偽次元のプリズム【完結】   作:ジマリス

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36 暴走

 飛んで飛んで、どこか分からない草原の上に立って、空を見上げる。

 

 ネプギアたちと旅を続けて、いつしか正義感というものが芽生えたのかもしれない。

 俺には世界を変えられる力があると気付いて、頑張ったら仲間を助けられると理解して、ためになるように力を振るった。

 

 その後は、堕ちていった。

 正義を盾にして、怒りに飲まれて……いや、そんな建前、もう通用しない。

 俺がヒーローになりたかったのは、もともと大義のためなんかじゃない。

 力だ。超人的な力を持って、それを振るいたかったからだ。

 

 SVシステムはそんな俺の願いを叶えてくれた。この世界の状況もひっくり返せるような、スーパーヒーローの力を与えてくれた。

 モンスターを倒せば褒められた。世界が良くなった。戦うことが良いことだと認識できた。勝つことで満足感を得られた。

 そうしていくうちに、いつしか力を振るうこと自体が快感になった。

 何のために戦うのか、ではなくて、ただ戦うために戦う人間に成り果てた。

 

 俺は、俺はどうしてこうなったんだっけ。

 戦って戦って、その先に何を手に入れようとしたんだっけ。

 世界が悪い方向に行くのは嫌だった。だけどその行く末はきっと、誰かが何とかしてくれると、女神様がどうにかしてくれると思ってた。

 それでも俺が戦いを始めようとした理由は……

 

「もう、分かんないや」

 

 唯一分かるのは、敵を倒せばいいということだけ。それは間違いない。

 この世に蔓延るモンスターや元凶である犯罪神を倒して悪くなることなんてない。何も考えられなくなっても、何かを理解する脳みそがなくなっても、それだけ覚えていればいいのだ。

 だから──

 

「ギィ!」

「ピィア!」

 

 いつの間にか、周囲にモンスターが集まってきていた。バズール現象によってか、多種が揃っている光景は見慣れたもんだ。

 今までだったら、一人で相手をするのは不可能だった数だ。

 だが、今は違う。今は一人で悪を倒す力がある。限界以上を引き出すR・Heartフォームが。

 

換装(殺す)

 

 死ね。

 

「ピ、ガガ、ピー」

 

 壊れろ。

 二度と動けなくなるように、俺が消してやる。

 

 

 それからの戦いは……いや、戦いと呼べるようなものだったのだろうか。一方的な虐殺だったかもしれない。

 時折抵抗してくるが、関係ないとばかりに狩り続けた。どこからどこまでがバズール現象によるものなのか、元々このフィールドにいたものか分からないけど、とにかく狩った。

 

 体力も底をついて、一休みしたかったけど、まだまだモンスターはいる。いるから倒す。いなくなったら探し出す。

 酷使された肉体が訴えてきて、俺も悲鳴を上げる。誰にも届かないって知ってるから、噛み殺すことなく叫んだ。

 森に、平原に、荒野に、俺の咆哮とモンスターの断末魔が響き渡る。それは空に吸い込まれ、消えていく。

 

 まだまだバズール現象の脅威はある。各国に抑制装置が置かれたとはいえ、国の外に出れば安全の保障は出来ない。四か国とも、外出規制の緩和はしたものの、領域の外から出ることは許さなかった。

 だから一人だった。どこまで行ってもどこまで行っても一人だった。来るのは、俺の叫びに引き寄せられるモンスターたちだけ。

 

 際限なく敵は来る。どれだけ殴ろうがやってくる。

 

 痛い。苦しい。熱い。寒い。気持ち悪い。目の焦点が合わない。胸が締めつけられる。まともに息が出来ない。もう嫌だ。

 助けて。こんなことをしている俺を、誰か止めて、叱ってくれ。

 そんなことを願っても返ってくる言葉はない。ここでは俺は独り。誰も来なくて、誰の声も届かない場所なのだ。

 

 ──寂しい。

 

「!」

 

 怒りが湧き出た。

 そんなことを思うなんて。SVシステムのせいじゃなく、本当に俺自身に失望した。

 どこまでも馬鹿な奴め。恥を知れ。

 

 手当たり次第に寄ってくるモンスターに拳をぶつける。

 

「全部全部てめえが調子に乗ったからだろうが! 出来ねえくせに不相応な夢を持ったからだろうが!」

 

