「マジェコンヌ、どこに行ったのかしら……」
「前はSVシステムやバズールディスクの信号を追えばよかったんですが、今はもう手掛かりがありませんね」
「参ったわね。追い詰めるなら今なのに」
教会の一室、前に仲直りパーティをした部屋、ゲームにでっかいモニターもある執務室の中では、みんなが頭を抱えていた。いつの間にかこちら側になっているグレイシスターも。
前に犯罪神を見てからだいぶ経ったが、まだ消息が掴めないらしい。
無理もない。そんな簡単に見つかるなら、奴の計画を半分も進ませなかっただろう。
俺は部屋に入りながら、口を開いた。
「心当たりが一つある」
「ろ、ロックス!?」
バッと全員が振り向いた。
「どうしてここに?」
「会いに来ちゃダメなのか」
俺たち仲間なのに。
「私たち、ロックスさんに会いに行かないように言われてるんです」
「知ってる。聞いた」
「アタシたちと出会ったせいで、一緒にいるせいでアンタはどんどん傷ついてるんだもの。両親の気持ちも分かってあげて」
「そういうこと言うなら、友人との付き合いを勝手に制限される俺の気持ちを無視されてるからプラマイゼロ」
そう言ってみせると、彼女たちは唖然とした。
「俺の親が言ったのは、お前たちが俺のところに来ないように、だろ。今回は俺のほうから来たからノーカン」
「またアンタはそうやって……」
「ともかく、そんなことを話してる場合じゃないだろ。どんどん悪くなってる。俺たちの周りの状況も、俺の周りの関係も。どうにかしなきゃいけないんだ。どうにか……」
「そんな焦らなくても──」
「こんなこと望んでない!」
かっとなって叫ぶ。
「アンリとマホと一緒にいるために戦ってきたんだ。離されるためにこの道を選んだんじゃない」
じくじく痛んでいた頭に血が上って、ぐらりと平衡感覚が崩れる。
気分の悪くなった俺の状態を察して、ネプギアが椅子を用意してくれたので遠慮なくどかっと腰を下ろす。
「何でもいい。何でもいいから、平和になってほしいんだ」
「ロックス……」
ここまで遠目に見るだけだったアンリが呟くようにして俺を呼んだ。
アンリとマホを見る。こうやって同じ空間にいるだけで幸せなんだ。だから、今のこの全てがもううんざりなんだよ。
「本題に入ろう」
頭を押さえて、ぐるぐると脳が揺れるのを和らげる。効果のほどは感じられないが。
「マジェコンヌと一体化してた時、奴の記憶を覗いた。未来でどんなことが起きるか、全部見させられた。それだけじゃない、思考までも一つになって、奴の考えが読めた。だから、奴の行き先は分かる」
みんながざわめく。
今となっては、この俺の記憶が頼りだ。
「問題なのは、封印されると分かった今、奴は手加減なしで戦ってくるってことだ。ISクリスタルの力で能力を底上げしてくるぞ」
「あなたの体を乗っ取ってたマジェコンヌを戦った時にも思ったけど、あれって回復するだけじゃないのね」
「屋上で戦った時は、まだ勝つわけにはいかなかったんだ。その後の筋書き通りにするためにな」
突然、体がぐらついた。犯罪神の狙いを探るために記憶を掘り出して、嫌なものまで当ててしまったのだ。
支えてくれたのは、グレイシスターだった。まるで割れ物でも扱うかのように、そっと俺の方に手を添える。
実際、今の俺はひび割れた薄い陶器みたいなもんだ。こんなちょっと喋るだけで立ってられなくなるほどなんだからな。
だが──
「ISクリスタルは相当のパワーを吸い取ってる。お前たち八人を相手にしても、なんとか出来るくらいにはな」
って言っても、ネプギアの顔は変わらず眉一つ動かさない。
「私たちはやるだけです、やれることを」
「……そうか」
止められない。
だって、世界を平和にするために戦って、マジェコンヌを倒すために進んで……なによりネプギアたちは女神だから。それが分かってるから、俺はここに来て、話をしに来たんだろ。
ふう、とため息をついて、頭を手で支える。
グレイシスターは俺の腕を掴んで、傾きそうだった体を真っすぐにしてくれた。
「私が部屋に送ります。その前に……」
彼女の手に力がこもる。
「ロックス、話をさせてください」
△
バルコニーに出る。
