犯罪神との戦いが終わり、数か月が経った。
二年半ほどを経て故郷であるぴーしー大陸に戻ったけれど、まあ酷い有様だった。
ほとんどの物が壊されて瓦礫になったか、グレイシスターと犯罪神がこの時間軸に来た時の影響で時空渦に吸い込まれていったか。原型を留めている物は皆無と言っていい。
その時はさすがの俺も落胆した。今まで集めていた物とか、思い出の場所とかあったのに、全部無くなってたんだもんな。
しかし肩を落としっぱなしってほどどうにもならないわけじゃない。約束した通り、プラネテューヌはじめ、他の三国もぴーしー大陸の支援を申し出てくれた。
自国だってまだ犯罪神やバズール現象の被害が直りきっていないところなのに……女神様の懐の深さが身に染みる。
保護されていた立場からそのまま移住することも考えたが、俺にとって、俺たちにとってやっぱり故郷はぴーしー大陸なのだ。たとえ家が壊されても、国の面影が無くなろうとも、そこで過ごしたい。
それに、理由はもう一つある。
「あー、マイクテスマイクテス」
俺と思いを同じくして、ぴーしー大陸に戻ってきた人たちを集めた。
壮観とも言えるほどの人数が揃い、なんだなんだと目を向けてくる。
「マホ、大丈夫か」
「う、うん」
メガホンを受け取る手が震えている。緊張や恐怖が目に見える。
彼女の境遇と今からやろうとしていることを考えたら無理もない。それでも、一歩目は自分の足で踏みだしてもらわないと。
俺は一歩下がって、様子を見守る。あー俺まで緊張してきた。アンリは? アンリもすっごい心配そうにしてる。三人揃ってお揃いだね。嫌な顔スリーペア。
意を決したマホは、すうと息を吸った。
「みんな、もう知っての通り、あーしは女神候補生なの」
大きなどよめきは起こらなかった。
他の女神様たちが、バズ―現象の消滅と犯罪神の封印、その功労者について大々的に公表したからだ。
その話は当然、ぴーしー大陸の民にも届いていて、マホがグレイシスターだという話も含まれる。というか、俺たちがそう発表するように頼んだ。
「だけど、二年前に犯罪神が来た時、あーしは逃げた。怖くて、みんなのこと放り出しちゃったの。ごめんなさい!」
がばっと頭を下げて、同じ勢いで上げる。
「でも、次からは逃げない! 何が来ても、みんなのことはあーしが守るから! だから、あーしを女神として信じてくれますか!?」
マホは必死に訴えた。その叫びは、端から端まで聞こえたはず。だが、場はしんと静まる。
一度失った信頼は、そう簡単に取り戻せるもんじゃない。逃げた女神という印象は、そうそう外れてはくれないのだ。なのでこの反応は……まあ、そりゃそうだよなって感じ。
重要なのは、マホの意志をみんなの前で言うこと。
それが済んだのだから、締めの言葉でもって解散させようか、と思った瞬間──群衆の一人が声を上げた。
「モンスターの大群が来るの、マホちゃんが止めてくれたんだろう?」
「あ、えと……」
「その通り!」
どもるマホを遮って、俺が答えた。
「バズール現象を解明して発生を止めてくれたのは、何を隠そうここにいるマホだ。それだけじゃない。俺たちのムードメーカーで、死ぬかもしれない危険な旅に同行して、犯罪神とも戦った。今あるものを守ってくれたのは、マホだ」
親友の贔屓でちょっと盛りはしたが、嘘じゃない。
「こうやってあなたたちの前でこうやって言ってることも、全部は納得できないだろう。でもマホは否定も非難も覚悟してやってる。この国を、あなたたちを守ろうとしているからだ」
この集会をやるにあたって、マホは言った。
崩れたぴーしー大陸に愛着を持って、戻ってきた人たちがいる。その人たちの助けになりたい、守りたいと。
彼女自身、絶望を経験してどん底まで落ちたというのに、石を投げられたり憎悪の目で見られたりすることも理解して『女神』を全うしようとしている。
俺はそこに、彼女自身の善性とネプギアたちのような強さを感じた。
「そんなマホを、俺は信じる」
△
結局、全員が全員納得した顔をすることはなかった。これはまあ、予想通りだ。みんな、人を信じるには失ったものが多く、大きい。
しかし、少なくとも表面上は、反対するような意見はない。二年間、明るく振る舞っていた彼女に元気を分け与えてもらっていた事実とか、バズール現象抑制の立役者の一人だからとか、他にも色々思うところがあるんだろう。多分。それって、結構希望あるって話じゃないか?
