常世総ての悪、悲劇の坩堝の主(時給980円)   作:sugar 9

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第9話 このテロリスト牛耳る学園で最も自由な者

 

「到着っと……」

 

 所変わり、副学長室。道行く中で出会ったテロリストを倒しながら副学長室にたどり着いたテオとシェリーは、中に誰もいないことを入念に確認した後、小休止を取った。

 

「副学長、脱出してたっぽいね。抜け目のないおじいさんだ」

「だといいんですけど……」

 

 楽観的なテオに対して、シェリーは不安をかき消すことができないまま、副学長室内の棚にある書類を物色していた。

 

「何か探し物?」

「はい、確かこの辺りに……ありました」

 

 そう言いながらシェリーが棚から取り出した本を開く。テオもそれを覗き込むと、何やら小難しい文章と共に眼球のようなアーティファクトが記されていた。

 

「これは?」

「これが、さっき言っていた強欲の瞳です。母がこれと同じ研究をしていたのですけど、その時の資料が悪用されるのを防ぐために副学長が保管していたんです」

「副理事長とお母さん知り合いなんだ」

「はい、実は……」

 

 そう言いながら、シェリーは自分の身の上を語り始めた。

 

 アーティファクトの研究に従事していた母の話。

 

 母とは親しい中であった副学長の話。

 

 このアーティファクトを研究している最中に何者かによって母が殺されてしまった話。

 

「っていう感じで……今喋るような事でも、ないかもですけど」

「そっか……」

 

 照れ臭そうに笑うシェリーに対して、テオはその資料と、置かれていた本棚をじっと見つめる。何やらきな臭い気配を感じつつも、いちいち言う事ではないと判断したテオは重ねて問いかける。

 

「ひょっとして、もし本当に強欲の瞳が使われていたら何か突破口がある感じ?」

「その通りです。幸い、解析はもう終わっているので、後はこの制御装置の調整を終えれば、これを使って魔力の吸収を止める事が出来る、はずです」

 

 意外と強かなシェリーの作戦に舌を巻く。とてもではないが、先ほどまでスリッパをペタペタ鳴らしながらテロリストがウロウロする廊下を歩いていたとは思えない。

 

「いーじゃん、それで行こう。調整ってここでも出来るの?」

「それが、調整用の器具は研究室で……」

「んー、そりゃそっか……」

 

 当然の帰結に、テオは1つため息をついた後に考える。

 

 テオが本気で行って戻って来れば、10秒もあれば取って戻ってこれるだろう。しかし、一度通った道はテロリストの皆さんをあらかた殲滅してしまったため、もし気づかれていたらより人員が割かれているだろうことは想像に難くない。

 そんな中を駆け抜ければ当然目立つ。それはもう目立つ。流石に負ける気はないが、それでもここにいるという事を大声で叫ぶようなものである以上、リスクであることには変わりない。

 

 ならば、コソコソ隠れながら研究室へ向かうか。不可能ではない。むしろ一番安全だ。しかし、それではある程度の時間シェリーが無防備な状態になってしまう。バリケードを敷いたとてそれも絶対ではない。

 

 どこかにある程度信頼がおけて妙な気を起こさないモブでも転がっていないだろうか……と思索に耽っていたテオは。

 

「…………あ」

「テオさん?」

 

 何かに気が付いたかのように顔を上げたテオは、窓の方へと駆け寄り、見える建物の屋上に視線を向けた。目当てのモブの姿は見当たらなかったため、心の中で舌打ちを飛ばしながら、テオは目を閉じ、魔力探知に全神経を集中する。

 

 魔力痕跡は強欲の瞳によって消えてしまっているが、それ故に見つけやすい。元々シドやアルファ達に比べればその手の探知は不得手なテオだったが、純白の紙にインクの染みが一つあればどんなに小さいものでも見つけられるように、スライムを粘土のように弄繰り回せる程度の魔力をテオは見つけた。

 

「シェリー、ちょーっと隠れてて」

「? それは、どういう……」

「助っ人呼んでくる」

 

 それだけ言い残し、シェリーを机の下に押し込んだテオはテロリストに見つからないよう窓の縁を蹴って屋上へと全力で跳躍した。

 

 

 

 

 

 副学長室の窓からは死角となっていた学術学院の校舎の屋上に、何故か血まみれな上に袈裟懸けに斬られた痕跡のある制服を纏ったお目当てのモブ、シド・カゲノーがいた。

 

「陰の実力者みーっけ」

「あれ、テオ」

 

