偽次元のプリズム【完結】   作:ジマリス

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17 き、決まった! ロックスのスライディング土下座だ!

 鎧の騎士の手が震えている。

 震えているだって? 女神を殺そうとする奴が、人間を斬って怯えているのか?

 

 そう、奴は俺を斬った。

 当の俺は、首元から胸までを斬られたと認識するには時間がかかった。いや、実際はそれを理解してた。だけど、紙で指を切るような浅い傷だと思っていた。

 ゆっくりと流れ出す血液がアーマーを濡らして、地面に落ちる。

 

「うっ、ぐ、うう゛ぅ!」

 

 遅れてきた痛みに、立っていられなくなって膝をつく。

 待て。ちょっと待て。こんな傷、大丈夫なのか? 止めようとしても、どんどんと血が溢れてくる。装甲を纏った手もべっとりと液体で赤くなり、俺はますますパニックになった。

 止血、止血しないと。わずかに残った理性を頼りに、傷をアーマーの上から圧迫する。

 

 俺にはもはや、グレイシスターも鎧の騎士も見えていなかった。

 漏れ出しそうな悲鳴を抑え、ボタボタと血が落ちるたびに体が冷めていく感覚に囚われる。

 

 恐怖。それが頭を占めて、他を排除する。

 

〈ロックス、ロックス!〉

〈大丈夫!?〉

 

 遠くでモンスターと戦う女神候補生たちの音と、耳元でマホとアンリの声だけが聞こえる。

 でもどちらもぼやけて、頭まで入ってこない。手の力が抜けていくのが分かる。呼吸するのに精いっぱいで、混乱のまま地面に突っ伏した。

 痛覚のせいで意識ははっきりしている。だが、目で見ている情報を脳が受け取らない。

 

 この場にいた他の二人が既にいなくなっていることにすら、この時の俺には気づけなかった。

 ただ苦痛に服従した体は、屈したまま動かない。

 

〈どうしよう……あーしが行ってれば……〉

〈だ、誰か! 誰かロックスを助けて!〉

 

 必死の声が聞こえる。聞こえるだけで、俺は反応を返せなかった。

 

 

 

 

「街の様子はどうですか?」

「まだまだ予断を許さない状況だけど、なんとかなるわ」

 

 ネプギアたちの尽力によりバズール現象が収まって、灰色の女神も鎧の騎士も姿をくらました。そういうわけで、ラステイションには今、モンスターなどの敵による脅威はない。

 とはいえ、まだまだ散発的に発生するバズール現象が解明・対策されたわけじゃなく、外出自粛や出入国制限は解除されていない。

 国民の不満が、またいつ爆発するか分からない以上、どの国も余裕とは口が裂けても言えない。

 

 しかし、悪いことばかりではない。

 

「『女神様ばかりに頼りすぎた』って、教員も国民も手助けしてくれてる」

 

 その通り、今まではただ守られる側だった国民は、ようやく現状を正しく把握したようで、教会員とともに街の防衛策について積極的に話を始めたそうだ。

 これが進んで、鉱山までの道中や中に防衛システムが築ければ、親方だって満足だろう。

 

「めでたしめでたしってワケだ」

「ロックスさん!」

「大丈夫なの!?」

「さっきからずっとそこにいたのに」

 

 俺ってそんなに存在感薄い? 幻の六人目シックスマンなの?

 

「怪我は?」

「平気平気。駄目だったらまだ寝てるよ」

「あんな傷だったのに?」

「あ、見ろ! あんなところに酸素が!」

「ごまかすならもうちょっと上手くやりなさいよ」

 

 だって正直に言ったらめちゃめちゃ心配するでしょ、君ら。

 

「大丈夫……なんだよね?」

「心配させてごめんて。大げさにリアクションしすぎた」

「……」

 

 昨日の今日でこんな傷負ってしまったのは俺の落ち度。痛みに負けてすごく心配させたのも、俺が悪い。それは認めるけど、そんなにしょげなくても。

 

