既にそれしか頭にない。そのためにわざわざモブである己を捨ててまでここに来たのである。

 

 

 瞬間、シドの陰色の脳細胞に電流が走る。

 

(ふふふ……来たぞぬるりと……!!)

 

 陰謀蠢く王都での陰の実力者と宿敵の運命的な出会い。そこまでの完璧なプランを脳内で練り上げたシドは表情声色佇まいetcをシャドウのものへとチューンナップ、ほっぺについたマグロサンドのカスはそのままに喋り始める。

 

「……そうか、そちらでも掴んでいたか」

「っ、やっぱり何か知ってるのね?」

 

 シドの空気が変わり、シドからシャドウへと変わったことを即座に察知したアルファは表情をゆがませて問いかける。

 シャドウガーデン発足後、初めてとなるかもしれない同格もしくは格上の存在との邂逅。戦力を確保できるまで相対することを避けていたはずのそれが突如目の前に現れたとあっては、心穏やかではいられないだろう。

 

「……今宵分かる」

「……作戦に影響は?」

「無いな。それが本当に動くとしたら全てが終わった後だ」

「……そう」

 

 それ以上、今話すべきことは無い。言外にそう告げる突き放すような口調に、アルファの表情が曇る。

 いつだってそうだった。シャドウはその智謀の全てを仲間に伝える事は無い。それが優しさ故であることをアルファは誰よりも理解していたからこそ、唇を噛んで悔しさを押し殺す。

 

「あなたがどれほど重い物を抱えているのか、少しはわかっているつもりよ。少しは頼りなさい。そのための私たちなのだから」

「……時が来ればそうさせてもらう」

 

 シャドウのその言葉を背に、アルファはシャドウの自室を後にした。

 

「……テオ、あなたなら、シャドウは……」

 

 脳裏に浮かぶのは、もうずっと会っていない少女の顔。シャドウにとって、アルファにとって陽だまりであり、帰る場所である彼女ならば、あるいは彼の重荷を背負う事は出来なくとも、重荷を背負い疲弊するばかりの彼の心を癒すことは出来るのだろうかと憧憬と懐古が入り混じる物思いに耽りながら、アルファは陰へと消えていった。

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 誘拐された後のアレクシアの状態は万全とは程遠い状態だった。

 連日の大量の採血によって全身には命にこそ別条はないものの少し激しく動くだけで視界が歪む貧血状態。

 ヒステリックな科学者によってつけられた数えきれない生傷。

 

 常人なら精神をやられかねない仕打ちを、ひたすら心を空にしながら流すこと数日、神はまだアレクシアを見放していなかったのか、ずっと続くと思っていたそれらは唐突に終わりを告げた。

 

 謎の勢力による襲撃。

 数日の間だが同じ屋根の下で過ごした化け物の暴走による拘束の破壊。

 偶然免れた地下水道の部分的な崩落。

 

 それらが全て良い方向へと働いた結果、アレクシアは自由の身となり、傷み切っているとはいえ、その手には剣が握られていた。

 

 

 しかし、再びアレクシアの元には試練が降りかかる。

 

 

「悪いが、勝手にどこかに行かれては困るんだ」

 

 そう言って通路の陰から現れたのは、ゼノン・グリフィだった。

 普通に考えれば、騎士団の任務としてアレクシアを助けに来たと思うのが当たり前だろう。

 

 だが、そのアレクシアを物としか見ていないような空っぽの瞳が、アレクシアにそれは違うと直感させた。

 

「はぁ、やっぱりそうなのね。良かったわ。あんたが完全無欠の聖人とかじゃなくて」

 

 しかし、アレクシアから出てきたのは、安堵のため息だった。その顔には笑顔すら浮かんでいる。

 

「ふむ、やりすぎないようには言ったつもりだったが、壊れてしまったのかな?」

「まさか、ここ最近碌なことが無いんだもの、あんたが凡人でスカッとしたって言ってるのよ」

「凡人の剣にそう呼ばれるとは光栄だね」

 

 ゼノンの言葉もどこ吹く風であり、アレクシアはゆっくりと剣を構える。

 

「あら、自分は違うとでも?」

「わかり切ったことを聞かないでもらおうか、次期ラウンズ第12席である私の剣に比肩する者などこの国にいるはずがないからね」

 

 アレクシアが剣を構えるのに対して、構える様子のないゼノンの口から飛び出た耳慣れない言葉にアレクシアは首をかしげる。

 

