鉱山、そして街のすぐ外で発生したバズール現象は、俺とノワール様と女神候補生の奮戦のおかげで収まった。
分かりやすい被害と言えば、鉱山夫たちが負った多少の傷と、俺たちの戦いの怪我。ノワール様も女神化を保てないくらい消耗してしまったが、教会まで戻ると目を覚ました。
ラステイションの現状を考えれば、万々歳の結果と言っていいだろう。
無事に帰ってきた俺たちは教会員にしきりに感謝された後、教会で寝泊まりさせてもらった。
教会員が働く階より上、案内されたお客様専用の寝室はめちゃめちゃ綺麗。床はふかふか。鏡や窓はピカピカ。ふ、風呂もついてる……
シャワー浴びよ。汗やらなんやらでもうべっとべとのぬっちゃぬちゃ。さっきからずっと気持ち悪かったんだ。
体に纏わりついていたものを流して、新しい服に着替えてベッドに腰かけ……柔らかっ。なんか間違えてVIP待遇受けてない? 後で法外な値段請求されたりしない?
「ロックス、いるー?」
こんこんと扉が叩かれて、マホの声が聞こえる。もう夜中になるというのに、何の用だ?
扉を開けると、彼女は箱を抱えて立っていた。
「救急箱借りてきたんだ。手当してあげる」
「お、ありがたい。ちょうど、今からやろうとしてたところだ。もーらい」
「んーん!」
箱を受け取ろうとすると避けられてしまった。掴んでも、意地でも放さないというふうに抵抗される。
「背中とかも傷ついたっしょ? あーしに任せてよ」
よく見てらっしゃることで……
確かに、ノワール様を庇った時に手の届かないところにまで歯を立てられてしまった。絆創膏貼るのとか手間取りそうとか思ってたけど。
箱を奪おうとしても、ひょいひょいと避けられる。そんな自分でしたいか、手当。
「……分かったよ、お願いします」
諦めてそう言うと、マホはぱっと顔を明るくして、無遠慮に部屋に入ってくる。
俺が椅子に座ると、彼女は床に箱を置いて、てきぱきと準備を始めた。俺やアンリも含めて、応急処置は拠点にいる者なら出来るようになっている。もちろん、マジフォンに囚われてない人間の話だけど。
「はいばんざーい」
「いや脱ぐ。脱ぐよ自分で」
そこまで出来ない赤ちゃんだと思われてんの?
こういうのは恥ずかしがってると余計に恥ずかしくなるものだ。あっさりとシャツを脱いでみせる。その瞬間、マホが息を呑む音が聞こえた。
もう血は止まっているが、先ほどのバズール現象による傷は当然残っている。肩や腕につけられているのと同じくらい深い傷だとしたら、きっとマホの目にはグロ画像みたいに映るだろう。やっぱり自分でやったほうがよかったかな。
「…………じゃあじっとしてもろて」
と思ったら、いつも通りだ。結構慣れてらっしゃる? 俺はスプラッタ映画見たらその日飯も食えずに眠れないくらい引きずるのに。
マホは消毒液を染みこませた布で体のあちこちを拭いていく。
アッツゥイ!! 熱した鉄の棒を当てられたみたいな錯覚を覚えるほど、アホほど沁みた。さっきシャワーを浴びた時の何倍も。
悔しい……でも体が反応しちゃう。ビクンビクン。
「痛くない、ロックス?」
「いや、全然痛くないが?」
「ぜったい嘘じゃん」
「分かってるなら訊くな」
拳を握って目を瞑って気を逸らそうとしても、突き刺してくるような痛みは全く衰えてくれない。触れるたびに縮こまっちゃう。
「あんりーにも知らせないと」
「いや、いや、やめろ」
焦って彼女を止める。
「でも……」
「アンリにいらない心配をかけたくないんだ。お前だってそうだろ」
「…………」
遠くにいるアンリに、今以上の負担はかけたくない。それはこいつだって同じ気持ちのはず。その証拠に、彼女はその後黙って手を動かした。
マホは俺の傷を糸で縫い、ガーゼと包帯で治療を終え、道具を救急箱にしまうと、そっと俺の腕輪を撫でた。
「これ、あーしが使っちゃだめ?」
「は?」
急に変なことを言う彼女に、思わず素っ頓狂な声が出た。
「ロックスがこんなになってまで戦う必要ないよ。代わりにあーしが使うほうが……」
「じゃあお前は俺に、自分の代わりに女の子を差し出すような男になれって言いたいんだな?」
「ちがっ、そんなこと言ってないじゃん!」
「そう聞こえた」
腕輪を渡せば実際そうなるのだ。
周りに女の子ばかりがいる中で、女の子だけにきついことを任せるのは平等とは言えないだろ。ここは唯一の男である俺が踏ん張らないと。
それを抜きにしても、パーティの中でマホは一番の友人だ。こんな体がボロボロになるような物をあげられない。
彼女を守るというアンリとの約束もある。へへ、こんなこと言わせんなよ、恥ずかしい。
「そんな気に食わないみたいな顔すんなよ」
「だってぇ」
納得してないと示すように口を尖らせたマホへ、俺はいつも通りの軽い口調で返す。
「結局は誰かがやらなきゃいけないことだろ。だったらほら、若くて元気があって動ける人間がやるのが一番いい。おおっとこんなところに丁度いい男がいるナァ!」
適した人間がおるおる、ここに!
