偽次元のプリズム【完結】   作:ジマリス

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 長い夢を見ていた気がする。

 戦って戦って、怒りに呑まれて、何もかも分からなくなって……どこからどこまで夢だったんだろう。

 

 体が動かせない。

 目を動かして、周囲の状況を観察する。

 暗い部屋。プラネテューヌの教会の、俺個人に与えられた部屋のベッドで寝かされているんだ。

 

 病院で見た機械から伸びているチューブが体に挿さっている。

 全身筋肉痛で、しかも包帯が巻かれている。頭も回ってない。それは意識を失う前に散々味わった感覚だ。

 だから、多分、起こったことは全部現実で……だからこそ、俺がしてしまったことも夢じゃないと分かる。

 

 起きた事実も、絶え間なく襲ってくる痛みも、それがどういう意味をもたらすのか、これから何が起きるのか。そういったものに、全く興味が湧かなかった。

 立ち上がれるような……いや指一本動かすような気力もない。そのままじゃいけないと訴えてくる心の叫びは、あっけなく消える。

 

「ロックス、起きたのね」

 

 ああ、アンリ。

 いつもなら、軽く挨拶を返してやるのに、今の俺は首を動かしてそちらを見ることはしない。しないのか出来ないのかは、俺には分からなかった。

 

「あなたに鎮静剤を打ったわ。あのままだと、あなたの体も脳も心も壊れてしまうところだったから」

 

 それって俺の全部じゃないか。そう笑い飛ばしたかった。

 

「今までの傷も開いて、戦い続けた傷に、無理やり体を動かしたせいで筋肉の断裂まで起きてる。SVシステムのせいで脳は刺激され続けていたし、犯罪神のせいで記憶がごちゃまぜ」

 

 このぐちゃぐちゃになった、平衡感覚の無くなったような感覚はそのせいか。

 

「今はゆっくり休んで」

 

 流石に薬打たれたら動きようがない。従うよ。

 こくりと頷いたつもりだったが、全く動かなかったのが自分でも分かった。

 

 アンリは視界の端に映るくらいに近づいてきて、俺の顔を覗き込んでくる。

 

「……っ」

 

 かけてやる言葉も見つからなくて、声を出す気すら起きなくて、何も言えない。

 これは俺がやったことで、責任はすべて俺にある。だからそんな悲しい顔をしてほしくない。

 そう言ってやりたいのに、口が動かない。

 

「ロックスっ!」

 

 勢いよく扉が開いて、同時に人が駆け込んでくる。

 両親だった。

 血相を抱えてという表現がばっちり当てはまるほど、息を乱して汗も流してという状態だ。

 

「無事でよかった……お前を失ってしまったら、どうしようかと……」

「……ロックス?」

 

 反応のない俺を見て、二人とも不思議がる。代わりに、アンリが深々と頭を下げた。

 

「来ていただき、ありがとうございます」

「アンリちゃん、すぐ来てくれって連絡を貰ったんだけど……」

「どうしてロックスはこんなことになってるの?」

「戦いの後遺症で、身体にも精神にも異常が見られます。それに心もめちゃくちゃで……そのため、鎮静剤を打たせてもらいました」

 

 俺にした説明と同じのを、アンリは両親にした。

 それに対して、お母さんは全く理解できないというふうに狼狽える。

 

「戦いって、どういうこと?」

「……ロックスは、ずっと私たちのために戦ってくれていました」

 

 努めて冷静に、アンリは言おうとした。だけど明らかに言葉は震えて、小さくなっていく。それでも彼女は息を深く吸って、続ける。

 

「ネプギアたちと旅に出て戦って、戻ってきてからもみんなを守るために戦って、プラネテューヌ奪還の時にも」

 

 そこまで言って、二人ともはっと気づく。

 

「まさか、装甲の戦士って……!」

 

 アンリはこくりと頷く。

 それから、彼女はこれまでの出来事を最初から話し始めた。

 SVシステムのことから、俺が戦い始めたこと、女神様たちとの共闘に、犯罪神との争い。その中で、彼女は俺がこうなってしまった原因も説明した。

 リミッターが外れてしまったSVシステムのせいで、俺の全てが過剰に働かされ、心身ともに摩耗してしまった。そこに犯罪神の意識という、通常の人間では耐えられるはずもないものが入ってきて、さらに俺をぐちゃぐちゃにしてしまった。

 結果として残ったのは、ぼろぼろの肉体と、壊された精神。触れば崩れてしまいそうなほど、今の俺は不安定な状態らしい。

 

「そんな、どうして……? どうしてロックスはそんなことを続けたんだ?」

「私のせいです。やめさせることもできたのに、私がロックスを……頼ってしまったから」

「っ!」

 

 パシン、と乾いた音が鳴った。

 

「やっぱり、やっぱり行かせるんじゃなかった!」

 

 お母さんがアンリを叩いたのだ。そのせいで、アンリの白い頬は赤く染まった。

 

「今までずっとそうやって黙ってたのね! 私たちが一番知るべきなのに!」

「ごめんなさい……」

「息子がこんなことになってるのに、私たちは何も、何も……!」

 

 お母さんがまたしても手に力を込める。

 

 アンリはだらんと手を下げたままで、防ごうとしない。

 甘んじて受ける気だ。復讐の刃を受けようとした時のマホのように。

 

 俺はその腕を掴んで、引き留めた。

 

「ろ、ロックス?」

 

