偽次元のプリズム【完結】   作:ジマリス

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40 最後の一片が砕ける

「性懲りもなく来たか、女神ども」

 

 元々マジフォンを作っていた工場。グレイシスターが潰して、瓦礫が散乱しているここに、SVシステムの反応はあった。

 そこにいたのはロックス。ロックスの体を奪った犯罪神が、隠れもせずに瓦礫の上に座っていた。

 

「全員でなくていいのか?」

「そうやってお姉ちゃんたちもおびき寄せるつもりだったんだろうけど、私たちだけで十分よ」

 

 女神候補生、グレイシスター、シーリィ、そして私。これだけの戦力が全力で戦えば、それだけでどんなモンスターでも大群でも勝てるはず。犯罪神だって関係ない。

 

「旅をしてきた絆か、ロックスに対する罪悪感か、安っぽい正義感か……ああいや、国を空けるわけにはいかないからな。なにせ、大変な状況だ」

「どの口が……っ」

 

 癪に障る口調で、苛立たしいことを言ってくる犯罪神に思わず先走りそうになる。あいつがロックスの体を使っていなければ、すぐにでも斬り伏せてやるというのに。

 私は沸騰しかけた感情を必死に抑えて、拳を握る。

 

 爆発しそうな気持ちを抱えているのは私だけじゃない。ネプギアたちもそれぞれ同じ。だけど、そんな感情には支配されてはいけない。

 今やるべきことは、今までとは違って、倒すことではない。

 

「これで最後にします」

「ああ、最後だ。お前たちのな」

 

 お互いに変身を済ませ、武器を取る。

 私たちが間合いをはかるのよそに、マジェコンヌはISクリスタルをぐっと握る。すると、黒いオーラがクリスタルから漏れ出し、あいつの体へと吸収されていく。

 あれは回復手段だったはず。R・Heartを使ってぼろぼろだった体を治しているのだろうか……と思った次の瞬間、マジェコンヌは超スピードでユニへ迫る。急いで弾幕を張るユニだけど、銃弾に構わずにマジェコンヌは槍を振りぬいた。

 

「あうっ!」

「まずは一人」

 

 速い。

 油断していたわけじゃなかった。前回の戦いで、その力は甘く見れるものじゃないと分かっていた。けど、これは、あまりにも……

 折れ目のついた心を真っすぐに直す。先手は打たれたけど、まだ闘志は消えていない。ユニも気絶しているだけだ。

 

 こちらの間合いに入ったマジェコンヌを、ネプギアが詰める。マジェコンヌの後退は、ロムとラムが魔法で創りだした氷が阻んでいる。

 しかし、敵は慌てることなくネプギアの攻撃に刀を合わせる。瞬時の換装。その手際の良さに苛つく。その体はロックスのもので、それはロックスが使う武器で……しかし、やること言うことはロックスでは決してあり得ない。

 

 沈んだ気持ちでいたネプギアに勇気をもたらした。

 ラステイションでは、ユニを案じながら代わりとして戦った。

 拠点にいる子どもたちと同じように、隔てなく双子に接した。

 

 決して、決して、決して。

 その刃は味方に向けられるものじゃない。

 

 だから取り戻してやる。そう決意した。

 

「ポシェモンの交換の約束はまだ、生きてるか?」

 

 なのに。

 

「ネプギア、お前が俺を守るって言ったんだろ」

 

 なのに。マジェコンヌはロックスの声で過去を掘り出してくる。

 

 それがただの動揺を誘う句だと、どうして言えるだろうか。

 ロックスはよく喋る人だけど、心の底は見せなかった。大人の代わりになろうとして、女神の助けになろうとして、自分の弱い部分を隠した。強くあろうとした。

 一体となったマジェコンヌが盗んだロックスの本心じゃないって、言える?