 元々この装備は、アンリ自身が使う予定のものだった。それを成り行きで俺が使うようになっただけ。

 SVシステムを使うのが俺である必要性なんてどこにもない。相応しい奴がいたら、そいつがやるのが一番だ。

 アンリはエフツーピーを上手く動かしていた。それより多機能なこのアーマーなら、俺よりもっと出来ただろう。

 

 本来、俺は要らなかったのだ。そしてネプテューヌ様が戻ってきた今、ますますその価値はなくなった。

 見ろ。こんなに汚い。こんなに醜い。

 怒りに任せて拳を振るうこんな俺に、またアンリと触れ合う資格なんて──

 

「足りねえ。足りねえ!」

 

 スクラップにしても足りない。部品の一つ一つを粉々にするまで収まらない。

 肉片をちぎって、元が何か分からないくらいにしないと気が済まない。

 押し寄せてくる敵に対して選択肢は一つ。戦闘。そうやって何十体もモンスターを倒しても、SVシステムは止まらない。止まってくれない。

 次、次だ。もっと来い。俺を追い詰めろ。俺が倒してきたものと同じように、俺を引きちぎれ。

 

「かかってこい!」

 

 頭は侵され、体は傷つき、心は削られる。魂が穢れていくのを感じる。

 これでいい。

 怒りと痛みで頭が一色になるこの時だけは、つらいことも悲しいことも全部吹き飛ぶ。

 

 女神様がまるで当たり前みたいにみんなのために戦うから、自分の存在がますます矮小に思える。実際、別にこんな人間いなくなろうが世界は影響なく回っていく。

 じゃあ、もういいじゃないか。俺がどうなろうが、何をしようが、何も変わらないなら何をしたって自由じゃないか。

 

 今はただ、記憶に残るアンリの顔が消えればいい。それが残っていると、この後ろ髪を引かれる気持ちが無くなってくれない。

 SVシステムが俺の後悔を消し去ってくれるというなら、喜んで使い続けてやる。もう嫌なんだ。苦しいのは、もうたくさんだ。全部無くなってくれ。

 

 死にたくないくせに、この命が一瞬で消え去るのならそれでいいとも思う。

 痛いのは嫌だ。怖いのも嫌だ。悔いることもしたくない。だから一瞬で刈り取ってくれ。

 止まれない俺を止めてくれ。

 この苦しみを、終わらせてくれ。

 誰か。

 誰か。

 

「素晴らしい」

 

 この場で一番聞きたくない声、だが一番待ち望んでいた声が耳に届く。

 

「私が思っていたより、ずっと早く辿り着いたな、ロックス」

「マジェコンヌ……!」

 

 数多の屍を転がし、散らかした先に奴はいた。

 見た瞬間、より一層怒りが増幅されるのを感じる。心が、奴を殺せと叫んでる。

 

「答えは出たか?」

「あ?」

「何故貴様に見せたヴィジョンがリアルに感じられるのか」

 

 まるで心を覗いたかのような問いに、真実を説くような口ぶりに、俺は動揺する。

 

「あれは……幻覚だ。そういう術や魔法だ」

「そう信じるのなら構わん。だが私は優しいからな」

 

 戦闘の構えも武器もなく、マジェコンヌは話す。その影が、大きく濃く見える。

 

「教えてやろう。貴様と私の繋がりを、お前の未来を」

 

 

 

 

「ネプテューヌさんたちは?」

「お姉ちゃんたちは、この機にマジェコンヌがどこかに攻めてきていないか直接確かめるそうよ。何もなければすぐに戻ってくると思うわ」

「バズールディスクをサーチできるプログラムもせっかく作ったのに、あれから反応してないもんねー。何してくるかわかんないし、気になるかぁ」

 

 プラネテューヌ執務室には女神候補生が揃っている。私はその中に入って、顔を青くしながら相談をもちかけた。

 ロックスを怒らせてしまって、出て行ってしまったという話をみんなにして、私はおろおろとするばかりだった。

 どうすればいいのか、全く良いアイデアが思い浮かばない。

 

 彼があんなに怒るのを初めて見た。

 ロックスは私の言葉を、『あなたはもう必要ない』って解釈したようだけど、もちろんそんなつもりじゃない。けど、あれだけを聞いた彼からしたら、そう思ってしまうのも仕方ない。

 そうして彼は、自分は使われるだけ使われて捨てられたと思い込んでしまった。弁明しようとしたけど、私は彼の怒りに怯んで上手く伝えられなかった。

 