 俺が手を動かしたのに気付いて、お母さんもアンリも目を丸くした。

 全身力が入らないまま、手だけがまるで別の生き物のように強く力が入っていて、お母さんを留めている。

 何故それが出来たのか、自分でも理解できなかった。ただこれを看過してはいけないと、直感的に動いたのだ。

 

 どうしてか、アンリがひどく狼狽した。口元を抑えて、涙を浮かべる。俺の名前を何度も呼び、その場にうずくまる。

 

「ロックス……ロックス、ごめんなさい。そんなになってまで、私のこと……っ」

 

 泣くな。泣くなよ。

 そんな顔が見たくてやったことじゃない。

 ただ俺は……俺は……

 

 言葉を紡げない俺の代わりに、お父さんが母の拳を収める。

 

「ここまで傷ついてるのを気付けなかった俺たちにも責任はある。少なくとも、怒りをぶつける相手はアンリちゃんじゃない」

 

 お父さんは冷静にそう言う。

 怒ってないわけじゃない。息子がこんなになって許せない気持ちがあるだろう。でも親として、大人として、公平に物事を図ろうとしていた。

 

「でも、アンリちゃん。これ以上ロックスを戦いに巻き込まないでくれ。この子は普通の男の子で、俺たちの大切な息子なんだ」

「ご、ごめ……ごめんなさい。ごめんなさい……っ」

 

 嗚咽交じりにアンリが謝罪する声が、いやに俺の耳に響いた。

 

 

 

 

「ロックス、おはよう」

「うん」

「ご飯持ってきたからね」

「うん」

 

 朝、上半身を起こしてそのままの俺に、母さんが飯を載せたトレーを持ってくる。

 

 俺は口だけ動かして返す。

 目覚めてから一週間ほど経って、ようやく話すことが出来るくらいに回復した。

 鎮静剤の投与は続いているけれど、量はだいぶ少なくなって、このことを喜んでくれた人は多い。

 完全に薬が切れるまではまだ分からないが、奇跡的に後遺症は残らないだろうと医者は診断してくれた。その通り、手も足も動くし、神経も生きている。無茶をした割に元気なものだ。

 女神様たちが動いてくれたのが大きい。最新医療や治療魔法を駆使して、今にも死にそうだった俺をどうにか生かしてくれたおかげだ。一般人にしては待遇が豪華すぎる。

 

 しかし、まあ、当然腕輪は没収され、俺は元の凡人に戻った。どこにでもいるような、つまんない人間に。

 分相応ってのは、こういうことなんだろうな。今まで良い夢と悪い夢を見てたようなもんで、本来の俺は特別でもなんでもない。

 

 残ったものは何もない。

 SVシステム以外でこの二年間で手に入れたものといえば人との関係だが、あれから、アンリは一度も顔を見せていない。両親が禁じたのか、来たくないのか。どちらにせよ、心に穴が空いた感覚が消えてくれない。せっかく埋まったというのに、だ。

 アンリだけじゃない。マホも、ネプギアもユニもロムもラムも。俺がSVシステムを使っていたことを知っていた人は全員。

 おかしいと思って聞いたら、両親はアンリや女神様たちに、何があっても俺を戦わせないことを約束させたそうだ。そして、出来るだけ会わないようにしろ、とも。

 

「………………」

 

 分からない話じゃない。逆の立場だったら、同じことをしてただろう。家族が危険にさらされて平気でいられるわけはない。

 理解は出来る。だが……

 

「うっ!?」

 

 思い出してしまった。

 毎日、日に何度も、犯罪神が見せてきた光景が追いかけてくる。

 ああくそ、この後遺症も残ってやがる。不意打ちで頭に浮かんでくるもんだから、防ぎようがない。

 考えないようにして、振り払おうとしても無理だ。あまりにも強烈な記憶がそれを許してくれない。

 

 壊れた街と砕けた地、割れた空……死体。

 

 体が冷たくなっていく。そのせいか、血が、体に降る血が、温かく感じる。実際には一滴も俺に落ちてきていないのに、現実とごっちゃになる。

 感触と、温度と、すえた匂い。

 

「お、え゛ぇ」

 

 今食べた物を、その場で口からぶちまけてしまった。綺麗な白いベッドが吐瀉物で汚れる。

 

「う、う゛、う゛ぅ」

「ロックス!」

 

 滅茶苦茶だ。滅茶苦茶になった。俺がそうした。俺が……

 

「俺じゃない。俺じゃない。俺じゃない……」

 

 でも俺がやった。

 

 湧いてくる気持ち悪さを抑えつけようとして、でも出来ない。

 アンリとマホが、俺は悪くないと言ってくれたのに、納得できない。納得したい気持ちはある。せっかく親友が全力で俺の無罪を主張してくれたのだから、

 でも記憶が、犯罪神から見せられた全てが、俺を逃がしてくれない。

 

「気にしなくていいのよ、ロックス。ゆっくり休みましょう」

 

 丁寧に掃除をしてくれた後、お母さんは優しい声でそう言う。

 綺麗になったベッドに腰かけて項垂れる俺は、最悪の気分のまま、口を開いた。

 

「アンリとマホは?」

「気にしないで。あの二人には、もうあなたに会わないように言っておいたわ。もうロックスを危ない目になんて遭わせないから」

 

 唖然を通り過ぎて、なんというか……頭を抱えた。

 

「……ネプギアたちは?」

「同じよ」

「みんな、俺の友達だ」

「あなたを戦わせたのよ」

 

 戦わせたわけじゃない。そう言っても納得することはないだろう。そして今の俺には、説得力のある言葉を吐く力はない。

 

「世界のために、私はロックスを差し出せない。私にとって、あなたは宝なの」

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