偽次元のプリズム【完結】   作:ジマリス

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34 俺はヒーローにならなくちゃいけない

「おら!」

 

 迫りくるモンスターの大群を、手当たり次第に斬る。四つのフォームの長所を活かして、次々に倒す。

 それでも、くそっ……

 

「キリがない!」

 

 プラネテューヌの周りに発生した五つ目のバズール現象、その渦中に飛び込んだはいいが、やはり敵が多すぎる。

 女神がいてようやく鎮められるものだ。SVシステムによるアーマーを纏った俺と、エフツーピーの鎧を着たアンリだけじゃ足りない。

 そもそもとして、アンリがここにいること自体クソな状況なのだ。本当は来させたくなかった。こんなところで敵に群がられて傷を作ってるなんて論外だ。

 

 それに、あの鎧はSVシステムみたいに自動修復機能は無い。マジェコンヌからダメージを受けたことも考えると……

 

「あうっ」

 

 嫌な予感が的中した。アンリの鎧が砕けた。

 生身のアンリが地面に転がり、モンスターはそちらに殺到する。

 

「このっ!」

 

 モンスターの攻撃がアンリに届く前に、そいつを切り裂く。無傷のアンリを確認してほっとしたが、同時にカッと怒りが沸いてくる。

 

「こいつらァ……」

 

 まだ残る数十体のモンスターを睨む。

 こいつらは一体、どこまで奪えば気が済むんだ。

 今までたくさんのことを邪魔されてきた。リーンボックスでも、ラステイションでも、プラネテューヌでも。散々罪のない人を巻き込み、脅かしてきた。ようやく手に入れた平穏でさえも破壊しようとしている。

 それが悪意あってのことか、ただ本能的にそうしているのかは知らない。けれどどういう事情があるにせよ、こいつらに対して抱いているこの怒りは決して鎮まることはないだろう。

 だったら……

 

「消してやる」

 

 この煮えたぎる感情をそのままぶつけてやる。全て壊してやる。

 

 ──そう思った瞬間、自動的に換装が行われた。

 

「あ゛あっ、う゛あ゛あ゛ああああ!!」

 

 R・Heartフォーム。

 頭に電流で刺激を刺し、怒りを誘発する。体に負担をかけるが、その分だけ体のリミッターを外して限界以上の力を出すことが出来る。

 その代わり苦痛は予想を超えるほどに脳を締めつけ、正常な思考が失われていく。

 

 それがどうした、と俺は吐き捨てる。

 一人の人間の一つの脳みそが壊れるくらい、なんだ。それで得られるものを比べたら、塵のように大したことない。

 

 底知れない怒りに身を任せる。

 敵の形は様々だった。獣や虫、鳥に爬虫類。四つ足に翼に、手足がない奴。そいつら全部、この拳で貫いてやった。見分けがつかなくなるまで蹂躙してやった。

 絶え間ない痛みに苛まれながらも、高揚感と満足感が心身を満たす。

 俺は敵を倒してる。何十体も倒している。時間稼ぎだけが精いっぱいだった俺が、一人で、バズール現象を制している。

 

 これは復讐だ。

 二年の間、奪われ続けたものを取り戻すための、復讐の戦いだ。犯罪神が全てを破壊し奪っていくなら、俺は奴の全てを奪ってやる。

 まずは、奴が操るバズール現象からだ。その次は犯罪神の体も魂も刈り取ってやる。

 

 最後の一体も潰して、膝をつく。

 敵はもういない。なんとか凌げた。アーマーの中で荒い呼吸がこだまする。

 

「か、解……除」

 

 なんとか変身を解くことが出来た。麻痺した体に吹く風が突き刺してくる。

 

 解放されて、世界がぐにゃりと歪んだ。

 脳を刺激されて保てていた意識は、それが切れた瞬間にぼやけていく。混ぜられている絵の具のような、上も下もなく、濁った世界が目に映る。

 

 通常、人間が耐えられないようなスピードと力を引き出され、脳にも負担を強いられ、その分の反動が一気に圧し掛かってきているのだ。

 思わず地面に倒れそうになる。膝を地面につき、肘もつき、なんとか伏さないように支える。

 

〈あんりー大丈夫!?〉

「ええ。鎧がなくなっただけ。でも……」

 