 

 心のヒビを的確に突くようなマジェコンヌの口撃に、私たちはあっさりと劣勢に立たされることになる。

 精神年齢が幼いと言える双子にはきつすぎる。私だって身が切り裂かれるような痛みに襲われる。

 そんなのを攻防の間に逐一挟まれたら、どうしようもない。一人、また一人と倒れる。

 

 血反吐を吐くような思い。実際に吐けたらどれだけ楽か。そんな馬鹿な考えが頭の隅に浮かぶ。必死で頭から追いやった

 もはや立っているのは私とグレイシスター、シーリィだけ。

 

 グレイシスターは、刀を振り上げたのを避けて、その腕を掴む。

 

「アンリ!」

「少し眠っててもらうわ!」

 

 私は思い切り剣を──

 

「また、俺を斬るのか、アンリ」

 

 ──!

 

 ロックスの声が私を抉る。

 私はそのたった一言で止まってしまった。

 

 以前、ラステイションで私はロックスを深く斬った。正体がバレた後、元拠点で死ぬ寸前まで追い詰めた。その傷が目に焼き付いている。

 今だって、彼を助けるという大義のために戦っているが、彼の体を傷つけようとしていることに変わりはない。

 

 覚悟を決めた。でもそんなの、簡単に揺らいでしまう。

 

「確かに、私を捕まえれば全ては良くなるだろう。だが、殺す気でなければ止められない」

「そうしないって決めたのよ、私たちは!」

「甘い」

 

 吐き捨てるようにそう言って、奴はグレイシスターを振り払って、蹴り飛ばした。

 一瞬にして、マジェコンヌは視界から消える。B・Swordによる超反応速度で、一瞬で私の後ろを取り、剣を振るう。

 

「だから貴様たちは負けるんだ」

「くうっ」

 

 強い。

 当然甘く見ていたわけでも、手を抜いていたわけでもないが、まさかこんな素早く重い一撃を繰り出してくるとは。

 

 私がロックスと戦ったのは、ラステイションとプラネテューヌ、そして元拠点。しかし、そのいずれにしても彼は全力ではなかった。

 ラステイションでは、半ばグレイシスターを守りながらだったし、プラネテューヌではシーリィを相手にするついで、元拠点では攻撃らしい攻撃なんてしてこなかった。

 つまり、今、これが、私が初めて受けるロックスの全力。彼がモンスターを相手にする時と同じ、『敵』に対する戦い方。

 

 犯罪神の魂が入りパワーアップもしているが、SVシステムを使っていることから、完全な同化はしきっていない。ロックスの力によるところが大きいはず。

 本来、それだったらさしたる脅威じゃない。グレイシスターと私、それにシーリィもいれば勝てる計算だった。

 

 だけど、あまりにも多いモンスターとの攻防を通して、私が思ってる以上にロックスは成長していた。

 躊躇を取り払った彼にはもはや考える必要はなく、経験と本能で斬るだけ。

 攻撃力・防御力・機動力・武器がそれぞれ異なるフォームを使いこなして、私たちを翻弄しながらダメージを与えてくる。

 マジェコンヌはW・Axeになり、斧を振り上げた。

 

「危ないっ!」

 

 私を押して、グレイシスターが間に入った。

 一度、二度、彼女は攻撃をなんとか凌ぐ。が、金属がひしゃげる嫌な音がした。見れば、彼女の盾が曲がっている。

 元々の恐ろしいまでの攻撃力に、犯罪神の力が加わった一撃に耐えられなくなったのだ。そしてそれは同時に、ロックスとマジェコンヌの同化が進んでいることを意味する。

 長引けば長引くほど、形勢は不利になる。いえ、それどころか……

 

 マジェコンヌはもう一度斧を振り上げる。次の一撃で、グレイシスターを叩き切るつもりだ。

 

「マスター!」

 

 今度はシーリィが前に出た。関係なく、マジェコンヌは攻撃を繰り出す。

 W・Axeは攻撃力と防御力に優れたフォーム。しかしその分遅い。そのはずだった。

 でもマジェコンヌは軽々……とは言わないまでも、ロックスの数倍速い。庇いに来たシーリィが避けられるはずもなく、斧に潰され、真っすぐ走った傷からバチバチと火花を散らす。