 銃をかたどった手からスライムゼリーを矢じりにして放ち、テロリストの数を減らしていたシドはほんの少しの驚きと共にテオの方を見た。

 

「シェリーは?」

「何で知ってるの?」

「ずっと見てたから」

「え、キモ……」

 

 軽く引いて軽蔑の表情を浮かべた後、テオはシドの方に歩み寄り、シドの隣に立ってシドが向いている方を見た。

 

「何やってんの?」

「陰の実力者にふさわしい夜がくるまでテロリスト潰し」

「楽しい?」

「そこそこかな。あれ、クッキークリックして増やすやつくらい」

「プチプチ感覚で人殺すのやめな?」

 

 もはや目の前の陰の実力者に対して何を言っても無駄であるとはわかっている。分かっているが、それはそれとして気に入らないものは気に入らないためシドの頭を両拳でぐりぐりと挟み込む。

 

「痛い痛い、地味に痛いよテオ」

「うっさい。その傷どうしたの?」

「テロリストの第一撃を貰うのはモブの役目なんだよ」

「意味わからん」

 

 実際にはテロリストに本当に斬られて死にかけていたことなど露知らず、ため息をついた後にテオは本来の要件を話し出した。

 

「ちょっと用事があってシェリーの所離れないといけないの。その間ちょっとシェリー見ててくれない?」

「んー、それどれくらいかかりそう?」

「10分くらい?」

「了解、アークノ家秘蔵のワインで手を打とう」

「ありがと、今度ラッキーセット奢るね」

「おい」

 

 そう言いながら、テオはシドの首根っこを引っ掴んで引きずりその場を後にするべく歩き始めた。

 

 引きずられながら、シドはテオに問いかけた。

 

「テオ的には、この後の段取りとかついてたりするの?」

「準備中。とりあえずこの魔力吸収されるの何とかして、後は流れかなー」

「わお、場当たり的」

「うっさい」

 

 唇を尖らせるテオを尻目に、シドは空を見上げながら言葉を紡ぎ出す。

 

「別にそんなちまちましたことしなくたって、テオならこのくらいの魔力吸収どうにでもなるでしょ」

「私1人でどうにかしたらその後に来る厄介ごとの方が大きくなるでしょーが」

 

 紅の騎士団の副団長ですらまともに魔力を使えない状況で魔力がまともに扱えるとあっては、まず真っ先にテロリストの関係者である線が疑われる。それに加えて、よしんばその疑いが晴れたとしてもあくまで常識の範囲内に収まっているからこそ称賛が集められる実力も、常識を外れれば恐怖の対象となるのは目に見える話だ。

 

「んー、ならないんじゃない?」

「何でさ」

 

 シドは何でもないことのように告げる。

 

「魔神のせいにしちゃえばいいんだよ」

「……それ本気で言ってる?」

 

 冗談交じりに怒る事こそあっても、本気で怒る事は滅多にないテオが、平坦な声色でシドに問いかける。それが割と本気で怒っている事の合図であることを知っているシドだったが、気にかけることなく重ねて喋る。

 

「本気だよ。正体隠して暴れまわれば、それで全部解決するでしょ」

「……こないだの騒動の混乱だってまだ収まってない。そんな中また似たような騒動を起こしたってしょうがないよ」

「それ関係ある?」

「……ごめん、何言いたいのか分かんない」

 

 絞り出すようにそう言うテオに対して、シドはまるでテオの全てを見透かしているかのような笑みと共に告げる。

 

「考えすぎだよ。テオは強い。今の所僕を殺せるとしたら、それはテオだけだ。僕は陰の実力者になりたい。だからそのために何でもする。テオもやりたいように、やりたい事をやれば良いんだよ。主人公()にはその権利と義務がある」

「……何それ」

 

 話にならないとでも言わんばかりに、テオはそこで会話を打ち切り、シドを引きずりながら屋上から飛び降りた。

 

 

 

―・―・―・―

 

「という訳で、助っ人のシド・カゲノーくんです」

「よっす、どうも」

「は、ひ、え……?」

 

 少しした後、副学長室。いきなり表れた想い人(仮)に対して顔をリンゴのように赤くしながら困惑しているシェリーを尻目に、シドは副学長室の応接スペースにおいてあるいかにも高級そうな長椅子に腰かけた。

 

「じゃあ、私は調整用の器具を取ってくるから。何かあったらシドを盾にして逃げて。良いね?」

「いや、あの、はい……?」

「うん、いい返事。じゃ、ちょっと行ってくる」

 

