ヒーローになることをいつも夢見てた。
人並みにテレビや漫画、アニメやゲームに触れてきて、そこで活躍する超人的、あるいは超自然的な能力を持ったスーパーヒーローに憧れた。
男だったら誰だって、そういった時期はある。自分は特別な存在なんじゃないかと思いにふけたり、外でゴッコ遊びをしたり。
実世界でもモンスターがいて、それを狩るのを生業にしてるハンターがいる。
非日常を求めるならその道を歩く選択肢もある。
でも才能がなかった。
一度、モンスターが跋扈する洞窟に探検に行ったことがある。子ども特有の無鉄砲さと好奇心がなせる業だ。
入口近くにいるようなスライムにしっぽが生えただけのスライヌを蹴散らして調子に乗っていたところ、トカゲ型のモンスターに襲われ、命からがら逃げだした。
爪で引っかかれた傷から血が出て、痛くて怖かった。なんとか逃げられた後は、親にこっぴどく怒られたのもあって、もうあんなことはしないと固く誓ったものだ。
ハンターになるような人は、小さいころから経験があったり、強かったり。そういう人でも死に瀕するなんてことは珍しくないそうだ。それに、安定して稼げるというわけでもない。
現実と理想に折り合いをつけているうちにやがて、結局、自分は凡人なんだと気付かされる。
勉強も運動も平均から大きくずれることはないし、器用さがあるわけでもない。
何も持っていなくて、何者でもない。それでも生きてそれなりに楽しめればいいと、青年になるころには落ち着いた。
自分に言い聞かせたと言ってもいいかもしれない。諦めた、とも。
大多数の人はそうで、こういう道を行くのは凡人にはちょうどいい。
だから……
だから、まさか戦いの中にこの身を投じるなんて、思いもしていなかった。
■
この世界は、女神が国を守護している。
代表的なところで言えば、大きな大陸の四カ国と四女神。
プラネテューヌを守護するパープルハート様、ラステイションのブラックハート様、ルウィーのホワイトハート様、リーンボックスのグリーンハート様。
彼女たちは人々の信仰によって生まれ、人々を守る。
国民の生活からモンスターや邪神、古代の女神からの脅威への対処などなど、彼女たちがいなければ世界が終わってしまう事件もあった。
その世界が、今や崩壊の一途を辿っていた。
「はっ、はっ、はっ」
息を切らしながらだだっ広い屋内を走る。
ここは、プラネテューヌの街から少し離れたところにある工場。
情報では、ここにモンスターが寄り付くことはほとんどないって話だったのに……!
「いるじゃん!」
「いたわね!」
俺と並走する銀髪の女の子が答える。
彼女の名前はアンリ。もう人もいなくてモンスターもいないここに、機械のパーツを探しに行こうと提案した人物。
一人で行きそうだったから俺はついていった。んで、目当てのパーツの他にも使えそうな部品がいくつかあるとのことだったので、背負ってきたリュックにパンパンになるほど詰めていたら……
「ギアアアア!!」
今俺たちを追ってきている二足歩行の巨大トカゲみたいなモンスターに遭遇してしまったのである。
説明終わり! 俺の人生も終わりそう! まだ生を受けて二十年も経ってないのに!
