「危ないところだったわね」
「みなさんのおかげで、対処することが出来ました」
「被害もゼロ! いやー、一時はどうなることかと思ったけどね」
五つのバズール現象は収まった。
女神様たちの活躍と俺の奮闘によって、国への被害は無し。犯罪神は姿を見せなかったが、企みを阻止できたのは大きい。
「ロックスも頑張ったみたいじゃない。褒めてあげるわ」
「それはどうも」
まさか俺がバズール現象を抑えられるとはな。新フォーム様様だ。
「また変なこと言われると思ったのに、やけに素直ね」
「素直かどうかなんて、まさかユニに言われる日が来るとは」
「どういう意味よ」
「いやあ、全然。ラステイションはツンデレ大国なのに、とか思ってないない」
それにしても、まさかあれだけのバズール現象を一度に起こせるなんて。半分くらいハッタリだと思っていたが……
だがとにかく凌いだ。マジェコンヌが姿を隠したままなのは引っかかるが、バズール現象によって国が落ちるさまを見たくて、高みの見物してたんだろう、きっと。
そのふんぞり返った態度のマジェコンヌが次の標的だ。
「バズールディスクの反応を追えるんだろ。犯罪神の場所は特定できたか?」
マホは首を横に振った。
「使い切ったみたい。この大陸中をサーチしたけど、反応なし」
「他の探し方をするしかないですね。ちょっと時間がかかりそうですけど」
「頼む。どうにかして見つけてくれ。そうしてくれたら後は俺がやる」
今の俺なら犯罪神に傷を負わせられる。もっと戦えばその分、奴を追い詰めることが出来る。
ようやく手に入れた理想の力だ。悪を滅ぼせるだけの十分な力。それを存分に振るうに値する敵がいる。
「俺があいつを潰す」
拳を握る力が弱まらない。今にも噴火しそうな怒りを抑えるので精一杯だ。
「……えっと、ロックスさん、落ち着いてください。今は……」
「これが落ち着けるか?」
俺はネプギアを睨んだ。
「アンリが利用されて、マホまで危険にさらされたんだ。もうちょっとで殺されるところだった」
バズール現象に、アンリを誑かして
「今度現れたら、俺があいつを殺してやる」
△
話し合いは一旦終わり、俺は部屋に戻った。
机に置いていた瓶から鎮痛剤を取り出し、何粒か数えもせずに口に入れ、水で流し込む。
これがどれだけ効力を発揮しているか分からないが、無いよりマシだろ。少なくとも、戦場に立ち、変身の意思さえSVシステムが汲み取ってくれるなら、後はどうとでもなる。
SVシステムは、基本的に俺の意思や動きをサポートする役割を持っていた。しかしR・Heartフォームはそんな生温いものではない。俺の戦う意思にのみ反応して、目の前の敵をひたすらに蹂躙するために俺の体を無理にでも動かす。つまり、この肉体さえあれば、どれだけ傷つこうとも戦えるということだ。
ここまで来て、もはや止まる気は無かった。
マジェコンヌは何やら俺に執心しているようで、今後も近づいてくるだろう。だったら誰よりも、俺が奴を殺すべきなんだ。疲労だ苦痛だなんて甘えたこと言ってられない。
ベッドに腰かけた瞬間、コンコンとノック音が鳴った。
「ロックス、今いい? 話がしたいの」
アンリの声が扉の向こうから聞こえる。
ごゆっくり話って暇もないが、するにしても薬が効くの待ちだ。くそ、即効性があるはずなのに、一向に良くならない。
「後でいいか?」
「早めに話をしておきたいの。お願い」
しつこい。
今、マジェコンヌの動向を知る以外にやることがあんのかよ。
例えば、風呂に入ってる途中だとか言えば、この場はなんとかなるだろう。いかにも今は応対できませんという風で出て、『後で俺のほうから伺いに行く』とでも言えばいい。
悪知恵だけは働くのが救いだ。よし、この作戦で行こう。まずは立って──
「っ、ぐ、うぅあ!」
稲妻が背中を走ったのかと思った。熱く、鋭い刃物が背骨を一閃したような、耐えがたい痛みが襲ってくる。
思わず、我慢のしようもなく声が漏れた。焼けているのではないかと疑うくらい、
立ち上がりかけた俺の体は、痛みに負けて再び床に衝突した。
「ロックス!?」
バン、と勢いよく扉が開かれる。
ああくそ、こんな姿を、無様に床に伏している俺をアンリだけには見られたくなかった。
アンリは息を呑む。
「ど、どうしたの……?」
何でもないと言いたかった。ただ足を取られてこけただけだって言いたかった。
しかし、全身を駆け巡る電流のような、マグマのような衝撃と熱さを伴う痛みが、俺から声を奪った。
苦痛から発する息しか出せない俺に、アンリは恐る恐る近づき、膝をつく。
彼女の手が背中にぴとっと触れた。その瞬間──
「ぐうっ、ううぅ……!」
触れられた場所が熱くなったような気がした。手のひらの形の焼き印を押しつけられたみたいだ。
アンリはびくりと体を震わせて、咄嗟に手を引いた。
息も絶え絶えな俺を見て、アンリは全てを悟ってしまったらしい。置く場のない手を握って、震わせている。
「私のせい……」
ぼそり、と蚊の鳴くような声でアンリが言った。
「私が、これを……」
違う。これはアンリのせいじゃない。
何もかも全部犯罪神のせいだ。そうだろう? だからアンリが気に病む必要なんてこれっぽっちもないんだ。
……なんて、いつもなら軽く言ってやるのに、今はそう吐き出す余裕すらなかった。口から出るのは意味のない唸りだけ。それを聞くたびに、彼女の顔は青くなっていった。
それから何分かして、ようやく口の利ける状態になった俺に、アンリは話しかける。
「ロックス聞いて。R・Heartフォームは、あなたの体にも心にもダメージを負わせてダメにしてしまうの」
「それが?」
「あなたが、それに耐えきれなくなったら──」
「死ぬ。そうだろ」
濁して遠回しに告げようとしてきたことを、ストレートに言う。
「それで?」
「それで……って、嫌なんでしょ? 痛いのも死ぬのも、ごめん被りたいって」
言った。言ったけど……
「もうやめましょう。ネプギアたちだっているんだから、もうあなたが戦う必要なんて、もうないじゃない」
荒い呼吸を繰り返す俺に、アンリは震えながら言った。
「俺が戦う必要なんて、ない?」
「そうよ。だから、もうやめにして、それを渡して」
腕輪に手を伸ばしてきたアンリを払いのける。
こいつは今、なんて言った? 必要ないって言ったのか? もう俺が必要ないって?
