俺たちがプラネテューヌを取り戻してから、それなりの時間が経った。
何もかも元通りとはいかないが、最低限のライフラインは確保され、難民だった人たちは元の生活へ戻っていっている。
俺たちぴーしー大陸の民は、女神様たちのご厚意によって衣食住を分け与えられている。子どもたちは外で遊び回り、大人たちはマジフォン依存になってるのとちゃんと働いてるのが半々。
総評として、まだまだ課題は多いが平穏になった、ってとこだな。
俺? 俺は少なくとももっと安静にしろってさ。モンスターとかエフツーピーにやられた体のままプラネテューヌ奪還作戦に参加したせいで、体感よりも酷い状態だとよ。
親には、女神様のお仕事を泊まり込みで手伝ってるって言ってる。それで全部納得してくれたわけじゃないけど、国の中にいるってのが相当な安心材料となったみたいで、最終的には細かいことは聞かずにいてくれた。
そうやって嘘までついて手に入れた生活は、ストレートに言って、ヒマ。ゲームやらDVDやらをネプギアたちは差し入れてくれるが、いつまでも室内でじっとしてるとあっという間におじいちゃんになっちまう。
そんなわけで、苔でも生えそうな体を動かして、周囲に誰もいないことを確認しつつ部屋を出る。
まだまだ安静にしてろと言われた身でお出かけなんてのは無理で……辿り着いたのは屋上。風が吹いていて、屋内漬けだった俺にとっては気持ちいい。
凝り固まった体をほぐしながら辺りを見渡す。別に何をするつもりでもなかったのだが、先客がいるのを見つけた。
「マホ」
眼前に広がる街に視線を向けていた彼女は俺を見ると、ぱっと顔を明るくした。
「あ、ロックス! もう動いて平気なの!?」
「まあその~、良いか駄目かと言われるとギリギリ駄目……って説もあるかもしれん」
「うわ~、部屋抜け出してきたんだ……そんなんだと、またあんりーに怒られるよ」
「忙しいみたいだし俺のとこ来ないだろ」
機械に強いアンリは、ハード担当のネプギアと一緒にあっちこっちに引っ張りだこらしい。
二年も置いといたら機能しなくなるのがそこかしこに転がってる。大体は綺麗にしてやるか、ちょっとばかしバラしてパーツ交換くらいで済むみたいだが、中には一般人にはちょっと手に負えないものまであるってさ。
「あーし、チクっちゃおっかなー」
「土下座までならやります」
「いやいやいや! も~無駄に動かないでよ!」
マホは急いで俺の体を留める。もう傷は塞がって、多少運動したくらいじゃ開かないってのに。過保護ねえ、もう。
「こっちに戻ってきてたんなら言えよ。前は毎日顔合わせてたのに、今じゃちょっと話するだけでも一苦労だな」
「まーまー、この美少女プログラマーは世界に引っ張りだこだからね!」
実際、稼働し始めたばかりのバズール現象抑制装置の経過を見る必要もあるし、メンテナンスが出来るのは今のところアンリ、マホ、ネプギアのみ。さっき言ったのに加えて、その原理だとか装置の構造だとかを教えるために各国を行ったり来たりらしい。
「無理するなよ」
「なーに、心配してくれてんのー?」
「だってそりゃ、俺たちはズッ……ロックスとマホは、ズッ友だょ……!」
「言い直すほど? しかも、それってあーしのセリフじゃない?」
「言ったもん勝ちだろ。俺だってお前のことズッ友だと思ってるのさ。あ、今のかっこよかった、俺」
「言わなかったらカッコよかったのに」
俺も今そう思ったけど、先に口が動いちゃってね。
「てか、元気ないの、ロックスのほうじゃない?」
「どこがだよ、元気モリモリだろ」
「や、全然じゃん。見れば分かるよ」
嘘つけぇ。休みすぎてエネルギー漏れてるっちゅうねん。とか言っても全然納得してない顔~。
「あんりーのこと?」
ギクゥ。
「……どうして分かるんだよ」
「ロックスがそういう顔するの、あんりーかあーしか子どもたちのことで悩んでる時だもん」
やーい、見透かされてやんの、俺。
「で、どったの?」
「……言っても面白い話じゃないぞ」
「じゃあ、あんりーにチクる」
「おいおいおいおい、ちょっと待ってくださいよマホさんよぉ」
嫌な二択押しつけてくるじゃん。やっぱ大人しく部屋に籠ってるべきだったかな。
後悔先に立たず。数秒考えていよいよ観念した俺は、柵にもたれかかって息を吐いた。
「アンリとグレイシスターの話、知ってたか?」
「あんりーのお父さんとお母さんが……って話?」
マホはためらいがちにそう言った。