 

「し、シーリィ!」

「ま、マスター、ぶぶ無事で何よりです」

 

 半分壊れた姿で痙攣するシーリィの姿を見て、グレイシスターは動揺する。その隙を逃さず、マジェコンヌは彼女を蹴り飛ばした。

 

「所詮お前たちには無理だ。足りない力で守ろうとするだけ、失うだけだ。そして失うのが怖くて足掻いて、より失っていく」

 

 地面に伏したシーリィも蹴飛ばして、マジェコンヌは重い斧を下ろした。

 

「そうだろう、灰色の女神。贖罪のために行ったタイムトラベルのせいで私をこの時間軸に引き入れ、バズール現象を引き起こすことにも繋がった」

「……バズール現象が?」

「なんだ気づかなかったのか。今まで全く平穏だったのに、グレイシスターが現れた二年前から急にバズール現象が頻発するようになったのが、おかしいと思わなかったのか?」

 

 戯言を。

 私は鎧を動かし、マジェコンヌに挑む。再びB・Swordに換装したマジェコンヌは、私の剣をわずかな動きだけで避け、必死の一撃も弾いてみせる。

 

「いいか、私たちは未来から来た、いるはずのない存在だ。そんなのがいることが許されるはずないだろう」

 

 足部分を砕かれ、よろけた隙に首をキックされる。脳が揺れて、天地がひっくり返る。鎧の残骸が落ちるだけで済んだのが幸いだった。生身だったら、千切れて頭が転がっていたことだろう。

 

「時間が、私たちという存在を修正しようとしている。消そうとしてるんだよ。それがバズール現象だ。プラネテューヌの屋上の穴も、歴史の修正力によるもの。それさえ分かれば、利用するのは容易かった」

 

 気持ちが悪くなって跪く私に構わず、マジェコンヌは話し続ける。

 

「原理を理解させれば、私を信奉する輩に作らせるのはそう大変じゃない。それなりの技術力はあるんだからな。なにせ、マジフォンもその生産工場も二年でやってのけたくらいだ。女神が少なくなった世界で、興味を移し、シェアを奪う。奪ったシェアはここに集まる。これは前の時間軸でやったことだが」

 

 つらつらと、飽きもせずに楽しそうに。

 

「嬉しい誤算は、あのカプセルだ。女神を閉じ込める装置。あれのおかげでより上手くいった。複数の計画が動いて、絡んで、見事だっただろう?」

「何が見事ですかっ!」

 

 目にも止まらぬ速度でグレイシスターが肉薄する。しかしというかやっぱり、効かない。怒りを抱えても、無意識的に手加減してしまっている。

 

「お前には感謝しなければならないな。お前は私を守ってくれたんだからな」

「あなたを守ったわけじゃありません!」

「ああそうだな。お前にとっての親友を守るためだ。だがその結果がこれだ」

 

 マジェコンヌは私たちの後ろを指差す。

 一緒にやってきた女神が倒されている。ロックスを助けるために協力し、平和を取り戻し、誰も傷つかない未来へ辿り着くためにここへ来たみんなが。

 

 本末転倒な結末に、グレイシスターは歯噛みした。巧みに話を持っていって、マジェコンヌは私たちの心を落としていく。

 因縁が傷を生み、傷をほじくるやり方で幾度も平穏を壊して阻んできた。その圧を受け続けてきたグレイシスターに、言葉が、状況が圧し掛かる。

 擦り切れそうだった心身は限界を迎えつつあった。

 

「わた、し……は……」

「お前のいた時間を壊したのは私だ。だが、この世界を壊したのは……」

 

 言わずとも、というように言葉を区切る。それだけで、グレイシスターの戦意を失わせるには十分だった。

 そうなってしまえばもう、続きはない。

 マジェコンヌはいたぶるように、殴り、斬る。抵抗していたグレイシスターもついには力尽きて、倒れてしまった。

 