 それだけ言い残して、テオは副学長室を後にした。

 

 後に残ったのは、顔を赤くしたまま所在なさげに立ち尽くすシェリーと、この後の夜以降の陰の実力者ムーヴに思索を張り巡らせるシドが残った。

 

「…………」

「…………」

 

 少しでも時間を無駄にすまいと、強欲の瞳の資料を読み込もうとするシェリーだったが、突如現れた想い人(仮)と、それを連れてきたのがテオであるという事実が脳内リソースの8割を食い荒らしておりそれどころではなかった。

 

「……あ、あのシドくん」

「ん?」

 

 今の状況のままではろくに作業にならないと判断したシェリーはシドに問いかけた。

 

「その、テオさんとはどういうご関係なんですか……?」

「…………ん?」

 

 シドは少しの困惑の声と共に、少し考えこむような仕草を見せる。それを緊張した面持ちで息をのみながら見守るシェリーの様子に気付くこともなく、シドは答える。

 

「……遊び仲間?」

「それは……どういう?」

 

 恐る恐るといった様子で重ねて尋ねるシェリーに対して、シドは手の中でスライムゼリーを弄びながら答える。

 

「どうもこうも、それだけだよ。同好の士ってやつ。子供の頃、ひょんなことから偶々テオを助ける事があってさ、それ以来かな」

「は、はぁ……」

 

 ここにきて思わぬ強敵が立ちはだかった事に戦々恐々とするシェリーだった。シドは何でもないことのように語っているが、シェリー的にはシドとテオは幼少期に運命的な出会いをした幼馴染である。それはもう感動的なあんな出来事やこんな出来事があったに違いないとシドとテオの逢瀬に想いを馳せている。

 

「じゃ、じゃあ、大切な人、なんですね。シド君にとって、テオさんは」

「? まぁ、大切か大切じゃないかで言えば、大切に入るけど――」

 

 シドがそこまで言いかけた所で、部屋がほんの少し揺れた。シェリーの傍に乱雑に積まれていた資料が崩れ落ちる。

 

「っ、地震……でしょうか?」

「……多分ね」

 

 そういうシドの目線は、副学長室の窓の向こう。ちょうどわずかに見える研究室の窓を向いていた。

 

 

―・―・―・―

 

 

 

(紅の騎士団副団長、獅子髭のグレン……)

 

 テオとシェリーが去った後、研究室は惨憺たる状況であった。乱雑に散らばった資料には血がべっとりとこびりつき、その中心で仰向けに倒れているグレンは目を見開いたまま動かなくなっていた。

 そんな彼を見下ろすのは、ダークブラウンの髪を後ろでまとめ、厚ぼったい眼鏡をかけた地味な印象を与える女性、学園の生徒として侵入していたニューである。

 

「王国屈指の実力者も、魔力が無くなれば呆気ない物ね」

 

 その言葉には侮蔑が多分に含まれていた。それでニューはグレンに興味を失ったのか、もう一人の騎士へと意識を向ける。

 

「マルコ・グレンジャー。あなたも紅の騎士団に入っていたのね……」

 

 青い髪と端正な顔立ち、将来は騎士団長になるともうわさされていた剣の腕、かつてのニューの婚約者であった彼は、辛うじて息はあるものの、意識は失っており、壁にぐったりともたれかかっていた。

 

 彼自身に特別な感情を抱いているわけではない、許嫁であり、何度も手紙を交わし、舞踏会では共に踊った仲だ。事実、非の打ちどころがほとんどない彼の事は良い人なのだろうとは思う。

 だが、それだけだった。そこにそれ以上の感情は無く、将来を誓う関係としては余りにも渇いていた。せいぜいが、自分を着飾るアクセサリーの1つ程度の感情だった。

 

 それは、何も知らず、ただ日々を無為に過ごしていた愚かな過去の自分を思い起こさせるものであり、

 

「……………」

 

 ニューの中に暗い感情が首をもたげる。いくら現在魔力をまともに操れないとはいえ、まったく操れないわけではない。手の中でスライムゼリーの矢じりを作り、それを放ってマルコの首に風穴を開ける程度容易い。

 

 袖口で作り出したスライムゼリーの鏃を放つべく、手をマルコの方へ向け――――

 

 

 

「君……誰……?」

「っ!?」

 

 ニューは、その声が聞こえるまで侵入者の存在に気付かなかった己の愚を恥じる間もなく、そちらへ視線を向ける。

 

