偽次元のプリズム【完結】   作:ジマリス

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32 R・Heart

 携帯電話の普及によって、人類間でのやりとりはすごく簡単になった。それこそ国を越えててもメッセージが相互に届くのだから。

 それがスマホが出てきて、メッセージアプリも出てきて、どんどんと簡略化されていく。

 昔と比べて変化したことは何かと問われると、こういった通信技術の進歩が代表の一つとして挙げられるだろう。しかし、同時に煩わしいこともあって……

 

「どしたん、ロックス。難しい顔して」

「いや、両親がしつこくてな」

 

 プラネタワーの中にある一室。最新機器が揃えられたその部屋の端っこ、壁にかけられたモニターを凝視するマホに、俺は答えた。

 

「あーね。確か、ここで寝泊まりして国の仕事手伝ってるって言ってるんだっけ?」

「そう。で、ずっとこっちにいたもんだから偶には顔見せろって」

「ロックスの両親、今どこにいるんだっけ?」

「二人ともリーンボックス」

 

 まさか文明の進歩を恨む時が来るなんてな。気軽にメッセージ交換出来るせいで、めちゃめちゃ色々訊かれるんですけど。ごまかすのめんどい。

 

「行ってあげたらいいじゃない」

 

 マホと同じくモニターを見つつキーボードを叩きながら、アンリがしれっとそう言う。

 

「親には会える時に会っておかないと」

「お前に言われると重みが違うな……」

 

 茶化せないよ。禁止カードにしようぜ。

 

「……行こうかな。お前らに腕輪を隠されたまんまでやれることも少ないし。腕輪どこにあるんだ?」

「「秘密」」

 

 ぴえんである。

 

 ずっと腕輪を着けていたせいか、無いと違和感がある。あとこう……不安的なものも押し寄せてくる。もう国内ではバズール現象は起こらないって分かってるんだけど、今までその現象ってのが急に起こったせいだ。

 

「もういらないでしょ。ネプテューヌさんも戻ってきたことだし、後の戦いは任せたらいいのよ」

「そーそー。ちょっとくらい暇してるのがいーんだって」

「ちょっとどころじゃないくらい暇なんだが。この前暇すぎてビニール袋を追いかけてたら野良猫だったことがあるくらいだぞ」

「それ逆じゃない?」

 

 一回顔見せたら、両親満足するかな。てかそっちが来たらええやん。これナイス案。そう送っとこ。

 

「で、お前らは何してるんだ?」

 

 さっきから俺の声を背中で受け止めやがってよ。

 

「バズールディスクの反応を世界中で検索しようとしてるの」

「反応?」

「私たちが持っているバズールディスクと同エネルギー帯で同周波数の……」

「簡単に」

「……SVシステムの腕輪をGPSで追うのと同じよ。バズールディスクの反応を世界規模で探して、見つけようとしてるの」

「ほーん?」

 

 今のところ、バズールディスクは犯罪神が持ってるんじゃないかと推測してる。バズールディスクを追えば、犯罪神の位置が分かるってことだ。

 そうじゃなくて犯罪組織や他の連中が持っていたとしても、取り上げることが出来れば危険はより一層無くなる。

 

 素人が考えても、そんなの大規模な設備が必要ってのは分かる。バズール現象に関してはこの二人が他人よりも一日の長があるとはいえ、それを貸し出してくれるなんてVIP待遇受けるとは。

 

「よし、アルゴリズムはOK! あんりー、組み込んで」

「それじゃ……起動するわ」

 

 アンリがいくつかキーボードを叩くと、壁のモニターにでかでかと何かが映し出された。これは、この大陸の地図か?