「拠点に戻ったらじっとしてるから、これに関しては言いっこなしにしよう」

「ほんとに、絶対安静だかんね」

 

 睨んだまま、マホはそう言った。

 

「抜け出しても怒らない?」

「激おこ」

「いやいやいや冗談冗談、ちゃんと休みまーす」

 

 今、激おこどころかムカ着火ファイヤーまでいってた。マホは怒らすと後が長いから、ちゃんと元気なところ見せて、拠点では大人しくしておかないと。

 

 俺の平気なフリ作戦が上手くハマって、みんな緊張を解いてくれた。

 それでもじっと見てくるマホから目を逸らして、さて、と話を続ける。

 

「じゃあ、ユニとノワール様が仲直りもしたことだし、やるか。旅を続けて鍛えられた成果を見せてやるかな」

「暴力的なのは駄目ですよ?」

「まあ見ておけ見ておけ」

 

 ノワール様を窺う。

 あれから一日休んだ彼女は、すっかり元気になって、最初に会った時のようなピリピリした空気も纏っていなければ、棘のあるような態度もない。予断はないと言っているが、しばらくは大丈夫だとも感じているのだろう。これまで余裕のない状況だったからか、ここにきて大きく安堵のため息をついた。

 

 隙ありィ!

 

「ノワール様ぁ!」

「のわっ!?」

 

 正座状態で床を滑り、ノワール様の目の前できゅっと止まる。そして、額と両手を床につけた。

 

「プラネテューヌ奪還のためにお力を貸してください! なにとぞ、なにとぞォ~!」

「ロックスさんが本当にスライディング土下座した!」

「すごーい! ほんとに綺麗!」

「急に目の前でこんなことされた私の身にもなって!」

 

 上位技として、摩擦熱によって炎を出しながらのバーニング・スライディング土下座もある。俺の足は死ぬ。

 

「頭を上げなさい。ちゃんと協力するわ」

「本当ですか!」

「ええ。あなたたちが頑張ってくれたおかげで、この国にも多少は余裕が出てきたわけだしね。だから頭を上げて」

「ありがとうございます! 助かります!」

「むしろお礼を言うのはこっちよ。あなたにも助けられたわね。あの、だから頭を……」

「感謝……っ、圧倒的感謝……っ」

「ユニ、この人をなんとかして!」

「はいはい、ロックス、安静にするって言ったそばからはしゃぎまわらないの」

 

 ウィッス。

 

 その後、俺たちはユニとノワール様を残して部屋を出た。

 ノワール様はイストワールさんから話は聞いていたと言っていたが、眠りについていて、目覚めて、戦ってきた当事者からの話も必要だとネプギアが気を利かせたのだ。

 

「急かさなくていいのか?」

「はい。二年ぶりの再会ですし」

 

 二年、二年か。聞くたびに、長かったと思わされる。

 強制的に寝させられていた女神候補生はともかく、俺たちや女神様などの残された側としては、事態がじわりじわりと悪化していく焦りの時間だった。

 忍耐やら我慢やらが試される中で、特に女神様にとって家族がいない二年間はどれだけ長かっただろうか。

 

「ぎあちー、大丈夫?」

「え?」

「お姉ちゃんのこと心配なんでしょ?」

 

 心に重しを乗っけているのは、女神様だけじゃない。ネプギアもだ。

 ロムとラムはブラン様と、ユニはノワール様と会うことが出来た。ネプギアだけ、姉と再会出来ていない。そのせいで余計に、行方不明という重さがのしかかってくる。それなのにネプギアはふるふると首を横に振った。

 

「……今はやれることをやるしかないよ。今の私がやるべきことは、プラネテューヌを救うこと。ユニちゃんが国のことを考えて立ち直ったように」

 

 かっこいいじゃん。いいなあ、ネプギア。ちゃんと主人公然としてて。

 