「意外ね、あなたがそんなイタい肩書にこだわってるなんて」

「君に理解できるはずがないさ。教団の選び抜かれた12人、ナイツ・オブ・ラウンズ。この国の全てを合わせても足りない地位、名誉、富。そのために君の血が必要な事だけ理解すれば良い」

 

 そう言うゼノンに対して、アレクシアは瞳を鋭くし、構えをより深くする。

 

「悪いけれど、私自分の血が好きじゃないの。姉さんをあたってくれる?」

「君で妥協するんだよ。それが賢い選択という奴だ」

 

 アレクシアはゼノンの言葉を鼻で笑う。

 

「ダッサ。本当の天才ってのはね、妥協なんてワード出す間もなく最良の結果を掴み取るのよ」

「テオ君でも思い浮かべているのかい? あれは天才ではない。本当の強者を知らない阿呆だよ」

 

 アレクシアは剣を握る手に力を籠める。

 

「……今のはちょっとムカついたわ」

「それは結構。せっかくの機会だ。本物の天才相手に思い残しの無いよう剣を振るうと良い」

 

 

 アレクシアの突貫に対して、ゼノンが剣を振るい、両者が衝突した。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 

 

 テオは、シドと同じく、現代社会の価値観を以てこの世に生を受けている。

 彼女の性格は、基本的には善良そのものである。だが、それだけで彼女が弱きを助け悪しきを挫く姿を貫いていくわけではない。

 

 それは、一度経験した死への恐怖。

 

 彼女は自分が死ぬ瞬間を覚えている。体の深い所からじんわりと痛みが広がっていき、理性ではなく本能が、自分自身という存在の機能が終わりを告げる事を理解してしまう。あとはもう本当に終わるだけなのだという、曖昧で絶対的な矛盾を抱えた感覚。

 あの感覚こそがテオの原点。テオはそれを何よりも忌避する。自分だけではなく身の回りの人間にすらそれを感じてほしくないと思う。死は誰にでも訪れるものだとしても、自分がそれを与える者にはなりたくない。

 

 だからこそ、シドと行動をともにしながらも、テオはこれまでに誰かを手にかけたことがない。

 

 理解してもらおうとも思わない。それがどれだけ恐ろしいものだと説いたところで、結局のところそれは「終わり」以上のものではない。感じてみなければ分からないものだからだ。

 

 だからこそ、テオはシドが陰ながら盗賊を殺して回っていたと知った時にも特に何かを言うようなことはしなかった。それを否定して成り立つほど、この世界が綺麗で安全なものではないことを知っていたから。

 

 

 要は、テオは分というものをわきまえていた。(どうしようもないもの)が恐ろしいものだと本当に理解しているのは自分だけで良いと、そう思っていた。

 

 

 だが、ゼノンの魔力痕跡を辿ってたどり着いた地下水路にて。テオは見てしまった。

 

 全身傷だらけで、腕には痛々しい注射痕が無数に刻まれ、それ以外にも青あざ、切傷、食料として与えられていたであろう何かの汚れ。普段の気高く美しい彼女、アレクシアからは想像もできないような惨状がそこにはあった。

 

 

 

 テオの中で、何かが外れる音がした。

 

 

 それ(死の恐怖)を教える者として、テオは魔神の役を羽織る事にした。

 

 

 

 

 

 薄暗い地下水路に、コツ、コツと静かな足音が鳴り響く。

 

 侵入者か、だがそれならばこんな堂々と足音を鳴らしてくるような愚を犯すことしないだろう。そんな愚者が厳重な警備を張り巡らせたここに来れる訳がない。それとも外の混乱に乗じて侵入したのだろうか。

 

 そんな思考を巡らせながら、ゼノンは戦意を失ったアレクシアに対する構えを解き、音のする方を向く。

 

 

 

 そこにいたのは、この地下水路にはあまりにも場違いといえる『白』だった。

 体格はアレクシアと同程度、肩幅や胸のふくらみから女性であることが伺えた。

 全身を包む白いローブは簡素なデザインではあるものの細部の装飾等から高価なものであることが伺える。

 目深にかぶっているフードの陰から覗くのは、不気味な紋様が刻まれた仮面であり、素顔は確認できない。

 

「白……? 近頃教団にちょっかいをかけている野良犬とは別口の愚か者かな?」

 