 その地図の横では、何やら難しい文字や数字の羅列が次々と現れていく。

 

「これ、今探してるのか?」

「各国の人工衛星を使って、自動でね。上手くいけば誤差五メートル以内で絞りだせるよ」

 

 やってることが天才技術者すぎる。こいつら、俺の友達なんすよ。

 

「反応アリ!」

 

 お、早速か。画面がズームされて、移る範囲が狭まっていく。これは……

 

「プラネテューヌの領内か?」

「てか、街の中」

「しかもこれって……!」

 

 地図上に点が一つ描写される。そこにバズールディスクを持った奴がいるってことだ。

 だが問題はその場所。そこはプラネテューヌの真ん中、つまり……

 

「!」

 

 指している場所に気づいた瞬間、轟音が耳をつんざき、爆発したかのように後ろのドアが吹き飛んできた。

 

「危ない!」

 

 言いながら、マホとアンリを押し出す。俺たちがいた場所に、金属の重いドアが飛んできて、俺はしゃがんで避けた。

 扉はさっきまで見ていたモニターにぶっ刺さって、火花を散らす。

 

「拍子抜けするほど簡単に入れたな」

 

 ドアを壊したのは、紫の肌の女性。犯罪神マジェコンヌが堂々と立っていた。

 

「マジェコンヌ……どうやってここに!?」

 

 警備もいるし、監視カメラだってある。マジェコンヌの姿を捉えれば、今ごろ大騒ぎになってるはずだ。

 だというのに、どのルートでも見られるってのに、警報も鳴らずにここまで侵入された。

 ……ああいや、それについて考えるのはやめておこう。今考えるべきは、どうやって俺たちがここから逃げるか、だ。

 

「今度こそ、あーしがやる!」

 

 マホが力む。が、気の高まりやオーラが増えるなんてことはなく、その姿は一切変わらない。

 

「一回変身出来たのに……どうして、どうして!?」

「まだ慣れていないようだな」

 

 マジェコンヌは嘲笑し、マホを見下す。

 

「私が相手よ!」

 

 エフツーピーの鎧を纏い、アンリが特攻する。

 油断しきってる敵に、大剣が振り下ろされた。が、マジェコンヌはわずかに体を逸らして避ける。そして、避けざまに拳を繰り出した。

 アンリは吹き飛ばされ、巨体は壁にぶつかり、そこにあった電子機器もろとも崩れ去る。

 俺はアンリに駆け寄る。気絶しているだけだ。

 

「くそっ」

 

 俺はマホの横をすり抜けてマジェコンヌの前へ、そのまま体重を乗せた拳を振りかぶった。しかしこれも簡単に躱される。

 マジェコンヌは小石でも蹴るような小さな力で、ブーツで俺の腹を蹴り上げた。鳩尾に食らった俺は、勢いよく咳き込みながらその場に倒れる。

 当然と言えばそうだが、変身していても無理だったのに、生身で耐えられるはずがない。立ち上がりすら出来なかった。

 

「へ、変身できなくても!」

 

 遅れて、マホが続く。しかし攻撃は届かず、逆に首を掴まれる。

 

「お前程度が、私に敵うとでも思ったか?」

 

 マホの体が持ち上げられ、足が床から離れる。

 

「これは返してもらう」

 

 マホが持っていたISクリスタルを奪って、奴は手で弄ぶ。

 

「マジェコンヌ!」

 

 叫ぶしか出来ない俺に、奴は目を向けた。

 

「誰から殺してほしい? お前か、それともこの女か?」

「お前……っ」

「私を止めなければ、お前の大事なものが全て壊れるぞ」

 

 くくく、と微笑して、ふと奴は俺の腕に目を向けた。

 

「ああ、腕輪がないのか」

 

 奴はマホを睨む。

 マホはじたばたと暴れるが、首にかけられた手は外れる様子が無い。息も出来ず、顔色が悪くなっていっている。

 

「返してやれ。これは、こいつの物だろう。生体認証ロックがかかっていて、お前では使えまい」

「それでも……あーしが……っ」

「ふん」

 

 マジェコンヌはマホの懐から腕輪を盗み取り、手から落とした。それはころころと地面を転がり、俺の目の前で止まる。

 

「さあ、変身しろ、ロックス」

 

 言われなくても当然やってやるよ。

 俺は腕輪を掴み、右腕に装着する。

 

「まって、ロックス……」

「変身!」

 

 装甲が俺を包む。

 補助が働いて、未だダメージの残る体でも立ち上がることが出来た。

 マジェコンヌは満足そうに笑い、マホを放り投げる。俺は彼女を受け止め、そっと地面に下した。

 

