常世総ての悪、悲劇の坩堝の主(時給980円)   作:sugar 9

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第8話 超えるラインは人それぞれ

 

「という訳で、今日よりしばらくの間一緒に行動させていただくことになりました。紅の騎士団所属、テオ・アークノです。どうぞよろしくお願いします。バーネット先輩」

「シェ、シェリーでお願いします……」

「そういう訳にも行きません、先輩ですので」

 

 国内きっての名家のお嬢様が恭しく自身に傅くその様にシェリー・バーネットはその桃色の髪を所在なさげにいじりながら、凄まじい居心地の悪さを感じていた。

 

 事の始まりは昨日の事。あのアイリス王女からシェリーへとアーティファクト解析の依頼が入った事に始まる。聞けばそれは、ディアボロス教団なる宗教団体の施設から発見されたとても表には出せないようなアーティファクトであり、古代文字による暗号で守られているものだという。

 学者の端くれとして興味は大いにあるが、明らかに責任重大なその仕事にしり込みしていた所を、親代わりでもあるルスラン・バーネット副学長に背中を押される形で請け負う形となった。

 

 問題はその後、教団からの押収物という事もあり、そのアーティファクトは今もなお狙われている恐れがあるのだという。そこで戦闘能力のないシェリー1人を置いて研究を行わせるわけにもいかないため、アイリスが新設した紅の騎士団の団員がシェリーとアーティファクトの警護にあたるのだという。

 

 そこでシェリーの警護に白羽の矢が立ったのが、テオ・アークノである。既に戦力としては申し分ない点、そして、シェリーと年齢が近く、同性であることからの選出である。

 

 ちなみに、そこに至るまでにシェリーの意志はあんまり考慮されていなかった。無論、筋骨隆々の大男が常に傍に控えるよりは良いと言えるかもしれない。が、国内きっての名家であるアークノ家の天才令嬢を傍に侍らせて作業するというのも正直50歩100歩である。

 

「あ、あのー、テオさんは授業とかは……」

「ご心配なく、こう見えても文武両道なので」

「そうですか……」

 

 違う、そうじゃないと思いながらもシェリーは作業に取り掛かる事にした。

 

「あ、手伝えることあったら言ってくださいね。何でも手伝いますので」

「は、はぁ……では、機会があれば……」

 

 自分よりずっと身分が上の令嬢を顎で使えというテオの無茶な要求に対してシェリーは引きつった笑いを浮かべながら適当な指示を飛ばすのだった。

 

 

 

 

「調子はどうですかな?」

「おや、ルスラン副学長」

 

 そんな何とも言えない雰囲気の研究室に初老の細身の男性、ルスラン・バーネットがやってきた。ミドガル魔剣士学園の副学長を務める彼はその温和そうな瞳を細めてシェリーとテオに視線を向ける。

 

「私は見ているだけですので、何とも……」

「なんと、アークノ家の天才令嬢にも不得手な分野があったとは」

「あはは……」

 

 地味に棘が含まれている気がするルスランの台詞を苦笑いで聞き流しながら、テオはルスランに問いかけた。

 

「ルスラン副学長はどのようなご用件で?」

「いえ何、今回のアーティファクトは、私としても少々興味がありましてな」

「そうでしたか」

 

 じゃあ私と話す必要なくね? と思いつつもテオは脇に下がり、シェリーへの道を作る。

 

「シェリーとは、どうですかな?」

「どう、とは?」

「何せあの研究熱心です。友人らしい友人もおらず、老婆心ながら心配しているのです」

「あー…………」

 

 納得したような様子で、テオはシェリーの方を見る。そこでは、シェリーがルスランが来たことにも気づかずに書物に没頭していた。

 

「ある程度打ち解けたとは思います……?」

「疑問符が付く程度なのですね」

 

 何だろう、うちの家が何かしたのだろうか。

 いちいち引っかかる発言にテオが心の中で疑問符を浮かべながらも応じる。

 

「まぁ、そういう事でしたらお任せを。仲良くなることには自信がありますので!」

「学園では高嶺の花という名の腫物のようですが?」

「私副学長に何かしましたっけ?」

 

 そのような微妙なギスりはありつつも、アーティファクトの解析は順調に進んでいった。

 

 

 

―・―・―・―

 

 

「あ、すみません。私明日剣術大会の予選があるのでちょっとだけ他の方と交代するんですよ」

「はぁ……そう、ですか」

 

