マホに与えられた部屋のベッドに彼女を横たえる。
どうやら、体力を消費しすぎたとかで疲れて眠ってしまったらしい。体にダメージは残っていないようだ。
しかし、それで心配が無くなるわけじゃない。
「頼むから早く起きてくれよ」
何が何だか、って感じだ。
マジェコンヌが急に現れたかと思ったら、マホがグレイシスターに変身するなんて。
頭にはその時の光景ばかりが瞬いて、まともな思考が出来なくなっている。マホが起き上がって説明してくれないことにはどうしようもない。俺の頭じゃ納得のいく答えを出せない。
ネプギアは俺を置いて出ていった。こんがらがっている俺を気遣ってのことだろう。それなのに俺は、何も出来ずにここで打ちひしがれてるだけ。
部屋の扉が開いた。無遠慮に入ってきたそいつ……アンリは、ベッドの傍まで行くとピタリと止まる。
「アンリ、来たのか」
「ええ」
「違う国にいたんじゃなかったのか? バズール現象抑制装置の構造とかを色んな人に教えるため……だったか」
「そうだったんだけど、連絡をもらったの」
「誰から?」
アンリはじっとマホを見下ろす。心配ってだけの目じゃない。それはそうだろう、彼女もマホの変身をあの場で見ていたのだから。
親友が灰色の女神だと知って、渦巻く感情はどれほどのものか。
「マホがグレイシスターだったのね」
一瞬、部屋の温度が急激に下がったような錯覚を覚えた。なんだ、と思っても周りで何か変わった様子はない。
「あなたは行かないの? ネプギアは今の状況について考えてるらしいけど」
「俺が行ってもアホ面かまして頷くしか出来ないさ。今はそれより、マホだろ」
マホが起き上がった時、誰かが傍にいたほうがいい。俺としても、誰よりも先にマホの話を聞いておきたい。そうしたら、ちょっとはこの胸のざわめきも──
「そう。じゃあ、仕方ないわね」
刹那、どん、とアンリが俺を突き飛ばす。
「なっ!?」
いきなりのことに受け身も取れなかった俺は、無様に椅子ごと床に転げる。
おいおい、一体何の冗談だよ。そう口にしようとして、けれども言葉が止まる。
だって目に映ったことが、突拍子もなさすぎたから。
夢でも見ているのだろうか、なんて半分理解を放棄した脳で、起きたことをようやく言葉に起こす。
俺が見た光景は、
無機質な黒い鎧を目の前にして、俺はただ馬鹿みたいに呆然とするしか出来なかった。
「アンリ、お前……」
怪しく光るモノアイは、真っすぐマホを見下ろしている。
エフツーピー。俺たちの敵。邪魔をしてきた。俺を斬った。犯罪神の味方をしてた。
そいつの正体が……アンリ?