「そうか、お前は知ってたのか」
「出会った頃に、あんりーが話してくれたんだ」
拠点に来た直後、アンリが一番参ってる時に寄り添っていたのはマホだ。
信頼に足る存在だと思ったからか、はたまたどうしても抑えたままでいられなくなったのか、どちらにせよ……あるいは両方だったとしても、アンリがたった一人で抱え込んでいたわけではなかったことにほんの少しだけほっとする。
だがしかし、共有するには二人では足りなかったのも事実で……
「多少は紛れてるかと思った。拠点暮らしとか世界平和のための旅とか色々あって、両親が死んだってのはちょっとは薄れてるもんかと」
忙しい今に目が向いていれば、多少は過去が消えてくれるかと。
「甘かったよ。薄まるどころか、あいつの中にずっと溜まってた。よく見てたつもりだったけど、気づけなかった」
「それは……無理なんだと思う。誰だって無理だよ。言わなきゃ、ずっと秘密のまま」
それでも気づくべきだった。親がいなくなったあいつのことを、誰かが気に掛けるべきだった。でも俺は口先だけで、一番大切な人のことさえ知ることが出来ない。
「……あのね、ロックス」
「一人前に悔やむほど、貴様に力があるわけではないだろう」
マホを遮って、地獄の底から響くような声が耳に届く。ごくり、と喉が鳴った。
「後悔とは、力がある者がそれでも成し遂げられなかった時の行為だ。しかし、今のお前には後悔するに足る力はない」
そいつは、まるでそこにいるのが当たり前かのように立っていた。
「マジェコンヌ!」
敵の中でも最悪なのが急に現れたことで困惑したが、狼狽えるばかりでなく頭を切り替える。
変身して、剣先を向ける。それにも関わらず、犯罪神マジェコンヌは意にも介さずに続ける。
「力無き者は、それゆえに何も成せず、何を遂げることもなく、だからこそ悔やむ権利を持たない」
嘲り、下に見る。無遠慮なその態度はあからさまな挑発だったが、それに乗る以外の選択肢はなかった。
「好き勝手言ってくれやがって。力がないかどうか、試してみろ」
奴から目を離さず、マホを下がらせる。
「マホ、逃げろ」
「でも……」
「ネプギアたちを呼んできてくれ。それまでは持ち堪える」
一人では勝てないことは重々承知。それでもマホから目を逸らすことが出来れば戦果としては十分だ。
先手必勝。刀を突きだし、顔をぐっさり刺してやろう。
意気込みを入れた一撃は、しかしその予備動作の段階でマジェコンヌに止められる。風のように間合いを詰めてきて、首を掴まれ、柵へと体を押しつけられる。手を振り払おうとしても、刀を持った手も掴まれて封じられてしまった。
一瞬過ぎて、SVシステムでさえも反応できなかった。
「この……っ」
「落ち着け。今はまだ、お前を殺す気はない。痛めつけはするがな」
この抑えつけられている状況で、それは戯言にしか聞こえなかった。しかし、どれだけ力を入れてもびくともしない。
「おっと。そこの貴様、この場から逃げようなどと考えるなよ。もしかすると、そのせいで私が気分を害し、力加減を間違えるかもしれん」
鋭い目がぎろりとマホに向く。彼女は足が竦んでいて、まだ動けずにいた。
「それともお前はまた、見捨てるつもりか?」
マジェコンヌが何を言っているのか分からないが、今の一言でマホは息を呑んで目を見開く。
その場に釘づけになったのを見て、犯罪神は満足そうに笑った。
「それでは、そこの女にこのショーを楽しんでもらおうか」
「ぐっ……換装!」
W・Axeにフォームチェンジして、もう一方の手に現れた斧を振るう。マジェコンヌはひらりとそれを躱した。
反撃が来る前に、思いっきり斧を地面に叩きつける。多少なりとも音を出して、この騒ぎをみんなが気づいてくれればそれで良い。
他のフォームと比べて攻撃速度は遅いが、防御力は一級品。凌げれば、今までみたいに何とかなる。
「甘いな、全く甘い」
マジェコンヌの拳が腹を叩く。想像を超えた衝撃が装甲を伝い、内臓を揺らす。体が痙攣し、膝をついた。
「お前は無力なまま、そこでこいつがやられるのを見てるがいい」
蹲る俺を蹴飛ばして、倒れた俺に足を乗っけながらマジェコンヌはマホを指差す。
ダメージから立ち直れず、なすがままでいるしかないことを情けなく思う。
たった一撃でこうなってしまうほど、力の差は歴然だった。
勝てない。そんなことは最初から分かっていたが、これほどとは。時間稼ぎをする間もない……っ。
