偽次元のプリズム【完結】   作:ジマリス

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29 俺しかいないから

 当たり前だけど、元拠点は静かだった。

 昔は……って言うほど昔じゃないけど、みんながここにいた頃は、子どもたちがはしゃいでて、やる気ある大人たちが自分たちに出来ることをしていて、それなりに賑わっていた。

 今は、呼吸音が響いてるんじゃないかってくらいしんとしている。照明も点いておらず、窓から差し込む光だけが中を照らしている。

 

 通路を通って、食堂に向かう。

 何十もの人が一斉に座れる広いそこは、かつてはみんなの憩いの場所だった。とりあえずここに来れば誰かがいて、喋ったり遊んだり、あるいは一人でいたり。何をするにしても良い場所だった。

 今、そこには二人だけ。予想していた通りアンリとマホがいて、幸い二人の間に何も起きていない。今は、まだ。

 

「アンリ」

 

 呼ぶ声に、彼女ははっとして振り返った。

 

「ロックス、なんで……」

 

 息を切らした俺に、アンリの『何故』が突き刺さってくる。

 どうしてここが分かったのかという意味か、それともどうして復讐を果たす場に来たのかという意味か。どっちでもいい。

 そりゃアンリにとっては他の人なんて邪魔にしかならない案件だってのは分かる。

 でも絶対、二人だけにしたら冷静になってくれないだろ。百合に挟まる男は死罪確定って知ってるけど、じゃあもうそれでいいから口だけ挟ませてくれ。

 

「アンリ、落ち着いてくれ」

 

 良くない空気が流れている。淀んだ粘っこくて、それでいてピリピリしている空気が纏わりついてくる。

 これを醸し出しているのは、他の誰でもないアンリ。この負の濃度が高い空気が、彼女の心情がそのまま具現化しているみたいだ。刺激しないようにゆっくり一歩近づいただけで、アンリの顔が険しくなる。

 怒りが満面に表れたのを見て、俺は止まってしまう。俺やマホ、子どもたちがやらかした時とは全く異なる本気の顔だ。慄いて、冷や汗どっと出る。

 

 彼女の鋭い視線が俺からマホに向かう。

 その態度は、シーリィやグレイシスターの話をまともに聞こうとしない俺と似ていた。

 

「はっきりさせておきましょう。マホ、あなたは何者? 女神なの?」

 

 アンリの問いに、マホは固まった。ナイフを喉元につきつけられたような追い詰められた表情をして、唇を震わせた。

 

「そう。あーしは……ぴーしー大陸の女神候補生なんだ」

 

 その口から放たれたのは、衝撃の事実。そんな素振りを、マホは見せてなかったはずだ。

 

「マホが女神候補生? ネプギアたちと同じ……女神の妹ってことか?」

「そうだけど、あーしは国の運営も守護も変身も、なんにも出来ない女神候補生。お姉ちゃんの代わりの存在」

 

 怖がるように、そして自嘲するように一瞬だけ薄く笑って、彼女は続ける。

 

「犯罪神が現れた時も、あーしはなんにも出来なかった。そのせいでみんなの避難も遅れちゃった……」

 

 本来であれば、国のトップに位置する女神や女神候補生が、緊急事態に対して避難を促したり、安全な場所への誘導をしたりするものだ。

 しかし、ぴーしー大陸崩壊の事件が起きた時、そういったことは駆けつけてきた四国の女神様が主導で行った。

 

「あーしも逃げるしか出来なくて、ここに辿り着いた。何度も本当のことを言おうとしたんだよ。でも、嫌われるんじゃないかって、怖くなって……」

 

 いつもの明るい調子はなくなって、言葉もどんどん小さくなる。

 それだけのことをずっと抱えていたのは辛いはず。俺が思ってるよりもずっと。

 

「あなたが私の両親を殺したの?」

 

 しかし、アンリはそんなの関係ないとばかりに、単刀直入に訊いた。マホはぶんぶんと頭を振る。

 

