私たちはマジェコンヌに負けた。
負けただけならまだいい。けど何よりも最悪なのは、ロックスが……犯罪神に乗っ取られてしまった。
犯罪神マジェコンヌの本体は魂。他の生物にその魂を移し、侵食し、我が物とすることが出来る能力を持っている。その能力の対象が、ロックスになってしまった。
そんな相手に全力を出すことが出来ず、女神が五人いながら全員が倒れてしまうまでにやられてしまった。
ネプテューヌさんたちが来てくれていなければ、どうなっていたことか。
グレイシスターから事の顛末を聞いて、あのネプテューヌさんまで黙ってしまっていた。
「どうしてこうなったの?」
私は床に座り込んで、頭を抱えた。
こんなことになるなんて夢にも思わなかった。
女神なんて死んでしまえと、世界なんてどうでもいいと馬鹿なことを考えたこともあった。邪魔をする者は消えてしまえとも。
だけど、だけど……
「同じことが、あなたの時間軸でも?」
「はい」
ノワールさんの言葉に、グレイシスターは頷く。
「どうして、こんなことに?」
先ほど口をついて出た言葉を、彼女に向ける。
「私が招いた事態です」
グレイシスターはぎゅっと目を閉じた。
「……私の国は、ぴーしー大陸は、衰退が続いていました。女神である姉がシェアエネルギーを使って維持をしなければならないほど。そうして、姉は倒れ、休眠状態となりました」
苦いものを飲み込んだような顔をして、彼女は続ける。
「見知らぬ集団が、話を持ち掛けてきました。信仰ではなく、人のエネルギーそのものを奪い取り、溜めこむ。集団が提案したそれは、国としては最悪の形と言わざるを得ません」
それでも彼女は引き受けた。
私にはその気持ちが痛いほど分かる。家族の復讐のために、私は犯罪神に与した。生き返ると知ったら、もっと酷いことだってやってのけただろう。
「あれは犯罪組織の残党だったのでしょう。藁にも縋る思いで私はOKを出しました。愚かでした。犯罪神復活のためのエネルギーとして利用されることにも気づかず、ただ任せるだけで……」
「それが、マジフォンとISクリスタルね」
それからの顛末は、今までの話と推測で容易に想像できる。
犯罪神は復活し、女神たちは戦い、ロックスが乗っ取られ、敗北。
そして今みたいに、どうしようもないと嘆いて俯いて、退却と停滞を繰り返すことになった。
「負けて負けて、引くに引けなくなって、私はロックスに『戦ってください』と頼んでしまいました。それが絶望の道に続くと知りました。でも……」
ぐ、とグレイシスターは拳を握った。
「私は、また同じ道をロックスに歩ませてしまっている」
「──っ」
私は耐えられなくなって、逃げるようにその場を去った。
「あんりー!」
マホの声も振り切って、プラネタワーの中をがむしゃらに走る。
現実の状況とグレイシスターの話で、私の頭はもう許容量を超えていた。
信じられない。
目の前で起きたことの全てが、ただの悪夢なのではないかと思った。そうであればどれほど良いかと願った。でも現実は非情で、プラネタワーの中も、街のどこを探しても、いくら呼んでも、ロックスはいない。
探し続けて半日が経った頃に現実が追いかけてきて、私は廊下に座り込んだ。
──ロックスは心を砕かれ、犯罪神に身を乗っ取られた。
終着点がこれ? 大切な人の体が犯罪神のものになって、その体で世界を壊していくのを見るのが、定められた運命なの?
なんで? なんでなんでなんで? どうしてこうなったの?
報いなら私に受けさせたらいいじゃない。なんであんなに頑張ったロックスが理不尽を受けないといけないの?
「ぅ、ぁ……」
じゃあ、もうロックスは戻ってこないの?
彼の困った顔も笑った顔も見れないし、ジョークも聞けない、子どもたちと遊ぶ姿も見れない。それどころか、一緒にいることすら出来ないの?
「あ、や……いや、そんなの嫌……」
じわじわと実感が湧いてきて、今まで当たり前だと思っていた光が消えて、胸が締めつけられる。寒くもないのに震える。世界が崩壊して地面が無くなるような、虚無的な浮遊感に体がぐらつく。
たった一言、それだけで私はロックスに呪いをかけた。
それまで普通の、優しい男の子だった彼があれだけの傷を負ってもなお、『なんとかなる』と言ってみせたのは異常だって気づいていた。気づいていたのに、私は再び戦場に送り出し、さらに自分の手で全て奪おうとした。
全部、私だ。ここに至るまでの道は全て、ロックスが魂を乗っ取られたものも全て、全て……
「ロックス、ロックス、ロックス……!」
何度も彼の名を呼ぶ。
馬鹿言う彼に、呆れながら返したかった。
彼と一緒に、子どもたちと遊びたかった。
専門的な話をして、困った表情をさせたかった。
顔が見たかった。声が聞きたかった。触れて、ちょっとひんやりした頬をつまみたかった。
いつもしていた他愛のないこと。でもそれは叶わない。
──呼んだら来てくれるんじゃなかったの?
「っ!」
急いで口を噤み、手で覆い隠した。
まただ。また、私はロックスをいいように使おうとしている。少し困ったような笑顔で応じる彼のことを、まだ余裕があると勘違いしている。その裏で彼がどれだけ傷ついたか、見ないフリをしようとしている。それがどれだけ彼を追い詰めたのだろう。
無事だから、動けるから、失ってないから大丈夫だと思った。SVシステムを使うのに最適だと考えた。でも、そもそも、ロックスだって故郷を消されたのだ。そこにいた友人を失ったはずなのだ。なのに私は、私のほうが辛いと感じて、彼は何も無くしていないと決めつけて、彼の善意につけこんで、背負わなくていいものを背負わせた。縛りつけて、重しを乗せて、呪いをかけた。
失ってないのだから、そのぶん分け与える責務があると唆したのは、私。
私が元凶。
彼の名前を呼ぶたびに、私は彼を死に向かわせた。彼を治療するたびに、命を削るように仕向けた。
口を開けばロックスを呼んでしまいそうで、必死に抑える。彼を想うごとに遠ざかっていきそうで怖くなる。でもいくら蓋をしても、感情は零れ出て止まらない。止まってくれない。
──会いたい。会いたい。
そんな資格ないのに。
──会って謝りたい。傍にいたいと縋りつきたい。
止めようと思えば止められた。戦うことをやめさせられたのに。彼と過ごす時間を増やせたのに。
──こんなのが最後だなんて、嫌なのに……っ
その『最後』をもたらしたのが自分なのに、分不相応で矛盾した想いが溢れ出る。
もう何もかも分からなくなった。何が正しいのか。
立てない。前を向けない。
私はそのまま崩れ落ちて、床に頭を打ちつけた。