常世総ての悪、悲劇の坩堝の主(時給980円)   作:sugar 9

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微妙に時系列ズレてる箇所ありますが本筋にはあんま関係ないので許してください。


第7話 日頃の準備って人間性出るよね

 アレクシア王女誘拐騒動と、それに伴う騒動も落ち着きを見せつつあるミドガル魔剣士学園。そこでは新しいトピックである剣術大会に関する話題が増え始めていた。

 

 ブシン祭。2年に1度、国内外問わず腕に覚えのある剣士が集まり、剣士の頂点を決める歴史のある大祭である。

 魔剣士を養成する学校であるミドガル魔剣士学園では、特別にブシン祭の出場枠を与えられており、その枠を勝ち取る大会こそが剣術大会である。

 

「テオ、今から君をボコボコにする。3日後、君も僕をボコボコにしてくれ」

「何? 最低な走れメロス?」

 

 そんな中、この学園で最も目立たない場所である*1三階の実習用アーティファクト倉庫にて、テオとシドは駄弁っていた。晴れてアレクシアとの恋人関係を解消させ、元のモブとしての暮らしを取り戻して上機嫌なはずのシドだったが、その日はらしくなく若干不機嫌な様子で頬を膨らませていた。

 

「ミツゴシ商会、ガンマ達がやってるなんて聞いてないんだけど?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

 シドの不機嫌の理由はガンマとテオにあった。シドのあずかり知らない所で、シドのアイデアを元に巨万の富を築いていたのが納得いかなかったのだろう。普通王都内で躍進を続ける商会の美人会長の噂位届きそうなものだが、悲しい事にシドの陰の実力者センサーがどうでも良いものとして弾いてしまっていた。

 

「今でも陰の実力者ごっこ付き合ってくれてるんでしょ? いーじゃんそれくらい」

「でも最初は僕のアイデアだったわけじゃん? 人が頑張って文字通り犬になって小金稼いでる時に人のアイデアで優雅に片手うちわなんて随分なご身分じゃないか」

「『苦い豆砕いて砂糖ぶっかけると美味い』はアイデアとはいわんのよ」

 

 思っていたほど怒らないシドに対して、テオは金髪を揺らしながら少々不思議そうな表情を浮かべる。シドが本気で怒っているわけでは無いのは、そんな風にして稼いだ金をふんだんに利用したであろうセットをガンマが用意してくれたからという事はテオは知る由もない。

 

「っていうか、3日後にボコボコにして欲しいって何?」

「ほら、あれあるじゃん、剣術大会。何かヒョロジャガが勝手に僕エントリーさせたらしくてさ。当たったらいい感じにボコってよ」

「……デラックスセット*2

「ありがと、こんどラッキーセット*3奢るよ」

「おい」

 

 次になんかあった時にはデラックスディナーセット*4を買わせよう。テオはそう決意した。もうそろそろ陰の実力者ではなく陰のヒモである。

 

「そういえば聞いてよ。シャドウガーデンのフォロワーが出来たんだよ。すごくない?」

「人斬り集団のフォロワーが出来て喜ぶ精神すごくない?」

 

 2人の話題に上がったのは、近頃王都で囁かれている人斬りに関する噂であった。

 

 夜間、王都を徘徊する人斬り。まだ公になっている情報ではないが、彼らはシャドウガーデンを名乗っているのだという。シドが闇討ちなどするはずもないためさしたる動揺は無かったが、それでも身内に変な疑いがかかるのは良い気はしなかった。

 

 どちらかといえば、そんな状況下に自分が置かれているにも関わらず「陰の実力者っぽくなってきたぜ~~、テンション上がるなぁ~~」程度の意識のシドにこそテオは思うところがないでもないが、それは言うだけ無駄という話である。

 

 仮にも国で最も栄えている王都にも拘らず噂になる程人斬りが動けるのはどうなのかという話ではあるのだが、この世界の治安に期待するだけ無駄であることはテオも良く分かっていた。

 

「まぁ、ね。僕も陰の実力者だからカチあったらお命頂戴するわけだけど」

「何この人、怖……」

 

 それはそれとして陰の実力者が偽物を許すはずもない。テオがドン引きしていることなど素知らぬ顔でシドは得意げに鼻を鳴らす。

 

「ま、そういう事だから、偽物見つけたら連絡よろしく。陰の実力者がかっこよく参上するついでに助けてあげるよ」

「あー……まぁ、考えとく」

 

 ふと、懐中時計を確認したテオは何かを思い出したかのように立ち上がり、シドに背を向けて歩き始めた。

 

「ん? 何か用事?」

「アイリス王女から呼ばれてるんだよね。何のことか知らないけど」

 

