偽次元のプリズム【完結】   作:ジマリス

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37 代償

 SVシステムの反応を追って、私たちは荒れ果てた地へ向かった。本来ならオペレーターで前線には来ない私も、無理を言って連れてきてもらった。

 プラネテューヌの外側、国や街なんてものが連想できるものが一切ない、自然の奥。

 

 反応が強くなるにつれ、壮絶な戦いの跡が見えてくる。

 至るところでモンスターが駆逐され、その死骸が散らかっていた。巨大で強大で残酷な何かが気のままに闊歩したような、悲惨な光景。

 それを見て私は震えた。それらは、ロックスがR・Heartフォームを使ってモンスターを蹂躙した光景と同じだったから。

 

 じりじりと熱せられるように汗が浮かぶ。お腹の内側から、得体の知れない嫌悪感がせりあがってくる。

 

 やがて、屍の道の先に誰かが立っているのが見えてきた。

 草原の中で唯一の人型のそれは、よく見知った装甲の戦士。私は走って近づいていく。

 距離が狭まるにつれて、段々私の嫌な予感が晴れてくる。ああ、あれは、R・Heartフォームから解放されたのか、P・Bladeフォームになったロックスだ。

 

「ロックス……? ロックス、無事なのね!」

 

 私は内心ほっとして駆け寄ろうとする。一刻も早く、誤解を解いて彼をプラネテューヌに引き戻して休ませてあげたかった。

 今度はちゃんと話し合って、私の気持ちを伝えるんだ。希望を持って、彼へ手を伸ばす。

 

「近づいてはいけません!」

 

 グレイシスターがあと少しでロックスへ触れる私の手を引っ張った。その眼前を、刃が通り過ぎる。

 

「ふん、まだ慣れんか。完全体であれば、今ので殺せたのだがな」

 

 刀を振るったのはロックス。不穏なことを言ったのもロックスだ。

 

「え……」

 

 私は思考停止してしまった。

 何をされて、何を言われたのか飲み込むのに何秒もかかった。

 分かるのは、私の前髪を数本巻き込んだ今の攻撃は、容赦のない一閃だったってこと。まるで敵にするように……命を奪おうとするように。

 

 何が起きたのか、私には理解できなかった。いや、理解したくなかったというほうが正しい。

 

「くくく……」

 

 しかし、ロックスが似合わない笑い声を上げたのを見て、悪寒が背中を走った。

 そんな、まさか……嫌な予感が脳を駆け巡る。

 

「もしかして……」

「……遅かった」

 

 私が呟いたのに返すように、グレイシスターもまた呟く。

 対照的に、ロックスは高笑いを始めた。知った声で知らない笑い方をする彼に、否が応でも突きつけられる。ここで起きたことの結果を。

 

「この体は、私がいただいた」

 

 ご丁寧に、そいつが言う。

 ロックスはいつもジョークを飛ばしてくるけど、こんなタチの悪い冗談は言わない。

 それってつまり、グレイシスターやマジェコンヌが言った言葉は正しくて……

 

「そんな……」

 

 あまりのことに、体が動かない。

 

「信じられないと言うなら、その命で試してみるといい」

「っ、危ない!」

 

 マジェコンヌがもう一度振った刀を、グレイシスターが防ぐ。火花が散って、目がちらつく。

 そんな攻防が目の前で行われたのに、私はその場にへたり込んでしまった。

 

「……うそ、よね?」

 

 これは、壮大で悪趣味なドッキリか何かだ。そうでなければ、なければ……

 

 先ほどの攻撃が、都合の良い妄想を切り裂く。

 ロックスのサポートをしてきて、何より彼と戦ったこともある私には分かっていた。あれは、さっきのは本気だった。

 本気で殺そうとしてきていた。

 

 信じられない。信じたくない。けど、それが真実。

 犯罪神マジェコンヌが、ロックスに乗り移ったのだ。

 

「マジェコンヌっ!」

 