 もう私しかいない。

 でもでも、諦められない。

 たった一人しかいない状況で、彼は最善を尽くし続けてきた。憎悪の渦の中にあった私を止めた。

 

「う、ああああああああ!」

 

 痛いとかくだらないことは抑えて、武器を握る。こんなことでロックスは負けなかった。たとえどれだけ傷ついても、何度でも立ち上がった。

 もちろん、どれだけ必死になっても敵う相手じゃない。がむしゃらに振った剣はいとも簡単に吹き飛ばされ、エフツーピーの肩部分をもがれた。それに気を取られて、無防備になってしまった。なんとか装甲が真っ二つに裂かれるすんでのところで脱出。

 生身で地面にぶつかり、その衝撃で肺から息が吐き出される。

 これで武器も防具も無くなった、それでも……! 

 

「意気込んだ程度で、私に勝てるわけもないだろう。アリがどれだけ命を振り絞ろうとも、象には勝てんのだ」

「くっ、まだよ、まだ私たちは……」

「生身でも立ち上がってくるか。その姿に敬意を評して、とっておきのものを見せてやろう」

 

 くくく、と笑って、奴は変身を解除した。ロックスの歪んだ顔が私を見下ろす。

 その指先が黒く染まり、手が、腕まで侵食して、黒くなった部分から煙のようなものが上がる。溢れる黒い煙は、やがてマジェコンヌの体を覆い尽くし、浮かび上がる輪郭しか見えなくなる。

 

「ロックスの姿をしていたのは、お前たちの攻撃を緩めさせるためだ」

 

 装甲を纏ったシルエットから、見たことのある別の姿に変わっていく。

 つばの広い尖った帽子と、マントと……そして闇は引いていき、その全貌が露わになる。

 

「この男の全ては、私が貰った」

 

 何度も見てきた犯罪神マジェコンヌの姿がそこに現れる。声も、地獄の底から高笑いをするような女のものだ。

 

「何故何度もお前たちの傍まで近づけたと思う? 姿形なんぞ、簡単に切り替えられるからだ」

 

「そんな……」

 

 立ち上がりかけた私の足はずるりと滑って、地面に膝をついた。

 あまりの衝撃に、脳が理解を拒んだ。それでも結末を察してしまった。言葉も発することが出来ずに、うなだれてしまう。

 事実が脳へ追いついてきて、近づくたびに目に映るものから色が無くなっていく。

 

 そんな、そんな、ここまでだなんて。

 私は、負をばら撒いて終わるの? 私が愛した人すら取り戻せずに?

 

 糸が切れた人形のようになってしまった私の首を、マジェコンヌは掴んで持ち上げた。

 足が地面につかなくなって、首が絞められ、苦しくなっていく。どんどんと目の端から暗くなっていって、頭がぐらぐらする。

 浮かされてるせいか、足元が崩れる感覚がリアルに感じられる。

 

 でも、私は抵抗しなかった。私の体も心も、敗北を認めていた。

 

「どれだけ足掻こうと無意味だ。既に未来は決定している。お前がこれを使わせた時からな」

 

 ロックスの面影が無い中で、唯一残している腕輪を見せつけるように目の前に掲げる。

 アレが、全ての元凶。アレがあったから、ロックスは戦えるようになって……ううん、違う。

 私がSVシステムなんて得体の知れない物を使おうとしなければ、手が滑らなければ、彼に使わせ続けていなければ、こうなることはなかった。

 

 時間をいじっても、過去を変えても、辿り着く先はここなんだ。

 きっとどういうルートを通っても、ロックスは犯罪神のものになって、私はそれに殺される。それが運命。何故なら……

 

『全て、お前のせいだ』

 

 マジェコンヌの言葉が頭の中で響く。

 

「…………」

 

 私が、そういう存在だから。絶望へ導く原因だから。私がいる限り、転がり落ちるような運命は止まってくれない。

 だったらもう、ここで……

 

「もうお前の役割は終わった。死ね」

 

 冷たい手が、私の命を刈り取ろうと伸びてきた。

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