 そこに居たのは、昔なじみだった。まだニューにニコレッタ・マルケスという名前があったころ、自分よりも年下で、自分よりも才能豊かで家柄も良く社交界では異質というほかない天真爛漫さ。それはさながら太陽のように彼女の縄張りを照らし、ニューに嫉妬という気持ちを覚えさせた少女。

 名を、テオ・アークノ。

 あの時からすこし大人びながらも可愛らしさを残した顔立ちと、あの時から少しも変わらない金色の髪と瞳。その瞳は動揺に揺れている。

 

「わ、たし、は……」

「っグレンさん!」

 

 言葉に詰まったニューの横を通り過ぎ、テオがグレンに駆け寄り、繰り返し声をかける。しかし、苦痛に歪み大きく見開かれたグレンの目が、既に事切れている事を言外に示していた。

 

「っ……グレン、さん……」

 

 テオは、悲痛に顔をゆがませた後に、頬を思いっきり叩いた。それで落ち着いたのか1つ頷いた後、マルコの方へ駆け寄り、応急手当を施し始めた。

 

「ごめん、君、名前は?」

「っ…………」

 

 そして、視線はマルコから外すことなく、テオはニューに向けて問いかけた。ニューの変装の腕は超一流であり、加えてニューが纏っている学術学園の生徒には知り合いらしい知り合いがほとんどいないというテオの先入観も相まって、テオであっても即座に見抜くことはできなかったようだ。

 

 ニューは息が詰まるのを感じながらも、言葉を紡ぎ出した。

 

「ニューと、いいます……近くのアーティファクト保管庫に用事があったのですが、騒ぎが聞こえて隠れていたら、こんなことに……」

「そっか、私はテオ、よろしくね……よし、とりあえずこれでオッケ」

 

 テオはどう考えても怪しいニューに視線を向けることなく、マルコの身体に応急処置を施した。この場から連れていきたいところだが、ここに来るまでの被害者の様子を見る限りどうもテロリスト側には積極的に学園の者の命を狙っている様子はない。このまま時間が立てば分からないが、今は大の大人一人を背負って動くリスクの方が高いと判断したテオはそのまま、万が一生きていることがバレないよう長机の陰にマルコを寝かせた。

 

 一つ伸びをした後に、テオはニューの方に向き直って目をまっすぐ見ながら問いかけた。

 

「えーっと、ニュー、さん。分かったらでいいんだけど、アーティファクトの調整に必要な材料集めるの手伝ってくれない?」

「アーティファクト、ですか?」

「うん、ちょっと厄介ごとの解決に必要なんだよね」

「はぁ……」

「ありがと、私上半分探すから、下半分お願い」

 

 そう言いながらニューにメモを手渡すとテオ自身も目的の物を探すべく研究室の棚を物色し始めた。ニューも断る理由がないため、その紙の内容を確認しながら手際よく材料を集めていく。

 

「……何のアーティファクトか、伺っても?」

「んー、今、学内で魔力を使えないのが、アーティファクトのせいなんだけど、それの制御装置があってね。その制御装置の調整に必要なんだー」

「……なるほど」

 

 ニューはその言葉を聞き、陰ながら眉を顰める。昔から変わらない、一体どこからそんな知識や技術を身に着けたのかと言いたくなるような、ご都合主義で問題を解決していってしまう。

 少なくとも、かつてのニコレッタ・マルケスにとって、彼女より少し年下でありながら溢れんばかりの才を発揮するテオは間違いなく目障りな存在であった。

 あのような善良な存在などいる訳がない。どうせアークノ公爵家の次代としての立場をより確固たるものとするための演技に決まっている。ニューはそう思っていた。

 

 

 しかし、ニューもまた、彼女に救われてしまった。

 悪魔憑きとなり、文字通り世界から切り捨てられたニューにそれでもと手を伸ばし、救ってしまった。

 

 ひたすらに惨めだった。敷かれたレールのような人生を歩み、自分の意志が薄く、それでもなお嫉妬というものを覚えるような存在に救われる。テオ自身は何という事は無いように、ニューの悪魔憑きが治るのを見て自分の事のように喜んでいるというのに。

 だからこそ、ニューは、今の自分の方がよほど好きだった。ガンマと出会い、そこから知る事になったこの世界の陰。この王国を、世界を裏から牛耳る巨悪。それらと戦い、彼女が生きる日向の世界を守れば、この劣等感も癒える気がしたから。