『グレイシスターが目の前にいたら、何をしてでも……』
アンリが過去を語った時、俺はその怒りをどこかで感じたことがあると思った。
ああ、そうだ。エフツーピーと対峙した時、その鎧から漏れ出る激情と同じだった。
奴は、エフツーピーはグレイシスターを狙っていて、アンリもグレイシスターを復讐の対象としていて、そのグレイシスターは……
頭の中にぐるぐると情報が回って、繋がってほしくない点と点が線になる。
心臓が早鐘を打って、焦りが体を震わす。喉がカラカラになって、息が荒くなる。
エフツーピーがでかい剣を振り上げた瞬間、全身が総毛立つのを感じた。気づいた時には、頑丈な鎧にタックルしていた。
巨体がわずかにずれる。そのせいで、無抵抗のマホに振り下ろされるはずの剣は空を切った。
二人の間に出来たわずかな隙間に、俺は割って入る。
今、もし俺がぶつかってなかったら、マホの体が真っ二つになっていたところだった。そう分かっていても、現実を受け入れきれない。
まだ……まだ、俺が考えている通りだと決まったわけじゃない。
「そこをどいて、ロックス」
剣を構えるエフツーピーに、俺は待ったをかける。自分でも分かるほど手が震えている。情けないことに目の焦点も微妙に合っていない。
動揺しきった体を抑えることができないまま、俺はなんとか言葉を振り絞った。
「どうするつもりだ、アンリ」
「そんなの決まってるでしょ」
「俺は馬鹿だから分からないんだ。だから教えてくれ。その剣で何をするつもりなんだ。誰にどんな連絡をもらって屋上に来たんだ!?」
聞きたくないのに、訊いてしまう。訊かなければ嫌な憶測を真実だと思い込んでしまうから。
一言『違う』とだけ言ってほしかった。鎧を着こんでるのも何かの間違いで……例えばコスプレとか言ってくれればいい。どんな苦しい言い訳でも飲み込んでやる。ネプギアたちにも弁明する。そのつもりなのに……
「……」
どうして。
どうして、何も言ってくれないんだ。
エフツーピーは舌打ちをして、体の向きを変える。素早く部屋の端まで動いたと思ったら、なんなく窓を割って外へ飛び出した。
その巨体はすぐ重力に従い落ち、室内から見ていた俺の視界から消える。
「待て!」
その姿を追う。しかし、束の間呆気に取られた俺が窓に駆け寄った時には、その姿は消えていた。
マホがグレイシスターになった時と同じ、マジェコンヌが現れて消えた時と同じ、急すぎる急展開。こんなの、こんなの……めちゃくちゃすぎる。
ただ起きたことを頭の中で羅列して、一言しか口から出せなかった。
「そんな……」
△
へたり込むばかりだった体を、様子を見に来たネプギアに起こされて執務部屋に連れられた俺は、床へ腰を下ろした。それと同時に顔を手で覆う。
「なにがどうなってんだよ……」
ここまでで起きた全部が、俺に全く関係のないことだったら笑い飛ばしてた。だけど、俺が大切に思っている二人の正体が敵だっただなんて……
「ロックスさん……」
理解したくない気持ちが先行するが、よりにもよって二人の正体をこの目で見てしまった。誰よりも近く、言い訳のしようもなく。
「ねえ、何があったのか教えてよ」
ラムの声が聞こえる。ゆっくり顔を上げると、彼女だけじゃなくユニもロムもいた。
「……どうしてお前たちが?」
「ネプギアちゃんに呼ばれたの」
「ていうか、アンタを運んだのアタシたちよ」
そんなことに気づかないほど動転してたのか。
絶望が押しつぶしてくる感覚の中、奥歯を噛んでなんとか正気を保つ。
気づけば、ありのまま、見たままを話していた。一人で抱え込むのは無理だった。
口から言葉が出るたびに状況を理解して頭が重くなっていった。それでも話すのをやめられない。
心身でバランスが取れていない。最悪な気分だ。吐き気すら催してくる。
「マホがグレイシスターで、アンリがエフツーピーで……ロックス、これって一体どういうこと?」
「俺のほうが訊きたい」
目の前で変身の瞬間を見てなければ信じなかった。だが言い逃れはできない。マホはグレイシスターである、と結論づけるしかない。
だが、おかしいところがあるのも事実だ。みんなの言う通り、俺たちはマホとグレイシスターが同時に存在しているのを見ている。
つまり、二人は同一人物だが、同一人物ではないってことになる。何言ってんのか、俺も理解できてない。
さらに悪いことに、アンリの正体がエフツーピーで、マホを殺そうとしている。
ああ、くそ。拠点にいた頃だって、こんな沈んだ気分になることなんてなかったのに。
「アンリを探しましょう。今ならまだ、他の国に行ってはいないはず」
「うん、そうだね。ロックスさんはまだ全快ではないですし、ここに残って……」
「いや、俺も探す」
重い腰を上げて、顔を二回叩く。そうやって気合を入れたつもりでも、ふらふらと浮いて彷徨いそうな頭は直らない。
「だいじょうぶ? 顔、まっさお……」
元々こんな顔、とにやりと笑って冗談を飛ばしたかったけど、立ってるだけで精いっぱいで口は動かない。
マジェコンヌにやられたのは腹への拳一発だけ。そんなのはもう残っていない。ただ心が参って体を押さえつけようとしてくる。
「無理は禁物です。まだ安静にしてないと……」
「まだ、俺はまだアンリとマホに何も聞いてない」
あの二人は何があっても友達であると、信じたいだけなのかもしれない。だけど、今の俺にはそれしか信じられるものがない。
二年。その短い期間の、彼女たちが俺に見せていた表の顔。たったそれだけ。根拠に乏しいそれを信じきるしかない。
拠点で過ごした日々が本物だったと。
──その先に待ち構えているのが、耐えがたい絶望だとしたら?