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 学園内の応接などに用いられる一室にて、テオとアイリスは質の良い長机を挟んで向かい合っていた。部屋の外には鎧を着た男性が2名控えており、1人はテオも知っている顔だったが、もう一人は不明。大方王女の護衛としてついている騎士団の人間だろう。

 

 アイリスは神妙な面持ちのまま、言葉を紡ぎ出した。

 

「テオ・アークノ卿。貴方には、私が新設する紅の騎士団に所属してもらいたいと考えています」

「……いや、それだけ言われても何のことだかわかりませんって」

「……それもそうね」

 

 真面目な表情のまま瞳を閉じ、頬を少し赤らめた後に1つ咳払いをして再び喋り始める。

 

「テオ、先日の王都連続襲撃事件は知っていますね?」

「えぇ、まぁ」

 

 テオは、面倒ごとの話の気配を感じてか出されたティーカップに入った紅茶を啜る。

 

 アイリスミドガルという女性は清廉潔白を形にしたような人物である。それは彼女の剣や生き方にも表れており、何事も真正面から突破しようという傾向がある。好きか嫌いかで言えば好きに分類される生き方ではあるが、それが危険な生き方であることもまたテオは理解していた。

 

「騎士団の調査の結果、先の事件は2つの勢力の衝突によるものと判明しました。1つが『ディアボロス教団』、そしてもう1つが『シャドウガーデン』」

「…………」

 

 この時、テオは紅茶を噴き出さなかった自分を褒めるために帰り道でミツゴシ商会で新商品のチョコ詰め合わせを買ったのはまた別の話である。

 テオはティーカップに口づけ、傾ける。アイリスの視界から自身の顔が見えなくなる一瞬の間に表情を整えた後、慣れないシリアス顔で言葉を紡ぎ出す。

 

「……どちらも聞かない名前ですね」

「無理もありません。特にディアボロス教団は既に王国の根深いところまで食い込んでいると考えられます。事実、先日心神喪失状態だった所を捕縛したゼノン・グリフィはディアボロス教団の信徒でした」

「そう……ですか」

 

 そう言いながら、テオは紅茶を一口啜る。表情こそ整えたが、その内心は荒れ狂っている。

 最近王都を賑わせている人斬り事件でシャドウガーデンの名前が出ているのは良いとして、何故彼らの仮想敵のはずのディアボロス教団が出てくるのか、何故そこにゼノンが所属していることになっているのか。分からないことだらけである。

 

「それだけではありません。捕縛したゼノン・グリフィがしきりにこう呟いているという報告がありました。『魔人』と」

「……あの大規模な魔力ですか」

「会議ではアーティファクトの暴走として一応の結論はつきましたが、関連はあると考えられます」

 

 察したように言ってしまったが、これで「あれ自分なんですよ! ヤバいですね!」というルートが閉ざされてしまったことに2秒後に気付いたテオのカップを握る手がわずかに震える。

 

 テオは、自身のシドに匹敵する実力をシド以外の人間に明かしたことは無い。もちろん、シドのように普段はモブにしか見えない程に実力を隠すような極端な事はしないが、魔力を使うのは必要最低限、身体強化も同様に最低限のものしか公の場では使わない。

 

 テオがいくらその辺の認識が甘いとは言えども、自分の実力が世間一般のそれを大きく、それはもう大きく逸脱していることくらいは自覚している。

 その気になれば王都を吹っ飛ばせる力を開示した所で、良いことなど何もない。むしろ周囲の反応を考えれば悪い事が立て続けに起こるだろう。

 その為、テオは普段は必要に迫られない限り常識の範囲内で収まる力を振るうにとどめている。

 

「ゼノン・グリフィ程の人物が内通者なのです。ならば、王国の貴族も少なくない数が教団の手の者と考えても良いでしょう。そこで、紅の騎士団です」

「……ひょっとして殿下をトップにした私設の騎士団とか考えてます?」

「……ダメだったかしら?」

 

 そう言いながら、アイリスは少し冷や汗を垂らした。自身を見るテオの瞳が、アレクシア関連の時のそれと同じジトっとしたものだったからである。

 

「まぁ……悪くはないと思いますよ。今は国王が事なかれ主義なので……多分」

「引っかかる言い方ね」

 

 それ今からクーデターおっぱじめますって言ってるようなものなのですが大丈夫ですか? などとは流石にテオでも言えるはずなくテオは紅茶を一口啜って喉を潤わせた後に喋り始める。

 