 何もかも不明。

 だが、恐れるには値しない。

 

 ゼノンはそう判断した。

 目の前の謎の白い影からはアイリス王女のような圧倒的な魔力は感じられない。無論、ある程度は体内の魔力を操作することで隠すことはできるが、それにも限度がある。

 後は剣だが、そちらに関して王国最強といっても過言ではないゼノンが負ける道理などどこにもない。見た所手には何も得物を握っておらず、フードの中に隠している可能性も考えられるがそれで出せる武具には限度があるだろう。

 

「悪いが急いでいてね、目撃者を生け捕りにする余裕はないん、だっ!」

 

 これが近頃教団の支部を潰して回っている漆黒の衣をまとった集団であればその首を手土産にすることも考えたが、目の前の人物はそれに該当しない。ならば、不要な目撃者はここで殺すに尽きる。

 

 そう判断したゼノンは、剣を白い少女に向け、言葉を言い終わると同時に地面を蹴る。

 

 疾風と見紛う程の速度で放たれた突きは、吸い込まれるように白い少女のフードから覗く白い首筋へと向かって行き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ゼノンの脳内に浮かんだのは、山程の大きさはあろうかという巨岩であった。それもただの巨岩ではない。星を圧縮して無理やり山程度の大きさに留めたのではないかと錯覚させるほどの高密度と硬度を持った巨岩であった。

 

 

 剣は、少女の首筋に突き立てられると同時に刺さることなくそこで止まっていた。硬いものに思いっきり剣を振るった時のしびれが、ゼノンの両手を蝕む。

 

「…………は?」

 

 しかし、ゼノンにとってはそれどころではなかった。目の前で起こった事実を正しく認識できているという自信が無い。

 剣など使わずとも容易く縊り殺せそうな細い少女の首に剣を突き立てて、巨岩に思いっきり剣を打ち付けたような感触が返ってくれば無理もない話だろう。

 

 

 

 

「おい」

「っ!!」

 

 首に突き立てられている剣など認識すらしていない、そういわんばかりの態度で、白い少女から声が発せられる。少女のものとしては幾分か低いそれに気づいたゼノンは、弾かれるかのように後ろに跳び、再度構えを取った。

 

「俺は今、見ての通り機嫌が悪い。今お前を生かしてやっているのは、そうせねばならん理由があるからだ。わかるな?」

「っ……!」

 

 急に流ちょうに喋り出した白い少女に対して、ゼノンは屈辱に表情をゆがめる。

 異常な硬度を誇る皮膚。全力には程遠いとは言えゼノンの刺突が直撃して身じろぎ一つ起こさない体幹。何もかもが目の前の少女の、到底鍛えているとは思えない小柄な姿と体格とは一致しない。

 

「アーティファクト頼りの小娘が、小手調べを防いだ程度で随分と粋がるじゃないか……っ!」

 

 故に、ゼノンは目の前の少女の理外の耐久力をアーティファクトによるものだと解釈した。アーティファクトの力を己の実力と勘違いし、増長したまま死ぬ輩は裏で活動している者の中には決して珍しくない類の人種である。

 

 ではどうするか。目の前の白い少女は先ほどの一撃を防御する気がまるでなかった。にも拘らず、それによってできたゆとりで反撃を放つかと思えばそれも違う。

 圧倒的防御力を得るアーティファクトの代償か、それともアーティファクト便りの防御のため反撃の為の反応すらできなかったか。

 

 いずれにせよ、本気の一撃で防御ごと叩き切る。ゼノンの全力を以てすれば、アーティファクトの防御など関係ない。

 もし本当にそんなものがあるとするならば、それは神話に登場する類の絶対防御。そんなものがあれば、彼が属するディアボロス教団が認知していないはずが無い。

 

 ゼノンの構えが変わり、纏う魔力の質が変わった。より鋭く、より濃密に、斬撃に適した状態へと昇華されて行く。

 ゼノンは、表の世界において自身の本気を開示したことは一度たりともありはしない。彼本来の実力は学園の剣術指南などという枠に収まるはずはない、王国最強と呼び声高いアイリス第一王女のそれに匹敵する剣なのだから。

 

「そのアーティファクトに免じて見せてあげよう、これが次期ラウンズの力だ!!」

 

