時間が経って段々と平静を取り戻した俺は、シャツを破って傷を圧迫した。とりあえず、みんなのところに戻るまではこれでよし。
ジャケットのファスナーをきっちり上げて上半身を隠す。ズボンは深い紺だから血は目立たない。濡れているのは分かるけど、色は分かりづらいからごまかせる。たぶん。これが朝昼なら無理だったろうけど。
「ロックス!」
わあお、最高。新拠点に到着するなりいきなり親に見つかった。
「心配したのよ、いつまで経っても帰ってこないから」
「あれー、おかしいなー。俺からしたら一瞬だったのに。時空の歪み発生してる?」
「はあ、もう……無事なら何でもいいわ」
俺の軽い調子に、お母さんは安堵のため息をつく。
無事なら何でもいいって俺のセリフだろ。まあ、みんなを収容出来るほどの大きな拠点を失った今の状態を無事って言うならだけど。
「これからどうなるのかな」
「ちょっと聞いてくるよ」
△
新拠点にいる人たちから隠れて全身を包帯で巻き、新しいシャツとズボンに着替える。血まみれになってしまったのは、ビニール袋に入れ、こっそり俺専用の鞄に詰め込んでおいた。後で捨てよ。
「ロックス、ちょうど呼びに行こうと思ってたところよ」
「アイエフじゃないか」
アンリとマホ、女神候補生と女神様たち、イストワールさんが集まって何か話をしているところに合流すると、なんとそこにはアイエフまでいた。
「こっちの仕事も大体片付いたから、報告に来たの」
「もうちょっと早く来てくれたら良かったのに」
「聞いたわ。災難だったわね」
災難って言葉で済ますには重すぎる展開だったんだけどな。
「大丈夫だった?」
「ああ、ほんと俺の活躍を見せてやりたかったよ。迫りくる敵をギッタンバッタンちぎって鼻毛ちぎって鼻毛」
「変換ミスってるミスってる」
彼女は呆れながらも、微笑んだ。
「元気そうで良かったわ」
「そっちも無事でなによりだ。それはいいんだけど、拠点を失ったこれからどうなるかみんな不安がってる。何か案は?」
「そのことで、進展があるの」
「進展?」
表情から察するに、良い話題じゃなさそう。
「ではアイエフさん、続きを」
「はい」
イストワールさんに促され、アイエフはそちらに向き直った。
「灰色の女神とシーリィは、リーンボックスで見つけたのとは別のマジフォン工場で見つけました」
「マジフォン工場?」
リーンボックスで見つけたような? そう目で訴えると、彼女は頷いた。
「用件は工場を破壊するだけ破壊することみたいです。他にいくつかあった工場も、同じように壊されていましたから」
そういえばシーリィは、初めて会ったときは工場を壊そうとしてたっけ。あの時は腕輪を外すのが第一優先だとか言って、俺に向かってきたな。
「それと、マジェコンヌを見つけました」
「それは、あの犯罪神マジェコンヌのことですか?」
「本当に犯罪神マジェコンヌかは分かりませんが、私たちの知っている人の姿としてのマジェコンヌだと確認は出来ました」
緊張が走る。
犯罪神マジェコンヌ。
数年前にこの世界を混沌に落とし、二年前にもぴーしー大陸を攻撃してきた。
それからは何の噂も聞かなかったから、その時に消滅したのかと。あるいは、同時にネプギアの姉であるネプテューヌ様がいなくなったから、犠牲になって封印したとか、何かに……巻き込まれたとか。
話を聞くだけでも極悪非道な破壊だけを欲する邪神が、まだこの世界に存在している。
「見た目だけのハリボテか、力を伴っているか、それとも本物か……」
「二年前と同じ個体なのだとしたら、まず本物とみて間違いはないわ」
「ですが、犯罪神はネプギアちゃんたちの活躍で倒せたはずですわよね?」
「マジェコンヌの本体はその魂です。ネプギアさんたちが倒したのはあくまで"器"……肉体ですから」
ふむふむ、とイストワールさんが頷きながら補足する。
「めちゃんこ置いてけぼりだね、ロックス」
「なるほど。犯罪神マジェコンヌは触れない魂のような存在で、自分が入る肉体があって初めて活動できると。で、倒すためにはただやっつけるだけじゃなく、魂を消すか封印するかしないと駄目ってわけだな」
「理解早っ」
ここ最近のわけわからん話と比べると、だいぶ優しい話だよ。
「にしても、アイエフってほんとにプラネテューヌの諜報員だったんだな」
「ちょうほういんとしてのわたしのやくわり……」
あ、やべ、刺激しちゃった。
「ど、どうしたんですか、アイエフさん?」
「イストワールさん、こいつがやりました!」
「ちょちょちょ、冤罪だって、えんざーい! あーしなにもやってない!」
嘘つけぇ! 二度もアイエフの見せ場奪ったやんけ!