眼下に広がる街は人々が闊歩していて、女神様と犯罪神が戦争中だなんて思えないくらい平和な光景だ。
多分、今まで俺が平和に過ごしていた裏でも、たくさんの信じられない事件があったことだろう。
その中には、グレイシスターのような別の時間とか空間とかから現れた何者かが絡んだ事件もあったかもしれない。
しかし、外から来た者だからといって敵だと思うのは早計だって思い知らされた。
最初に出会った時は、飛んでるし、得体が知れないしで脅威に思ってしまった。しかしこうやって目の前で見てみると、あの時よりもだいぶ小さい。いや、勝手に大きく感じてただけだ。
キリっとした目つきしてて真面目な雰囲気を纏ってるけど、なんだ、よくよく見るとマホそっくりじゃないか。
「話ってなんだ?」
「ロックスがいない間に、みなさんに話したことがあります」
拠り所のない腕を彷徨わせて、手すりをぐっと掴んだ彼女は一度、深く呼吸した。
「ネプギアたちやネプテューヌさんを閉じ込めていたカプセル、あれは元々、私の姉のためのものでした」
……姉がいたのか。そりゃそうか。グレイシスターだもんな。
「ぴーしー大陸は衰退が進んでいました。あなたも分かっているでしょう」
「まあ、裕福な国とは言えなかったな」
「姉は、その衰退を食い止めるべく、国を維持させるために自分の身を削っていました。自らのシェアを使ってまで」
女神は国民からの信仰を力に変える。そしてそれはそのまま命の源で、消費が上回ればどうなるかは明らかだ。
「もう少しで消えてしまうところまでになってしまったところで、私はあのカプセルを作りました。アレは、女神をそのまま保存しておける物なんです」
「ネプギアたちに使ったのも同じ物か?」
「プロトタイプです。それをまさか、味方に使うなんて思ってもみませんでしたが」
二年も女神を閉じ込めておけるとは、なんてシロモノだと思ったが、そういうことか。
「アレがある経緯ってのがその通りなら、マホは知ってたわけだな、カプセルのこと」
「ええ。自分が作った物でネプギアたちが眠らされていたなんて、言えるはずもなかったのでしょう」
ぴーしー大陸を救えなかったうえに、そんなことまで背負ってしまったら潰れてしまう。どれもこれもマホのせいじゃないってのに。
でもそう考えてしまうのだ。今の俺には、その気持ちはよく分かる。
「それともう一つ、ロックスに言えなかったことがあります」
「
こくり、と彼女は頷いた。
「懺悔させてください」
流れ込んだ記憶を思い返した中で、彼女が気にするとしたらそこだ。
そんな堅苦しくならなくても、と言ってもその顔は一切明るくならない。
「私がいた未来では、憑依能力のあるマジェコンヌに手間取ってる上に、モンスターの脅威もありました」
ぽつり、とグレイシスターは話し始めた。
「だから、アーマーを私とネプギアで開発したんです。戦闘経験のない人でも身を守れるように。最初はそう思っていたのですが、開発している間に積極的な戦闘を行うための装備になっていきました。そうすることに何の疑問も抱きませんでした。みんなが戦力になれば、犯罪神との戦いは楽になると考えたんです」
実際、アーマーを用いることで、全くの素人である俺がいとも簡単にモンスターを斬れるようになった。
しかしそれは過ぎた力と役割。本来であれば、『システム』なんて大仰なものではなく、多少のダメージを防げるだけの防御力と逃げるだけの機動力があるシンプルなものでよかったはず。
「私は、守るべき人たちを道具として見てしまったんです。私の
失ったものと怒りが、グレイシスターを狂わせた。でも俺はそれを責めることは出来ない。
痛いほど気持ちが分かるからだ。感情に呑まれた末に間違いを犯してしまうことを、俺は誰よりも理解していた。
「私にとって、ロックスはかけがえのない親友だったんです。だからあなただけは戦ってほしくなかったのに……でも、SVシステムが出来た時、あなたが一番最初に手を挙げました。自分が戦うから、十分な戦果を挙げるから他の人には使わせないでほしいって。私はそれを良しとしました。止めようとするどころか、戦うことをお願いしました」