「何をするにも、まず力だ。破壊も救世も、たった一体のモンスターを倒すのに至るまで、力があってこそだ。それがお前には足りない」
装甲が悲鳴を上げるほどの力で踏みつけられる。それ自体は痛くも痒くもないが、その重さ以上の恐怖を押しつけられて動けない。
これだけで分かる。このSVシステム、その四つのフォームのいずれも、マジェコンヌに一太刀すら浴びせられない。
アーマーじゃ足りないのか、それとも技術か経験か……いや、違う。
「殺すと決め、退路を断ち全力で対峙し、そうしてようやく敵の足元に及ぶ。時間稼ぎなどと半端な気持ちで、逃げと負けを前提とした戦いで、退く足を残した状態で私を相手にしようとは舐められたものだ」
どこからともなく鎌を取り出し、その刃をそっと俺の首に当ててきた。
ぞくり、と悪寒が走る。
脳裏に浮かぶのは、エフツーピーに体を斬られた時のこと。マジェコンヌならあれよりも鮮やかに斬ってみせるだろう。何かを感じるよりも先に、首と胴体が離れるに違いない。
ああくそ。嫌なことばかり考えてしまう。容易に想像出来てしまうのは、現実味がありすぎる未来だからだ。
「やめてっ!!」
マジェコンヌの足の力が、ほんの少し和らいだ。
「マホ……っ」
誰あろうマホが、足を震わせながらも敵を睨みつける。
「今の話を聞いていただろう。力の無いお前は、ここでこいつの首が刎ねられるところを見るしか、資格がない」
マジェコンヌは見せつけるように、鎌を大きく振り上げる。
「あーしは……あーしは……!」
マホは拳を固く握りしめ、胸元で構える。その胸の中心が、小さく光った。
「そんなことさせないっ!」
光は広がる。彼女を包み、姿を変えさせる。
それは何度も見た変身の行程。変身っつったって、俺がアーマーを着るそれじゃない。ネプギアやユニたちのそれに似ている。いや、似ているどころか……
ダメージよりもその光景を見て動けなくなっている俺。変わっていく相手をじっと見つめるマジェコンヌ。そして……光が収まったそこには……
「グレイ……シスター?」
灰色の女神がいた。
マホがいたところに、マホの代わりに、あのグレイシスターが立っていた。
当の本人は、一体何が起きたか……といったふうに自分の体を眺めている。
濃い灰色の髪、女神特有のコスチュームというか装備のプロセッサ、腕に取り付けられている盾まで同じ。時には共闘し、相手したグレイシスターと寸分違わぬ恰好。
「あーし……変身できたの?」
俺だけじゃなく、グレイシスター本人も目を疑っていた。
だけどそれ以上に、顔を青くしている人物がいた。
「くくく、想定以上のタイミングだな」
この場で唯一、裂けるほどに口の端を吊り上げるマジェコンヌ。その視線の先。この国にはいないと思っていた女性が、手で口を覆っていた。
「マホ、あなた、どうして……」
アンリだ。その顔に驚愕以上の表情を浮かべている。
「ロックスさん、なんでSVシステムを起動させて……」
続けてなだれ込むようにやってきたネプギアも、俺とグレイシスターとマジェコンヌを見て止まる。
マジェコンヌだけが、面白おかしくてたまらないみたいに笑っていた。そして、ひとしきり声を上げていたかと思うと、途端にその耳障りな声を止めた。
「……ここは退かせてもらうとしよう」
俺に乗っけていた足をあっさりどけて、マジェコンヌは俺を見下ろす。
「終わっていないぞ、ロックス。何も終わっていない」
吐き捨てて、マジェコンヌは飛んだ。その様子をただ呆然と眺めることしかできず、その姿が消えるまで動けない。
去った後も動悸は収まらず、追えなかった。それはみんな同じで、視線はグレイシスターに向いた。
俺の記憶の通りならクールなはずの彼女は、その面影を感じさせないほど動揺している。この場の混沌を、俺たちと同じく共有しているかのように。
「う……」
突然、ぐらり、とグレイシスターの体が揺れた、と同時に変身が解ける。
傾いた彼女が倒れる前に、何を考えるよりも先に近づいて支える。
俺の腕の中で、そいつは……女神グレイシスターだった少女は、気絶してぐったりとしている。傷はなく、浅い呼吸をしているから単純に意識を失っているだけだ。そのことに気づいたのは、彼女が誰かを理解してからだった。
まさか、絶対に違うと思っても、どれだけ似ていないと思おうとしても無駄だった。服も髪も顔も、どれだけ見ても、その少女はやっぱり……
「マホ……」