ともかく、こうしてマホ=グレイシスターは、ソフトウェアのことならなんでもお任せの天才美少女プラスぴーしー大陸の女神として国民に知られることとなった。
女神であることを国民に宣言した一部始終をネプギアたちに伝えると、彼女たちも喜んでくれた。
これが、犯罪神が封印されてからたった数か月で起きた出来事のあらすじである。
生活水準は、まあまだ文化的と言うにはまだほど遠い。とりあえず、全国民の衣食住は確保されているのだけは救いだけど。
でも、日に日に前進はしている。ぼこぼこだった地面は均されて、その上に建物が建って……何もかも元通りまではまだまだ時間がかかりそうだけど、逆に言えば時間をかければ直すことが出来るということ。それはそのままぴーしー大陸の希望になっている。
そして次にする話が驚きなんだけど、なんと国の復興プロジェクトについては、女神であるマホをトップとして、俺とアンリがその次の位置を任されることになった。子どもにやらせる内容じゃないだろ。
大人たちも手伝ってくれるというから受け入れたけど、正直荷が重い。でもみんな一様に『お前なら出来る』と言ってくる。
その原因は、『装甲の戦士』と二つ名が付けられていた謎の人物が俺だってバレたからだ。
バラした主犯は女神候補生たち。犯罪神封印の知らせを国民たちに発表したのと同時に、俺のことまで公にしたのだ。
おかげで囃し立てられたりしたもんだが、同時に出来る男として名も上がったらしい。
俺の専門、戦闘だけなんだけど。
「ロックスの演説、練習してたの?」
マホの女神宣言の後、瓦礫が取り除かれた道を歩きながらアンリが訊いてくる。
「いや、ぶっつけ本番。マホが詰まってたの、見てられなくなって」
「それにしては饒舌だったわね」
「口が回るのが取柄なもんで」
来世では立派な弁護士か詐欺師になれるよ、俺。
と言っても、マホに攻撃的な意思を持ってるのはいなさそうだったから杞憂だったかもな。
「ロックスが行かなかったら、私が飛び出してるところだった。マホったら、目が泳いでたんだもの」
「やー、そんなこと……ないよ?」
「声ちっさ」
マホは目を逸らした。
「うぅ、幸先悪いなー。女神としてだったら、あんりーとロックスのほうが向いてるとか言われそう」
「そうなったらロックスは女神の仮装するのかしら……世も末ね」
「勝手に想像して勝手にげっそりするのやめてくれますぅ?」
なんともまあ、先ほどまで大勢の前に立って真面目な言葉を発していたとは思えないくらい、気の抜けた会話ですこと。
くすり、とアンリは笑った。
「相変わらずね、私たち」
「これがぴーしー大陸の女神様とその補佐だとはな」
「かたっくるしいのよりはいーんじゃない?」
「他の国に行くときにもその調子なのはやめてよ」
「だいじょーぶ! あーしマジ敬語得意系入ってるから!」
…………俺はアンリと目を見合わせた。
「一回あれだな。俺もだけど、マナー勉強しておいたほうがいいな」
「そうね。マホのお姉さんのためにシェアを集めるためにも、他の国との交渉は続けないといけないし」
「復活いつになるだろう。国を維持してた分は最低でも集めなきゃだろ。マホが他の女神様を怒らせる前にしないとな。ってことは、中々ハードスケジュールだ」
「なにさなにさ、あーしを礼儀知らない人みたいに!」
「「そう言った」」
デジャブハモリ。
これからはぴーしー大陸の顔になるんだから、しゃんとしないとな。せっかく知り合って、しかも援助してくれている女神様たちに失礼のないようにしなきゃ。
でもユニとノワール様に会ったらボケたがりそ~、俺。ネプテューヌ様とも一緒にボケそう。ベール様相手だとツッコミせざるを得ないし、ラムとロムに会ったらたとえブラン様の前でも遊び倒したい気持ちもある。全滅。
「ロックス、これどうする?」
アンリが指差したのは、俺の腕輪。まだ腕に嵌めたままのそれを、つんつんとつついてくる。
「もう外してもいいんじゃない?」
元々は、ここまでの道程の半分くらいで外す予定のものだった。なのに、犯罪神との戦いが終わった後も着けているのは、やるべきことがまだ終わっていないからだ。
「まだマホのシェアも少ないからな、あとしばらくは、守護の役割は俺が担ってやるよ」
「まーたそーやって延ばし延ばしにするんだよね、ロックスは」
「延ばしたことなんてないだろ」
「悪いのは、覚えてない頭か適当言う口かどっちかしら」
△
「悪いのは、覚えてない頭か適当言う口かどっちかしら」
私はそう言った。
「それはちょっと酷いんじゃないの。俺泣いちゃうよ」
「何度も約束を破ったあなたのほうが酷い」
抗議してくるロックスを、私は躱す。