復讐に囚われていたのは、生き残った人たちも同じだ。だからSVシステムのことを知ってしまえば、自分にやらせてくれと言う人が大勢出るだろう。だからロックスはそれよりも先に名乗りを上げた。
務めを果たせば、他の誰が犠牲になることもない。そのために、自ら女神の剣となった。
「私の間違いを自覚して止めようとした時には、もうロックスは腕輪を着けていました」
それからのことは、俺もよく知っている。
戦って戦って、ついにはR・Heartフォームに辿り着いて、マジェコンヌに乗っ取られて……
「グレイシスター、ごめん。お前の話を聞くべきだった」
彼女は首を横に振った。でも気持ちはちっとも軽くならない。結局こんなことになって……しかもその責任の何割かは俺にある。
もし俺が、彼女かシーリィの言葉をちゃんと受け止めていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
行く末を良くする機会は何度もあった。それなのに、俺は誤った選択肢を選び続けて、しかも……
「……ごめん。お前にとっての親友は、俺が……」
絞りだすようにして、俺は言った。
別の俺の体を使っていたマジェコンヌ。その体を俺は壊して、俺はマジェコンヌと一体になった。つまり、あの時点で未来の俺を殺したということだ。
あれもロックスとはいえ、俺のこれまでと、そいつが歩んできた道は違う。俺とは別人だ。でもグレイシスターの親友だったことが、割り切らせてくれない。
俺は彼女の支えであった親友を殺した。それは、未来の俺が犯罪神に乗っ取られ、犯した罪とどれだけ違うだろうか。
「マジェコンヌに乗っ取られたうえ、時間遡行の影響で体は限界でした。それに、この時間軸のマジェコンヌとも融合してたのでしょう?」
「知ってたのか?」
「この混乱の時代に現れなかったことが気になってましたが、やはりそうなんですね。マジェコンヌとしては戦力を増大させるつもりだったのでしょうが、器の崩壊を早めたことでしょう。SVシステムの開発を待てないくらいに」
心の底から慈しむような優しい目で、グレイシスターは俺の目を正面から見据える。
「いずれは壊れる運命だったんです」
「お前は、そうなる前にどうにかしたかったんだろ。運命なんて信じずに、タイムトラベルしてきたくらいだ」
「……あなたに業を背負わせてしまいましたね」
彼女は俺の手を取り、両の手でそっと包み込む。
今の俺の中に残っていないはずの、未来のロックスが反応した。
もう二度と触れることがないと思っていた小さな白い手は、記憶よりも温かい。
「記憶を見たんですよね。ロックスは、何を思っていましたか?」
「苦しんでた。ずっと、ずっと、この時間軸に来てからも」
ひたすらに破壊と混沌を撒き散らす存在の依代とされて、心が砕け散りながらもそれを見させられ続けた。既に壊された心が、さらに踏みにじられて粉々になっていた。
「それ以上に謝ってた。お前を苦しませて、すまないって」
「……ロックスらしいですね」
「らしい?」
「ええ。ロックスは、他人の痛みが分かる人ですから」
グレイシスターは、良いことをした子供の頭を撫でるように、俺の手を擦る。
「私がその痛みから解放させてあげるべきでした。あなたに押しつけてしまって、すみません」
「押しつけられたわけじゃない」
俺は彼女の言葉を肯定できなかった。だってそれって、『殺すなら、それは私の役割』ってふうに聞こえたから。
「不運とか不可抗力とか、あとは見栄とか……色々重なってこうなった。でも、少なくともここにいる俺は、選んでここまで来たんだ」
定められた運命なんかじゃない。誰かに強制させられたわけじゃない。今の俺は、望んでここにいる。
違う時間軸の俺だって、戦わないでいることもいられたはずだ。いつだって、その気になれば逃げられるはずだった。
「懺悔だって、お前は言った。でも俺は女神じゃない。教会員ですらない。赦しを与えられるような男じゃない。俺はただの人間で、お前の友達だ」
「……」
「そんな俺から言葉をかけるとしたら、一つしかない」
憎むとしたら犯罪神であり、他の誰でもない。ましてや……
「マホ、お前のせいじゃない」
「──っ」
驚いたように……実際驚いて、目を見開く。
口を抑え、それでも抑えきれず、体が震えていた。
