「ロックス!」
掴もうとしてくる両親を振り切って教会に入る。
「ロックス、待て!」
「犯罪神は待ってくれない」
背後から追いかけてくる両親の声に、ぼそりと返す。
エレベーター……は使用中だって。じゃあ階段だ。二段飛ばしで駆け上がる。
上がって上がって上がって、ずんずんと奥へ進み、二人の仕事部屋として割り当てられた部屋へ。扉を勢いよく開け、中へ。
まず目に入ったのは、絶句しているアンリとマホ。次に見えたのは、それ以外。マジェコンヌの襲撃があった時の残骸は片づけられていて、設備は新しくなっている。まあそりゃそうか。あれから何日も経ってる。何日っていうか、何か月? 全然分からん。
呆気に取られている二人をよそに、俺は足を止めずに無遠慮に入っていく。
「どうしてここに?」
「徒歩」
「来た方法を訊いてるんじゃなくて──」
疑問を浮かべるアンリを無視して、俺は目当ての物を見つける。
SVシステムの腕輪。机に置かれて、コードが繋がれているそれを見つけるなり、病み上がりとは自分でも思えない速度でそれをひったくるようにして取り上げる。
「これ、貰っていくぞ」
「ちょ、まっ──」
アンリが止めようとしてくるのに構わず、腕輪を嵌める。くうゥ~、これこれ、この締めつけがたまんねえんだよなァ~。
《生体情報識別完了しました。続けて、声紋登録を行います》
「声紋登録って何喋ればいいんだっけ。えーと……」
《声紋登録完了しました。よろしくお願いします、マスター》
ああそうだった。何でもいいんだった。
よろしくよろしく。あれ、声変わった? AIにも変声期ってあるの?
「ちょ、なにしてるの、ロックス!?」
「なにって、あー、アカウント再登録?」
「そんな軽いものじゃ……は、外しなさい、ロックス!」
「それは帰った後で、前向きに検討して善処して注視します」
「ふざけてる場合じゃ……」
寄ってくる二人を押し返そうとしていると、後ろから両親まで追いついてきた。肩で息をする親にまで挟まれて、逃げ場が無くなった。
「お前を行かせるもんか」
「さっきどこでも好きなところに行っていいって」
「それとこれとは別の話だろ!」
「別じゃない」
単なる行先の話じゃない。
この先の生きる道の話だ。俺の道の話だ。
「ロックスは私たちの息子なのよ!」
「それくらい分かってるよ」
拠点でバズール現象が起きた時、二人は真っ先に俺のところに来て避難を促した。その時みたいに、大切な人に無事でいてほしいって気持ちは分かってる。
「だったらもう戦いなんてやめろ!」
「逃げても何にも変わらない。犯罪神が勝てばどこにも逃げ場はなくなる」
「だからって、ロックスが世界のために戦うなんてことは……!」
「世界なんてどうでもいい!!」
俺はきっぱりと言い放った。
「俺はそんな大きなものを背負える人間じゃない。自分のことすら満足に扱えない男なのかもしれない。けど、大切な人を守れるくらい出来るって、証明したいんだ。俺が人を助けられる人間だって胸を張って言いたい。そのチャンスは、今しかないんだ」
何の憂いもなく、アンリにもマホにも子どもたちにも面と向かって喋ったり遊んだりしたい。
そのために、俺を、ロックスという存在を認めさせなければいけない人物が一人だけいる。俺だ。
みんなは今まで通り接してくれるだろうが、俺が自分を許せていない。俺が誰も殺していないというなら、そういうことをしない人間だと自分に認めさせるしかない。
友達の安全を託された男が、戦える力を持っているのにも関わらず、世界の危機を救おうと決戦の舞台へ向かった友達を置いて、待っているだけでいて、それでどうやって自分を信じられるというのか。
「そんなチャンスより、命のほうが大事だろ!」
「それはそうに決まってるだろ。罪があっても、命を落としてまで償おうなんて思ってない」
そんな気はとっくに消えた。
「生きて帰ってくるよ。前の時もそうだっただろ」
拠点から脱出した時が懐かしいな。どれくらい前だっけ、半年? そん時はなんとかごまかして戦いに行けたのに……
「ロックス」
今度はアンリが引き留めてくる。