「ロックスさんの居場所を探しましょう」

「ど、どうやって?」

「SVシステムの位置を検索すれば、探せるじゃないですか」

 

 ネプギアの言葉に、私はハッとした。そうだ。何故そんな簡単なことに気が付かなかったのか。

 そうしようと言うよりも早く、ネプギアは自分の端末を使ってロックスを探そうとしていた。

 

「プラネテューヌの中にはいないみたいですね。探索範囲を広げます」

 

 ……どこに行ったの、ロックス。

 

「私も手伝います」

 

 ここで聞くはずのない声が後ろから聞こえた。私たちはぱっと振り返る。

 グレイシスターが、そこにいた。

 

「あんたっ」

「屋上で邪魔した女神ッ!」

「ま、待って!」

 

 マホが戦闘態勢に移ろうとするみんなを制する。

 

「話、聞いてみよう」

 

 話を聞かなかったり、言わなかったりして、すれ違いが起きた。ここで戦ってしまえば同じことが起きる。

 それが一番分かっているのは、マホだ。だから止めたのだろう。

 

「ありがとうございます」

 

 礼をして、グレイシスターは私たちに近づいてきた。やっぱりその姿は女神化したマホを瓜二つで、それが分かってる今でも二人を見比べてしまう。

 

「あなたはあーしのなんなの?」

 

 先にマホが踏み込んだ。

 

「私はマホ。あなたであり、女神グレイシスターです」

 

 幻や幻覚じゃない。双子でもない。ここにいる彼女は、他の誰でもない私の親友。そう彼女は言った。

 異を唱える者はいなかった。マホが女神候補生じゃなくて、女神化しなければ一笑に付していたのに。

 

 ユニが前に出た。

 

「あなたはマホ……なのよね。それは一旦飲み込むわ。味方だと思っていいの?」

「はい」

「じゃあどうして私たちを眠らせたの?」

「あのまま行けば、あなたたちとマジェコンヌは衝突します。そして、勝ってしまうからです」

 

 グレイシスターの放った言葉に、私たちはきょとんとした。

 

「勝つんならいいんじゃないの?」

「いいえ。それが最悪の未来の一歩目なんです。マジェコンヌの本体は、その魂です。体を壊したとしても、別の器があれば活動が出来ます。それが女神でも」

 

 グレイシスターは淀みなくそう言ってみせた。

 

「だから私は止めたんです。マジェコンヌを倒したところで、他の誰かが乗っ取られるだけですから」

「どうやってそれを知ったの?」

「……一度、いえ何度も経験しているからです」

 

 苦虫を嚙み潰したように顔歪ませ、少し俯く。

 

「私は未来から来ました」

 

 ごくり、と喉が鳴った。

 復讐に燃える私を止めようとしたロックスの言葉、苦し紛れだったであろうあの言葉が真実だったなんて。

 それは大した話じゃないというふうに、グレイシスターはさらに口を開いた。

 

「未来では同じくマジェコンヌが暗躍し、私たちは必死で戦いました。ですが倒しても誰かの体が乗っ取られ、女神は次々に倒れていき、残ったのは……」

 

 伏し目がちの目は、ちらりとネプギアを見た。

 

「私?」

「そう、ネプギアと私だけです」

 

 にわかには信じられない。でもその言葉が重くのしかかる。

 この場のほとんどがいなくなってしまうなんてとんでもないことが、一度は現実となったからだ。女神候補生もいなくなり、ネプテューヌさんも行方不明となった過去が、振り払っても追いかけてくる。

 静まった場で、グレイシスターは続ける。

 

「私たちは長い時間をかけて、タイムトラベルを可能とする機械を作りました。やりなおすために」

「タイムトラベル!?」

 

 また信じられない言葉が飛び出してきた。現在の技術ではまだ、それは不可能だ。時空間の理論に関してはリーンボックスの学者が論文を発表して、理解が飛躍的に進んだが……

 それは置いておこう。実際に彼女は未来から来て、そうした者しか知りえない情報を知っていて、その行動をしてきたのだから、信じるほかない。

 

「それが、このシーリィです」

「お久しぶりです、みなさん」

「わあ!?」

 

 背後から急に出てきたシーリィに、私たちはのけぞった。

 

「い、いつから……」

「最初からいました。気づいていただけてなかっただけで。タイムトラベルも出来るマルチデバイスですが、影が薄いのはどうにもならなかったようです」

 

 無表情……というか表情というものがないシーリィは冗談だか分からない言葉で返してくる。

 反応しづらいネプギアは、シーリィのことは置いておいて話を続ける。

 