 

 

「ニューさん、集め終わった?」

「っ……すみません、後、灰の魔石の結晶核が残ってます」

「ん、オッケ、手伝うよ」

 

 思考がそれていたニューは首を横に振り、アーティファクトの調整に必要な材料を集めにかかった。

 

 

 

 

「よし、これで全部――」

 

 しかし、テオが最後の材料を箱に入れた刹那、研究室の外から聞こえた足音に気付いたニューの目つきが変わり身構えた。テオも足音に気が付いたのか、視線をドアの方へ向けて、身構える。

 

「ニュー、ごめん、ちょっとこれ持ってて貰っていい?」

「っ、一体、何を……?」

 

 テオがアーティファクトの調整に必要な材料が入った木箱をニューに手渡した。

 次の瞬間、ドアが蹴破られ、黒ずくめの男達が入り込んできた。その先頭にいたレックスを見て、テオは目つきが険しくなった。

 

「あァ? んだよ、外れかよめんどくせえな」

 

 そんなテオなどどうでも良いと言わんばかりに、レックスはその場にいたテオとニューに目を向けて、面倒くさそうにため息をつく。

 

「我らはシャドウガーデンっと……あ、別にてめえらにはいらねえか? そっちの金髪、お前さっきアーティファクト持ってる女と一緒に居たよな? 教えれば助けてやるよ。どうだ?」

「小悪党の定型句をどう、も!」

 

 そう言いながら、テオは腰からぶら下げた3本の剣を片手で一本一本指の間に挟む形で握りしめ、アーティファクトの調整に材料が詰まった箱を抱えたニューを小脇に抱え、姿勢を低くして地面を蹴り突っ込んだ。

 

「いかせるとか思ってんのか!」

 

 レックスが嗜虐的な笑みを浮かべながら短刀で以て近づいてくるテオを迎え撃つべく振り降ろした。

 

「思ってる!」

「あァ!?」

 

 テオがそういった刹那、テオの腰に備えられた残り4本の剣の内1本が不自然な軌道を描きながら浮き上がり、レックスの短刀を弾き飛ばした。

 

「よっほっ!」

 

 苛立つレックスを背に、テオはニューを抱えながら跳び上がり、レックスの後ろに控えていた黒ずくめの男たちの頭を踏み台にして飛び越え、研究室の出口から廊下へ跳び出した。

 

「っし! 成功!」

 

 してやったりといわんばかりの得意げな笑みを浮かべながら、テオはニューを降ろし、レックスたちに聞こえないよう耳打ちをした。

 

「私がここであいつら止めるから、これ副学長室まで持ってって」

「っですが……っ!」

 

 テオに対して、ニューがその命令を否定するべく言葉を紡ぎ出そうとして言いよどむ。

 今テオ達の目の前にいるのが、教団の中でも最高幹部のナイツオブラウンズを除けば屈指の実力者であるチルドレン1st、「叛逆遊戯」のレックスであることを一学生が知っているはずもない。もしそれを教えれば、如何にテオと言えどもこちらを疑わざるを得ない。

 そして、学生でありながら紅の騎士団に所属するテオと、学術学園の一生徒という事になっているニュー。どちらがそれをやるべきかなど火を見るよりも明らかだ。

 

「それじゃ、あとよろしく!」

「なっ……!」

 

 そう言いながらテオはニューを木箱ごと放り投げるとともに、研究室で拝借した小さい球状のアーティファクトを放り投げる。するとそれが爆ぜ、天井が崩落し、テオとニューの間を瓦礫で阻んだ。

 

「っテオ!!」

「おー、やろうと思えばうまくいくもんだねー。思ったより瓦礫少なくてちょっと向こう側見えんでもないけど……」

 

 思わずニューが彼女の名を叫ぶが、テオの方からは危機感のない声が返ってくるばかりであり、そこで会話は打ち切られた。

 

 

 

 

 ニューは歯噛みした。常時ならこの程度の瓦礫吹き飛ばすのは容易いが、魔力を吸収されている今の状況では難しい。戦闘であれば落ちた出力を技術で補えるだろうが、このような単純な出力を求められる状況は技術で補いようがない。

 

 脳内にとっさに浮かんだ選択肢は2つ。

 1つは、このままテオの言う通りこの木箱をアーティファクトを調整できる者が居るという副学長室まで持っていくこと。もう1つは、何らかの方法で目の前の瓦礫を迂回してテオの元へ最初から学術学園の一生徒としてではなく、シャドウガーデンのナンバーズ「ニュー」として助けに向かう事。しかし、魔力が大きく制限されている今の状況では廊下の窓ガラスを破り一旦外に出た後に再び研究室側の窓ガラスを破って突入するような力技も難しい。