 シェリーの警護をテオが始めて早数日。そうはいっても打ち解けてきた2人だったが、その日のシェリーはどこか様子がおかしかった。普段はおどおどとした様子の彼女が、その日は明らかに上の空だったのだ。頬も上気しており、瞳もどこを見ているのか分からない。

 テオは怪訝そうにしながらシェリーに尋ねた。

 

「?……どうかされました?」

「っテオさん……」

 

 テオが声をかけると、そこでシェリーは初めてテオが来ていることに気が付いたのか、ハッとした表情でテオの方を向いた。

 その後、少しためらうような素振りを見せた後に、シェリーはテオに問いかけた。

 

「その……お菓子の作り方とか、ご存じないですか?」

 

 かなり過程をすっ飛ばしていることが伺えるシェリーの質問に対して、テオは首をかしげながら問いに対して問いで返した。

 

「それはまた何故」

「実は……」

 

 シェリーは、その頬をさらに赤らめながら、事の顛末を喋り始めた。

 

 曰く、廊下を歩いていた所後輩の少年に突然お菓子を渡されたのだという。

 

 曰く、そのお菓子はミツゴシ商会で売られているチョコという名のお菓子であり、その中でも最上級の一品なのだという。

 

 曰く、それだけのものを送るという事は少年がシェリーに対してそれなり以上の感情を抱いていることは明らかであり、答えるか否かはともかく何かお礼がしたいのだという。

 

 テオは目を輝かせた。他人の色恋をコンテンツとして消費することには抵抗こそあれど、それでもまだまだ恋に恋するお年頃。周りを見れば勘違いして突っ込んでくる男子か片手うちわに見栄の張り合いをするお貴族様ばかりの学園生活に辟易していたテオにとって、それはまさしく恵みの雨であった。

 

「良いじゃないですか! そういう事ならお任せを!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 そうして、その日のアーティファクトの解析は一時中断し、オペレーション・バレンタインデーキッスがスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「いやいや、そんな緊張しなくても、というかそもそも名前知らないのでしょう?」

「は、はい、実は……」

 

 オペレーション・バレンタインデーキッスはそもそもシェリーの要領の良さやアーティファクトいじりで鍛えられた手先の器用さもあり、限りない理論値で以てスムーズに進行した。

 そうして出来たクッキーを可愛らしく包んだものを片手に、先ほど自身の試合を終わらせた護衛のテオを引き連れてシェリーが向かっているのは剣術大会が行われている闘技場。テオがそもそも今日こちらで試合があるからというのと、今生徒が最も集まっている場所がここであるため、こちらで探すのが最も効率が良いと考えたのだ。

 

「んー、とはいえ流石に人多すぎですね。何か特徴とかないですか?」

「それが、本当に特徴らしい特徴がない子で……ちょっとツンツンしてる黒い髪で、黒目で、眠そうな顔していました」

「……そう、ですか」

 

 瞬間、テオに嫌な予感がよぎったが、流石に無いだろうと頭を振ってその考えを振り払う。そもそももしその少年がテオの知る人物だった場合。そのようなラブコメ展開に突入しかねない行為をするわけが無いのだ。

 

「あ……い、居ました……え?」

「どれどれ……」

 

 頭で必死に浮かび続けるモブの顔を振り払っていると、シェリーが意中の相手を見つけたらしく瞳を輝かせる。テオがシェリーの視線を追うようにして視線を向けたその先には、

 

 

 

 

 

「ぺぎょええええぇぇぇぇええええ!!!!」

 

 何か見覚えのあるモブが美しい放物線を描きながらきりもみ回転して吹っ飛んでいた。口から吐き出された血糊はさながら竜巻のような美しいアートを描いている。体操技あたりならば向かうところ敵なしだろう。

 

「…………」

「テオさん?」

「いえ、何でも。試合終わったら渡しに行きましょう」

 

 どうしよう、とってもとっても帰りたい。

 

 そんな思考はおくびにも出さずに、そう言いながらテオはシェリーの手を引き、手ごろな空いている席へと座り、自身もその隣に腰かけた。

 

「ぐ、ぐはっ、ヴぉおえええぇぇぇっ!!」

 

 そんなことをしている最中も、視界の先ではモブが死ぬばいって量を吐き散らしながらのたうち回っていた。モブの対戦相手であり、学園最強との呼び声も高いローズオリアナの一撃に会場は沸き立っていたがテオの内心はヒエッヒエである。

 

「…………っ」

 

