偽次元のプリズム【完結】   作:ジマリス

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16 灰色の女神と鎧の騎士

 突然現れた少女は、変身した女神と同じような格好で、同じような翼で飛んでいる。

 右腕には尖った盾のようなものを装備していて、灰色の長い髪をたなびかせるその人は、ネプギアたちと同じ、どこか荘厳で、どこか親しみやすい雰囲気を纏っていた。

 誰だ? プラネテューヌら四か国の女神様と女神候補生は、ぴーしー大陸からでもその存在が認知されている。だが、こいつは初めて見る女神だ。

 ……でも、どこかで会ったような。

 

「あ、あの人は!」

「わたしたちを閉じ込めた人!」

「なんだと……!」

 

 ネプギアたちは二年間、謎の施設でカプセルに閉じ込められていた。どういう経緯でそうなったのか気になっていたが、それをこの女神がやったのか。

 灰色の女神は俺を指差した。

 

「私に怒りを抱くのも当然です。ですが今は、その怒りを収めてください。用があるのは、そこの人だけです」

「俺?」

 

 俺、というか腕輪を見て、灰色の女神は眉を顰める。

 

「……本当に、SVシステムを……」

 

 またこれ目当ての奴かよ。最新のモテアイテムだったりする? 俺にとってはこんなん地味すぎるぜ。もっとシルバー巻くとかよ!

 

「ロックス、知ってる人?」

「いや、女神の知り合いなんていたらもっと自慢してる」

 

 女神様とマブだったら言いふらしても足りないくらいひけらかすよ。いや今はもうそうなんですけどね。履歴書に書いちゃおうかな。特技欄あたりでいいかな。

 

 灰色の女神はふわりと降りてきて、すたすたと、いやずんずんとこちらに向かってきた。

 

「それを使っては駄目。今すぐ外して!」

「ちょちょちょちょいまち。いきなりそんなこと言われても、何が何だか……」

「それのせいで、あなたはみんなを殺してしまいます。いえ、正確にはあなたではないのですが……」

 

 なんだかよく分からないことを口走りながら、彼女は近づいてくる。

 彼女を阻むように、俺の周りの女神たちが武器を構えた。え、やだ、女神のハーレムみたいじゃんこれ。写真だけ撮らせてくんない?

 流石に怖気づいた灰色の女神は、その場に止まって、俺をキッと睨んだ。

 

「その腕輪をすぐに外して、渡してください」

 

 彼女が発した言葉に、俺は引っ掛かりを覚えた。

 

「シーリィと言ってることが似てるな。お前、あいつの仲間か?」

「そうです。それを破壊することがあなたの為になると、シーリィからも聞いたでしょう?」

 

 おおっと一気に胡散臭くなってきた。

 

「あなたが、そこにいるみなさんを殺してしまいます」

「そんな陰謀論にハマるほど頭悪く見られてるとはショックだな。頭にアルミホイル巻いたほうがいいんじゃないか?」

「私は真剣に──」

「そんなバカな話、信じられるか」

 

 そもそもそんなことを俺はしない。決して、ネプギアたちを手にかけることなんてない。

 仮に、そういうことになったとしよう。例えば……SVシステムが暴走したとか。そうなっても、実力的には当然、俺のほうが遥かに下だ。女神候補生の一人にも勝てない。俺を抑え込むのに苦労なんてしないはずだ。

 結論、どういうルートを踏んだとしても、あり得ない。

 

「渡さないのなら力づくで……」

「させるとでも思ってるの?」

 

 女神たちの武器を持つ手に力が入る。

 

「ユニ、あいつの狙いは俺だ。引き付けておくから、お前たちはバズール現象を抑えろ」

「でも……」

「国民がああやって協力してくれてんだ。最前線は女神が張ってくれなきゃ。時間稼ぎくらいはやってやるさ」

 

 今やるべきことは、何よりも国と人の安全。まず目前のバズール現象を抑えることだ。そこの灰色の女神が俺だけをご所望なら、俺が相手してやればいい。

 

「……すぐ戻ってくるわ」

 

 ユニたちもそれを理解して、先へ飛んでいく。

 

「さて、お望み通り一対一だ。モテる男はつらいねえ~」

「話し合いで解決しませんか。私は、あなたに対して敵意はありません」

 

 言葉を証明するように、灰色の女神は武器である盾を置く。対して、俺は構えたまま。

 警戒は解かないが、しかし、彼女からは騙して不意打ちしてやろうという気を感じない。

 

「……どういうことか話してもらえるか」

「はい」

 

 よし。

 この女神がSVシステムを狙う理由が分からないが、とにかく話をさせたらこっちの勝ち。対抗するにも親身になるにも、狙いを知れたら御しやすい。それが出来なくても、最低でもここでネプギアたちが戻ってくるのを待てばいい。

 後はどれだけ情報を引き出せるか。腕が鳴るな。ポキポキ。

 

「私は未来から来ました」

 

 ………………………………?