「殿下の御意志がどうこう、という話では無く、見られ方の問題です。ただでさえ王国内で正体不明の巨大な何かが王国に潜んでいるかもしれない、という不安定な状況下でいくら味方であることを示されたとしてもアイリス王女のお眼鏡に叶う強者が徒党を組めば、良い顔をする者は少ないでしょう。たとえそれがアイリス王女直々のものだとしても」

「……なるほど、私が国盗りを目論んでいるように見える、という事ですか」

「……端的に言わせていただくと、そうなります」

 

 むろん、このまま行けば王位を継ぐことになるアイリスを指して国盗りというのは変な話ではあるが、趣旨としては間違いない。

 

「騎士団の新設の許可が下りなかったのはディアボロス教団による妨害が大きいと思っていましたが、やり方も改める必要はありますね」

「はい」

 

 あ、もう申請してたんすね。ヤバいですね。という内心は捨て置き、テオは続けて喋る。

 

「ですが、設立の際にはぜひお声がけを。テオ・アークノ、微力ながら協力いたします」

「っ、良いのですか?」

「王国を、そして民を思う気持ちは私も同じです」

 

 シド達の陰の実力者ごっこがシャレにならない事になってるっぽいので少しでも多く情報を手に出来るようにしたい。という内心をおくびにも出さず、テオは自身の胸に手を当ててアイリスの目をまっすぐ見据えてそう言って見せた。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「なーんか、どんどん面倒なことになってる気がする……」

 

 その日の夜、とりあえず紅の騎士団への手土産としてシャドウガーデンを名乗る何某かの情報を掴むべく、テオは寮の門限をこっそり破って抜け出し、夜の王都に繰り出したテオはそうぼやいた。

 

「あら、何か言った?」

「何も。とりあえず裏路地行ってみよう」

「そうね」

 

 問題があるとすれば、そこにすっかり元気になって退院したアレクシアが付いてきていることくらいだろうか。姉譲りのダメだと言って聞くような性格ではない以上、一緒に連れ立った方が安全だと判断しての事だったが、これで陰の散歩中のシドなどに出くわしたらそれこそどんな顔をすればよいのかすらわからない。

 

 大通りを外れ、路地裏に足を踏み入れる。、明かりらしい明かりなどほとんどないため、大通りから漏れるわずかな光のみを頼りに歩みを進める事になる。

 

「アレクシア、本当に大丈夫?」

「何度も言わせないで、私は大丈夫。千歩譲って怖かったとしても、部屋の隅でガタガタ震えてるだけなんて死んでもごめんよ」

 

 そう言いながら腰に差した剣に手を据えるアレクシアだったが、その手は微かに震えていた。

 

「まぁ、まだ大通りからそこまで外れてないし、いざとなれば逃げれば……」

 

 

 

 そこまで言って、テオは黙り込んだ。不思議そうな表情を浮かべるアレクシアを下げて、腰に差した剣に手を伸ばすテオ。先程までと表情や声色こそ変わっていないが、その目つきは一変し、油断なく暗闇に包まれた路地裏の先を見据えていた。

 

 現れたのは、黒いコートを身に纏った男だった。フードを目深に被っているため表情はうかがえないが、体格からして成人していることは間違いない。

 

「シャドウガーデンさん、でいいんだよね?」

「……我らはシャドウガーデン」

 

 テオは構えを取る様子もなく、ジッと男を見据えて問いかけた。しかし、返ってくるのはとてもではないが意志を感じられない機械的な返答のみ。テオはため息をつきながら続けて問いかける。

 

「名前だけ言われても困るんだけど、他に何かない?」

「……我らはシャドウガーデン」

「ダメね。どうしようもないわ」

 

 そう言いながら、男は剣を構えた。アレクシアは即座に意思疎通が不可能と判断し、剣を抜き放った。テオもそれに従い、ため息をつきながら腰に差していた剣を両手で抜き放った。

 

「出たわね、そのダサいキーホルダー剣」

「やめて?」

 

 テオの()()は、アレクシアの手にある無駄という無駄を取り除いたそれとは全く異なる異形の剣であった。

 

 まず目につくのが、数。右側に4本、左側に3本、合わせて7本という数。合わせて運用することを想定されているそれらは一本一本は細く、そして薄い。柄も同様に細く、満足に握る事も難しいのではないかという程であり、遠目に見れば刺剣のようにも見える。

 それらは、柄頭に通された鎖によって1つにつながれており、アレクシアの言うように剣のキーホルダーをそのまま実際の大きさに拡大させたかのような剣であった。

 

「オッケ、じゃあ行くよー」

「我らはシャドウガーデン……」

「え、本当にそれだけしか言わないの?」

 

 男が愚直に斬りかかってくる。指と指の間に挟む形で右手だけで三本の剣を持ちながらテオは軽くいなした。

 

