「まさか犯罪神が乗り込んでくるなんて」
マジェコンヌが去った後、その状況のとんでもなさに女神様はみんな集まった。
プラネタワーの執務部屋兼遊び部屋に集結したみんな、特に女神候補生は僕を心配そうな目で見てくる。
「大丈夫だった……?」
「全然平気」
「でも顔色悪いし、腕が震えてるわ」
ラムが俺の右腕を指差す。
顔色……は分からないけど、筋肉が疲労しているせいだろうか、腕は振動してるみたいにぷるぷる痙攣していた。
「激しく動いたせいじゃないか。筋肉痛とか、そんなんだろ」
「ほんとーに?」
マホが腕に軽く触れる。その瞬間、ビリビリと雷が走ったみたいに痛みが通った。
「つっ──!」
「痛いの?」
彼女は慌てて手を引っ込める。
ごまかすのは無理だな……
「問題あるなら無理って言うよ。俺ってそういうの口から出ちゃうタイプだし」
「……」
俺の言葉に、しかしネプギアたちは安心した様子を見せなかった。
「見通しが甘かったわね。この中で直接襲撃してくるなんて」
ああ、その通り。俺の考えが甘かった。あの野郎を逃がすわけにいかなかったのに、力が足りないせいで『どうしようもない』なんて思っちまった。
「ごめんなさいロックスさん。ゆっくり休んでください」
「……ああ」
俺は素直に頷き、自分の部屋に戻る。
ふう、とため息をつく。
視界がぐるぐると回る。脳みそがまともに働いてない気がする。
「うっ」
耐えられなくなって、俺は床に倒れ伏した。
「ぐ、ううっ」
部屋に入った途端、それまで耐えていた体が限界を迎えた。
痛い痛い痛い。
体を酷使したせいで、全身筋肉痛になってる。ちょっとでも体を動かせば、いやもう呼吸するだけでずきずきと痛んでくる。
この部屋に戻ってきて、床に倒れこんでからそれなりの時間が経ってるけど、襲ってくる痛みのせいでまともに動けない。
「い、う、ううっ、くっ」
口から苦悶が漏れ出る。何をしても、いや、何をしなくても苦しい。これは一体いつまで続くんだ。一向に収まる気配がない。
歯を食いしばって拳を握る。涙がじわりと滲む。もしこれがずっと続くんだとしたら、なんて絶望を必死に追い払う。
それと同時に襲ってくるのは、マジェコンヌが見せてきた幻だ。
あれは現実に起きていないデタラメだ。だけどいやにリアルすぎて、まるで本当に俺がやってしまったかのように錯覚してしまう。
女神様たちをこの手でねじ伏せ、逃げ惑う人々を追い詰め、最後には全てを破壊する。匂いも感触も現実と見紛う程の幻覚が頭を侵食し、心を蝕む。
心身ともに茨で締めつけられるような痛みを必死で耐えながら、床に転がって悶える。
全身を襲う苦痛が止んだのは、それから何時間経ったころだろう。窓から差し込んでくる光が、月のそれから太陽のそれに変わった後で、俺はようやく体を起こすことが出来た。
まだ動くたびに電気が走るような痛みが来るけど、だいぶマシになった。
普通よりも何倍もの時間をかけて立ち上がり、窓に映る自分を見る。
とても醜い姿だった。
髪はぼさぼさで、目は充血していて、隈ができてる。シャツは汗でべっとりと張りついて、掠れた息が喉からひゅうひゅうと漏れている。
危ないクスリをやったかのような風貌に血の気が引いた。昨日まで、全くの健康体だったはずだ。そこらへんにいくらでもいるような男の風体だったはずだ。それがたった一晩でゾンビのようになってしまった。
たかだか十数時間食べてないだけなのにげっそりと生気の抜けた顔が見返してくる。これが本当に俺なのか。たった三度の変身でこうなるなんて、あのフォームは俺の何をどれだけ奪ったんだ。
もしかして、あのフォームで戦うたびに酷くなっていくのか?
力を振るうたびにこんなことになって、こんな目に遭って、削られていくような痛みを受けないといけないのか?
「……どうして」
どうして俺がこんな目に……!