 視界の端で、アンリがおろおろとしている。いかにも気持ち悪そうにしている俺に触れようかどうか迷っているのだろう。

 頭がズキズキと痛い。沸騰してるみたいに熱い。

 我慢できないくせに、大きく息を吐けば嘔吐してしまいそうで、歯から空気を漏らすようにして耐える。

 

〈あ、え……〉

 

 マホが息を吞むのが、通信を通して聞こえた。

 

〈二人とも、すぐ離れて! 第二陣が来てる!〉

「第二陣……!?」

 

 まだ霞がかっている目で街の外側を見る。陸と空とそれ以外の境界が曖昧だ。それでも地面が揺れる衝撃と音だけで分かる。さっきよりも多くの敵が押し寄せてきていた。

 

「そんな……」

 

 絶望したアンリの声が聞こえる。もはや、俺たちにあれらを相手にする余裕はない。

 

「ろ、ロックス、ロックス、立てる? 早く逃げないと……」

 

 アンリが俺の肩を掴む。

 逃走してしまうのが一番賢い。バリアはそれほど遠くなく、急げばその中に入れるだろう。

 その選択が正しいって、分かってる。分かってるけど……

 

「うう゛!」

 

 体を走る痛覚のうねりが、行っては戻り、のしかかる。再び膝をついてしまって、地面に手をつく。

 全ての部分が痺れていた。そのくせ痛覚だけはやたら鋭敏に、刺すように襲ってくる。

 

 ──もう無理だ。こんなの耐えられない。

 ──頑張ったじゃないか。ただの人間にしては頑張りすぎたくらいだ。だから、誰かに任せて逃げればいい。

 

「違う」

 

 ──後はネプギアたちが来るまで、バリアの内側で閉じこもっていればいい。

 

「甘えるな」

 

 視界が揺れる中、地に足をつけて立ち上が……ろうとしたが、体が震えて転んでしまった。

 

「ロックス!」

 

 自分で自分が情けなかった。子どもでもないのに、もはやまともに歩けないほどになってしまうなんて。

 すぐさまアンリは上半身を起こしてくれる。

 

「立って。逃げなきゃ」

「いや、違う」

 

 こんなの、違う。

 支えられるために戦ってきたんじゃない。そんなことを言われるために続けてきたんじゃない。

 アンリの手を押しのけて、もう一度体を起こす。出てしまいそうな悲鳴は噛み殺して、敵を睨みつける。

 

「戦う」

 

 ──痛い。

 

 それがどうした。

 

 ──やめたい。

 

 今さらやめられるか。

 

「ロックス、戦わなくていいの! 逃げるのよ! もういい、もういいから!」

 

 彼女は必死になって引き留めようとしてくる。聞かないふりをした。

 縋るように掴んでくる手を強引に引き剥がして、一歩、一歩、敵へと近づく。

 ここで逃げるなんてよくない。よくないんだ、アンリ。

 だって俺は約束したんだから。

 

「っ、ああああああああああ!!」

 

 言わずとも、SVシステムは俺の意思を汲み取った。

 R・Heartフォームの装甲が装着され、同時に脳を刺激してくる。

 

「い゛っ、あ゛、ぎぎ……っ」

 

 最もこの状況に適した状態を保とうとサポートしてくる。いや、もはやこれは補助なんかではなく、指令を出してきているのだ。

 敵を倒すために、必要なパーツを動かすために機械から人間へ命令が下されている。殺せ、壊せと。

 

「はあ゛っ、ふう゛っ、っう、う゛うぅ」

 

 獣のような声とも言えない声が喉から吐き出される。

 

 立っているだけで限界だった手も足も、無理やり構えさせられる。そこに、俺の弱音は介在しない。

 戦うのは、もう俺の意思じゃない。体が乗っ取られて、戦わされている。

 俺は、SVシステムのパーツに成り果ててしまった。

 

 そこまでして戦う理由があるのかと、俺の弱い部分が訴えてくる。

 

「お、おれ、おれ、俺、は……ひ、ひひヒーローに、ならなきゃ、いけない」

 