 ネプギアはすぐさま女神化して、剣を構える……が、そこから動けない。

 例え完全にマジェコンヌに呑まれていたとしても、ロックスに手なんて出せない。

 

「来ないなら、こちらから行ってやろう」

 

 刀を大きく振りながら、マジェコンヌはネプギアに突進した。ネプギアにとってそれは簡単に避けられるものだけれど、顔は苦々しい。

 SVシステムを使うロックスの力は、女神と比べればまだまだ。しかし、油断して戦えば足元をすくわれるくらいの実力。手を抜けるほどは甘くない。

 

「ミラージュ……」

「いいのか? この体はロックスのもので、中にはまだ心がまだ残っているというのに」

「っ」

 

 そんなことを聞かされて、ネプギアの刃の先が震えた。

 

 ロックスの体は、分かりやすいくらいに痛手を負った状態。そこからさらに脳もダメージを受けていて、本来なら気絶していてもおかしくない。

 そんな状態なのに、女神の攻撃なんて受けてしまったら、どうなるかは明らかだ。

 

 そのせいで加減を強いられるネプギアは、女神の力があるにも関わらず押されていた。

 

「換装」

 

 その声に反応して、アーマーはG・Spearに換装した。

 装甲の薄いあのフォームを見て、ネプギアは余計に怖気づく。

 

「くくく、これの全力を見せてやろう」

 

 槍の先を前に構えたマジェコンヌの装甲の後ろから轟音が鳴る。スラスターが噴射して、地面の草が寝るくらいに勢いを高めて──

 

「あうっ!」

 

 瞬間、ネプギアの悲鳴を置いて、マジェコンヌは瞬間移動をしたかのように過ぎ去る。スピードの乗ったすれ違いざまの一撃は、女神でさえも大ダメージを負わせるほどだったらしく、ネプギアは倒れて動かなくなった。

 

「これが、この男が望んでいたことだ。私よりも強く、女神どもよりも強くなることが」

 

 女神がたった一撃で倒れた。その衝撃に、続こうとしたユニとロム、ラムは止まる。

 

「さて、馴染むまで遊んでやろう」

 

 アーマーが飛び、接近戦をしかけてくる。

 

「手出しにくいわね……!」

 

 舌打ちをして、ユニが銃口を逸らしながら下がる。

 

「だったら」

「捕まえよう!」

「大人しく捕まるとでも思っているのか!」

 

 迂闊に撃てない。魔法だって当然当てられない。当てるにしても手加減したものになってしまう。そんなものが犯罪神を止められるわけもなく、防戦一方を強いられる。

 換装も使いこなして迎え撃ってくる装甲の戦士相手では、油断すれば負けてしまうというのに。代わりに前に出たグレイシスターだって、それは同じ。

 

 その上、敵の攻撃はじわじわと激しさを増していっているように見える。犯罪神の力が、ロックスの体を支配していっているのだ。

 武器と武器が重なる金属音はどんどん高く、大きくなる。

 

「強い人間ではないが……このアーマーがあり、お前らが手を出せないというのがいい。実にいい体だ。前のこいつの肉体はもうガタが来ていたからな」

「前の……?」

 

 マジェコンヌが発した不可解な言葉に、私は反応した。

 

「灰色の女神はそこまで説明していないのか。なら、私が親切心で教えてやろう」

 

 グレイシスターの攻撃を弾き、マジェコンヌはより一層声を張り上げた。

 

「私は長い眠りから復活した。しかし貴様らの力と数には勝てず、一度敗北した。ずっと使っていた古く脆い器では対抗しきれなかったのだ。私は魂の存在。器が無くなっても、また別の器に入ればいい。だが女神を乗っ取っても、世界を守る決意をしていた貴様らには敵わなかった」

 

 犯罪神が辿った敗北の歴史。それを自ら話しているのに、愉快そうに笑う。

 

「私には時間が必要だった。貴様らを葬るだけの力を蓄える時間が。そこで私は気付いたのだ。いい宿主がいるではないか、とな」

 