 

「…………それって何かの暗号?」

「いえ、そのままの意味です」

 

 別の意味を持ってたほうがまだ理解できたのに。よりによってマジだって。妄想系か電波系か、どっち前提で話しよっかな。

 

「未来。未来、ね」

 

 とにかく話を引き出すため、頷いて続けさせる。納得はしてないけど。いやだって、未来がどうとか何度話されたって頭が追いつかんもの。

 アニメや漫画ではよくある設定だけど、現実でこんなこと言われてはいそうですかってニッコリ笑顔で返せるはずがない。

 

「未来では、私たちは犯罪神に負けました。私はその未来を変えるために戻ってきたんです」

 

 ますます頭がこんがらがってきた。情報量が増えてるようで一向に増えてない気がする。

 

「それを聞いて、俺にどうしろってんだ」

「腕輪を外してください」

 

 俺はため息をついた。

 

「結局それか。この腕輪と犯罪神にどんな関係があるんだよ」

「あなたが戦い続けることがいけないんです」

 

 灰色の女神はぎゅっと拳を握って、震えた声で続ける。

 

「女神に任せればいいことを、あなたに押しつけてしまった。何があってもそれだけは止めなきゃいけなかったのに」

「話が飛躍してるぞ。ずれてるって言ったほうが正しいか。犯罪神をどうにかするのが役目じゃないのか?」

「同じことなんですっ!」

 

 それまでのに輪をかけて必死になって、声を荒げる。

 

 俺の頭の中には、『なぜ』や『どうして』が渦巻いていた。

 灰色の女神の表情を見てこうやって話をしていると、嘘を言っているようには見えない。しかし、仮に彼女の言ってることが本当だとしても、話が繋がるようには思えない。

 理性では、こんなの聞くに値しないものだって理解してる。一笑に付すような与太話だ。でも……

 

「信じて、ロックス」

 

 その言葉を聞いて、俺の警戒が無意識に崩れた。

 

「あなたには、ロックスだけには、私のことを信じてほしいんです」

 

 潤んだ目で、本気の顔でお願いをしてくる。

 やっぱり、どこかで、こいつの顔を見たような……いや、顔だけじゃない。声も聞いたことがある。しかも遥か昔なんかじゃなくて、聞き慣れた声。でも、俺はこの女神を知らない。

 

「なんでそこまで、俺に……」

「だって私は──」

 

 灰色の女神が言い終わる前に、俺の目はその彼女の後ろに向いた。

 何かがいる。

 それはゆらりと女神に近づき、持っている物を振り上げる。

 

 俺は素早く剣を構えた。

 

「な、なにを──」

「ちょっと失礼!」

 

 俺は忠告もなしに、剣を振った。それは灰色の女神の後ろ、迫っていた刃とかち合う。

 

 いつの間にか、俺の二倍近くもあるような黒い鎧がそこにあった。リーンボックスで見た機械兵がさらに洗練されて大きくなったみたいなそいつの頭部のモノアイが、俺を捉える。

 その巨躯の半分もの剣を弾き返すと、図体の割に素早い動きで距離を取った。

 

「新手か。今いいところだったのに。お前の知り合いか?」

「いいえ、私は知りません」

 

 隙があるうちに、灰色の女神は自分の武器を拾う。それの先向けないでね。盾のくせに尖りやがってよ。

 

「知らないなどとよく言ったものだ、灰色の女神」

 

 めちゃめちゃ因縁ありそうじゃん。ごっつい仮面ごしに怒気怒気が溢れてる。

 灰色の女神は俺を知ってて、鎧の騎士は灰色の女神を知ってて、彼女は奴を知らない。俺はだーれも知らない。

 

「今これどういう状況?」

 

 誰か相関図書いてくれ。

 

「私の敵はお前ではない」

「俺も本当はお前なんかより、モンスターの相手したいんだけどな」

「ならばそうするといい。私の目的は、そこの女神を殺すことだ」

 

 鎧の騎士はぱっと間合いを詰めてくる。灰色の女神に剣を振り下ろすが、それをまた俺が防いだ。

 

「これ以上邪魔立てはしてくれるな、装甲の戦士」

「分かる分かる。目当てがいるのに立ちはだかられるとイライラするよな。俺たち通じ合ってんね。だけど、そこの女神には聞きたいことがあるんだ」

 

 あと俺の目の前で死体転がすなよ絶対。装甲の中で吐いたら臭いまま戦わなきゃいけなくなるんだから。装甲直るなら洗浄もしてくれるかな。

 

「今は共闘するか?」

「はい。そのほうが良さそうです」

「それじゃ、俺に合わせろよ……えーと、なんて呼んだらいい?」

 

 俺の問いに、彼女は少しの間躊躇った後、

 

「……それでは、グレイシスターと」

 

 そう言って剣を握り直した。

 

「じゃあ行くぞ、グレイシスター」

 

 俺も武器を構えて、鎧の騎士に向き直った。

 

「貴様……っ」

 