「それは違う! あーしは誰も殺してなんか……!」

「あの姿を見せておいて、それを信じられると思う?」

「っ」

 

 憎悪の籠った言い方に、マホは怯む。鋭く冷たい目は、敵に向けられるもの。それが今、アンリからマホへ向けられていた。

 待て待て、と俺は間に入る。

 

「アンリもSVシステムを通して……っていうか直接見ただろ。ここにいるマホの他に、もう一人同じ姿の灰色の女神がいる。お前の両親を殺したのはそっちかもしれない」

「それを証明出来る?」

「それは……出来ないけど、まだ俺たちはあの灰色の女神に何も聞けてない。判断するには早すぎるだろ」

 

 まだまだ謎は残ってる。おかしなことが起こりすぎてる。

 マホは、自らを変身も出来ない女神候補生だと言った。だったら、ぴーしー大陸崩壊の時にアンリが見たのは、ここにいるマホじゃないってことになる。

 

「もしかしたら姿形をコピーした別人とか、未来からやってきたとか、可能性は色々考えられるだろ……突飛なのは認めるけど。それに、灰色の女神が元凶ってわけじゃないかもしれない。犯罪神だってあの場にはいたって聞いてるぞ」

「他の可能性があるって言いたいの?」

「落ち着けって言ってるんだ。マホを殺して間違いだったらどうする?」

「当たってたら?」

 

 説得しようとする俺よりも強い語気と殺気が、アンリから放たれる。

 

「逆に考えて、ロックス。もしその女が、私の両親を殺してたら? ここで見逃して生かす価値があると思う?」

「もしそうでも、何か理由が──」

「理由があったら殺してもいいの!?」

 

 ミスった。

 仕方がなかったとか何かしらの理由があったとしても、両親が殺されて納得できる人はいない。

 マホがあの灰色の女神ではないという主張を続けるべきだった。話が微妙にずれて、アンリの地雷を踏んでしまった。

 

「何にせよ、もう今さら難しいことなんてどうでもいい。どっちも殺せば済む話よね?」

 

 彼女が言い出したことに、俺はごくりと唾を飲んだ。

 

「滅茶苦茶言ってるって分かってるか、アンリ」

「滅茶苦茶でもなんでも、もういい」

「よくないってマジで。ピリピリしすぎてる。ちょっと時間置こう。甘い物でも食べて、一回寝て起きたらちゃんとした判断下せるから」

「茶化して楽しい?」

 

 どす黒く鋭利な口調が、空気を震わせる。

 

「あなたはいつだってそう。大事な場面でも冗談を言って、場をしらけさせる。私の望みが叶うこの瞬間を、邪魔して、馬鹿にして、楽しいの?」

 

 そんなつもりじゃない。そんなつもりじゃ、なかった。

 シリアスな雰囲気を、考えてしまえば沈んでしまう空気を、少しでも和らげられればいいと思ってやったことだ。

 しかし、今のアンリには逆効果。殺意のこもった眼光が、俺にまで向けられた。

 

 アンリは、SVシステムと同じように何もない空間から鎧を引っ張り出し、一瞬で装着する。止める間もなく、真っすぐマホに向かおうとする。

 俺もすぐさまアーマーを纏い、迫りくるアンリの刃に剣を合わせた。

 強い。これまでのエフツーピーは手加減していたのだと簡単に理解できるほど。一瞬でも気を抜けば押し切られそうだった。

 

「アンリ!」

「……!」

 

 アンリは答えずに、剣を押しつけてくる。

 なんとか刀身を傾けて、アンリの剣を滑らせて弾いた。

 

「マホ、逃げろ!」

「で、でも……!」

「やったのはお前じゃないんだから、お前が罪を被る必要なんてないだろ。ましてや殺される必要なんてどこにもない」

 

 構えなおすエフツーピーから視線を逸らさず、俺も刀を握りなおした。

 

「あーしのこと、信じてくれるの?」

「今さらそんなこと言うなよ。ズッ友だろ」

 