拳を振り上げて、すんでのところで止まる。もう少しでガラスを割るところだった。
責任転嫁するつもりかよ。これは、俺が選んだ結果だ。
みんなを守るには力が必要だ。俺はそれを手に入れた。その代償が、脳を焼かれ、後で治る筋肉痛だっていうなら安いものじゃないか。
「天秤にかけるまでもない」
歯を食いしばりながら、自分に言い聞かせる。
そう。これはいつか収まる苦痛だ。しかしこの戦いで増える犠牲はそうじゃない。これ以上誰かが傷つくのは、アンリもマホも嫌がる。
だったら──
「悩む必要なんてないじゃないか」
弱気になるな。俺には敵を退けられるほどの力がある。使って使って使い倒せばいい。
続けていればきっと、平和を手にする時がやってくる。それまで諦めずに、倒れずに戦うってのがヒーローだろ。
この力もこれまでと同じ。きっと慣れる。
△
シャワーを浴びて、ベッドに座ってじっとしていると、いくらかマシな顔になった。少なくとも人の目に晒せるくらいには。
自分の端末を見ると、アンリやマホから連絡が来ていた。何度か通話もかけてきてたみたいで、履歴は二人の名前で埋まっていた。
起こさないでくれって頼んだのに。とはいえ、朝の時間も越して、もうすぐ夕方に差し掛かりそうなくらいにまで籠ってたら、一言言ってやりたくなる気持ちは分かる。
俺が部屋を出て、とりあえず床は片付けられた作業部屋に顔を出すと、アンリもマホもほっとして、その後呆れたような顔をした。
「寝すぎよ、ロックス」
「朝飯食べ損ねた」
「それどころかお昼もなんだけど」
冗談交じりに言うアンリは、俺の目の前まで来ると目を覗き込んでくる。
「大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫大丈夫。ほら、この通り」
実際は痛むけれど、それを見せないようにマッスルポーズ。サイドトライセップスと言います。気になる人は検索してね。
「腕輪を外して」
「は?」
「終わったんだから、もういいでしょ」
俺のボケを無視して、アンリは手を出してくる。
ここまで引き延ばしてきた話を清算しようというのだ。つまり、SVシステムを手放して、戦いをやめろってこと。
一度取り上げられたくらいだ。どれほど心配してるかってのは分かってるつもり。だが……
「あいつがまた来たらどうする」
マジェコンヌは国の中枢まで忍び込んで襲ってきた。またやってこないとは限らない。
そしてその時に対抗策が無ければ……
「まだ終わってなんかない」
その言葉を、アンリもマホも否定できなかった。
「じゃあ、調整をさせて。あのフォームは負担が大きすぎる。このままだと、壊れてしまうわ」
「ええ? 全然大丈夫そうだけど」
俺は腕輪をしげしげと眺める。
SVシステムから見れば、いつものフォームチェンジと変わらないからあんまり無理な動作はさせてないと思うんだけど。補助の域を超えてるとはいえ、可動域内で動いてるわけだし。
「心配してるのはロックスの体よ」
俺の?
「あの時のロックスが戦った時のデータを調べたんだけどね、あれは脳にも体にも負担をかけすぎてるって分かったの」
「だから、あのフォームに移行しないように制限をかけないといけないの」
「大丈夫だって。今までと変わらないさ。これまでよりちょっとだけ激しいってだけで──」
「ロックス、真面目に聞いて」
いつもの調子で流そうとしたのに、今回しつこいな。
「SVシステムに何か変化が起きたのかも。それを調べないと、もっと大変なことになるかもしれないのよ」
「調べて、異常があったら?」
「もちろん、直す」
「……」
正直、何らかの異常が起きてリミッターが外れたことによって、あのフォームが発現したことは分かってる。状況的に、それが一番あり得ることだと理解してる。
理解してるからこそ、渡したくない。アンリがこれを直してしまったら、もうあの姿にはなれないかもしれないのだ。
「……どれくらいで直る?」
「分からないわ。まず見てみないと」
「じゃあ渡せない。いつどこで敵がやってくるか分からないんだから」
「ぎあちーたちがいるでしょ」
「さっきみたいにネプギアたちが不在で、マジェコンヌが乗り込んでくることだってあるだろ」
「それは……でも、あなたが戦うのはプラネテューヌ奪還までって言ってたでしょ」
「しつこいぞ」
似たような問答を繰り返す二人にイライラしながら、俺は突き放すように答える。
そりゃ理想を言えば、腕輪を手離して、しっかりと休養を取って、平和を享受するのが一番だ。俺だって別に、傷つきたくて傷ついてるわけじゃない。
けど、現実はそうもいかないことだらけで、嫌になるほど理不尽が降ってくる。その時に何よりも必要になるのは力だ。
「ロックス、何を焦ってるの?」
彼女にしては、なんとも馬鹿な質問だ。