 鎧の騎士はより一層怒りを大きくさせ、これまた真っすぐグレイシスターへ突進。直線的な動きは分かりやすく、俺は横から剣を出して奴の剣筋を逸らさせた。

 重っ。マジで殺す気のやつじゃん。まともに正面から受けたくないな。避けるのを優先して、B・Swordになるか? いや、さっきみたいに動きが止まってしまうことを考えると、今のままのほうがいい。このフォームですら、こういう奴に対しての防御力は心許ないってのに。

 

 グレイシスターは出来た隙を逃さず、蹴り飛ばす。よろめいた鎧の騎士へ、俺は剣を振った。表面が凹む程度だったが、それでいい。

 こいつを戦闘不能まで追い詰めれば、グレイシスターと同じく話を聞くことが出来るだろう。

 しかし決着は早めにつけないときついな。動けば動くほど痛みが追いかけてくる。息を深く吸い込み、同じだけ吐き出して抑え込む。

 

 回避と防御を優先。上手くいけば、グレイシスターと協力して鎧の騎士を倒す。それでいい。何よりもまず自分。自分が助かるのが一番だ。

 どうやら鎧の騎士は相当グレイシスターがお好きのようだ。大きな剣を俺に突き付けてこない。あったとして、振り払う程度。俺を倒してやろうなんて気は一切見えない。だが気は抜けない。この機械だか人間だか分からない奴が、いつ牙を剥いてくるか。

 

 ある程度の距離を保ちながら、俺は警戒心を強める。なにせ知能のある相手だ。本能や衝動のまま噛みついてこようとするモンスターじゃない。

 シーリィを相手にして痛い目を見たのはつい最近。一瞬、一発で怪我を負ってしまうのは文字通り身に染みている。

 

 二人の動きをよく観察しながら、俺はつかず離れずを繰り返す。

 グレイシスターが本物の女神かどうかは分からないが、それに準ずる実力を持っていることは分かった。ネプギアたちと似た、曲線と直線を織り交ぜながらの戦い方。

 同じ力を持っていたとして、俺には同じ動きは出来ないだろう。多少の戦闘を乗り越えた今の俺には、彼女が歴戦の実力者であることは理解出来た。

 

 対して、鎧の騎士は負けず劣らず食いついている。暴力的な攻撃は剣筋が分かりやすいが、その力に物言わせた乱暴さのせいで近寄りづらい。

 そこから感じられるのは、怒りだ。異様なほどに膨らんだ憤怒。それを抑え込もうともせず、むしろ剣に乗せて叩きつける。

 一瞬、変わることのないモノアイの仮面が、モンスターよりも遥かに荒々しく歪んだように見えた。

 鮮明な、強烈な殺意を溢れさせている鎧の騎士に、しかし俺は怯みながらも割って入る。

 

 このまま間違いが起きれば、グレイシスターは殺される。それは絶対あってはいけないことだ。何故か、そんな思いが強まる。

 俺から見れば、彼女はよく分からないことを言うよく分からない少女。しかし、決して最悪な結末に辿り着いてはいけないと頭の奥が訴えてくる。

 駆られるままに、俺は刀を振る。倒せば大金星。逃げてくれれば御の字。俺の攻撃の後、空いた隙を埋めるようにグレイシスターの剣が閃く。

 さっきのユニとのコンビネーションより息が合っている。というか、グレイシスターが俺の動きをめちゃめちゃ読んでる。まるで初めて一緒に戦ったんじゃないみたいだ。

 

「邪魔をするなっ!」

「喧嘩するならよそでやれ。女神と俺は、人を助けるために戦ってるんだ。分かったらその武器を置け」

「っ!」

 

 二対一は流石にまずいと思ったのか、ダメージを負った鎧の騎士は俺の腕を掴む。

 

「ふん!」

 

 そのまま投げ飛ばし、壁に激突した俺は息を吐きだす。

 

「ロックス!」

 

 敵に背を向けて、グレイシスターがこちらを心配する。その隙を、奴は当然逃さなかった。

 鎧の騎士はグレイシスターを目で射抜くように捉え、剣を振り上げる。

 

 危ない!

 

 俺はぱっと立ち上がってG・Spearに換装し、スラスターを噴かして瞬時にグレイシスターのもとへ戻る。剣が彼女の頭へ至る前に、体を無理矢理押し出した。

 

 鎧の騎士の一閃が、俺の肉を通る。

 

「──っ!!」

 

 押し出したそのままの勢いで、俺は地面に倒れる。

 アーマーも切れ、ベーススーツも裂けたが、綺麗な斬り下ろしだったおかげですっぱりと線が入ってるくらいだ。これならまだ……

 

「ろ、ロックス……」

「……っ」

「…………?」

 

 あれ、時間止まった?

 鎧の騎士は振り下ろしたままの体勢で止まっている。グレイシスターも息を呑んで動けずにいた。

 その二人とも、同じ場所を見ている。俺だ。いや、俺の……胸?

 何か付いているのだろうか。不思議に思って、つられて自分を見下ろす。

 

 切れた箇所、そこからどろりと血が出て、灰色のアーマーパーツを赤く染めていた。

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