「……でも過去を変えてもパラレルワールドが発生するだけで──」

「分かっています。それでも、運命を直視できなかったんです。私の間違いが招いた運命を」

 

 『間違い』。私はその言葉に引っ掛かりを覚えたが、私が訊くよりも早くグレイシスターは話を進める。

 

「しかし、タイムトラベルをする際にこの時間軸に最悪を持ち込んでしまいました。タイムトラベルに、マジェコンヌも巻き込んでしまったんです」

「そんな……」

「この時間軸に犯罪神を連れてきてしまった責任を取る。私は覚悟を決めたつもりでした。でも……でも出来ないんです」

「どうして?」

「それが、私がマジェコンヌを倒せなかったもう一つの理由であり、あなたたちの邪魔をした理由です。マジェコンヌは私にとって大事な人の体を使っています」

 

 この時点で、誰もが嫌な予感を抱いていた。

 考えうる限り最低のことが浮かんで、その最低のことが起きたのだと、グレイシスターの話し方で分かる。

 重く粘つく空気が下りてくる。それでも、聞かずにはいられなかった。

 

「それって……誰?」

 

 

 

 

「……話が分かってきた、という反応だな、ロックス」

 

 マジェコンヌは長い話を終えた。

 その内容は到底信じられないようなこと、あまりにも荒唐無稽すぎて、一笑に付すようなネタ話だ。

 しかし、笑い飛ばせずに、俺は自分で自分が分からないほど取り乱していた。

 

「そんな、それじゃまるで……」

「そうだ。私とお前が、全ての元凶だ」

 

 違う。違う。そんなはずはない。だってそれは、俺じゃない。

 そう言い聞かせようとしても、マジェコンヌが以前流してきた記憶が邪魔してくる。

 壊れた、崩れた、死んでいった。それらが、壊した、崩した、殺した、に変換される。暴走するままにモンスターを倒していった今と重なる。

 

 じゃあ、ぴーしー大陸のみんなは……子どもたちは……

 

「そんな……」

 

 マホは。

 アンリは。

 彼女たちの人生は……

 

「お前が壊したんだ、ロックス」

 

 ぷつり、と頭の中で何かが途切れた。

 

「マジェ……コンヌウゥ!!」

 

 地面を蹴って、一瞬でマジェコンヌの眼前へ。そのまま拳を振り抜いた。鈍い音を響かせながら、拳は奴を捉えて吹き飛ばす。

 

「殺す!」

 

 もしくは、俺が殺される。そのどちらでもいい。

 こいつと渡り合うには今の力じゃ足りない。もっともっと怒りを引き出す必要がある。SVシステムもそれが分かって、より強く脳を突いてくる。

 その先に待つのは、『俺』の崩壊か、それともそれでも足りずに負けるかだ。

 封じ込めていた感情が漏れ出て、心を突き刺してくる。

 

 視界がぼやける。歪んで何も見えなくなる。涙が流れているせいだ。

 痛いから? 寂しいから? 酷すぎる現実に心が突き刺されたから? そんなことはどうでもいい。

 このアーマーが敵を補足して、倒すために俺を動かすのなら、俺がどう感じるかなんて関係ない。動かされるままに動けばいいだけなのだ。

 もはやそこには体力の限界であることも、泣き言を言う弱い心も介在していない。

 

「殺してやる。殺してやる!」

「そうだ。来い、もっとだ、もっと怒れ!」

 

 ここでこいつを殺して、後はどうにでもなったらいい。

 怒りのままに殴る、殴る、殴る。マジェコンヌはほとんど無抵抗で、甘んじて受け続ける。それに違和感を持たないまま、俺は攻撃を続けた。

 俺もこいつもいなくなっちまえばいい。そうしてようやくこの世界は晴れる。だから、壊れてくれ。

 

「消えろ!」

 

 トドメの一発がマジェコンヌを捉え、体を地面に叩きつける。爆発が起きたのかと思うくらいの音を響かせて、地面ごと敵の体を沈み込ませた。

 アーマー越しの感触でも分かる、奴の体から命というものが消えるのを。

 

 肩を上下させながら、俺はマジェコンヌを見下ろす。

 すっかり動かなくなったそいつは、糸の切れた人形のように見える。まったく動く気配がない。それは、俺が殺してきたモンスターと同じだ。

 

 ……俺はやったのか。この手で、犯罪神を倒──

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