戦いをやめてほしかったのに、彼は聞いてくれなかった。何度も何度も、あともう少しだからと言う彼をどれだけ心配したことか。
それを鑑みて、今の言葉くらいすんなり受け入れてほしいものだ。
「ぐぅ」
ぐうの音が出てしまってしゅんとする彼に、思わずくすくすと笑みがこぼれた。
「そんなしょげないで。危ないことをするのは許さないけど、口うるさく言うつもりはないから」
「うんうん。ロックスがいれば、みんなも安心するしね」
「?」
「だって、あの犯罪神を倒した英雄がいるんだもの。そうでなくても、あなたはずっとみんなの憧れだから。ヒーローがいれば、人は安心できるものよ」
それはあまりにも買いかぶりすぎである、みたいな顔してる。
でも、女神様たちがダメージを与えていたおかげとはいえ、その犯罪神を封印するところまでもっていったのは彼だ。その事実自体は、女神様たち含めて喧伝されていることだから、今さら否定は出来ない。
なのに言い返してこようとする彼に、私は畳みかけた。
「子どもも大人もあなたに憧れてる。『装甲の戦士』としてのあなたにも、ロックスとしてのあなたにも」
へ、と彼は素っ頓狂な声を上げた。
「絶望に塗れた世界の中で優しく強く生きるあなたは、きっと子どもたちには……ううん、誰にとっても紛れもなくヒーローなの」
「……」
珍しく、ロックスは何も返してこなかった。不思議に思って彼を見ると、どこか気まずそうに頭を掻いていた。
「どうしたの、顔赤いわよ?」
「俺のこと、照れない人間だと思ってらっしゃる?」
「……ちょっとは。大きさで言うと、私とマホの仲直りパーティの時のプリンくらい」
「それは『すごく思ってる』と同義だろ」
「そうかも?」
その顔を赤に染めてやろうという気持ちが無かったといえば嘘になるから、ちょっとしてやったりって気分。
恥ずかしがってるロックスなんて新鮮だから、ちょっと良いかも、なんて。
そうやって幸せな気分に浸っていると、不意に不安になる。
「アンリ?」
そんな私の様子を、ロックスは目ざとく気づく。
「……私は、たくさんの罪を犯した。もう少しで世界を壊してしまうほどの、大きな罪を」
私はぽつりと話し始めた。
「あなたたちといると幸せを感じる。でも、それを感じるほど分からなくなるの。時間がいじられたせいで、私が受けるはずだった罰がうやむやになってしまったんじゃないのかしら」
痛いのも苦しいのも辛いのも嫌。だけど、それで許されるのだろうか。
「分からないの。この先の未来は私が生きるべき、本当の道なのかって。ここにいる私は、本当はいるべきじゃない偽物なんじゃないかって」
どうなの? と二人の顔を見る。
「分かんない!」
「俺も分からん!」
自信満々に胸を張って、私の親友二人は堂々と言い放った。
「分かんないけど、あんりーは幸せなんでしょ?」
私は小さく頷く。
「だったらそれでいいんだよ。みんなが頑張って掴んだ未来なんだからさ、そんなことで悩むのもったいないって! ね、ロックス」
「まあ、そうだな。俺も、いじられたこの時間軸の扱いをどう評価すべきかは知らない。けど、この時間軸で生きていくしかないんだよ、俺たちは。誰に何を言われようとも、平和で幸せなこの時間で。ならやるべきは、より良い未来にすること。あいつらのためにもな」
ロックスが指した先には……
「ろっくすー!」
「アンリねーちゃんも、マホねーちゃんも、遊ぼう!」
屋外で遊んでいる子どもたちがいた。
手を引かれかけた私たちは、目線を合わせる。
「ごめんね、まだ仕事があるから」
「じゃ、代わりにロックスだけ貰ってこーぜ」
「俺もしご──」
「いいからいいから!」
「引っ張るな引っ張るな、こけるこける! 元気すぎだろお前ら、誰に似たんだよ!」
小さな子たちに引っ張られて押されて、最終的には追いかけまわしに行ったロックス。こういうところも相変わらず、なのね。
「子どもたちに取られちゃったね」
「もう、まったく……子どもっぽいというか情けないというか……」
「そんなこと言ってー。嬉しそーな顔、隠せてないっしょ!」
「っ、それは……」
言われて顔を抑えても、ロックスが視界に入るとつい口角が上がってしまう。
どう言い繕っても無駄だと分かった私は、開き直ることにした。
「だって、ああやって世界を笑顔にできる人が、ロックスだから」
子どもに優しい人。暴走する大人に毅然と立ち向かえる人。
覆ってくる闇を払う人。諦めずに戦う人。
私の見る世界を、笑顔で埋めてくれる人。
そういう者を、人はヒーローと呼ぶ。
たとえ彼がどれだけ否定しても、似合わないと思っていても、きっと彼のような人にこそその称号は相応しいのだと思う。
「ロックス……私にとっての、世界で一番の人」
たくさんの子どもたちの中心にいるロックスを見て、私は微笑んだ。