ほら、アイエフをなだめてなだめて。
「それとイストワール様、これを」
「これは……ディスクですか?」
落ち着いたアイエフがイストワール様に何かを渡す。手くらいのサイズで、丸く、真ん中に円形の穴が空いてる。CDっぽい。
「マジェコンヌがいた場所に落ちていた物です」
「それって触って大丈夫なやつ?」
「大丈夫よ。触る?」
「いい。俺潔癖症だから」
「そんな素振り、リーンボックスじゃ見なかったけど」
「今なった」
「ビビリなの?」
「自慢じゃないけど、俺はホラー映画見たらその日寝れないぞ」
「本当に自慢じゃないの言ってくるの初めて見たわ」
「ヤバっ!」
俺たちのやりとりをよそに反応したのは、マホだ。というか、マホのスマホ。彼女はそれを見て、目を見開いた。
「えふちーの持ってきたディスクから、バズール現象が発生した時と同じ時空振動が検知されてるっしょ!」
「つまり、このディスク自体が人為的にバズール現象を発生させる装置ってことね」
マホとアンリが盛り上がってる。分かりやすくしてくれたおかげで、俺にも理解できた。
全然憶測レベルだったけど、本当に何者かがバズール現象を起こしてるとは。
しかもそれが犯罪神とはね。しかし、これで怒りをぶつける相手が定まったな。拳があったまってきた。このままほっかほかパンチを食らわしてやりたいところだ。
「じゃあ、これを解析して、逆位相をぶつければ……」
ネプギアも話に混じってきた。
「これすごいことですよ、みなさん分かりますよね!」
「分かりません!」
「返事だけはいいのよね」
いや、俺は他の人のことも考えて言ったんだよ。ほら、まだ話を分かってない人がいるから。ね、だから分かる言葉で話してくださいお願いします。
「バズール現象を発生させられるディスクがあるってことは、どうやったら発生させられるかが分かるの。ということは、発生させられないようにすることも可能。つまり、バズール現象を抑制できるってこと。発生を防げるの」
「え、やばいじゃん」
「だからヤバいって言ってんの!」
降って湧いた希望に、俺たちはにわかに活気づく。だってバズール現象を無くせるなら、モンスターの急な発生が無くなるということ。人々の自粛も必要なくなる。自粛が無くなれば、不満も無くなって止まっている仕事も再開できる。つまり、いま世界で起きてるほとんどの問題が解決することになる。
「バズール現象抑制装置をすぐ作ります!」
「あーしも手伝うっしょ!」
「私もやるわ」
機械強い組であるネプギアとマホとアンリが手を挙げる。
「必要な機材はアタシが集めるわ」
「わたしたちにできることがあったら言ってね!」
「わたしもいっぱいお手伝いする……!」
他の女神候補生も乗り気。みんな良い子すぎて話早いわ。遅れた俺、甲斐性なしみたいじゃん。否定できねえ~。
いや、俺はもっと気になることあるから出遅れただけだし。
「それはいいけど、ここにいる人たちはどうする? いつまでも屋外でテント暮らしってわけにはいかないだろ」
「またあの拠点に戻るのは? もうモンスターいないんでしょ?」
「でも同じことが起きたら、またこんな大仰な避難しなくちゃいけないよね」
「それはどこにいても同じ話なのでは?」
「プラネテューヌをさっさと取り戻したらいいんじゃない?」
「ネプギアちゃんたちがどれだけ早くよくせーそーちを作れるかだけど……」
俺たちの旅の最終目的はプラネテューヌを取り戻すこと。しかし拠点が使えなくなった今、難民を外に置き去りにすることになる。かと言ってこちらに戦力を割けば、プラネテューヌ奪還に手が足りなくなる。
守りつつ攻めるというのは、ほとんど不可能だ。良い案はないものか、と思案するが、揃って話し合っても出てこない。
そんな中、ユニが決心した顔で、口を開いた。
「プラネテューヌ奪還を優先しましょ」
「で、でも……」
返そうとするネプギアを、ユニは制した。
「どこにいても脅威が迫ってくるなら、いくら避難したって同じよ。それなら、最速でプラネテューヌを奪い返して、バズール現象を抑えて、みんなの居場所を作るほうが安全だわ」
「私は賛成」
ノワール様が、ユニの肩に手を置く。それを口火に、みんなもその案に乗る。
バズール現象をどうにかしない限り、どうにもならない。それはユニの言う通り。難民たちには少しの間我慢してもらって事を片付ける。多分これが一番早いと思います。
「ロックスは?」
「俺にも決定権あったんだ」
「だったらなんで私たちはあんたを呼びに行こうとしてたのよ」
「……全肯定お兄さん役が欲しくて?」
冗談冗談、冗談じゃーん。だからそんな心底呆れたようなため息つくなって。傷つくだろ、マジで。
はいはい、俺も賛成ですよ。さっさと平和を取り戻そう。
「じゃあ俺は……」
「あなたは休んでて」