「もう、もういいから……私は、あなたの正義を、私のヒーローをなかったことになんてしないから。だから、行かないで……っ」
ああもう、一刻を争うって時に、惚れた側の弱みが出た。無視して行けない。
「アンリ」
「お願い」
「おい、アンリ」
「お願い。お願い。お願い、だから……」
「こっちを見ろ、アンリ」
顔を伏せるばかりの彼女の頬に手を添えて、無理矢理前を向けさせる。
「私が馬鹿だった。あなたを傷つけた」
「傷は治る」
「治るからって、傷がなくなるからって、傷ついていい理由にはならないじゃない!」
アンリは叫んで、頭を振った。
「もう戦わないで。プラネテューヌを救うためにモンスターと戦って、人を説得して……私の復讐を止めて、マホの命も救って、犯罪神を追い詰めもしたのよ。もういいじゃない。語り継がれるくらいの功績を立てた。だったらそれで十分でしょ。これ以上証明する必要が無いくらい、あなたは人を助けた」
呼吸を乱して、涙をぼろぼろと落としながら、それでも彼女は俺を止めようと真っすぐに視線を合わせる。
「これ以上、私には耐えられない。大切なものが無くなってしまうのが、怖いの……あの時、あなたが犯罪神に体を乗っ取られた時……心が折れちゃった。あなたがいなくなってしまうって……思ってしまったの」
アンリは頬に触れている俺の手をぎゅっと掴んだ。
「二度と、ロックスを失いたくない」
こういう時、デキる男ならハンカチを差し出す。残念ながら俺は良い男じゃないから、指で濡れた頬を拭うことしか出来ない。
「きっと帰ってくる。約束する」
「約束なんてしないで……っ」
「いや。いいや、約束する。何でもない俺がここまでやってこれたのは、アンリとの約束があったからだ。マホを、子供たちを、お父さんやお母さんを……アンリを助けるために戦ってこれたのは、お前と交わした約束が俺を立たせてくれたからだ」
正義のヒーローになってやるなんて、思いっきり言うのは恥ずかしい。けど、だけども、アンリの隣だったらそんなの吹き飛ぶ。
『私たちのヒーローになって』
あの言葉があったから、俺は恥じることなく夢を追いかけられるようになったんだ。
結局、ここまで戦っても、俺はヒーローになれなかった。けど、けどさ……それで十分だよ。俺の周りを救えるなら、それでいい。
そうと決めたなら、まずはマホたちを助けに行かないと。
「後でいくらでも怒っていい。叩いても、殴ってくれてもいい。気の済むまで何をしてくれてもいい。だから行かせてくれ。俺がいなくて負けましたみたいな結果は納得できないだろ」
「あなたが行っても──」
「おおっと、犯罪神に勝ったことあるんだぜ、俺は」
俺を乗っ取るために無抵抗だったけど、勝ちは勝ち。
「行かせてくれ。俺は一度だって、アンリを失いたくないんだ」
このままここに居るだけだなんて居心地が悪すぎる。じっとしてたらまた犯罪神の記憶が追いかけてきて、ゲロ吐いちゃうかも。
「……行ったら痛い目に遭うのよ」
「知ってる」
「苦しいのよ」
「慣れてる」
「死ぬかもしれないのよ」
「そうはならない」
即答して、首を横に振る。
「今までずっと酷い目を見てきたけど、五体満足で生き延びてきた。大体のことは大抵何とかなる。今回だってその程度のことだ。信じてくれ、アンリ」
俺が嘘を言ったことがあるか? めっちゃあるわ。いやでも、何とかなるって言った時は何とかなった。どれだけの事が起きても、最終的には上手く収まる。過程が酷いもんだけど終わり良ければ総て良しってのが、俺たちの物語なのさ。
ゆっくり、ゆっくりとアンリは俺を離した。俺と彼女の気が変わらないうちに、俺は外へと駆ける。
両親? いたね。でも今は背景と化してるよ。俺とアンリの話に感極まったかな。や、追いかけてこようとしてる。
こういう時は一に逃走。他は無し。
「変身!」
飛び上がって、空を舞う。
ヒーローになりたいという浅はかな願いと、アンリに認めてもらいたいという浅ましい気持ち、そして引くに引けなくなって勢いのまま始めて、続けた戦い。
その先で……ようやく欲しかったものが手に入った。
俺の、俺のやってきたことは……間違いじゃないと知った。
だったら……それが正しいと思うなら、続けるべきだ。