 その様を見て、シェリーは胸のあたりで手を握りしめていた。恐らく思い人が痛みつけられている現状に自身も痛みを感じるような心持なのだろう。テオも現在進行形でイタみを感じている最中なので気持ちはよくわかる。

 

「ゼァッ……ゼァッ……!」

 

 モブは立ち上がり、口元の血糊をぬぐいながらもその瞳には今この瞬間に全力を燃やすのだという確固たる意志が存在していた。

 

 そう、彼はここで止まらない。止まるわけがない。

 

 何故なら、

 

「きょげぷりいいいぇぇえええああ!!!」

 

 彼のやられ方は後45個残っているからだ。

 

 

 

 

 男、シド・カゲノーは考える。モブがモブたる所以は何かと。

 

 目立たなければモブなのか? なるほど、一理ある。目立つモブなど論外だ。だが、それではアニメなどでやたら印象に残るあんなモブやこんなモブは目立っている故にモブではないのか、と。

 陰の実力者とコインの裏表でつながるモブという存在。考えに考え抜き、パフェをもんじゃ焼きに空目する程の厳しい鍛錬を積み重ねた結果たどり着いた結論。

 

 

 モブとは、やられる事とみつけたり。

 

 スポーツ恋愛青春ゲーム戦闘武術ギャンブルetc、この世のありとあらゆる勝負に負け、しかして何の印象にも残らず、ネームドを次の段階に進めるだけの舞台装置、それこそがモブに課せられた唯一の役割なのだ。

 

 道を見つけたのならば、後は歩むのみ。

 

 この世のありとあらゆるシチュエーションにおいて完璧に、されど美しく、されど死ぬほどあっけなく敗北するために編み出したモブとしての完全敗北戦術。

 

 

 

 それこそが、モブ式四十八手。シド・カゲノーが編み出したモブがモブであるための究極奥義である。

 

 しょーもな。

 

「何、で、ですか……?」

「はい……?」

「何で、あんなにボロボロになっても、続けるんですか……?」

 

 シェリーは、ボロボロになりながらもその笑顔を深め何度でも立ち上がるシドに対して疑問の声を上げた。武術の心得などまるでないシェリーが見てもわかる程の差を前にして、何故シドはああも立ち上がるのかと。

 

「そう、ですね……」

 

 テオは少し考えるようなそぶりを見せた後。

 

 

 

 

 

 

「譲れない物があるから、ですかね……」

 

 とりあえず、置きに行った。

 

 

 

 その後、テオは何の苦労もなくモブを一撃で打倒して一回戦を突破した。

 

 

 

―・―・―・―

 

 シェリーによるアーティファクトの解析が佳境に入ったある日の事。

 学園の地下に広がる地下道に、その集団はいた。

 その集団は学園にいるには似つかわしくない集団であった。1人を除いて黒いマントで体を覆った黒ずくめの男達が、リーダー格と思われる鎧をまとった男に付き従っていた。

 

「で、俺らはいつ仕掛ければいいんだ? 痩騎士さんよ」

 

 黒ずくめの男の中の1人が軽薄な口調で鎧をまとった男に問いかけた。

 

「今から強欲の瞳を起動する。焦るなレックス」

 

 レックスと呼ばれた男の方は見もせずに、痩騎士と呼ばれた鎧の男は懐から金属製の眼球のようなアーティファクトを取り出した。

 

「たかがガキの集団襲うのにそんなもんいるか?」

「黙っていろ。貴様はただ言われていたことをやればよい」

 

 そう言いながら、痩騎士が殺気を飛ばす。鎧を着てなお細身に見える体躯は決して恵まれたものではないが、その全身から発せられた剣気にレックスは思わずたじろぎ、冷や汗を垂らした。

 

「おお怖、わーったわーったよ。ペンダント型のアーティファクトの回収、それが最優先だろ?」

 

 レックスは面倒くさそうにため息をつく。それに対して痩騎士が付け加える。

 

「わかっているのならば構わん。今の状況は不確定要素が多すぎる、シャドウガーデンだけではない」

「魔人ディアボロス様、ねぇ……」

 

 そう言いながらレックスはバカバカしいとでも言わんばかりに肩を竦める。

 

「魔人気取りの馬鹿なんざこれまでにも腐る程いただろ。何でそこまで気にすんのかわかんねえな」

「私とてそれは同じことだ。だが、不確定要素は全て排除せねばならん」

「へいへい」

 