 アンリが再び猛攻を仕掛けてきた。縦に横に、力の限り剣を振るってくる。その勢いに押されつつも、マホに届かないように阻んだ。

 仕方ない。ここは多少手荒でも、彼女を止めないと。

 

 大振りな攻撃で隙だらけのエフツーピーの胸に、キックをかます。ぐらりとよろめいた隙に、まだ固まっているマホに向かって叫んだ。

 

「逃げろ!」

 

 ハッとしたマホは頷いて、食堂から廊下に出る。

 

「逃がすかっ!」

 

 エフツーピーが横をすり抜けようとしたのを、B・Swordに換装して、スラスターを利用して再び前に出る。

 

「双子の可能性だってある。それだったらまだ説得力あるだろ。ほら、ロムとラムみたいに!」

「邪魔をするなっ!」

 

 言葉に耳を貸さず、まるでモンスターにやるように、彼女は剣を振るってきた。

 スラスターの機動力と、SVシステムの動作補助によって、彼女の攻撃は全て紙一重で避けることが出来ている。それがますます彼女の機嫌を損ねた。一刀両断は諦め、俺を掴み、ぶん投げる。

 壁に激突。アーマーの防御力を超過した衝撃が、背中をびりびりと震わせる。

 だが、この間にマホが出入口から逃げ……

 

「させない!」

 

 アンリも廊下へ身を乗り出し、やり投げの要領で剣を投げた。それは出口のすぐ上の天井に突き刺さる。天井はその攻撃で崩れ落ち、もう少しでそこまで到達しそうだったマホを留めた。

 固まるマホへずんずんと迫るアンリ。その前へ、スラスターを用いた機動力で入る。

 アンリの機体の顔、その一つ目は俺を飛び越え、後ろのマホに注がれていた。彼女が伸ばす手を、俺は剣で弾いて阻む。

 

「上に行け!」

 

 屋上にはハシゴがかかっている。そこから地上へ下りられる。今や、それしかない。

 マホもそれを理解して、俺が抑え込んでいるエフツーピーの巨体をすり抜け、ぱっと廊下を駆け抜けた。

 

「待てっ!」

「待つのはお前だ!」

 

 瓦礫とともに地面に落ちた剣を拾うアンリは、マホに向かう。俺はその彼女を追う。

 くそ、あっちへこっちへ走り回りやがって。そろそろ諦めてくれてもいいだろ。

 

 マホは階段へ辿り着き、駆け上がる。同じくアンリも、段を歪ませながら。その後ろに俺。

 エフツーピーの動きはそれほど素早いわけではない。だが、その巨体のせいで今にも追いつこうとしている。

 

 二階に着く、踊り場を越えて、さらに上へ。三階に辿り着く。

 そこは、元々倉庫として使われていたこの建物の中でも、特に大きな物を多くしまっていた場所だったようで、それらがない今では建物を支える柱しかない。

 だだっ広い空間に邪魔をする物はない。しかし、あともう少し。後は屋上へのはしごを上ればすぐ外に行ける。

 そんな楽観的な考えは、すぐさまあっさり消えた。

 

 三階を走り抜けるマホ。その背中を、剣が掠めた。

 

 どくん、と心臓が跳ねる。どうしようもなくなったんじゃないかと息が止まる。

 だが、マホは無事だった。上着がほんの少し裂かれただけで、刃先すら肌には届いていない。

 

 ──辛うじて、だ。

 

「アンリ!!」

 

 腹の奥から叫んでも、アンリは無視する。ずんずんとマホとの距離を縮めていく。

 言葉じゃ駄目だ。言葉じゃ止められない。

 

「換装!」

 

 何度目になるかわからないが、またしても俺はアンリの前に立ち、W・Axeフォームへと変わる。

 アンリの攻撃を受け流すには、P・Bladeの動きと防御力は心許ない。カウンターを決めるのでなければ、B・Swordの意味がない。ダメージ覚悟で受けきるしかないのだ。