「そりゃだって……一番優先すべきはマジェコンヌを倒すことだ」
マジェコンヌが見せてきた幻覚がちらつく。あれは、決してあり得ない未来じゃない。やけにリアルだったせいか、むしろ近い将来のことのように思える。
あれを実現させないためにも、SVシステムは必須だ。
「あいつは今日、バズールディスクを使ってプラネテューヌを落とすって言ってた。焦って当然だろ」
なおも納得しない目を向けるアンリに、俺は怒りを感じながらもなんとか抑えた。
「前までの怪我は治った。俺は戦える。だから、ここが踏ん張りどころだろ」
「……」
「やばくなったら変身解くし、撤退する。そんな心配することない。大体の事は大抵何とかなる」
今までもそうだった、と言いかけた瞬間、心臓が跳ね上がるくらいの嫌な音が響いた。もう鳴らないと思っていた、脅威を知らせる音。
すぐにマホがモニターに状況を映す。
映し出されたのはプラネテューヌの地図。大きな丸が四つ、国を囲むように描かれている。それらは中心へ向かって近づいていき、安全なはずの領域を今にも呑み込んでしまいそうだった。
「街の外側、四方向から大量のモンスターが押し寄せてきてる……!」
「バズール現象か?」
マホはこくりと頷く。
「バズール現象は抑えたんだろ?」
「国の中での発生はね。けど、抑制範囲外で現れるのはまだ止められないんだ」
そしてさらにまずいことに、マホたちが設置したのはあくまで『発生の抑制装置』だ。出現してしまったモンスターたちを消すなんてことは出来ない。
「バリアで防げるのか、これは?」
「……」
二人とも黙り込む。本来、こんな大群が揃って向かってくることなんてない。バリアがどれだけ耐えられるか分からないが、この数の絶え間ない攻撃にさらされて一生無事ってことはないだろう。
危機が迫る中、マップに小さな三角が現れる。いくつか出現したそれは、真っすぐ円の中心へと向かっていった。
「あ、ほら、ぎあちーたちが駆けつけてる! これでもう安心だね!」
マホが声を張り上げる。
一つの円に女神が二人ずつ。それだけいれば、時間はかかるだろうが鎮圧は出来る。女神様と女神候補生であれば勝てる。勝てる……はずだ。
だが、俺は全く安心できなかった。
「俺も行く」
「だめっ!」
踵を返した俺の腕を掴んで、アンリが止めてくる。
「ネプギアたちがちゃんと片付けてくれる。だから──」
「犯罪神がいたらどうだ」
「……それ、は……」
あいつがバリアのことを考えてないはずがない。犯罪神の力で一部でも削られれば、そこから街の中に大量のモンスターが入ってくる。そうなれば二年前の二の舞だ。
せっかく平穏を取り戻したのに、同じ苦しみを味わってほしくない。
なのに袖を掴む力はますます強まる。
「もうその止めようとする展開、飽きたよ」
「それで止まらなかったことないくせに」
「よく分かってるじゃないか。じゃあ今回もそうだってことは理解してるな?」
「……」
ヤバいことが起きても、俺たちがそれを鎮めて、戻ってくる。それが繰り返されてるだけだ。たったそれだけの話。
それは別に大した問題じゃない。女神様がいれば、勝利は約束されたようなもんだ。少しでも被害を抑えるために、俺が出撃するってだけ。
で、戦いは永遠に続くわけじゃない。犯罪神が倒されるまで。あともうちょっと。ネプギアたちがマジェコンヌを討つまでの短い間だけ踏ん張ればいい。
誰だって簡単に分かる話だ。それなのに、俺より頭が数倍良いアンリは首を横に振る。
「……出来ないわよ。理解なんて、出来ない」
下唇を噛む彼女は、今にも涙を流してしまうのを堪えるような表情をして、縋るように俺を見る。
「どうして? どうして戦おうとするの? 痛いのは嫌だって言って、なんで行こうとするの?」
「ネプギアたちだってそうしてるだろ」
「あなたは女神じゃない。そもそも大人でもないあなたが、そこまでする必要ないじゃない!」
確かに、俺は元々普通に暮らしてたガキでしかない。女神じゃない。戦いを生業としてる人じゃない。自分のしたことに責任を持てる大人でもない。けど、それに少しでも近づかなきゃいけないんだ。
「五つ目の群れが接近してるっ!」
「!」
既に発生した四つとは別、重ならないところに新しく丸が出た。他とは小さい円だが、放っておく理由にはならない。
手を無理やり引き剝がす。
これまでと変わらない。俺が時間稼ぎすれば、全て上手くいくんだ。
そのためのSVシステムだ。そのために俺がいるんだろ。そのために俺は戦ってるんだろ。
「私も行く!」
去っていこうとした俺のかけてきた言葉は、とんでもない提案だった。
「ええっ、あんりーが行ったら、ナビはどーすんの?」
「マホ、あなたに任せるわ」
ずんずんと進もうとするアンリを、今度は俺が止める形になる。
「おいアンリ」
「あなたが勝手にするなら、私も勝手にする。これだけは譲れない」