 

 馬鹿正直に迂回して向かった場合、恐らくその頃にはもう――――

 

「っ……!!」

 

 ニューは血が出るほど唇を強く噛みしめた後、木箱を抱えてその場を後にした。

 

 

―・―・―・―

 

 

「おいおい、背水の陣たぁ泣かせるじゃねえか。騎士サマってのはみんなそうなのか?」

「そりゃどーも」

 

 崩落した瓦礫を背に、テオはレックスたちと向かい合った。既にその顔に笑みは無く、真剣な顔つきで目の前の敵を見据えている。

 

「君たちも、教団の一員ってことでいいんだよね?」

「時間稼ぎの小話なら付き合う気はねぇぞ」

「まさか、確認したいだけだよ。君たちが何者なのか」

 

 そう言いながらテオは片手で持った三本の剣でレックスを指した。

 

「そーかよ。はいそうです、邪魔なので死んでください。これで満足か?」

「うん、オッケー」

 

 今一つ掴み所の無いテオにやりにくそうな顔をしながらも。両手に短剣を携えて構える。この通路という狭い空間において、過剰な人員は邪魔にしかならないため、配下は後ろに下がらせた。それは、レックスの自身の実力への強い自信によるものであった。

 

 

「あっちでくたばってるおっさんはまあまあだった。ちと自信過剰なのが鼻についたが悪くなかったぜ。お前もせいぜい楽しませろよ?」

「…………」

「どうした? 大切なお仲間が殺されて今更キレてるとかじゃえねえよな?」

「……へぇ、一応そういう意識は無いでも無いんだ」

 

 レックスは嗜虐的な笑みを浮かべながら応じる。

 

「当たり前だろ。よくも仲間を!! ってキレて突っ込んでくるバカをゴミみてぇにあしらって煽るのが一番楽しいんだからよ」

 

 彼にとって、戦闘とは遊びでしかない。何故ならば、教団内を除けばレックス以上の実力者など出会った事すらないからだ。良くてわずかに届かない相手。苦戦こそすれど、最後に勝つのは必ずレックスだ。

 故に、叛逆遊戯。教団内でも指折りの実力を持つチルドレン1stに位置する実力者でありながら戦闘に享楽以外を見出さない。

 

「そっか……じゃあ、のったげるよ」

 

 対するテオはほんの少し俯き、片手で顔を覆った。その間に彼女が何を思ったのか、相対するレックスには知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、魔力が爆ぜた。

 

 

 

「…………は?」

 

 レックスが間の抜けた声を上げる。

 無論、本当に爆ぜたわけではない。しかし、目の前のテオからあふれ出す黄金の魔力の勢いは、学園内を僅かに震わせるほどのそれは、爆発としか言いようがなく、この状況下でそれがどれだけあり得ないことかは、ここに来るまでにレックス自身嫌という程分かっていた。

 学園内にいる教団員以外の魔力は例外なく強欲の瞳によって吸収されている。それは、今学園の外で手ぐすねを引いているアイリス王女、この国で最高の実力者ですら例外ではない。

 

 では、目の前で常人のそれではない魔力を滾らせる存在は何なのか。

 

 

「…………確かこうだったか」

 

 声色も口調も変わり、テオの顔から手が離れる。その顔には、先ほどまでは確実に無かったはずの禍々しい模様、レックスたちが見紛うはずもないディアボロスの烙印が刻まれており、瞳には魔法陣のようなものが浮かんでいた。

 

 レックスは知る由もない。目の前の少女こそが、事前に提示されていた情報にある、王都の夜空を一瞬にして黄金に染め上げた魔人であることを。

 

 テオは知る由もない。ゼノンに効いたからこいつにも効くやろの精神で張り付けたDX魔神ディアボロス変身セットのデザインが、シドがかつて教団のアジトを襲撃した際に偶々見つけた教団の武具に刻まれているものを見て「オ、ナイスデザイン」と拝借したものであることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくも仲間を」

 

 

 嗜虐的な笑みを顔に浮かべ、しかしてその目は一切笑っておらず、テオ改め魔神ディアボロスはレックス達と相対した。

 

 




何でレックス戦に1話使わなきゃいけないんですか?
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