 

 ……もちろんそれは、俺が彼女を倒そうとするなら別の話となる。マホを囮として戦うなら、さらに考える余地はある。

 実際そうしたほうが楽なのかもしれない。アンリを倒して、気絶でもさせてしまえばこの場は収まりがつく。多分、落ち着かせるにも後で話をさせるにも、それが良いのだろう。少なくとも、こうやって受けに徹するよりは。

 

 だが。だが攻撃できない。

 それほど俺は馬鹿だ。馬鹿すぎる男。錯乱していると言われても反論できない。しかし相手はアンリだ。他でもないアンリなのだ。

 

 本能が、自分を守るために武器を振るえと叫ぶ。SVシステムも、しきりに《反撃を推奨》と訴えてくる。

 でも……出来ない。武器を振るおうとすると、体が錆びついたように動かない。

 

 ──敵じゃない。

 

 結局俺は、いくつかの攻撃を斧で防ぎながらも、彼女の怒りをその身に受け続けた。一度や二度じゃない。十や二十でも足りない。

 これまでの戦闘経験が、感情とともに揺れ動き鈍る。そんなことに構わず、アンリは剣を打ち込み続ける。装甲でも防ぎきれないダメージが、ハンマーで殴られるような衝撃が幾度となく襲ってくる。

 

 元拠点であるこの倉庫は当然、こんな重っ苦しいアーマーが暴れ回ることを想定して作られてはいない。

 アンリがマホを追いかけるたび、俺がアンリを止めようとするたび、嫌な予感のする揺れが起きていた。それが、このめった打ちで、さらに不安定になっていく。床には亀裂が入り始めていた。頭の隅でそれを感じ取った隙を、彼女は見逃さなかった。

 アンリは俺の足を掴むと、引っ張り上げて姿勢を崩させる。俺はなすすべもなく、その場に倒された。せめてもの抵抗に、アンリの足を掴む。

 

「なんで戦わないの」

 

 剣を振り上げて、彼女は問う。

 

「出来ない……」

 

 息も絶え絶えに俺は答えた。戦って、彼女を倒すのが賢いやり方だ。そんなの分かりきっている。けど……

 

「これは、お前を斬るための力じゃない」

 

 がん、と刃が頭に打ち込まれた。装甲のおかげで中にまで届くことはなかったが、頭が割れそうな痛みに襲われる。

 ああ、また答えを間違えたのか、俺は。意識がぼんやりしていく中で、そんな言葉が浮かんだ。

 

「嫌い」

 

 エフツーピーは剣を振る。何度も何度も、あらゆるところに。アーマーがへこみ、衝撃が骨に響く。内臓にまで伝わる。

 

「嫌いっ」

 

 パーツが裂かれ、あるいは割れて一部肌が露出する。

 

「嫌い、嫌い、大嫌い!」

 

 剣を何度もぶつけられ、あるいは体を掴まれ床に叩きつけられた。

 マホに向けられていた殺意が、俺を潰そうとしている。そのたびに床はひび割れ、へこむ。

 

 まるで何年もの間、散々に遊び使い倒されたオモチャのようにぼろぼろとなった俺は、それでも片手でアンリの足を掴む。

 

「……どうしてあなたは、そんなことをするの?」

「さあ……俺が一番分かってない」

「離してロックス」

「出来るんなら、げほっ……とっくに、離してる」

 

 霞む視界に、掴んでいるのとは逆の足を振り上げるエフツーピーが見えた。

 黒い塊が俺の胸に落ちる。

 鎧が暴れ、剣を打ちつけられていた足元はついに、ついに、容赦のない大きな足の踏みつけで耐久力を失った。

 

 崩れ、落ちていく。二階の床も砕いて、さらに下へ。受け身の取れないまま真っすぐ。

 まるで奈落に落ちるように、何者かの手が底の底まで引っ張ってくる感覚が纏わりついてくる。それが何か、俺は本能で理解した。

 