「げほっ、げほっ」

 

 大きく咳き込んで倒れるマホだったが、なんとか無事のようだ。

 あとは……

 

「さあロックス、お前の怒りを見せてみろ」

「この野郎……ぶっ潰してやる!」

 

 マジェコンヌはラスボス。そしてそいつを女神候補生たちが倒す手前までいった。だからそれほど重く考える必要もないと思っていた。いつかはネプギアたちが決着をつけてくれるだろうって。

 だが、それは大きな間違いだった。こいつがいる限り、終わらない。決して安心できることはないのだ。

 

「潰す、などでは足りんだろう。もっと自らを解放しなければ潰されるのはお前だ」

 

 俺は刀を握り、マジェコンヌに肉薄する。フェイントを織り交ぜて幾度も振るが、簡単にガードされる。

 

「私が憎いだろう、ロックス。貴様の愛する者を利用し、親友を殺させようとしたのは私だ」

「っ!」

 

 奴の言葉に感情が刺激され、力が増す。それでも足りない。

 

《スペックに大きな差があります。逃走を勧めます》

 

 視界に映し出される、SVシステムからの警告。

 わざわざ言われなくても、んなこと分かってる。だけど退くことは出来ない。

 俺はこいつを倒さなきゃいけないんだ。

 

 しかし、どれだけ戦っても刃は届かない。女神に匹敵する能力の持ち主に、ただの人間である俺が敵うはずがない。

 違いすぎるんだ、俺と奴とでは。

 

「仕方ない、少しサービスしてやろう」

 

 刀を弾き落として、マジェコンヌは俺の頭に手を乗せた。

 鎧越しに触れられた手を中心に、とてつもない痛みが脳を支配して視界がぼやける。

 

「う、ぐ、ああああ!!」

「ロックス!」

 

 世界が崩れた。

 

 プラネタワーの中じゃなくて、外に俺はいた。

 どこだろうと言われても分からなかった。ただ、おかしいことだけは分かる。

 赤黒く染まった空と、倒壊した建物。地面は傷が残っていて、それがどこまでも広がっている。

 

 振り返る。

 人が倒れている。夥しいほどの人、人、人。途切れることなく、遥か遠くまで、左も右も。

 血まみれだった。血だまりがいくつもできていて、空と同じ赤色になっていた。

 動かない。生気が感じられない。その人たちは全て、屍と化していた。見知った人もいる。元拠点にいた大人も子どもも……それだけじゃない。

 

「あ、あ……」

 

 そいつは、俺が守るべき人は、

 

「ああ、あ……」

 

 横たわってそこにいた。華奢な体に鮮血を纏わせて。

 見開いた目が俺をじっと見ている。困惑と絶望に支配され、光のない目が心を削る。

 

 なんだこれは。一体何が……

 呆然としたままの頭は理解を拒んで、彼女から目を逸らしてしまう。

 その視線の先、俺の手が……赤色に濡れていた。

 

「それは未来だ。私が全てを壊し、その果てに辿り着く先だ。止めなければいけないなぁ、ロックス。そのためにお前は、何を考えるべきだ?」

 

 マジェコンヌの言葉で、景色が元に戻る。

 

 幻覚を見せられたのか? あいつがこの先でやろうとしている光景を見せられたのか?

 だとしたら、この野郎、マジで何もかもぶっ壊すつもりじゃねえか。

 

 湧いた怒りをそのままに、拳をぶつける。ようやく顔に当たったが、まだまだ余裕って感じで笑われる。

 

「明日、私の手持ちのバズールディスクを全て解放してこの国を落とす。今のお前には止められないぞ」

 

 何故だか、先ほどの光景が遠くない未来だってことは確信を持って言えた。

 あれをやるのは、犯罪神だ。間違いない。この先こいつは破壊の限りを尽くして、俺たちが守ってきた全てを崩す気なのだ。

 どの国の誰もが殺される。大人も子どもも、両親もマホもアンリも……

 

「殺す……」

 

 明確な殺意が湧いてくる。目の前の敵を倒せとしか考えられなくなる。

 