「……どうあっても、腕輪を外す気はないの?」
「少なくともお前に渡す気ゼロ」
はい、だからこの問答終わり。九回裏スリーアウト、ゲームセット。退場!
俺の意思が固いのは分かったはずだが、マホは手を握ってきて、俺の体を……そんなにじろじろ見ないでよ、エッチ。
上裸でいるのがだんだんと恥ずかしくなって、シャツを着る。そうすると彼女は俯いて、ぼそりと呟いた。
「だったら……だったら、無茶はしないで」
えへへ、無理。
△
翌朝、痛みと熱で浅かった眠りが邪魔された。日が昇ってすぐ、大勢の人の声が耳に入ってきたのだ。
寝不足の目をこすり窓から下を見てみると、教会の前に人が集り、何か騒いでいる。
なんだなんだと思い、下へ下りていく。そこには既にみんなが集まっていた。みんなも同じ理由で早めに目が覚めたようだ。
「なんですか、この騒ぎは……!?」
「そ、それが……今朝からラステイションの各地で暴動が起きているようで……」
ネプギアの問いに、教会員は慌てた様子で答えた。
「暴動?」
「呟きが原因かも。昨夜の鉱山での騒ぎがトレンド入りしてる。ほら見て」
マホが見せてくるマジフォンを見る。
SNSでは、昨日のバズール現象についての話題が大きく話題になっていた。危険なのを放置していた、防げなかったのは女神の怠慢、その他にも憶測に次ぐ憶測が飛び交っている。
「今からみんなに説明すれば……」
「言うだけなら足りないだろ。鉱山の人たちだってそうだったし、一回疑いを持てば信じられなくなるのが人間ってもんだ」
確たる証拠もないのに盛り上がってるネットがそれを示している。素直にノワール様のことを信じられるのは、実際に戦った俺たちくらいだ。
これが面倒なところで、大体の人間は悪いほうへ悪いほうへ流されていく。
二年前から、その傾向は顕著だ。多分、世界は良くなるという希望を裏切られたくないのだろう。常に最悪を想定し、ああやっぱりそうなったと思えば、精神的なダメージは少ない。
一種の自己防衛の反応だが、見方を変えれば諦めともとれる。タチが悪いのが、その責任を全て女神様に負わせようとするところだ。国のトップを叩くのが一番分かりやすくて手っ取り早いとはいえ……
「じゃあどうすれば……」
うむむ、ここは一肌脱ぎますか。
「一個、手がある。俺が無茶する奴で良かったな」
「どういう意味?」
こういうこと、と手を曝そうとしたところ、割って入る影があった。
「何もしなくていいわ」
「ノワールさん!?」
現れた女神に、一同驚く。
そりゃだって、昨日二度も倒れたノワール様が矢面に立とうとするなんて、あり得ないからだ。
俺だってあんな騒ぎがなかったら今でもぐーすかぴーなのに、それ以上に色々とやってきた彼女はもっと寝ていたいはず。てか寝ておかなければいけない。
女神と人間じゃ体力も力も段違いと言われたらぐうの音も出ないけども。でも恐らく、一見大丈夫そうに見えても体力は底を尽きかけていると思う。
「こんなことになったのは私の責任よ。女神の私が責任を果たさなきゃ」
それでも、彼女は毅然とした態度で教会の扉をくぐる。
怒りの目を向ける民衆の群れが、矛先を見つけてさらに騒ぎ出した。
「みんな、聞いてちょうだい!」
教会の外に集っていた人たちへ、ノワール様は声を張る。
「みんなに不自由をさせているのは分かってるわ。不満があるのも知ってる。でももう少しだけ我慢してほしいの」
直接のお願い。
女神様の姿を滅多に見たことのないぴーしー大陸民からしたら、これだけで話に頷いてしまうところだ。
だが……
「ふざけんな! もう少しもう少しってずっとそればっかりじゃねーか!」
「本当に何とかしようとしてんのかよ!」
「俺たちのことなんか本当はどうでもいいんじゃねえのか!」
残念なことに、既にヒートアップしてきている国民には通じない。
「そんなことない! それは誤解よ! 私は何があってもラステイションのみんなを見捨てたりしない!」
「信じられるか! 証拠を見せろ、証拠を!」
あーあ、醜い醜い。
「ロックス……何とか出来るんでしょ? だったら、やってあげて」
マホが俺の袖を引っ張る。
「こんなのおかしいよ。頑張ってるノワールさんが、あんなに言われるなんて」
「ああ、分かってる」
俺もマホと同じ気持ちだ。
昨夜の事件、近場にいた俺よりも早くノワール様は現場に来ていた。あんな夜だったのにも関わらず、だ。目覚めた後すぐに仕事に取りかかっていた証拠だし、国のことを隅々まで気にかけていた証拠でもある。誰よりもこの国を愛して守ろうとしている女神様に、俺は尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
その彼女が一方的に心無い言葉を投げつけられてる。この呆れるくらいの地獄に怒りを覚えつつも、なんとか抑える。
自分のスマホを操作し、SNSや動画サイトにある動画をアップした。
「おっとぉ、この動画はなんだぁ!? ノワール様が街の人たちを守って戦っている動画が投稿されてるぞ!?」
この場の全員に届くように、高く大きい声を上げる。
女神ブラックハート様が、大量のモンスターと戦っている動画だ。
これを見越して……というわけじゃないが、SVシステムにはこういう録画機能もついていて、戦闘中のデータは後からでも拾ってくることができる。
間近で撮影していたから臨場感も抜群。よっ、撮れ高女神!