 死だ。死の感覚。

 共に落ちるアンリの仕草が見えるほど時間がゆっくりになる。頭がフル回転する、俺に残された数秒。この間に何かしなければ、予感は現実と重なる。

 そのはずなのだが、乗っているエフツーピーの足が身の躱しを許してくれない。

 

 まずい。落ち──

 

「────」

 

 気づけば、視界が真っ黒になっていた。

 抵抗する間もなく、大きな音を立てて一階の床に激突したと分かったのは、遅れてきた痛みで潰れた意識が引き戻された瞬間だった。

 

「……ぁ、っ……!」

 

 叫びたいところだが、落下で肺から息が吐き出されて声が出ない。その間にも痛覚が戻ってくる。

 肉が叩きのめされ、骨が軋む。それが全身に広がっていた。悶えたいところだったが、そんな力すらも練り上げる前に抜けていく。先ほど感じた地の底へ誘う手が、体を押さえつけてくるようだ。

 

「う……ぐ……」

 

 アーマーは傷つき、機能を損なっていた。俺の体も、言うことを聞いてくれないほどにまでなっている。

 防御力に優れたW・Axeとはいえ、あれほどの攻撃と落下には耐えられず、その分を超えたダメージがしっかり俺に届いていた。

 

《反 反撃を推奨 推奨》

 

 視界にノイズが走る。今まで平気だったSVシステムも、流石にこれは無理だったみたいだ。

 そりゃそうだろう。俺だって仰向けになったまま、体を起こすことすら難しいんだから。

 

「はーっ、はーっ、はーっ……う、うぅっ」

 

 ダメージがないように着地したエフツーピーは、息を荒くして、唸っている。

 

「こんな、こんなことをするつもりじゃなかったのに……!」

 

 彼女たちの間に俺が挟まったことで計画は狂った。それで少しでも躊躇してくれたらいいと思った。

 しかし出来たのは、本当に、ほんのちょっとの時間稼ぎだけだった。彼女の手足が多少緩まっても、止まってくれない。それどころか……

 

「あんりー」

 

 いつの間にか、アンリの後ろにマホが立っていた。

 

「マ、マホ……何してん、だ」

 

 全身が激痛で覆われる中、ナメクジが進むような遅さでなんとか上半身だけでも起き上がる。

 今、隙があったんだ。外に逃げるなりどこかに隠れるなりすればよかったのに。なのに、マホは丸腰でアンリの前にいる。

 

「あーしが逃げたから、こんなことになった。でも、これ以上ロックスが傷つくのを、あんりーが傷つけるのを見てられない」

 

 小さく震える体を自分で抑えて、彼女は鎧の体を見上げる。

 

「だからあんりー、終わりにして。あーしを殺して」

 

 何を頭のおかしいことを……

 

「……ようやく、覚悟を決めたのね」

「それで済むんでしょ」

 

 マホ、馬鹿野郎。

 お前がいなくなって、それで解決するわけないだろうが。

 やったのはマホじゃない。お前を殺しても、アンリは止まらない。これは無意味なんだ。

 

 しかし、殺そうとする者と殺されようとする者だけが相対してる。両者が一つの結末へ向かおうとしている。止まらない。

 止めるなら、やはり俺しかいないのだ。

 

 おぼつかない足取りで、しつこくアンリの前に立ちふさがる。

 戦えはしない。正直こうして、無様に構える真似をするのが精いっぱい。だんだん息も苦しくなって、目の焦点も合わなくなってきた。

 

「……もう、立たないで」

「そりゃあ無理なお願いだな」

 

 力無く笑って、がくがく震える足を抑える。

 

「あなたとマホがズッ友だから?」

「お前とマホがズッ友だからだよ」

 

 そう言ってやると、エフツーピーの剣を掴む力が増した。ギリギリギリ、と歯を噛む音まで聞こえてきた。

 

「どうしても、邪魔をするのね」

 