「ふっ!!」

 

 瞬間、隙が出来た男に対して同じく左手に持った3本の剣で以て斬りつける。しかし、男もその程度の事は把握していたのか、返す刀でそれを迎え撃つ。

 

「アレクシア!」

「わかってる!」

 

 しかし、その隙にアレクシアの斬撃が男を襲う。アレクシアの剣が肉をえぐり、血しぶきを飛ばす。

 痛みから体勢を崩した男に向かってアレクシアが追撃を加えようとしたが、

 

「アレクシア! ダメ!」

 

 その叫びと共に突き飛ばされたアレクシアの目の前を、斬撃が通り過ぎる。

 

 瞬間、赤い血が飛び散った。

 アレクシアが斬撃の方向へと視線を向けてみれば、そこには2人、先ほどまで戦っていた男と似たような黒いコートを纏った男がいた。

 しかし、そんなことは重要ではない。

 

「いったぁ……」

「っテオ!」

「ん、大丈夫大丈夫、掠っただけ」

 

 テオの表情が苦悶に歪み、右手からはとめどなく血が流れている。当の本人はアレクシアに向けて笑顔を向けているが、それでも形勢が大きく変わったことに変わりはない。

 

「新手……でいいんだよね?」

「……我らはシャドウガーデン」

「何、そういうギャグ?」

 

 新たに表れた男2人に対して、テオは問いかけるが、返ってくるのは先ほどと同じ返答のみ。呆れたようなため息を吐くテオのことなど気にも留めていないかのように男二人がテオに向かって斬りかかってきた。

 

「っ、テオ、どうする!?」

「んー、アレクシアはどうしたい?」

「そんなこと聞いてる場合じゃない、でしょ!」

 

 アレクシアが1人、テオが2人と剣戟を繰り広げながら、言葉を交わす。数的不利こそあれ、いくら負傷しているとは言っても力量ではテオが頭一つ抜けていることもあり、不利という程ではない。だが、決め手に欠け、テオの怪我の様子が不明瞭なのもまた事実。アレクシアは戦況をそう読みとった、

 

「本当なら1人を囲んで棒で叩いて捕まえたかったけど、こうなっちゃったらしょうがない。今は巡回も強化されてるし大通りに動きながら時間稼ぎが一番安牌かなぁ」

「そう、ね!」

 

 軽口をたたく余裕があるならまだ大丈夫だ。アレクシアはそう割り切って迷う思考を振り払い、目の前の男に向き直り、剣を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、アレクシアの目の前にいる男の胸から、血と臓腑を巻き込みながら剣が生えた。

 

 

「え……?」

 

 アレクシアのそんな間の抜けた声が夜闇に響く中、男は力なく倒れ伏す。

 そこにいたのは、彼らと似たような、それでいて決定的に異なる陰を纏った男だった。

 

「あ、あなたは……」

 

 アレクシアの漏れ出るような問いかけに答えることなく、男、シャドウは言葉を紡ぎ出す。

 

「シャドウガーデンの名を騙る愚者よ。その罪、命を以て償うが良い」

 

 男2人はその声を聞くや否や雲を散らすかのようにその場から逃げ去った。それは、シャドウが他の誰よりも断絶した実力を持つが故のようにアレクシアには見えた。

 

 シャドウガーデンを騙る何者かが去った後、その場に残ったのは、アレクシアと、テオ、そしてシャドウの3人。3人の間に一瞬の沈黙が流れた後、シャドウはテオの方へと視線を向ける。

 

「えーーっと…………」

 

 何とも言えなさそうにしているテオの方へとシドは歩み寄り。

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 

 鮮やかな弧を描く後ろ回し蹴りを放った。

 

「ぶっ!?」

「っテオ!!」

 

 とっさに全力で剣で受け止めたテオだったが、不意打ちだったことが災いして大きく吹き飛ばされることになった。路地裏の壁を何枚か突き破ってようやく止まったテオに、息つく暇もなく間合いを詰めるシャドウ。

 

「な、にすんじゃこの……っ!!」

「シッ……」

「ん……?」

 

 ここ最近のシドの態度に普通に鬱憤が溜まっていたテオがシャドウに掴みかかろうとするが、シドが人差し指を口に当て、高速で瞬きを行う。

 

 それは、余りにも即興劇が下手なテオに対してその場その場で指示を行うべくシドが編み出した口も手も道具も使わない意思疎通の技法。

 その名も、『瞬きモールス信号(Blink Morse Code)』。魔力によって人外すら超える領域まで強化されたシドの肉体が可能にした「秒間100回の瞬き」により、何なら普通に喋るよりも高速で意思疎通を行える無駄に洗練された無駄のない無駄な技術である。

 ちなみに、先のシャドウとディアボロスの激突ではシドがハイになっていたため使われることは終ぞなかった。

 

(えーっと、何々……?)