 きっとその仮面の向こうで、口が裂けるくらいににやついているのだろう。

 

「私は倒されたふりをして、貴様らの仲間であるロックスの体に宿った。その中に潜んで、時を待った。やがて回復した私は、再び侵略を開始した。そこからはこの通り、女神は手を出せず、ただ私に蹂躙されるだけ」

 

 それで、どうなったんだっけ? とマジェコンヌはとぼけたフリをしてグレイシスターを見る。

 

「……マジェコンヌが拠点に迫ってきて、私がタイムトラベルを実行して、そこにマジェコンヌが入ってきました」

「そう! 時間移動装置を起動させて、時空渦が出来たところで乱入したのだ。それ自体は、全く予期もしていなかったゆえに、私にとっては幸運だった。そして……」

 

 ──そして、この時間軸のぴーしー大陸も破壊された。

 

「……私を騙したの」

「いや、灰色の女神が殺したというのは真実だ。そう仕向けさせたのは私だがな。今のお前たちのように、私を捕えようとして責任感の乗った一撃を繰り出したんだ。私の後ろが、貴様の両親が働く教会だと気づかずに」

 

 酷い奴だよな、とマジェコンヌはぬけぬけと言う。

 

「時空の渦は今から二年前、ぴーしー大陸の教会上空に現れた。そこを通って、私の器はボロボロになっていた。元は人間の体だ、時空間移動には耐えきれなかったらしい」

 

 ぴっ、とマジェコンヌは人差し指を立てる。

 

「そこで、私は作戦を立てた。貴様らの行動を操り、ロックスが貴様らの仲間として絆を育むようにし、その後で体を乗っ取って再び君臨してやろうとな。大変だったんだぞ、例えば時間稼ぎのために、私を信仰する人間にマジフォンを作らせて貴様らのシェアを奪ったりな。だが何よりも大事なのはこれだ。この腕輪。戦う力。これがロックスを引きずり出すきっかけとなり、私の魂が馴染むまでの殻となる」

 

 だから、マジェコンヌは不可解な行動をしていたのだ。プラネテューヌでは破壊をせず、バリア発生装置を残しながら戦った。その後も私たちの命を簡単に奪えるチャンスはあったのに、あっさり去ったこともあった。

 マジェコンヌからすれば、SVシステムの力を解放するために試練を課していただけ。

 そしてその計画は実った。最悪の結果となって私たちに襲いかかってきた。

 

 しん、と静まる私たちとは対照的に、似合わない尊大な笑い声が響き渡る。

 

「もう十分です」

 

 ぐ、とグレイシスターは拳を固めた。

 

「ここで止めてみせます」

「それが出来なかったから、お前と私はここにいるのだ、灰色の女神」

「黙れっ!」

 

 一直線に飛び、一気に肉薄する。

 しかし、グレイシスターだって、強く打ちつけるなんてことは出来ない。犯罪神の話が本当なら、違う時間軸の存在である彼女だってロックスの仲間だからだ。そしてあの反応を見る限り、本当なのだろう。

 彼女は怒り心頭でありながらも、力を出し切れないまま戦う。その様子がひどく矛盾していて、彼女の心の内を示しているようだった。

 

「私が、やらなきゃいけないんですっ!」

 

 覚悟を決めた、というには悲痛すぎる表情を浮かべて、彼女は震える体を抑えつける。

 無理だ。もう彼女の時間軸のロックスの肉体は崩れてしまったとはいえ、今のマジェコンヌの器だってロックスなのだ。そこには明確な違いがあるけれど、感情はその境界を曖昧にして混ぜてしまう。

 

 それでも、と盾から伸びている刃を突き刺そうと──

 

「ぐあああっ」

「──!」

 

 生々しい男の叫び声がグレイシスターの耳に届く。それを聞いて、彼女は直前で止まってしまった。

 

「ふん」

 