「女神様って確か命の源であるシェアを使ってまで、街をギリギリまで維持してくれてたんだよな!」
わざとらしく声を上げて、情報も補足しておく。
ここにいない人もこれを見ているようで、どんどん拡散されていっている。これ、俺の人生初バズ。
「それなのに、あんなモンスターの大群に一人で立ち向かうだなんて、これで女神様が国のことを考えてないなんて、俺は口が裂けても言えないなァ!!」
噂や陰謀論なんか吹き飛ばす揺るがぬ証拠ですよこれが。
「うっ……」
「……こ、これ、偽動画じゃねえのか」
「いや、その動画は本物だ。俺たちが保証する」
なおも意地汚くあろうとするそいつらに言い返したのは、なんと昨日鉱山から助け出したばかりの親方だ。後ろには屈強な男たちも控えている。鉱山夫たちだ。
その圧に押されて、抗議をしていた奴らの勢いが一斉に落ちた。
「お、親方!」
「お前の親方じゃないけどな」
口の端をつり上げ、彼は任せろと言わんばかりに肩を叩いてきた。
な、なんてナイスミドルスマイル……っ
「俺は、いや俺たちはモンスターに襲われ、あと一歩のところで死んでた。けど、その時に助けてくれたのがノワール様だ」
明らかにノワール様を擁護するその言葉に、何人かが反発する。
「あ、あんたらだって自粛要請に従わなかっただろ! 今さらなんで……」
「そうだ。今さらって話だよな。だけど女神様が俺たちを助けてくれたことで気づいた。お互いに歩み寄らなきゃいけねえって。話し合いもせずに勝手に決めつけちゃいけねえってな」
そう言って、彼はくるりとノワール様のほうに向きなおった。
「ノワール様、避難や自粛を勧めてるが、俺たちが仕事をしなくなったら工場はどうなる。この国の産業は? 国民の給料は?」
「国が備蓄してる分の鉱石やお金で賄うつもりよ。あなたたちの生活は出来る限り保障する。鉱山も、防衛設備を整えたら再開するわ」
「出来る限り……」
「出来ることに限界はあるの。長引けば長引く分だけ不自由を強いてしまうこともあるわ。でも私は、みんなの平穏と平和を守るために戦うって誓うわ」
「…………」
親方は考え込む素振りをした。
手を尽くして駄目だった時、今度こそこの国は終わってしまう。もしそうなってしまったら自分や家族にどれだけの被害が出るか。
将来どうなってしまうか分からない。ここでこんな口約束をしても、守られる保証はない。しかし、彼は深く頷いた。
「分かった。俺たちはあんたを信じるぜ、女神様。あんたは倒れるまで戦ってくれた。身を挺して、今の言葉を証明してくれた。他の国の女神様もだ。あんたたちは、そういう人なんだろ」
人が危険だってなったら野宿して、モンスターが現れたってなったら飛んでいって、戦うってなったら自分の不調なんて押し留めて戦場に来るような人たち。
たとえ危機にさらされているのが国の令も聞かない輩だとしても、ここに集まって非難している連中だとしても、女神様は一瞬も迷わずに救うのだろう。
だから、と彼らは信じてくれた。
「ってわけだ。これ以上の中身ある話し合いができるやつから女神様に文句言いな。こんな一対一でお話ししてくれる機会なんざそうそうないぜ」
親方が煽るが、元々大した意見も持たずに不満をぶちまけるだけのために集まった連中だ、しっかりとしたやり取りを見せられれば黙ってしまう。
人と人がお互い歩み寄るには、こういう対話が一番。だけど、ここにいる奴らはどうやら、揃いも揃って正義を盾にして喚きに来ただけらしい。
「これでいいんだろ、にいちゃん」
「親方……俺の手柄奪わないでよ」
「はっはっは、礼はいらねえよ」
バンバンと背中を叩いてくる。痛い痛い! ちょっとは手加減しろ、この筋肉馬鹿!