 

 当然、テオもこの技術を有しているため、一旦冷静になったシドの目を確認する。

 

『演技中。ちゃんとやって』

 

 それを理解した瞬間、テオの血の気が引いた。こんな非常時にお芝居やっとる場合か、などという問題ではない。つい最近どうもハブられまくっていたことが判明したテオにとって、これ以上ハブられたらいよいよ立ち直れる気がしない。

 

 

 しかし、

 

『……変身セット持ってきてない』

『…………嘘でしょ?』

 

 テオの熱量はシャドウと比べるべくもない。そんな常日頃から魔神さんに変身できるような備えなど持っていないのである。シャドウの目にこいつマジかという失望の色が宿るが、普通におかしいのはシャドウの方である。

 

『……寝てて』

『……りょうかい』

 

 

 

 

「テオ!!」

 

 アレクシアが吹き飛ばされたテオに追いついて最初に見た光景は、壁に衝突して意識を失い倒れ伏すテオと、そんなテオの顎を掴んで彼女の顔を覗き込むシャドウの姿であった。

 

「あなた、テオに何を……!!」

 

 相手は、あの化け物に匹敵する強者。本能は逃げるよう警鐘を鳴らし続けている。しかし、震える膝に拳を叩きつけ、アレクシアは剣をシャドウに突きつける。

 シャドウは、アレクシアに突きつけられている剣など認識していないかのようにジッとテオの顔だけを見据えている。

 

「……未だ、完全に目覚めたわけではない、か」

 

 ぽつりと一言、シャドウがそうつぶやいた。その言葉の意味はアレクシアには理解できなかった。

 用事はすんだとでも言わんばかりにシャドウはテオをそっと地面に降ろし、テオとアレクシアに背を向けた。

 

「っ待ちなさい。あなた、一体何が目的なの? それだけの力で、この王都で一体何をする気?」

 

 今この機を逃せば、きっと次は無い。本能でそう思ったアレクシアはシャドウに問いかけた。

 シャドウは視線だけをアレクシアに向けた。

 

「……関わるな」

 

 それだけを言い残し、シャドウは逃げ去った男たちの後を追うべく飛び去った。

 

「っ待ちなさい!!」

 

 アレクシアはとっさにその後を追おうとしたが、

 

「ぐっ……う……」

「っテオ……!」

 

 テオの呻きが耳に入り我に返ったアレクシアはテオの元へと駆け寄った。剣で防いだこともあってか、傷自体はそこまで深くは無いようだ。

 

「アレク、シア……?」

「そうよ、傷むところは無い!?」

「ん、大丈、夫……」

 

 そう言いながら身を起こしたテオは、っシャドウの飛び去った方向を向いた。

 

シド……あの、人は……?」

「……偽物を追いかけていったわ。自分たちの偽物がいるのが気に食わないのでしょうね」

「そっか……」

 

 そう言いながらテオは起き上がった。

 

「っ急に動いて大丈夫?」

「うん、痛みもあんまりない。何だったんだろう……」

「…………」

 

 アレクシアは一瞬迷った。シャドウが言っていたあの一言を、テオに伝えるべきか。

 

『……未だ、完全に目覚めたわけではない、か』

 

 その言葉の意味を、アレクシアは知らない。しかし、それがテオの何かを指していることは間違いない。

 しかし、その一言を伝える事は、きっと何か大きな変化につながる。そのことがアレクシアには何故かどうしようもなく恐ろしい事のように思えた。

 

「……ひとまず、病院に行くわよ。腕の怪我は治さないと」

「そう、だね……」

 

 テオに肩を貸しながら、アレクシアは裏路地を去った。

 

 

 その時、その言葉を発していれば、何かが変わっていたのだろうかと思うのはもう少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にデラックスセット奢るなんて気前いいじゃん。どうしたの?」

「いや、ネームドの前にいきなり表れて意味深な事言って去ってくって王道中の王道の陰の実力者ムーブできたことに後から興奮しちゃって」

「何じゃそりゃ」

 

 次の日の日中、まぐろなるどの店内でそんな会話が交わされたのは、また別の話。

 

*1
シド・カゲノー調べ

*2
1480ゼニー

*3
980ゼニー

*4
2280ゼニー




ミドガル姉妹大好きかこの作者?
テオのパーリィな剣に関してはもうちょっとしたら正しい使用方法が出ます。
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