夜もどっぷり更けてきたころ、俺の部屋の扉がコンコンと叩かれた。
誰だこんな時間に、と思いながら扉を開けると、なんとそこにはアンリが立っていた。
「ロックス、今いい?」
「ん、どうぞどうぞ」
自室に招き入れてやると、彼女は当たり前かのようにベッドに腰かけた。
あのね、君いつもやるけどね、男の部屋に来てベッドに座るなんてはしたない真似するなんて、そんな子に育てた覚えはありませんよ!
これは俺が男として見られてない証拠です。泣きそう。
「どうしたんだ、アンリ。もう寝る時間だろ」
俺も疲れすぎたから十二時間くらい寝てやろうと思ってたところなのに、いつも早めに寝る彼女がまだ起きてるのは変に思えた。
というか、よく見たら目の下に隈が出来てる。今日どころか、昨日も寝れてないのか?
話を促すと、彼女は俺の袖をぐいぐいと引っ張って、隣に座らせてくる。
え、なにやだ、怖い。美人の真顔怖い。
困惑したままその通りにすると、アンリは俺を掴む手に力を込めた。
「脱いで」
「へ?」
「脱いで」
は?
突然の大胆発言に戸惑っていると、構わずにアンリは俺の服に手をかけはじめた。伸ばしてやるみたいな勢いで引っ張って、脱がそうとしてくる。
「ちょちょちょ、なに、何ですか!?」
「いいから」
「よくねえ~~~! 傍目から見たらとんでもないことしてるぞお前! いや当事者から見てもとんでもねえ!」
急展開に脳みそがついていってないんだが! なにが始まってるのこれ! ページ飛ばした!?
「ちょ、ハレンチ! だ、誰か助けて! 誰か男の人呼べる人呼んできてー!!」
……
…………
………………
なんとかアンリには落ち着いてもらって、自分で脱ぐことを条件に、やっと手を放してくれた。
シャツを脱ぐと、彼女は下唇を噛む。俺の体は至るところが包帯で巻かれていて、それだけで激しい戦いを経たと分かるくらいだ。
「……っ」
擦り傷切り傷程度ならまだいいほうで、噛みつかれて抉られた痕や、引っ掻かれてつけられた綺麗な一本線の傷もある。治療のおかげで生々しい傷は見えないが、包帯やガーゼが赤く染まっているせいで目に優しいとも言えない。
「痣、こんなに。腫れてるところもたくさん……」
叩かれたり爆撃されたり噛まれたり刺されたり切られたり。それらを防御力の低いG・SpearやB・Swordでまともに食らったことも多い。
結果として、健康的な肌色の面積のほうが少なくなっていた。わずかに見える生身の部分も、ほとんど青か赤。
「ロボットやら灰色の女神やら、強烈なのが出てきたせいでな。おっとぉ、そこは痛いですわよ!?」
「ご、ごめんなさい」
胸をそっと触られたせいで、びりびり痺れたような感覚が走る。
そこだけ、他よりも傷が深い。鎧の騎士の一撃で危うく骨まで断たれるところだった箇所だ。自分でもあまり見ないようにしていたが、治療するまではぱっくりと肉が割れ、中の肉の色まで見えていたのだ。今は何針も縫って塞いでいるが……なんにせよこんなグロいの見せたくなくて、さっともう一方の腕で隠す。
アンリは驚いて手を引っ込め、もっと悲しそうな顔になった。
「ま、まあこんくらいで済んで万々歳だよな。生身だったらもっと酷いことになってたわけだし。ほら、五体満足! 歯の一本だって欠けてないぞ!」
むん、と平気なフリをする。
「ほら、こうやってふざけられるくらいには元気なんだから、そうやって落ち込むこともないって、な」
こんなの全然全然大したことないアピール、効け!
「こんなことになるなんて、思ってなかった……」
効いてません!
と、とにかく、こんな傷なんて人に見せるもんじゃない。俺はアンリが俯いている間に素早く服を着た。
………………ユニがノワール様に怒って出ていった時くらい気まずい雰囲気。
明るい話題でも出して流れを変えようとしたところ、アンリがぎゅっと手を握ってきた。
「アンリ?」
「ねえ、もうやめにしない?」
声も手も震えている。今にも泣きそうなその表情に、俺の胸がズキリと痛んだ。
こうやって俺を心配してくれるのは嬉しいけど、その俺のせいで彼女は悲しんでる。
「私が間違ってた。女神様たちの協力を得られるようになったんだから、SVシステムのことなんてもう置いといて、後はもう任せましょう」
まあ確かに、女神候補生の四人に、ブラン様、ベール様、ノワール様がいれば勝てない敵なんていない。
世界の命運なんてばかでかいことは、女神様に一任しておくのが賢いやり方なんだろうな。拠点の守りだって放っておくような人たちじゃないし。
俺だって別に、続けたい気持ちがあるわけじゃない。
だってしんどいし、痛いし。俺がいてよかっただろ、って思う場面もあったけど、でも結局、ネプギアたちならどうにかしてたと思う。
アニメや映画のスーパーヒーローみたいに戦う経験は出来たし、SVシステムもまあまあ成長したみたいだし。当初の目的は果たせている。
「……正直、やめたい気持ちは山ほどある」
「だったら──」
「でもまだ安全になったわけじゃない。敵も思ったより多いし、これを手放すのはまだ先だな。乗りかかった船ってやつだ。ここまで来たら、せめてプラネテューヌを奪還するまでは戦うよ」
じゃないと、この拠点にいる人たちはいつまでも腰を落ち着けることが出来ない。いつここが襲われるかの不安が乗っかかってきたまま、いつかは圧し潰されてしまう。
子どもたちにも外で元気よく走り回ってほしい。いや、子どもだけじゃなく大人だって。
そのためには、出し惜しみはしてはいけないんだ。あと一人、誰でもいいから一人欲しいって時にその場にいなかったら多分すっごい後悔するだろうから。
「…………」
長―――――い沈黙が流れる。
「痛いの、嫌でしょ?」
「めっちゃ嫌」
「これ以上続けたら死ぬかもしれないのよ」
「それはもっと嫌。ごめん被るね」
「なのに、戦いを続けるの?」
その通り。
俺の言葉に全く納得してないみたいだけど、どこが分からん? 納得いくまで説明するから、そんな顔をするのはやめてほしい。
「なーに心配してるんだよ。大体のことは大抵何とかなるもんだ。だから……」
「!」
突如、拠点中に響くほどのけたたましい警報が鳴った。
俺、今良いこと言おうとしてたのに。だが、そんな冗談も言ってられない。
拠点内で初の警報だ。つまり、全員に危険が及ぶ危険度MAXの事態が起こってるということになる。
「何が……?」
〈バズール現象が発生しました。みなさん、避難してください〉
イストワールさんの声が拠点内に響く。
そんな……もう少しでプラネテューヌ奪還に行ってやろうっていうこのタイミングでバズール現象だって?