 頭の中がどんどん染められていく。思考が中断され、その全てが赤い怒りで埋められていく。

 口は上手く開かず、舌は思ったように動かない。それでも、自分が何をするべきか言い聞かせるために、唱え続ける。

 

「あ、アンリたちのために、お、おお、おれ、俺が、俺が!」

 

 正気を保っている一本の線を、人であることを保っている一本の線をぎりぎりのところで繋ぎとめる。

 目の前のモンスターを敵だと認識しているのは、あくまで俺だ。SVシステムはそれを読み取っている。正気を失ってしまえば、目の前のものを認識できなくなるほどになってしまえば、全てを破壊しようとしてしまうだろう。それは決して望んだことではない。

 

『私たちのヒーローになって』

 

 アンリが俺にそう言ったんだ。俺はその約束を受けた。だから果たさなきゃいけない。

 たとえ俺を犠牲にしてでも。

 

 先頭のモンスターを、あるいはモンスターたちを、システムが動くままに倒す。

 手ごたえはなかった。神経が麻痺しているのかなんなのか、全身の感覚がひどく鈍くなっている。

 殴り、叩き、蹴り、割り、組み伏せ、押しのける。

 モンスターたちも俺を脅威に感じたのか、一斉に飛びかかってきた。手足二本ずつでは対処しきれず、取りこぼした敵から体当たりや武器での殴打が浴びせられる。

 感覚が馬鹿になって、今の攻撃も衝撃としてでしか認識できなかった。それよりもSVシステムから流れ込んでくるもののほうが、よっぽど酷い。

 つまり、敵の攻撃なんて何ともないってことだ。だから、俺は防御をやめた。降りかかってくる鉄の体もビームも、避けたり防いだりする必要が無いなら、そのぶん拳を叩き込んでやればいい。

 一撃で機械の体を貫いた。モンスターに風穴を開けた。次も、その次も、その次も、来るもの来るものをことごとく倒していく。

 その間に何度攻撃されたか分からない。殴られて、斬られて、撃たれた。でも手も足も動く。平気ってことだ。だから俺は殴った。蹴った。

 

 後ろでアンリの小さな声が聞こえた。けど、俺にはそんなことどうでもよかった。

 今必要なのは亡骸を積み上げること。それ以外のことは何であれ、不必要なのだ。そのためには脳を茨で締めつけられるようなこの苦痛も、沸き立たせられているこの怒りも受けよう。

 その他は全て失せろ。この拳を振るう以外に、俺がすべきことはない。

 

「消えろ!」

 

 何もかも、要らない。

 

 ……

 …………

 ………………

 

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 気づけば、多くの肉と機械の部品の上に、俺は立っていた。

 聞こえるのは風の音と自分の荒い呼吸だけ。あれだけ大群で押し寄せ。地面を鳴らしてやってきたモンスターは、ひとつ残らず制圧した。

 

 これだ。この力だ。

 今までのフォームであれば、この大群を退けるのにもっと時間と労力がかかっただろう。被害も広がっていたに違いない。

 しかしどうだ。怒りを増幅させ、無理やりにでも戦いを続けさせるこのフォームは、この場から敵を逃がさなかった。後ろにいるアンリに一切手出しをさせなかった。

 俺の理想の力だ。

 

「マホ、他の敵は?」

〈……こんなことって……〉

「マホ!」

 

 怒鳴ると、姿が見えなくてもびくりと反応したのが分かった。

 何をそんなに怯えているのか知らないが、今は呆然となってる場合じゃないだろう。

 

〈あ、え、えっと、もうモンスターはいなくなったみたい。他の場所も、みんなが片付けてくれたよ〉

 

 しどろもどろになりながらも、マホは答える。

 俺はようやく一息ついて、再び変身を解除した。それと同時にとてつもない倦怠感が襲ってきて、がくりと膝を折る。

 

 首だけを動かして、振り返る。

 無事に終わったってよ。犯罪神の計画潰してやったぜ。はは、ざまあみろだよな。

 俺の言ったとおりだろ。大体のことは、大抵何とかなるもんだ。だからほら、こんな危機的状況でもやりきれたって、笑ってみせろよ。

 

「ちがう……そんなつもりで言ったんじゃ……」

 

 しかし、彼女は地面にへたり込んで……その目からは一筋の涙が流れていた。

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