「寂しくなったら、あーしが甘やかしてあげるからね」

「あはは、うん、今度お願いしようかな」

「その今度、『行けたら行く』くらい来なさそう」

「ぴーしー大陸でも、その言い方はそういう意味になっちゃうんですね……」

 

 ってことはお願いしないってことじゃないすか、ネプギアさん。

 

「ぴーしー大陸ってあまり私たちの国と変わらないの?」

「まあそんなに、言うほどは変わらないかな。ただ、海の向こうだからかぴーしー大陸のセンスが悪いのか、こっちの大陸の流行が十年くらい遅れて流行る」

 

 女神様がもうちょっと国民や他国と交流してくれたらもっと良くなると思うけど、全然姿見せないんだよな。そのおかげで、めちゃめちゃ神格化する人もいるけど。ミステリアスな存在には惹かれるものなんかね、人って。

 ……そういえば、犯罪神に襲われた時って、ぴーしー大陸の女神様は何してたんだろう。ネプギアたちと同じような存在なら、国の崩壊なんて大惨事の時には一も二もなくすっ飛んできそうだけど。

 

「じゃあ……レインボーアートデラック〇とか流行ってるの?」

「『垂れない、はねない、そして手につかな~い!』だろ。それは俺らよりもっと前」

「そーゆーならロックスが例出してみ」

「ベーゴマ」

「もっと古くなってますよ」

「子どもたちでちょっとしたブームになってると思ったら、ロックスのせいだったんだ」

「「人の部屋の前で変な話しないでくれる!?」」

 

 ノワール様とユニが勢いよく扉を開けて、ツッコんできた。話終わった?

 

 再び俺たちは女神様の執務室に入り、協力を得られるようになったことに感謝する。

 最初はどうなることかと思ったけど、なんとかなって良かったね。まあ大体、人生ってどうにかなるもんなんですけどね、初見さん。

 

「改めて、あなたのおかげで助かったわ、ロックス」

「えっと、それは、その、どうもありがとうございます……?」

「あなたは私を救ったんだから、もうちょっと威張ってもいいと思うけど」

 

 モンスターの群れにトドメさしたのラムだけどね。

 

「女神様にそんな無礼は……」

「でも、ユニには遠慮なく喋ってるみたいだけど?」

「そんなことないですよ、ねえユニ様?」

 

 ね、と顔を向けると、ひきつった顔をされた。

 

「今さらアンタに様付けされるの気持ち悪いわね」

「ちょっと! 話合わせてくれの目配せしたじゃないか!」

「わかんないわよ、そんなの! いじってくれの目配せとそっくりよ!」

「仲良いわね、あなたたち」

 

 まあこんだけ苦楽を共にしたらもう魂の友ソウルメイトよ。

 イェ~イ、ピース。ノワール様見てるぅ~? あなたの妹に友達増やしちゃいましたぁ~。

 

「同じように楽にしてくれて構わないわ」

「分かりました、ノワール様」

「あなた全然譲らないわね!?」

 

 姉妹に同じツッコミ食らってしまった。女神様には敬語のほうが楽なんです。我パンピーぞ。

 

 さてさて正式にノワール様の助けも得られることとなり、本当にラステイション編、完である。ルウィーに立ち寄りたいところではあるが、ネプギアのためにも、拠点の難民のためにもゆっくり観光してる暇はない。一旦アンリやイストワールさんに報告して作戦を練るため、すぐさまここを発って拠点に戻らないといけないのだ。

 

「ラステイションに残ってもいいんだぞ」

 

 俺はユニにそう言う。彼女だけじゃない。ロムとラムだって、ルウィーに戻ってブラン様のところに行ってもいい。女神様たちに話を通した今、プラネテューヌ奪還作戦開始まではそれぞれ猶予がある。一瞬会うだけだった姉に甘えたい気持ちもあるだろう。

 だが、ユニは頭を振った。

 

「いいえ、ここにはお姉ちゃんがいるわ。アタシが今いるべきなのは、アナタたちのところよ」

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