 酷く冷たい声だった。

 何も考えてないような……実際そうなんだろう。思考を放棄して、自ら感情に飲み込まれて、復讐を完遂しようとしてる。

 

 顔面を拳ではたかれる。たったそれだけで、吹き飛ばされてごろごろと転がる。守ることも避けることもかなわず、瓦礫だらけになった床を無様に滑り、壁に当たることでようやく止まった。

 

《反 反撃 反撃 推奨》

 

 システムも一部イカレやがったらしい。ノイズがどんどん酷くなって、前が見づらい。その最中で、アンリがついにマホの目の前まで至ったのが見えた。

 マホは……目を閉じて立ち尽くすだけ。

 

「これで終わり」

 

 エフツーピーは思いっきり剣を振り上げる。容赦なく、慈悲もなく、一撃で命を奪うつもりだ。

 

 両親の死は、彼女のクールな顔に隠された癒えない傷。その光景を何度も夢に見たことだろう。アンリが一人で泣く夜があることを知っている。

 この二年、受けた屈辱と憎しみは増大して、体に収まりきらないほどにまでなった。

 

 様々なものが混じり、濁っていた心が一色へ染まる。

 これは報復の剣。待ちに待った、望んだ一撃。

 

 ──そんなワケあるか。

 

「換装!」

 

 エフツーピーの剣が振り下ろされる。それは、マホの体を慈悲もなく真っ二つに……しなかった。

 

「ぐぅっ」

「っ!」

 

 G・Spearフォームでは、アンリの復讐の一撃を受けきることは出来なかった。刃は装甲の薄い肩部分を切り裂いて、その奥の肉にまで食い込んでいる。

 だけど、そこまでだった。真剣白刃取りの真似事がぎりぎり間に合って、勢いの削がれた剣は骨に到達するかというところで押し留められた。思わず、といった様子で刃を引いたアンリは、呆然と自分の武器を見る。

 肩から生暖かい液体が流れていくのを感じる。

 俺は精一杯唇を噛んで、悲鳴を殺す。傷が外気に触れてずきずきと痛みだした。刃にべっとりとついている血のせいで、どれだけ深い傷がつけられたのかを自覚してしまう。

 それはアンリも同じだった。鉄の面に遮られていても、息を呑んだのが分かった。武器を持つ手が震えだして、息も荒くなって、ついには剣を落とした。

 

「もういいだろ、アンリ」

 

 普通に過ごしていれば想像もつかないほどの、涙が出てしまいそうな痛みに喘ぎそうになる。全身がそうだった。激痛と恐怖で、今にも崩れてしまいそうだった。

 こんな状態で気の利いたことは言えない。これほどの危機的状況で、頭も口も回るほど経験があるわけじゃない。

 

「もうやめよう」

 

 でも、言わなきゃ。口にしなきゃ。

 

「殺したくないんだろ。だったら、殺さないでいいじゃないか」

「あなたに……家族が無事なあなたに何が分かるの!」

 

 空気を押し出すほどの声で、アンリは叫ぶ。

 

「あの場にいなかったあなたが、私のことが分かるだなんて思い上がらないで。両親が生きているロックスなんかに、私の気持ちは分からない!」

「分かんねえよ!」

 

 アンリの言う通りだ。俺にはお前たちの気持ちが分からない。そんなに苦しいなら、分かりたいとも思わない。

 

「分かんないけど……じゃあこれが正解なのか? アンリがマホを殺して、ハッピーエンドになるのか?」

「ロックス、もういいよ……」

「よくないだろ!」

 

 どんな状況であれ、死を肯定して生を諦めるなんて、ろくな結末にならない。

 せっかく世界が良くなってきて、難民にも居場所が出来たんだぞ。希望が持ててきたんだ。なのにその先がこれだなんて、俺はどうしても認められない。

 これが正しいことだなんて、絶対にあってはならない。

 

「俺は邪魔するぞ。何があっても邪魔をしてやる。お前が話し合いに応じるか、俺が死ぬまで」

「…………死ぬのは、嫌なんじゃなかったの?」

「嫌だよ。今でも死にたくない」

 

