拠点の入口に入ってすぐ、荷物を下ろして一息つく。
あー疲れた。ラステイションからここまで遠すぎるって。
「みんなお疲れ様」
出迎えてくれたアンリの顔が見れただけで元気出ちゃった。燃費が良すぎる。
「あんりー分ほじゅ~!」
「わ、もう……」
ただいまもなしに、マホはアンリをぎゅっと抱きしめる。仕方ないわねって感じ出してるけど、まんざらでもないのが顔に出てるぞ、アンリ。
「ロックスさんはいいんですか?」
「あの二人の間に入るほど野暮じゃないんだよ、俺。デキる男」
声を落として訊いてきたネプギアに返す。
見てみ、アンリの安堵した表情とマホのとびきりの表情を。
めちゃめちゃ大変だったってのに、あいつらが笑うだけでこのクソ大変な旅もやってよかったって思えるんだから安い男だよ、俺は。
「ロックスも、ちゃんと生きてるわよね?」
「生きてるよ。足もほら、ちゃんと二本。三本あったほうが元気だって思った?」
「三本あったら人間じゃないでしょ」
俺も言っててないなって思った。妖怪じゃねえんだから。ね。
どこかそわそわしてる様子のアンリは俺を見て顔がほんの少し顔が和らいだものの、まだ力が入っている。そうやって眉間に皴寄せてると、顔に刻まれていっちゃうぞ。せっかく可愛い顔なのに。
「ろっくすー!」
「ロックスくん、おかえりー」
「おう、ロックス、無事みたいで何よりだぜ」
旅の結果を報告するため、イストワールさんのもとへ向かう途中、拠点のほとんど全員がねぎらいの言葉をかけてきた。みんな、俺が旅してたって知ってるのね。アンリかイストワールさんか、それか両親が喋ったんだろう。拠点の誰か一人いなくなるだけで本当なら大騒ぎもんだからな。一番騒ぐの俺だけど。100デシベルで。
ここの人たちの様子が気がかりだったけど、特に変わってなくて安心した。見る限り、大きな諍いは起きてないようだ。
最初、この拠点でみんなで過ごすってなった時はそらもうピリピリした空気がそこらで漂ってたもんだ。そりゃいきなり見知らぬ人と共同生活なんてことになったらストレスは溜まる。今はもう全然そんなことないけど。
作戦会議室には、既にイストワールさんたちがいて、ネプギアたちを見るとほっと胸をなでおろした。
「みなさん無事で何よりです。それで、帰ってきて早々ですみませんが、お話を聞かせてください」
「むかしむかし、おじいさんとおばあさんが……」
「お話というのは、そういうのではなく」
知ってた。
投げやりなボケは置いといて、かくかくしかじか。
「……灰色の女神、ですか……」
「心当たりありますか?」
「いえ、私も知りません」
ううむ、女神候補生たちもイストワールさんも何も知らないとなると、お手上げだな。
グレイシスターが一体何者なのか、SVシステムを壊して何をする気なのか。謎に謎が重なってる。謎のミルフィーユや~。
「シーリィというロボットを従えているようだった。してきた話、一緒だったし。てか本人が言ってたしな」
「協力的って感じじゃなかったよね」
「どっちも力づくがお好みみたいだしな」
グレイシスターは多少話が通じるようだったけど。
「脅威って言えば、それだけじゃないよね」
マホの言う通り、突如として現れたのは謎の女神だけじゃない。
「鎧の騎士だな。手強かった」
「あれもロボットなんでしょうか」
「いや、俺と同じようにアーマーを纏っている人間って感じ」
淡々としてたシーリィとは違って、鎧の騎士の口調や仕草からは感情が見えた。特に、怒りや憎しみといった、ここの拠点の人たちが持ち合わせているような負の感情が。
灰色の女神を殺すことが目的だと語っていたが、あいつの邪魔をしなければ俺たちに害をなすことはないと解釈していいのだろうか? 個人的には、ガッツリ斬られたからやり返したい気持ちがあるけど。
「アタシが気になるのは、灰色の女神が言ってたことね」
「SVシステムのせいで、ロックスがみんなを殺してしまうって言ってたわね」
アンリさんよう覚えとんね。
「一体、どういうことなのかしら」
「それっぽい恰好でそれっぽいこと言うから惑わされてるだけだよ」
「そう?」
「俺だって出来るよ。声色も変えてやってやろうじゃないか」
こほん、と咳払いして、喉の調子を整えて……
「お前の行く先に誰もが助かる道はない……」
「「それっぽ~い」」
「ぽいのかな?」
こんな感じで意味深なこと言えば成立するんだから。シーリィや灰色の女神の言うことだってあまり気にせんでもええやろ。またどうせ向こうからやってくるんだから、膝を突き合わせるか倒してお話すればいい。
「とにかく、何でも深く考えても仕方ない。情報があまりにも少な──」
「ロックス、もう一回やってもう一回やって」
「今、お好み焼きをひっくり返している……」
「「それっぽ~い」」
「いや、ぽくないでしょ」
「言い方だけだよね」
ラムとロムが喜んでるからなんでもいいんじゃない。
空気が弛緩して、みんなも考えるのをやめた。俺と同じように、これ以上は結論づけられないと思ったみたいだ。じゃあ解散! 終わり! 閉廷! 敗訴!