 レックスは返事こそしたが、そこまで本気で受け取っている様子は無かった。しかし、痩騎士がそれに対して強く言及することは無かった。魔人がいたという証拠として挙げられるのが、教団の最高幹部であるラウンズに近い立ち位置に居たとはいえ、物差しとして使えるほどの力量は持ち合わせていないゼノン・グリフィによる証言。そして、どう考えても強欲の瞳に近いタイプのアーティファクトの暴走にしか見えない先の王都を包んだ黄金の魔力。それだけで魔人が復活したと信じろと言われても無理難題というものである。痩騎士としては、先の王都を包んだ黄金の魔力の出どころとされるアーティファクトの方が興味を引かれるくらいである。

 

 そもそもの話として、魔人が復活していることなど、ラウンズかそれに近い立ち位置に居ればありえないと即座に回答できる。もし本当に魔人が復活しているのならば、今彼らが恩恵を受けている魔人の遺体が効力を発揮していることに説明がつかないからだ。

 

 そんなことを痩騎士が考えていると、強欲の瞳と呼ばれたアーティファクトが鈍い輝きを放ち、周囲の魔力を吸収し始める。これにより、元々その対象から外されていた痩騎士の一団を除く者は、常時放出した魔力を吸収され続ける事となった。

 

「よし、では取り掛かれ」

「りょーかい、我らはシャドウガーデンっと」

 

 痩騎士の指示に従い、黒ずくめの男達が地下道を後にした。

 

「これでようやく、私は再びラウンズに……」

 

 その痩騎士の独白を聞く者は、どこにもいなかった。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

(ん……?)

 

 その違和感に気付いたのは、ほんの偶然だった。警備の傍ら、手悪戯で掌の中で魔力で以て操作していたスライムゼリーが突然制御を離れて動かなくなったのだ。

 

「……シェリー、ちょっちついて来て」

「?……どうかしました?」

 

 アーティファクトの解析に没頭していたシェリーの肩を揺さぶり、テオの方はため口で話せる程度には打ち解けた彼女の意識を現実に戻す。シェリーは何が起こったのか今一つ理解できていないのか、きょとんとした表情でテオの方へ視線を向ける。

 

「魔力が練れない。何か起こってるかも」

「え……?」

 

 シェリーは呆然とした様子でつぶやいた。当然、まだ襲撃者が来たとかそういう話では無いため実感がわかないというのも無理のない話だろう。

 しかし、研究室の外で警備に当たっていた2人の騎士が緊迫した様子で研究室に入ってきたことで、何が起こっているのかはともかく、有事であることはシェリーにも何となくではあるが理解できた。

 

「テオ、気づいているか」

「魔力が使えない、ですよね」

「気づいているなら話は早い」

 

 獅子の鬣のような髭を蓄えた大柄の男性、紅の騎士団副団長、グレンがテオに話しかける。テオが入団して数日はテオがアークノ家の令嬢という事もあり気を抜けば敬語が出ていたグレンであったが、この数日間の警護を通して、テオを部下として使える程度には打ち解けていた。

 

「敵方の目的は、恐らく彼女とアーティファクトだ。ここにそれがある事も知られている可能性が高い。俺とマルコはここで襲撃者を迎え撃つ、彼女を連れて副学長室に向かってくれ。あそこならここからさして遠くなく、造りも確かだ。バリケードを組めばある程度は持ちこたえられるだろう」

「承知しました。行こ、シェリー」

 

 そう言いながらテオはシェリーの手を引く。が、シェリーは一瞬それに抗うかのように立ち止まった。テオは不思議そうな表情を浮かべながらシェリーの方を向くと、シェリーはその場で考え込んでいた。

 

「……魔力が練れないんですよね?」

「? まぁ、そうだけど……」

「だとしたら、これが関係あるかもしれません」

 

 そう言いながらシェリーは解析機に置いていたアーティファクトを手に取った。

 

「おや、例の」

「はい、これは強欲の瞳というアーティファクトの制御装置なんです」

「え、じゃあこれだけだと意味ないってこと?」

「はい、詳しい説明は省きますが、強欲の瞳は周囲にある魔力を吸収、貯蓄することができるアーティファクトです。もしも学園を襲撃した方がそれによる魔剣士の無力化を考えているのであれば、そのレベルの魔力吸収が行えるアーティファクトはこれ以外には少々考えにくいです」

「へー。え、それって割とすごくない?」

 

 魔力を貯蓄することができるという事は、ある程度それをエネルギーとして運用するためのアーティファクトであることくらいはテオにも想像がつく。それは、少なくともテオには聞いたことのない魔力の活用方法だった。

 