「ロックス先生の次回作にご期待ください……」
「不穏なこと言わないでよっ」
「さようなら、アンリ。俺のことは年内くらいは忘れないでいてくれ……」
「見送られるスタンスも取らないで!」
敵に見つかった瞬間、そこに鞄を置いてきたから身軽だけど、トカゲはどんどん距離を詰めてくる。
俺よりも少しでかいトカゲくらいとなれば、その力はとんでもない。ぎらりと光る爪や覗く牙に貫かれでもしたら……
トカゲモンスターが跳躍した。俺たちの頭上を飛び越え、前に着地する。
俺たちは急ストップ。別方向に向くことも出来ず、その場に立ち止まった。冷や汗がどっと出る。
あの脚力の前では逃げ切ることは不可能だろう。攪乱できる道具でもあればいいんだけど、周りには良いものはない。
トカゲは獲物を前にして、舌なめずりをしながらゆっくり近づいてくる。
いよいよ覚悟の決め時か。
「仕方ないわね。これを使うしか……」
アンリが懐から取り出したのは、銀色の腕輪。シンプルで余計な装飾のない、一見するとアクセサリーに見える一品だ。
彼女はその表面をなぞった。
《認証登録を行います。腕輪を装着してください》
腕輪から無機質な女性の声が発せられる。
「まだこれを調べきれていないけど、こうなったらぶっつけ本番で──」
アンリが自分に腕輪を嵌めようとした瞬間、トカゲがぐっと距離を詰めてきた。
「危ないっ」
とっさにアンリの体を押す。一瞬後、アンリがいたところに爪の一閃が通り過ぎ、俺の腕を少しだけ抉る。
押されたはずみで、腕輪がアンリの手からすっぽ抜けた。
「わ、と、と、と」
落とさないように、俺は空中でキャッチしようと手を伸ばす。指先にかすり、なんとか手元に引き寄せて……かちりと腕にはまった。
「あ」
《生体情報識別完了しました。続けて、声紋登録を行います》
「え、ちょ、ちょっと待って」
《声紋登録完了しました。SVシステム待機状態へ移行します》
腕輪が何を言ってるのかは、門外漢といえども流石に分かった。生体認証が必要らしいこの武器の所有者になってしまったのだ。
冷や汗をだらだら出しながらアンリのほうを見ると、彼女も目を丸くしている。トカゲのほうにも目を向けると、腕輪を不思議そうに見てじっとしていた。いや、なんでお前が固まってんねん。
「これ、どうしたら……」
「こうなったら仕方ないわ。あなたが戦うの」
ですよね。いや、ですよねか?
いやいやいやと首を振る。これがどういったものかは分かる。しかし使い方も分からなければ戦い方も知らないのだ。
俺は普通の人間だぞ。
「ギィアアア!」
トカゲがまたしても爪を振る。後ろに飛びのいてなんとか躱したけれど、地面に倒れこんでしまった。
人の話が終わるまでちゃんと聞けって習わなかったんかお前は。
「俺には……」
出来ない。怖すぎる。これが使えたって、生きて帰れる保証もない。
そう言おうとしたけれど、
「お願い、私たちのヒーローになって」
こんな時に、いやこんな時だからこそ、アンリの体に目が行く。華奢で小さい。なのに彼女は自分なりに尽くしてきた。この武器すらも自分で使うつもりだった。
そんな彼女にお願いされて、無理だとはこれ以上言えない。
ああ、もう。やるしかなさそうだ。
正直怖い。そりゃそうだ。爪に牙に鋭い目を前にして、これは当然の反応なのだ。
でも見栄がある。事故とはいえ腕輪をはめてしまった責任もある。
立ち向かうなんて無謀だと思うけど、駄目だったらその時はアンリを抱えて全力で退避するのみだ。
「どうすればいいんだっけ」
「もう待機状態に入ってるから、あとは戦う意思を示せば……」
アンリは息を呑んだ。トカゲの目がアンリのほうを向いたからだ。
獲物を狙う獰猛で冷たい視線。俺から注意が削がれた瞬間、俺は立ち上がって距離を取る。
「おい、こっちだ!」
落ちていた石を投げる。モンスターの頭に当たり、こつんと音がした。
ダメージはない。が、苛ついたようで、そいつはギロリと目をこちらに向けてくる。
やっちゃったったらやっちゃった。
足ががくがく震えて、息が苦しい。でもこいつをアンリやみんなのところに行かせるわけにはいかない。
出来るのは今ここにいる俺だけだ。とりあえず、今回だけだと思って、勇気を振り絞れ!
腕輪が装着された右腕を顔の近くに持っていく。変身する意思ってどうやったら証明できるか分からないけど、とりあえずこれでいいだろ!