「殺してやる!」

《計測完了。換装します》

 

 その瞬間、無数の針が脳を突き刺すような痛みと、バチバチと電気が散る音が鳴った。

 

「っ!? ぅ、っつ!!」

 

 叫ぶ余裕すら与えられなかった。

 壊れた機械のように体が痙攣して、がくりと膝をつく。

 意識が飛んでしまいそうなほどの苦痛に喘いでいるのに、決して終わってくれない。

 一瞬遅れて、外装は外され、黒色に赤のラインが走るプレートが装着されていく。

 

「なんだ、これ……っ」

《今までの戦闘データの計測を解析したところ、怒りを感じた時に戦闘能力が飛躍的にアップしています》

 

 説明が視界に流れてくる間も、電撃は容赦なく俺の頭を焼こうとしていた。

 

《脳の大脳辺縁系に刺激を与え、あなたの怒りを引き出します》

 

 より強く、電流が流し込まれる。

 

「ぐぅううああああ!!」

 

 獣のような咆哮を上げ、手が空を掴む。

 細胞が発火しているような、一つずつ消し飛ばされてるような……

 何が起きてるんだ……っ?

 

《ノルアドレナリン分泌。脳波の異常検知。()()()反応です》

 

 本来なら震えて動かないはずの足でどっしりと床を踏みつける。

 逃げ出してしまいそうな体を、その装甲が抑える。

 退がるなんてことをシステムが許さず、心から消される。

 

《敵を倒すことのみに特化した、R・Heartフォームです》

 

 情けない男の慟哭なんて無視して、SVシステムは俺を立たせる。

 

「くくく、ついに、ついにここまで到達したか」

「マジェコンヌ……お前、一体何をした!?」

「お前に何をしたか……それを訊く相手が間違っているぞ」

 

 ぎりり、と折れそうなくらい歯を噛む。

 元々感じていた怒りと、生み出された怒りが混ざった。それを感じるよりも速く体が動く。

 B・Swordよりも素早く肉薄し、固められた両拳を打ちつける。

 

「!」

 

 マジェコンヌの体が揺らいだ。

 

《止めますか?》

「いや……」

 

 歯を食いしばって、首を横に振る。

 

「続けろ」

《了解しました》

「……それでこそだ、ロックス」

 

 今までで一番口の端を吊り上げ、ぐらついた姿勢から元に戻る奴に、俺はラッシュをしかけた。

 自分でも信じられないくらいの力が出ているのが分かる。あれだけ差があったマジェコンヌに、ダメージを与えている!

 せっかく手に入れたこの力を手放すわけにはいかなかった。たとえ身を焼かれるような感覚に襲われたとしてもだ。

 

「マジェコンヌ、お前を殺す!」

「望むところだ! 私を殺してみろ、ロックス! そのための力だろう!」

 

 心底嬉しそうに、マジェコンヌは攻撃を受ける。

 これまでとは違う。着実に犯罪神の体力を削り、息を荒げさせている。

 このままいけるか、いやいくしかない。奴が消えるまで、止まるな。

 激痛で失神と覚醒を繰り返しながら、今自分がどうなっていて、何をしているのかも曖昧になっていく。それでも薄れない殺意だけを頼る。

 殴る、蹴る、肘を打ち、膝をぶつける。頭を激突させる。

 システムが動かしてるにしては野蛮な戦い方に疑問を持つ暇もなく、俺はアーマーが動かすままに任せた。

 

「ふんっ!」

 

 なすがままだったマジェコンヌは急に、俺の鳩尾を貫くように足先で突いてきた。

 不意の攻撃に怯み、勢いが削がれたことで背中から倒れてしまう。

 

「この野郎っ!」

「新フォームおめでとう、ロックス。流石だ。見ろ、貴様の怒りは私を追い詰めた」

 

 俺が打ちつけた痕が残る体を指差し、肩で息をするマジェコンヌは俺を見下ろす。

 

「使い続けろ。そうすれば私の命に届く……かもな」

 

 くくくと笑って、奴は踵を返す。

 

「次に会う時が楽しみだ」

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