「そうなんですよ! もしこのアーティファクトのテクノロジーを解明できれば、魔力が既存の資源に頼らない新しいエネルギー源として蒸気機関の発明以来の産業革命が――」

 

 今が緊急時だという事も忘れ、頬を紅潮させながら早口になってシェリーがこのアーティファクトが如何に革命的なものかを説明しようとした次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 研究室のガラス窓を突き破り、黒ずくめの男が飛び込んできた。

 

 

「我らはシャドウガーデンっと、シャドウガーディアンだったか? まぁいいや、めんどくせぇ」

 

 飛び込んできた黒づくめの男は気だるげに名乗った後に、彼の得物と思われる2本の剣を取り出した。

 

「俺はレックス、叛逆遊戯のレックスだ。お仕事はペンダント型のアーティファクトの回収。ってことで全員死ねやぁ!」

 

 そう言いながらレックスは両の短刀を構え、最も近くにいたシェリーへと斬りかかった。

 

 その斬撃はシェリーに届く事はなく、割って入ったグレンの剣によって受け止められた。

 

「っ行け!」

「シェリー、行くよ!」

「っは、はい!」

 

 グレンの声に突き動かされるようにテオはシェリーの手を引っ張って走り出し、研究室を後にした。

 

 

 

 

―・―・―・―

 

「ンーー……Marvelous*1

 

 一方その頃、学園の屋上で絶頂している存在がいた。我らがモブにして陰の実力者、シド・カゲノーその人である。

 彼のテンションは今、高まりに高まっていた。誰もが一度は妄想したであろう学校にテロリストが襲撃してきたらというアレをマジで実行に移しやがった謎の一団。彼らの襲撃の第一撃を貰うモブとしての役目を全うした後に、屋上から意味深に学園と、大講堂に囚われた生徒、そして学園中を徘徊するテロリストを見下ろす。

 今日だけで既に陰の実力者としてやりたい事リストが2つも埋まってしまった。にも拘らず、事態はまだ始まったばかりである。一体今日だけでどれだけ陰の実力者をやれば良いのか。幸せすぎる悩みである。

 

 無論、100点ではない。シンプルに昼というのが明るすぎて気に食わないし、こんなピーカン晴れの真昼間から暑そうな黒ずくめの格好をするテロリストの皆さんは正直ダサい上に美的センスに欠けると言わざるを得ないが、クオリティは置いといてとりあえずやってみるそのチャレンジ精神をこそシドは評価していた。

 幸いにも、この魔力が使えない摩訶不思議現象を憂慮してか、学園の周囲にスタンバっている騎士団の面々は容易に手を出せそうにない。このまま夜までじっくり待てば、陰の実力者にふさわしい舞台がやってくるだろう。シドはそんなことを考えていた。今現在被害を受けている学園の面々に聞かれれば細切れにされても文句は言えない思考だが、不幸な事に今彼を見ている者は誰もいない。

 

「シャドウ様、シャドウガーデン配下総勢112名、配置につきました」

「そうか」

 

 そんなシドの背後に現れたのは、一見すれば特徴のない女子生徒だった。しかし、ダークブラウンの髪と瞳、そしてやぼったい眼鏡をかけて平凡な生徒に変装している少女はシャドウガーデンのナンバーズが1人、ニューであり、とても彼を細切れに出来る思想の持ち主ではなかった。

 

 毎度毎度どっからそんなにエキストラ呼んで来てるんだろう。そんなことを考えながらシドはニューに問いかける。

 

「状況は?」

「生徒は教団員によって大講堂に監禁、教団は逃げ隠れた生徒を探すべく人海戦術で学園中を徘徊しております」

「そうか……」

 

 そう言いながら、シドは自身のモブ・センシズ*2がメインストーリーの進行を告げていることをひしひしと感じていた。

 

「ふむ……」

 

 しかし、モブ・センシズがその警鐘を鳴らすのに反して、シドは違和感を感じていた。

 学園が襲撃されるという一大イベントが発生しているにもかかわらず、学園内にいるネームドキャラが少なすぎる。アイリスは学園の外で王女だからと自由に動けない状況に歯噛みしており、アレクシアはテオ曰く持ち出してはいけない押収品を持ち出したとかで寮にて謹慎中、いちいちロックな王女である。

 今、学内にいる中でネームドらしいキャラといえば、オリアナ王国の王女であるローズ・オリアナ。そしてルスランバーネット副学長の娘であるシェリー・バーネットの2名である。そして前者は、現在体育館にて監禁中。シェリーは見ていないが、あのどんくささでは恐らく大講堂に監禁中であろうことは想像に難くない。

 

 明らかにこの状況を解決するには役者不足だ。

 

 何より、主人公ポジションと言えるような人物が存在しないのである。これだけの事態が動いているというのに何故主人公は動くどころか影も形も見せないのだろうか。生徒などどうなっても良いというのだろうか。とんだ薄情者である。と、脳天に無数のブーメランが突き刺さることなど気づきもせずにシドは考えた。

 

(……あれ? シェリーは?)