 一瞬、少なくともアレクシアは認識する間もなく白い少女とゼノンの間合いが詰まり、ゼノンによる大上段からの一撃が振り下ろされる。わずかにかすっただけの地下水路の天井を両断した。防御などしてしまえばその時点で防御ごと叩き切られることが容易に想像できる一撃が白い少女に向けて放たれた。

 

 

 

 

 次の瞬間、腹の底に響く低い衝突音が鳴り響き、遅れて衝撃波が発生して地下水路の水面を激しく揺らし、突風が吹き荒れる。

 

「何だ、人がせっかく寿命を延ばしてやろうというのにそんなに早く死にたいのか、つれない奴だ」

「っ!!」

 

 結果は、何も変わらなかった。剣は白い少女が被っているフードすら切り裂くことなく、白い少女の頭の上で止められていた。

 今度こそ、ゼノンの背筋に氷柱が差し込まれたような怖気が走る。間違いなく全霊の一撃だった。にも拘らず、手に残るのは肉を切った感触ではなく、変わらず大岩に剣を打ち付けた時のような硬く痺れる感触のみ。

 

「もういいか?」

「っ、貴様、何者だ!!」

 

 退屈そうな声色で問いかける白い少女に対して、感じている怖気を振り払おうとするかのように、ゼノンは声高に問いかける。白い少女は小さく肩をすくめた後に喋り始める。

 

「俺か? 何故これから死ぬ者に名乗る必要がある。だが、そうだな。久しぶりの『外』だ。興が乗った。名乗るとしよう」

 

 そういうと白い少女は顎に右手を添え、考えるような仕草を見せ始めた。

 

 

 しばし考えるそぶりを見せる少女。隙だらけのその姿と、その姿を見てなお警戒から一撃を繰り出すことが出来ない己への怒りでゼノンが歯を食いしばる中、少女が言葉を紡ぎだした。

 

 

 

「名前、そうだな、一番呼ばれていた奴で良いだろう」

 

 

 

()()ディアボロス。それが俺の名だ」

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 今度こそ、ゼノンの思考が止まった。

 

 今、目の前の存在は何と言った?

 

 ()()ディアボロス。間違えるはずもない。ディアボロス教団が長年追い求め続ける最終目標。1000年前、勇者に打倒されるその時までこの世を蹂躙しつくした常世総ての悪にして悲劇の坩堝の主。目の前の少女は、自分こそがそれだと名乗ったのだ。

 

 もしもこれが、誰とも知れない上に強さも分からない者が言ったならば、世迷いごとであると切って捨てる事が出来ただろう。名の知れた強者が言ったのならば、その傲慢を笑う事が出来ただろう。

 

 しかし、目の前の名も知れぬ強者の情報を少しでも求めていたゼノンの思考に、その情報は毒となって入り込む。

 

(まさか、そんな……いや、あり得ない!!)

 

 普通に考えれば、そのような事はあるはずがない。だが、剣を握って初めて感じる絶望的なまでの力の差の解答として、その情報はゼノンの思考を容易くかき乱す。

 

「ふざ……けるなよ、名も知れぬ凡愚風情が!!」

 

 ゼノンは懐に手を突っ込むと、赤い錠剤が入った小瓶を開けたかと思えば、中に入っていた錠剤を一息に飲み込んだ。

 

 瞬間、ゼノンの魔力が膨れ上がり、暴風と化して地下水路の水を吹き飛ばした。

 

「覚醒者3rd……っ!」

 

 それは、魔人に至らんと探求を続けた教団の成果が1つ。全身の筋肉が膨れ上がり、魔力は直前までの数倍は下らない。今のゼノンは、紛う事なき王国最強。その剣を一度振れば、アイリス王女すら容易に屠れるだろう高みにいた。

 

「これこそが、我らが魔人への道程にして成果! 凡愚がその名を騙った事を後悔させてやろう!!」

 

 地面を吹き飛ばし、間合いを一瞬で詰めたゼノン、音速の壁を突破したことを伝える衝撃波をまき散らしながら、小枝でも振り回すかのように剣を振るう。

 

 

「おお、少しは良くなったじゃないか。もっとよく見せてみろ」

「なっ!?」

 

 さながらそよ風で揺れる草をかき分けるかのように片手でその剣戟は振り払われる。反撃など一切考慮していないその連撃を一瞬で振り払われたゼノンの顔が驚愕に歪むのも数瞬、親指によって力を抑え込められた中指が解き放たれる。要は、白い少女のデコピンがゼノンに向けて放たれる。