 マジェコンヌは何事もなかったかのように叫び声を引っ込めた。

 馬鹿にしたような犯罪神混じりの声が、W・Axeの斧とともに振り下ろされる。直撃を受けたグレイシスターは吹き飛び、私の目の前で倒れた。

 

 戦わなければ救えない。しかし、そうだとは分かっていても、ロックスの声で苦悶を叫ばれてしまってはそれ以上踏み込めない。

 演技か、犯罪神が苦痛を感じたのか、それともロックスに一時的に体を明け渡したのか、何にせよ手が出せない。

 

「私を倒そうと思えば倒せただろうに。所詮貴様たちには運命を変えることは出来ん。この、臆病者め」

 

 犯罪神はロックスの体を巧みに使って、グレイシスターを追い詰めていく。

 SVシステムによって人はモンスターと戦うことが出来るようになる。だけど決して女神には敵わない。それは圧倒的な実力差があるから。

 しかし、『女神が攻撃できない』という条件が付けられれば、あっさりと逆転してしまう。

 

 現に、五人いても犯罪神を止めることは出来ず、斬られ、殴られ、蹴られた彼女たちはついに地面に伏せてしまった。

 

「貴様には礼を言わないといけないな」

 

 変身を解いて、マジェコンヌは姿を現した。

 ロックスだ。最後に見た時と同じ、血を流している痛々しい姿の彼がそこにいる。 

 でもその表情を見て、私はついに彼が犯罪神に乗っ取られたのだと理解した。

 目は誰にも向けたことがないほど冷ややかで、似合わない笑みを浮かべて、へたりこんだ私を見下ろしている。

 

「お前がいなければ、SVシステムはここまで成長することはなかった。ロックスの心が壊れて、ここまですんなり乗っ取れることもなかっただろう。ま、人間程度の精神など一分もあれば壊せるがな」

「あなたがロックスの心を……」

「違う。壊れたのは、こいつが凡人だからだ」

 

 マジェコンヌはきっぱりとした口調で言い返した。

 

「凡人ゆえにヒーローに憧れ、凡人ゆえに人の頼みを断れず、凡人ゆえに怒り、悲しみ、戦い、傷つき……そして凡人ゆえに潰れてしまったのだ。あまりにも重いものをお前たちが背負わせてしまったせいでな」

 

 ……!

 

「お前はおそらく、良き理解者であろうとしたのだろうな。こいつに寄り添い、味方の素振りをして」

 

 くくく、とロックスには似合わない笑みを浮かべた。

 

「そして、こいつを戦いに駆り立てた。決して凡人が立ち入ってはいけない戦いに」

「ち、ちが……」

「女神たちでさえ対処が困難な戦場に飛び込ませ、自分の復讐に巻き込みもしたな。それでどれだけこの男が迷い、傷つこうが関係なく」

 

 私はぶんぶんと頭を振った。

 私は悪い。そうだけど、戦いに駆り立てたなんて……

 

「私はいつも助けようとしてた! サポートを欠かしたことはなかった! 助けを求めてくれたらいつだって──」

「そうだ、お前は正しい。心の内などという分からないものを理解しろなんて、無理な話だからな。だがこいつは凡人だ。素直に助けてと言えるような真っすぐさも、悩みを共有できるような純粋さもない」

 

 凡人。彼は、いや彼女はそれを強調した。

 

「しかし、近くにいたお前なら分かったはずだ、こいつが苦しんでいることが」

 

 じわじわと胸の中が暗く染まっていく。聞きたくないはずなのに、その言葉はするりと入ってくる。

 ロックスの声のせいか、巧みに弱いところを突いてくる犯罪神の言葉選びのせいか。それとも私自身がこいつの言うことを真実だと思っているせいか。

 

「あなたに何が……っ!」

「分かるさ。こいつが感じていることは全て分かる。今や記憶も感情も私と一体になっているのだから」

「そんなの嘘に決まってる!」

 

 いやいやと頭を振る私を、マジェコンヌは相変わらず虫でも見るような目で見る。

 そしてついに、私が認めざるを得ない言葉を放った。

 