俺の思考は一瞬真っ白になって、けどすぐにヤバいモードに切り替える。
ここにはぴーしー大陸とプラネテューヌの難民がいる。その数はけっして少なくない。顔を真っ青にしてる暇も、慌てふためく暇もない。
俺の携帯端末が震える。ネプギアからの通信だ。
〈ロックスさん、今の聞こえましたか?〉
「ああ、俺たちでモンスターを抑えよう。先に行っててくれ」
〈分かりました!〉
こういう時、ネプギアたちの行動の早さは凄まじい。俺ももうちょっと脊髄で動けるようにならなきゃな。
腕輪ヨシ、ご安全に!
よーし行くぞ! 行く! 行くって言ってんだから、アンリさん、手を放して。引っ張らないで。
彼女は精一杯俺を引き留めようとしながら、必死な様子で自分の端末を見せてきた。
「ロックス、見て」
画面にはいくつかの図形が書かれていた。小さな四角のすぐ近くに大きい丸が描かれている。
これだけ言えばわかるわね、苗木くん。いや全然分からん。それだけ見せられても何一つとして分からん。
「今回のは、これまでより大規模なバズール現象よ」
「じゃあなおさらだな」
女神候補生だけじゃ足りないってんなら、やっぱり俺の出番じゃないか。
ロックス、出撃しまーす! 俺たちの戦いはこれからだ!
「そうじゃなくて、今までで一番危険だって言ってるの!」
「じゃあ今までで一番気を付ける」
「私は本気で──」
「ロックス!」
アンリを引きずるようにして部屋を出た瞬間、お父さんとお母さんが駆け寄ってきた。
「ロックス、ロックス! ああよかった。すぐ逃げましょう!」
「ああ。女神様が戦ってくれてる間に、避難するんだ」
血相を抱えて来た二人に、俺はため息をつく。
め、め、め、めんどくせ~! 俺が怪我するの、両親なら心配すると思ってSVシステムについては黙ってもらってるのに、今向かおうとしてるタイミングで来ないでよ!
避難。本当なら、そう、逃げるべき。だけど俺が逃げたらどうなる? もし逃げ遅れた人がいたら?
それを俺が戦うことで救えるなら、俺は戦うべきなんだ。それがヒーローってもんだろ……って言えたらなあ。
「先に行ってて」
掴んでくる手を振り払って、みんなが逃げる出口とは別のほうへ体を向ける。
「待て! お前はどうするんだ!?」
「逃げ遅れた人がいないかチェックする。だから……」
「馬鹿言わないのっ!」
馬鹿言ってるのはどっちだよ、と叫びたかった。少ない戦力からさらに俺が抜けることのリスクを説きたかった。けどそれを言ったら、俺がこんなに傷だらけになってるの知ったら、両親ともにますます頑なになって否定する。
「すぐ戻るから。マジ、今はほんとヤバいから」
結局それしか言えない。ああもう、こんなことしてる場合じゃないんだ。
「パッと行ってパッと戻ってくるから! 音よりも速いよ、俺! そういうわけでアンリ、二人を頼んだ!」
ここで言い合いしてても無駄だと悟って、アンリの手を振り払って、人の流れとは逆に駆けだす。
「あっ」
アンリが手を伸ばしてくるけど、そこにはもう俺はいなかった。
ごめん。何か言いたいなら後で全部聞いてやるから。
もう一方の出入口を抜け、外に出る。
既にネプギアたちは女神化していて、戦い始めていた。拠点からすぐの平原には、視界を覆い尽くすほどの魔物が地を鳴らして迫りつつあった。
近くの森から出てきているようだ。そっちに追い返すとか、いやいやそんなことしなくても、みんなが避難する時間さえ稼げればいい。
「悪い、待たせた!」
現場に到着し、女神候補生たちに合流する。
「もう、危ないところだったのよ!」
「ロックスさん、待ってた……」
「ごめんて。ここから大活躍してやるから」
襲ってきたことをモンスターが後悔するくらいには、屍を積み上げてやる。
「変身!」