これが、彼女の親友であるロックスがずっと伝えたかったこと。世界が崩れたことに対する、俺の答え。
ついには堪えきれず、グレイシスターはぶわっと涙を流した。
「あぁ……ロックス、ロックス……」
彼女は俺の袖を掴んで、胸に顔をうずめた。
「あーし、いっぱいいっぱい、みんなの分まで頑張ったのに……でも変えられなかった……っ」
「いいや、変わっただろ」
もうここは、彼女が知っている時の先ではない。絶望の未来じゃない。そうなったのは、女神グレイシスターがここに来てくれたからだ。
「マホ、俺たちのために戦ってくれて、ありがとう」
△
初めてロックスの傷を見た時には息を呑んだ。
引っ掻かれたり噛まれたり……って言うと軽く聞こえるかもだけど、その痕は思わず目を背けたくなるほどだった。
肉は突き破られて、裂かれて、中の部分まで見えるくらい穿たれてた。
何でもないふうに彼は振舞ってたけど、そんなはずない。本当なら歩くのだってつらい、寝れないくらいのはず。だけどロックスはみんなのために、あーしやあんりーのために続けることを選んだ。
拠点を守った時のはそれより酷く、あんりーからあーしを守ってくれたのはもっとおぞましく、怒りで解き放った力を使った影響はさらに激しく、彼を痛めつけたことだろう。
死ぬんじゃないかって思った。このまま削られて、無くなってしまうんじゃないかって。その予感は進むたびに現実味を増してった。
そしてマジェコンヌに体を乗っ取られた時はもう帰ってこない気がして、落ち着いてなんかいられなかった。あんりーみたいに泣き叫びそうだった。
『出来るだけの何かがあったんだ』
ようやく戻ってきた彼が言った言葉は、本当はあーしが先に思うべきだったこと。
本当ならロックスくらい戦う必要があるのは、あーしだった。女神であるあーしが救うべきだった。そうでなくても、友達のために同じ傷を負うくらいしてみせなきゃいけなかった。
でも怖くて、力が出なくて、怯えるばっかりで……人々の避難誘導やバズール現象抑制装置の開発とか、自分に出来ることを、って頑張ったけど、それでも彼が犠牲になっていく。
上手く変身できないからって、甘えた。ここまで来て甘えたままだった。
そんなのはもう許せない。他でもない、あーし自身が許せないんだ。
「マホ、無茶しなくていいんだぞ」
「ううん。一回くらいは無茶しないと。危ないからロックスは離れてて」
「私たちが触れたら、プラネテューヌの上空に現れた穴がまた出現するかもしれませんから」
プラネテューヌ郊外、周りに何もない草原。あーしとグレイシスターは向かい合いつつ、ロックスに注意を促した。
「もし穴が現れたら、どうしたらいい?」
「その時は……その時っしょ!」
「ちょっとは考えてからやれよ! 今度は俺、何も出来ないんだからな」
はあ、とロックスはため息をついた。
「ネプギア、みんなで引っ張って穴に吸い込まれるのを防ぐか?」
「あの穴は二時間軸の矯正時の歪みですから、相互干渉のズレさえ抑えられればなんとかなります。具体的には次元作用方程式における波動関数の数値が小さいほど──」
「要約」
「あの台上なら、穴は発生しません」
『時間』には修正力があるらしくて、以前プラネタワーで出現した穴はここにいるはずのない者を排除するために出たものだった。ここにいるロックスと未来のロックスの体が触れてしまったことで、修正力が活性化したせいなんだって。
そこで、ぎあちーが造ってくれたのが真っ黒なこの金属板! この上だとただあーしとグレイシスターの間にだけ時間の修正力が働いて、あーしたちの融合しか起こらないってわけ。(ぎあちーはもっとデザインにこだわりたかったみたいだけど、時間優先だからって泣く泣く断念)
「あなたの意識が残るように頑張るつもりですが……実際は、どちらが優先されるか分かりませんよ」
「うん。でもやるよ。あーしは女神だから」
正直、怖い。
あーしがあーしでなくなるかもしれない。それってつまり、消滅してしまうのと同じこと。
それでも、やめようだなんて一切考えなかった。
あーしは女神。ロックスみたいに、ぎあちーたちみたいに、人を守るべき存在だから。
「もう逃げない」