「『私たちのヒーローになって』」

「っ!!」

 

 自分でも、一瞬で顔が青ざめ、血の気が引いていくのが分かった。かつて、ロックスがSVシステムを使うことを躊躇った時、私が言った言葉だからだ。

 

「その言葉を柱にして、ロックスは戦った。だが、隠し通せる男じゃない。悲しみを感じれば落ち込み、怒りを感じれば叫ぶ。身体に傷は増え、心に深く歪みが生じる。そのサインはお前にも見えていたはずだ」

 

 そう。その通り。私はずっと見ていた。

 震える体と心で頑張って、敵を倒して、傷を作って帰ってきて……そんなロックスが行ってしまうのを、結局良しとしてしまった。

 最初から止めるべきだったのだ。SVシステムと彼を育てるなんてせずに。

 その機会はあった。最初の戦闘、彼が初めて装甲を纏った後、拠点に戻った彼は痛むと言った。その時に、やっぱり戦うなんてやめようといえばよかった。なのに、私はなんと言った?

 

『すぐ治るわ』

 

 彼の心が、ひどく蝕まれていっているにも関わらず、()()()()()()()()()()と、そう思った。

 

「あ、ああぁ……」

「尊敬するよ。これほど酷い女は見たことない。勘違いの復讐を果たそうとし、仇に協力し、友人を利用した。その友人を戦場へ送った。殺す一歩手前まで剣を叩きつけた」

 

 私がロックスに甘えてしまった。私が『ヒーローになって』と願ってしまった。戦火の中にその身を投じさせて、それが正しいことだと思ってしまったのだ。

 ロックスは強くなった。私のヒーローになった。痛みも怒りも抱えて、戦いを続けられるようになった。

 そうさせたのは、私。

 

 私が、彼をヒーローに()()()()()()()

 

「今やこいつはアーマーを着込んで戦う戦士ではない。アーマーを動かすパーツ。私の意思を反映させる器。そうしたのはお前だ」

「わ、私、が……」

「そうだ。この世界が壊れるのはロックスのせい。そして、ロックスがそうするのは、全て、お前のせいだ」

 

 マジェコンヌは再び、たまらないというふうに笑った。

 

「こいつが壊れてしまうほどに戦いを続けたのは、お前が呪いをかけたからだ。ただの何でもない男に、『ヒーロー』を課したからだ」

 

 ………………

 私は口を開けなかった。反論できない。いくらでも穴のあるマジェコンヌの論理に、突きを入れる気力が削がれていた。

 だって、マジェコンヌの言っていることが正しかろうと間違っていようと、()()なってしまったのだから。

 

「絶望するといい。もっと私を楽しませてくれ」

 

 ちらり、とマジェコンヌは私の後ろを見る。私もそれにつられて目線を動かすと、空に光る点が四つ見えた。

 近づくにつれ、その正体が分かる。ネプテューヌさんたちだ。

 普通なら、助けが来たと安堵するところなのだろうけど、私の心は底に落ちたまま戻ってこない。

 

 視線を戻した時には、既にマジェコンヌはいなくなっていた。

 

「あなたたち、大丈夫!?」

「う、うん、大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 

 女神化したネプテューヌさんたちが、ネプギアたちを起こす。やられはしたものの、何とか立ち上がれる程度には体力が戻ったみたい。

 グレイシスターを含め、女神はみんな立って、きょろきょろと辺りを見回す。

 

「ロックスはどこ?」

 

 誰かがそう言った。

 

「ねえアンリ、ロックスはどこに行ったの?」

 

 その問いに、私は答えられなかった。

 

 苦しくて言葉が出ない。痛くて口が動かない。

 資格はないのにロックスに助けてほしくて、でもそんなこと言えなくて、心の中で反響する感情が、涙となって溢れる。

 

 もう何もかも手遅れになってしまった。

 ロックスはいなくなってしまったのだから。

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