やる気に水を差すように、アンリが口を挟んできた。
「ロックスはもう傷だらけよ。ここまで頑張りすぎってくらい頑張ったわ。だから、休ませてあげてほしいの」
「いや、俺はまだ元気いっぱいだぞ」
「いっぱいいっぱいの間違いでしょ」
戦力外通告。年俸ゼロ。ノーマネーでフィニッシュです。
△
「翌日!」
「うわ、急に叫ばないでよ」
失礼。
早朝からテンションの高いネプギアたちに呼ばれてつられたかな。
で、そのテンションの素はというと、彼女の手に握られてる小さなデバイスのようだ。
「まさか一晩で作るなんてね」
「ひとまずは仮組み……実験のためのプロトタイプですから」
「それにこのバズールディスクがあったので、やることは少なかったですよ。コードを反転させて増幅して……」
「専門用語は抜きで説明してくれ」
早口で続けるネプギアを落ち着かせる。
「えーと、これを起動させると、バズール現象とは反対の事象を起こすようなことをして、抑えることが出来るんです」
それなら分かる。
そんな物をたったこれだけの短時間で作るなんて、めちゃめちゃ賢いじゃん。女三人寄れば文殊の知恵が姦しいって言うもんな。混ざってる。
「バズールディスクって?」
「えふちーが持ってきてくれたやつ! バズール現象を起こすディスクだから、バズールディスク!」
「本当にそのまんまね……」
じゃあ新しく名付ける? †混沌を呼びし円盤†とか。ふふ、ごめん。センスないわ。
「でもどうやってこのディスクが作られたのかしら。人為的にバズール現象を起こすディスクがあるってことは、現象を解明できている何者かがいるってことよね。バズール現象はどの国でも解明は出来ていないのに」
「犯罪神のいたところにあったのですわよね……犯罪神が引き起こしてるとか? もしくは犯罪組織が持っていたのでしょうか?」
「犯罪組織がそんな技術を持ってるなんて、聞いたことないわよ」
あーあ、また謎が謎を呼んじゃった。
「……ロックス」
「この話終了! 終わり! 閉廷! シャッターガラガラ~!」
もういっぱいいっぱいなのでいいです! これ以上はもう考えない方向で! どうかよろしく!
アンリも同意。ワイトもそう思います。ラドンもそうだそうだと言っています。後ろの二人誰ぇ? こわぁ……
じゃあ本題に移ろう。
「で、その装置でプラネテューヌが救えるのか?」
「この装置自体の効果はそれほど広くありません。ですが、プラネタワーのバリア発生装置を使って、そのエネルギーでこの装置の範囲を広げます」
プラネタワーって、プラネテューヌの教会であるでっかい建物のことか。
国の中心にあるんだから、つまり、モンスターに占拠されてるところの真ん中に突っ込まなきゃいけないってわけね。
「それで、プラネテューヌ全体どころか、その周辺数キロにわたってバズール現象が抑えられるはずです」
「それはつまり、わたくしのリーンボックスにも導入できるのでは?」
「はい、その通りです! あ、でもまだテストしてないから本当に上手くいくかは分からないんですけど」
「でも手をこまねいてる暇はないわね。昨日みたいに急な襲撃があるかもしれないし」
ブラン様の言う通り。
俺たちの周りでバズール現象は頻発していて、しかも戻ってきて早々拠点から避難しなきゃいけない事態にもなった。待っているだけじゃ、日に日に追い詰められていくだけ。
やるなら今。あーあ、思い立っちまった。じゃあ今日が吉日……ってコト!?
「ぶっつけ本番ってわけだな。プラネテューヌの命運はこの小さな機械に託されたわけだ」
「だいじょーぶだいじょーぶ! 何か変なことになっても、あーしが秒でメンテしてあげるから!」
「マホ、またついていくつもりね」
技術者がその場にいるってのはだいぶ心強い。ハード面に関してはネプギアが詳しいが、ソフト面はマホのほうが詳しいらしいからな。ついていくのは必須だろう。
「やはりプラネテューヌか……いつ出発する? 俺も同行する」
「ろ、ロックス院!」
「あなたも行くの!?」
「そりゃそうだろ。マホが行くなら、守る奴がいないと」
見張っておく必要があるってだいぶ前に言っただろ。マホいるところに我あり。
「でも怪我が……」
「一晩寝たら治ったよ。RPGってだいたいそうだろ。おっと、だからといってまた脱がすなよ」
「また?」
「脱がす?」
ぴくり、とみんなが反応した。
「聞いてくれよ、こいつ俺のこと脱がしたんだぞ!」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないで! それに最終的には自分から脱いだでしょ!」
「わ、わあ……あなたたちって、その、進んでるのね」
「お邪魔だったら言ってくださいね? すぐ目をそらすので……」
「ロックスのせいでだいぶ酷い誤解をされてる!」