部屋に戻ろうとしてちらりと扉を見ると、陰から子どもたちが様子を窺っていた。
「……もういいですか、イストワールさん」
「はい。続きは明日にしましょう」
イストワールさんの許しを得て、おいでおいでと手を振ると子どもたちはぱあっと顔を輝かせて俺の周りを囲んだ。
「ロックス! ゲームしよ、ゲーム!」
「あたしめっちゃ強くなったんだよ、ろっくすのことぼこぼこにしちゃうんだから」
「いーや、俺がボコボコにするね。ストックは3、ステージはランダム、アイテムは全部ありだ! かかってこい!」
「やったー!」
歓喜の声を上げて、ぐいぐいと手を引っ張る。旅をしていたからなまってないといいけど、俺のピンクの悪魔。お前ら丸呑みしてやんよ。
「あ、ロックス、安静にするって言ったじゃん!」
「一時間だけ一時間だけ」
「むぅ」
先っぽだけだから! うわめっちゃ顔膨らましてる。リスかな?
「そんなにやりたいならお前も来いって」
「そういうわけじゃ……」
俺を咎めようとしたマホとアンリがさらに何か言ってこようとする前に、子どもたちが二人の手を引っ張る。
「アンリねーちゃんもマホねーちゃんも、はやくはやく!」
ほら、こう言ってることだし。
マホとアンリは顔を見合わせて、呆れた顔をして引きずられていった。
△
子どもたちと遊びに遊んで、両親にも今回の旅のことを話した。
ダイナミック、サスペンスさはちょい盛り。アクションは……掘られると墓穴なので十割カット。
『親としては、お前が無事に帰ってきてくれただけで十分だ』って言われた時には、聞いてるこっちまでこっ恥ずかしくなっちゃう、と同時に冷や汗ドバドバ。服の下見せたらバカほど怒られそう。
いやでも、実際は無事に帰ってくる以上の成果だ。人間にしてはよくやったと思うよ、俺、マジで。旅に出る前の俺が感心するレベル。何なら今も感心してる。
アンリは……全然浮かなそうな顔だったけど。褒めてほしかったな。俺、褒めて伸びるタイプです。鼻の下とか特に。
飯を食い終わった後、拠点内の自分の部屋に戻る。
それまで元気だったのに、ベッドに腰かけた瞬間どっと疲れが押し寄せてきた。
女神様の協力を取り付ける旅は、思ったより心身への負担が大きかったようだ。ラステイションからここまでの道だけじゃ説明がつかないくらい頭が回ってないし、体は動かない。
両手で目を覆って、深くため息をついた。
今日のゲームや会話が遥か彼方で行われたことかのように、静寂が部屋を埋める。そのせいで、保っていた平静の仮面が崩れる。
旅の記憶が頭を巡る。はっきりと思い出せるうちの半分以上は、残念ながら良い思い出じゃない。
「っ」
光景が、痛みが蘇る。追い払おうとしても、じわじわと浸食して離れない。今、俺の体は抑えられないほどに震えている。アンリたちにも両親にも無事と言いつつ、話している間も膝が震えかけていた。
それだけ受けた傷は多い。特に、鎧の騎士から受けた一撃は重かった。体にも心にも大きく痕を残して、俺をびくつかせる。胸の痛みが、逃避することを許さない。
フラッシュバックして、体がびくりと反応して、喉が締められ、心臓が早鐘を打ち、汗が出る。
冗談じゃなく、本当に死んでしまうかと思った。痛みだけははっきり感じ取れるのに、何も考えられなくなるあの感覚は、二度と味わいたくない。
何か得体の知れないものが追いかけてきて、体の先から冷えていくあれはおそらく……
「考えんな、そんなこと」
頭を振って、浮かんだ光景を消す。思い出したくもないのに反芻してどうする。
怖いのは怖い。そりゃ当然だ。戦いなんて無縁な男が、急にモンスターの大群がいるところに飛び込むなんて自殺行為だ。実際、何針も縫うくらいに怪我を負ってしまったわけだし。
正直に言って、戦うのはもういい。変身ヒーローの真似事がしたいだなんて、浅はかだったよ。俺が百パーセント悪かった。あんな思いはもう二度とごめんだ。
心の底からそう思う。
それでも……
『私のヒーローになって』
…………それでも。