 痛いのも苦しいのも嫌だ。心身ともにダメージなんて受けずに過ごしたい。

 まだやりたいことがたくさんある。言いたいことも、言われたいことも山のように。

 ましてや死ぬなんて、あまりにも怖すぎる。戦いを通じて、その恐怖は身近になり、日に日に大きくなっていった。今、その恐怖は最大値となっている。

 だけども、ここには俺しかいないから。

 

「アンリ、どっちかだ。俺を殺してマホも殺すか、マホを生かして俺も生かすか」

 

 痛い。けど必死に抑えてアンリの手を掴む。ひんやりとした金属の手は震えていた。

 こんなことが出来るやつじゃないんだ。歯車が狂ってしまったがために、間違った方へ手を伸ばしてしまった。

 アンリに罪がないとは言えない。けどまだ全然やり直せる。やり直せないなんてあるわけない。

 アンリとマホは親友だ。絶望に塗れた世界の中で、ちょっと外れたことを言う明るい女の子と、それに呆れながらもツッコミを入れる友達同士なんだ。その二人の日常が、片方がもう片方を殺して終わりだなんて……そんなの悲しすぎるじゃないか。

 

 ほんの少し考え直すだけでいい。手を止めて、冷静になって、ちょっとだけ待ってほしい。そうしてマホの顔を正面から見たら、きっと答えは変わるはずなのだ。

 アンリもきっと、それを望んでる。今は意固地になってしまっただけだ。

 

「一回、話すだけでいい。それが嫌なら……」

 

 俺は装甲を解除した。生身で彼女に訴える。

 

「続きをやればいい」

 

 頼んだ。頼み込んだ。必死になって。

 命を削ってでも、だ。命のやり取りをしようとしている彼女たちには、同じく命を懸けないと説得もクソもない。ただの男でしかない俺には、それしか差し出せるものがない。

 

「…………」

 

 落ちた剣を、彼女は拾わなかった。

 それからしばらくして、体感では数十分も経ったくらいで、アンリは……装甲を脱いだ。

 

 そこには、復讐に燃える女はいない。俺が知ってる、華奢な女の子だけが立っていた。

 

「あんりー……」

「私には……無理。マホもロックスも……殺せない」

 

 ようやく直接の肉声を聞けて、その内容を理解するのに数秒かかった。

 

「アンリ、それって……」

 

 彼女は頷いた。

 ああ、つまり、これで──

 

「みなさん、大丈夫ですか!?」

 

 実感する前に、少女の声が響く。

 

「ネプ、ギア……?」

 

 ぼうっとした視界でも、それがネプギアだということは分かった。数歩遅れて、ユニもロムもラムも駆けつけてくる。

 

「ロックスさんたちがいなくなってるのが気になって、システムを使って腕輪の居場所を調べたんです。そしたら……」

「まさかこんなことになってるなんてね。何があったの?」

「拠点がめちゃくちゃになってるじゃない」

「上まで穴が空いてる……」

 

 三階まで空いた穴をロムが見上げた。そこからぱらぱらと建物の欠片が落ちてくる。

 

「え、えーと……」

「実は……」

 

 マホとアンリは、しどろもどろと同じ反応を示す。いたずらが見つかった子どもみたいだ。

 その弛緩しきった空気に、思わず苦笑が漏れる。脇腹どころか何もかもが痛んだけど、大して気にならなかった。

 

 終わった。終わったんだ。ネプギアたちが来てくれたことで、ようやく胸に安心感が広がって、体から力が一気に抜ける。

 アドレナリンで抑えられていた痛みが暴発して、許容量を超えてしまった。それを感じさせないために、俺の体は意識と感覚を切断し始めた。

 体が操縦できなくなって、ふらりと倒れる。

 

「ロックス!」

 

 呼んだのは、誰の声だろう。

 それを把握する前に、俺の意識はぷつんと途切れた。

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