「変身!」
思いっきり叫ぶと、腕輪が反応し、そこから黒い何かが浸食してくるようにして、腕から肩へ、上半身へ、全身を包む。
あっという間に、全身を覆う黒一色の、ゴムのような質感のアンダースーツが着せられた。
トレーニングウェアのように体にフィットしたそれに、申し訳程度の薄い黒色のアーマーが関節部に付いている。
パワーアシスト機能があるのか、体が軽く感じる。
ヘルメットとして、これまた灰色の兜が頭を覆った。中ではモニタを通して眼前が映され、状況や体調などが小さい文字となって浮かんでいる。
「お、おお。あれっぽい……いや例がいっぱいありすぎてどれ言えばいいかな」
「ロックス、前!」
「うおっ」
爬虫類の顔が迫ってくる。
やばい、と思った時には体が反応していた。その場でしゃがみ、頭上で何も捉えられなかった歯が空を噛むガキンという音が鳴る。
「ここだ!」
がら空きとなった腹へ、全力の一撃。
モンスターがよろめいた。明らかに攻撃が入っている。しかしそれだけだ。鱗は固く、少し強化されているだけの単純な打撃では通用しない。
《武器の使用を推奨します。最適なモジュールを検索中...》
視界にそんな文字が走る。
武器って、周りに石とか機械の部品とかしかないのに。持って投げろとでも言うつもりか? てかモジュールってなに?
「っと!」
戸惑ってる間にも、トカゲは次々と爪で引っ掻いてこようとしたり、堅い体をぶつけてこようとする。
それを俺は避ける、避ける。このアーマーが俺の動きを補助してくれているみたいだ。考えた瞬間、その通りに体が動く。生身じゃ不可能なバク転さえも軽々とこなしてみせる。
でも、避けているだけじゃ勝てない。体力にも限度がある。かといって、今のところ有効な攻撃を与えられる手段なんて……
ひいひい言いながら思案していると、それを察したように再び視界に文字が流れた。
《フィッティング完了。モジュール検索完了まで残り三秒、二秒、一秒……完了しました》
「完了って……」
どうやらアーマーが何かを準備してくれたみたいだ……え、なんも変わってないですけど?
《モジュール使用の場合は、換装の意思を示してください》
「か、換装!」
言われるがままにそう言うと、俺の周りに何かが現れた。
まるで瞬間移動してきたかのように、どこからともなく出現した固い物。紫色のそれが、面、肩当て、鎧、下半身など各部位を守るように自動的に取り付けられる。
「これが、モジュール?」
《動きを阻害しないアーマーパーツです》
先ほどよりも断然、戦えそうな見た目だ。
《攻撃力、防御力、機動力に優れ、あらゆる場面で活躍できるP・Bladeフォームです》
「それはいいけど、武器武器! 武器ちょうだいよ! ブレイド言う割に手ぶらなんすけど! またモンスター来てるから! あー、死んじゃう~!」
この装甲でほんとに防げる!?
迫ってくる。爪が、爪が、あともう少しで……
キィン、と甲高い音が鳴った。
予想していた衝撃は来ない。痛みもない。
反射的に瞑っていた目を恐る恐る開けると、モンスターの爪は俺の体に届く前に金属の何かに阻まれていた。
刀だ。
すらりとした刀身が、モンスターと俺の間にある。それを持っているのは俺。いつの間にか手に握らされていた。
武器ってこれか。いやでも、剣なんて扱ったことない素人なんですが!?
怒りを覚えたのか、トカゲは先ほどまでのいたぶる動きではなく、何度も何度も爪で薙いできた。
しかし、力負けすることもなく、防いでいる。防げている。
ほとんど反射的に前に出しているだけの刀が、ちゃんと相手の攻撃を捉えている。
アーマーが、適切な力が入るように、適切な角度になるように動きを修正してくれているんだ。
「これなら……」
自信が沸いてきた。
アーマーの力を借りてモンスターを押し返し、空いた腹に蹴りをお見舞いする。
それだけでよろけたトカゲは、あまりにも隙だらけだった。
もしかして今だったら逃げることが……いや、一歩踏み込め! やれるはずだ!
「くらえ!」
今度こそ、ダメージを与えてやる!
思いっきり刀を振り上げて、力いっぱい振り下ろす。
刃は届いた。鱗に弾かれることなく、肉へ。それどころか、十分な手ごたえを感じた時には、トカゲの上から下まで、すっぱりと刃が通っていた。
「え?」
豆腐を切るように、ほとんど抵抗なくいったものだから、思わずアホみたいな声が出る。
だって、あんなに堅かったんだ。何度も何度も切りつける必要があると思ってた。なのに……
トカゲの体は、縦に二つに割れた。
は、はわわわわ。
退けられる程度なら万々歳だと思っていたのに、まさかこんな簡単に倒せるなんて……
あまりの威力に、俺もアンリも唖然としたまま佇んでいた。