「なんだよそれ」
歯を食いしばって痛みを消す。アーマーを着けている時みたいに体に自然と力が入り、無理やりに動く。
先ほどまでひたすら耐えるだけだった体は、ぎこちないながらも床に手をつき足をつき、細胞が悲鳴を上げながらも立ち上がった。
アンリを見下ろし、睨みつける。
「女神様の協力を得られたからもうお役御免ってことかよ。俺が戦ったから、ここまで来れたんだろうが!」
ネプギアたちを救い出したのだって、各国の事件を解決したのだって、拠点を守れたのだって、俺の力があったからこそという場面もあった。
それなのに、それまでのことはアンリもよく分かってるはずなのに、もう要らないだって?
カッとなった気持ちを抑える努力もせずに、一歩前に出た。対して、アンリはびくりと肩を震わせて下がる。
「そういう意味じゃ……」
「弱いからか? 女神様より弱くて、役に立たないからか?」
「聞いて、お願い、そういう意味で言ったんじゃなくて……」
「足りないからこうしてまで力を手にしたんだ。全部捧げてきた。なのに、要らないってのかよ!」
アンリが何か喋っているが、頭に血が上りすぎてもう届いてきてはいなかった。
こんなに頑張っている人間がいるか? こんな、途轍もない痛みに耐えて、誰かのために戦える人間が他にいるってのか?
「ロックス、私の話を──」
再び伸ばしてきたアンリの手を叩く。
アンリとマホだけは認めてくれていると思っていた。俺が戦い続けた功績を理解してくれているものだと思ってた。
だけどこんな簡単に『戦わなくていい』って言うくらいには、俺は戦力になってなくて大した結果もあげられてないって思ってんだな。
「俺がどれだけ……っ」
そこまで言って、俺はハッとした。
アンリの目を見てしまったからだ。そこには、困惑と怯えが混じっていた。決して俺に向けてほしくない目だった。
急速に感情が冷え、罪悪感が押し寄せてくる。
彼女の顔をそういうふうにしてしまったのは俺だ。こんなに詰め寄ってしまったがゆえに、怖がらせてしまった。
明らかに、『ヒーロー』に向ける目じゃなかった。
「くそ……」
それ以上彼女の目を直視したくなくて、アーマーを纏う。目を、いや体を逸らして、背を向けた。
「ロックス!」
背中にかかる言葉を剥がすように、俺は飛んだ。
窓を割って、外へ。
景色が矢のように吹っ飛んでいく中で、俺は先ほどの場面を思い返していた。
『俺がどれだけ……っ』
すんでのところで飲み込んだけど、もう言ってしまったようなものだ。
──俺がどれだけ頑張ってきたと思ってる。
たくさん戦って怪我もして、ものすごく貢献してきたはずだ。誰も死なせずに、復讐も止めたのも、俺がいたからこそって面がいっぱいあったはずじゃないか。
それなのに、もう必要がないなんて、ひどい。そんなことを口走りそうになった。
もっと何かあるだろう。褒めてくれたりとか、お礼とか、何か俺にしてくれるとか。
やってきたことを称賛されて、拍手付きで凄いって言われるかと思った。なのに用済みだって捨てて、それでおしまいかよ。
……
…………
………………
「……ははっ」
自嘲する声が喉から漏れた。
ああそうか。だからだ。
こんなだから、もう必要ないんだ。
なんだ。なんだかんだ言って、俺は見返りを求めて戦ってたんじゃないか。
最初はちょっとした冒険心だった。それから色々と経験して、成長して、自己犠牲、滅私奉公、そういったものを心に置いて平和のために捧げてきたつもりだけど、結局欲を満たすためだった。
スーパーパワーで敵を倒したい。褒美が欲しい。周りにちやほやされたい。好きな女の子に認められたい。振り返れば、元からそうだったんだ。
欲に塗れた馬鹿野郎。
しかも、しまいには功績を盾にして仲間に八つ当たりをした。
なんて浅ましい。自分のしょうもなさに反吐が出る。
そんなの分かっていたはずなのに。俺自身が一番、自分が凡人だと分かっていたはずなのに、貰った力を使ってまるで努力したみたいに言って調子に乗って……
正義を掲げていたけれど、その根本は人間でしかなかった。特別でもなく、高潔でもなく、真っすぐでもない。
アンリが求めていたのはヒーローだ。
平等な判断も出来ない。アンリと見知らぬ誰かが危機に瀕していたら、迷わずアンリを助ける。両方を助ける方法なんて早々に諦めてしまう。
命の重さが一緒だと、どうしても思えない。だから、俺は見知らぬ多数を切ってしまえるだろう。
それは決して称賛されるような者ではなく……
そんな俺は、俺は──
俺は、ヒーローじゃなかった。