もしそうだったら俺は立ち直れるのだろうか。アンリとマホがまごうことなき敵だと知ってしまったら、俺は……
考えてることが間違ってるって、誰かに言ってほしかった。いや、誰かじゃなく、本人に。その二人は、ここにはいない。
「うん、ロックスさんはここで待ってて……」
「わたしたちが飛んで探せばすぐだから」
ロムとラムに慰められて、座らされる。
「ロックスも落ち着く時間が必要でしょ? そんな状態でアンリに会ってどうするつもり?」
ユニの言う通りだ。
このままアンリに会ったとして、俺は何かを言えるだろうか。現実逃避して固まって、木偶の坊になるのがオチだ。
俯いて床を見つめる。そうしてどれだけ経ったのか、いつの間にかネプギアたちはいなくなっていた。顔を上げると部屋には誰もいなくて、静寂が耳を襲ってくる。
親友の後を追うのを他の誰かに任せる自分の情けなさが嫌になって、がっくりとうなだれる。
「何やってんだ、俺は……」
鉛のように重い体を引きずる。このクソみたいな状況の中で、マホが無事だったことだけが救いだ。その顔を見て安堵しようと思って、彼女が寝ている部屋の扉を開ける。
「……マホ?」
呼びかけても返事はない。
まだ寝ているから……じゃない。ベッドの上に彼女の姿はなかった。起きたのか?
「マホ!」
思わず叫んでいた。一体どこに行ったのかと心配になる。
傍らに置いてあったはずの、彼女のマジフォンがない。明らかに、起き上がってどこかにいるはずなのだ。
動きたくないと訴えていた体が急速に熱くなる。隣の部屋もその隣も、すぐに確認した。だが、誰もいない。
「マホ、どこだ!」
叫びながら考える。
あの時の……グレイシスターになった時のマホの様子を信じるなら、彼女自身何があったか全くわからないって感じだった。起き上がってすぐ何か出来るような精神状態じゃない。
なのにこうなってるってことは、すぐ出ていかなければならない何かが起きたか。
「……!」
アンリだ。アンリがマホを呼び出したんだ。
どうやって? なんて言って?
決まってるだろ、スマホにメッセージを送ったんだ。
アンリがグレイシスターに復讐するつもりなのはマホも知っていた。だから、他の人を巻き込まないように黙って来いとかなんとか言われたら独りで行くしかない。そうせざるを得ないような文章を、アンリは送った。
問題となるのは場所だ。
復讐するとしたらどこでやる? どこに呼び出す?
誰にも止められない、邪魔されない場所。きっとそうだ。マホに何かしようだなんて、俺やネプギアたちが止めると分かってるだろうから。
だけど、そんな場所あるか? 今、プラネテューヌには国民が戻ってきていて、街のどこにでも人の目がある。もし誰の目につかない地下みたいなのがあったとしても、国民じゃないアンリは知らないはずだ。
誰もいなくて、静かで、多少暴れても止めようとする人がすぐ来ない場所……心当たりが、一つだけあった。
「拠点……」
俺ははっとして呟く。
バズール現象によるモンスター襲撃によって手放した元拠点。あそこには、当然もう人はいない。ここから大分離れてもいる。
「くそっ!」