 

「がっあああああ!!?」

 

 たったそれだけ、それだけの一撃で、今や斬撃すら通らないはずのゼノンの肉体がくの字に折れ曲がり吹き飛ぶ。

 レンガ造りの壁を粉砕してようやく止まったゼノンの身体には隕石でも衝突したのかという打撃痕が残り、一部は砕け散った骨が見え隠れするほどの負傷を負っていた。しかし、それらは逆再生でも見ているかのように見る見るうちに再生されて行く。

 

「ほう? 魔力暴走の指向性を操る事による肉体性能の強化。それを応用した自動的な回復か、制御できているとまではいかんが、なるほど、用途を絞ればある程度の性能は引き出せるという事か。面白い事を考える」

 

 のんびりとした歩調で、首をかしげながらゼノンに起こっていることを考察する白い少女。壁に衝突したまま動けないでいるゼノンに歩み寄ると、覚醒者となったことで2倍は太くなった右腕を踏み抜き、引きちぎった。

 

「ひっ、ぎいいいああああああ!!!?」

「ほーら、がんばれがんばれ覚醒者。腕の1本や2本、生やして殴りかかってみろ」

「っ……!! ああああああああ!!」

 

 間合いを詰めた白い少女に対して、ゼノンは即座に腕を生やし半狂乱になりながら破れかぶれに剣を振るう。しかし、何千何万と剣を振るったゼノンの本能は、最高効率で以て白い少女の首を切断するべく襲い掛かる。

 

「おいおい、剣など振るってどうする。魔神になるのだろう? 剣とは爪も牙も持たぬ人が持つ物だ」

 

 しかし、同じく白い少女にそよ風を振り払うかのようにあしらわれる。元々覚醒者の膂力で以て振るう事も、ましてやそれが跳ね除けられることなど想定されているはずもない剣は、その一撃を最後に砕け散った。

 

「あっ……ああっ……ああああああああ!!」

 

 積み重ねてきた全てが、1つ1つ、玩具で遊ぶかのように手折られた。

 もはや、ゼノンの戦意は完膚なきまでに砕け散っていた。覚醒者によって強化された膂力で以て、思いっきり地面を蹴る。少しでも、目の前の超常の存在から距離を置くために。

 

「おいおい、まだこれからだろう」

 

 次の瞬間、ゼノンの両手両足が文字通り消し飛んだ。もはやゼノンには自分の身に何が起こったのかすら理解できないでいた。ただ、四肢が消し飛んだ勢いのまま地面を転がる事しかできなかった。覚醒者となった彼の肉体はそれを修復しようとするが、生えてきたのはいびつな形の四肢であり、ゼノンはその足に頼る事をやめて地を這った。

 

「何だ、もう魔力切れか。それで良く覚醒者などと名乗れたものだ」

「嫌だ、こんな、嫌だぁ……っ!!」

 

 一歩一歩、『死』が近づいてくる。本能が理解する。あれとの距離が無くなった時、それが自分の『死』なのだと。目前になって初めて認識するそれへの恐怖に、ゼノンの心は完全に支配されていた。

 

 

「……はぁ」

 

 テオは演技をやめて、ため息をついた。

 アレクシアに対する仕打ちの意趣返しでこのような事をしたが、やはり気分が良いものではない。親友に対しての仕打ちを考えれば少しは気分が晴れそうなものだが、死を目前にした人間というものに対して、テオは愉悦を抱ける人間ではなかった。

 

 アレクシアに対して魔神ムーヴを見られていることからもこのまま自分が連れて行くわけにはいかないが、間もなく来る騎士団が連れて行ってくれるだろう。ならば自分は適当な理由をつけてトンズラするだけだ。そんなことを思いテオが適当な理由を口に出そうとした時。

 

 

 

 

 

「児戯はそこまでにすることだな」

「…………ん?」

 

 

 

 

 そこに、もう一つの陰が現れ、声を発した。陰を纏いし漆黒の集団の先頭、豪奢な装飾があしらわれた漆黒のロングコートを身に纏う少年は、鋭い眼で以て白い少女を見据えていた。

 

(え? やるの? 今ここで?)

(ああ! 全ては今、ここから始まる!!)

 

 テオの内心など、お構いなしである。

 

 




次回以降は区切る場所を見直すのでもうちょい投稿頻度が上がる……はず。
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