 

 そんな中、大講堂に集められた生徒の中に目立つ桃色の髪がいないことに気付いた。逃げ隠れているのだろうかと考え、視線を大講堂から外し、校舎の方へと向ける。

 

(あ、居た。シェリーに……)

 

 目立つ桃色の髪はすぐに見つかった。おどおどとしたその様子と、周りをきょろきょろと見ながらも周囲を把握しきれずにいるその様子は明らかに危なっかしく、1人でいればすぐに見つかり殺されるなりなんなりしてしまうだろう。

 そうなっていないのは傍らにいる剣を携えた女子が原因であり、

 

(……テオ?)

 

 その金色のショートボブと瞳は良く見知った幼馴染のそれであった。赤の騎士団なる組織で働くことになったと聞いてはいたが、シェリーと行動を共にしているとは思っていなかったためシドはわずかばかり驚く。

 

(となると、今回のメインキャラはシェリー、そのサポートとしてテオってことか……)

 

 なるほど、確かにテオであれば魔力吸収程度は容易く突破できるだろうし、よしんば魔力を使わなかったとしても、テオに剣技で勝てる存在がゴロゴロいるとは考えにくい。

 

(それにしても、こないだのアレクシアの騒動と良いトラブルに巻き込まれてるなーテオ……)

 

 お前が言うなというブーメランを投げながら、シドはこの後どう動けば最も陰の実力者っぽいかに思考を巡らせる。

 

 

 そこまで考えたシドの灰色の脳細胞に電流が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして展開される。()()()()()()()

 

 

 

 

 荒廃した戦場、天空に広がった次元の穴から、この世のものとは思えない禍々しい怪物が姿を現す。

 相対するは、金色の髪と瞳、荘厳な衣装が施されたローブを身に纏い、周囲に7本の剣を浮遊させる見目麗しい少女。

 

 誰かが言った。何故あなたはそんなにも優しいのかと。

 

 誰かが言った。何故あなたばかりが苦しみを背負うのかと。

 

 誰かが言った。何故あなたばかり戦わねばならないのかと。

 

 

 少女は少しも悩む素振りすら見せず花咲くような笑顔で以てそれに答える。

 

「それでも私は、この世界を救うよ。それが、私のやりたい事だから」

 

 その言葉だけを残し、少女は光の矢となって怪物へと向かって行き――――

 

 

 

 

 存在しない記憶終了。

 

 

 

 

「…………なんという事だ……っ!」

「っ、シャドウ様……?」

 

 まだ仕えてから日は浅いものの、それでも一度も聞いたことのない主の明確に動揺したと分かる声色に、ニューもわずかながら動揺する。

 ニューが口頭で伝えた状況だけでこの事態の全容を把握し、次の手を打つために行動を起こす陰の叡智。それを十全に操れる唯一の存在であるシャドウが動揺していた。七陰ならばそれだけで最大限の警戒態勢を敷くこの状況の重大さが、ニューには理解しきれていなかった。

 

「戦力を動かすのは少し待て。時が来れば合図をする」

「しょ、承知しました……」

 

 それだけ言い残し、シドは屋上から飛び降り、陰の実力者やりたい事リストの内1つを埋めながらその心を焦燥で満たしていた。

 

(テオ、今分かったよ……君なんだな……っ!?)

 

 

()()()は……っ!!」

 

 

 

 

 

(……いや、何やってんのシド?)

「? ……テオさん、どうかしましたか?」

「ううん、何でも。急ごう」

 

 シリアスな顔して屋上から飛び降りる何故か血まみれの友人を視界の端っこに収めながらも、どうせいつもの奇行だろうとスルーしながら、シェリーを守りつつ歩を進めるテオを蚊帳の外に、事態は進んでいくこととなる。

 

 

 

*1
ネイティブ

*2
鍛え上げられた直感により本編のシナリオの進行度、キャラクターの重要度、この後の展開etcを予想できるすごいセンス。 byシド・カゲノー




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