※pixivにも置いてます。
「ねえ、結束バンドって知ってる?」
放課後の図書室。また山田が妙なことを言い出した。
結束バンド? 僕は聞き返すべきか迷った。あの縛るやつ? 山田は僕に何を求めているんだ?
詳しく聞いてみると、違った。結束バンドというインディーズバンドがあるらしい。
「にゃあに教えてもらったの」と山田は言っていた。確かに吉田はバンドとか好きそうだ。
「下北のバンドで、いま話題になってるんだって。メンバーは全員高校生! ほら」
山田そう言って、スマホをこちらに突き出してきた。
薄暗いライブ映像だ。この暗さ、狭さがいかにもインディーズっぽいな。曲は……正直よくわからない。音質が悪いし、周囲の観客がうるさくてよく聞こえないぞ。
「しかも」と、なぜか山田は得意げな顔で言った。
「このベースの人も山田って名前なんだよ!」
「いや、山田ってわりとありふれた名前だろ……」
なぜそれがアピールポイントになると思うのか。山田の考えがさっぱりわからない。
「で、その結束バンドがどうしたんだ」
「ライブ、行ってみたくない?」
「行かない」
即答すると、山田はふくれっ面になった。
「なんでー?」
「ライブ行くって柄じゃないだろ、僕は」
しかも下北だ。オシャレタウンだ。僕の生息域とは180度逆にある。あんなリア充と陽キャの巣窟に行って魂を削られるのはごめんだ。
「えー、じゃあ……」
僕があからさまに興味を示さずにいると、山田はあっさりと話題を変えた。僕もそれっきり、結束バンドのことは忘れてしまった。
思い出したのは、家に帰ってからだ。
家でぼんやりと動画を見ていると、おすすめ欄にギターヒーローの動画が出てきた。音楽系の動画はあまり見ないけど、ギターヒーローだけは見るようにしている。単純に、ものすごくうまいからだ。弾いてみた系のユーチューバーではトップクラスじゃないだろうか。あまり音楽に興味のない、ひねくれ者の僕を唸らせるくらいだから相当なものだ。
で、そのギターヒーロー動画を見ているとき、おすすめ欄にあったのだ。結束バンドの動画が。
なんとなく、流れで僕は結束バンドの動画を見た。山田に見せられたのとは違うライブ映像だ。再生数もあまり多くない。新人バンドなら当然だろう。
でもその音を聞いて、僕は体を起こしていた。
え、うまくないか?
ギターもキレがあるし、ベースの下支えも安定してるし、ボーカルもハスキーで力強い声が印象的だ。
曲もいいが、歌詞もいい。
「ありのままなんて 誰に見せるんだ」
「なりたいなりたい何者かでいい」
荒削りだけど、印象的で心に残る、胸に響く歌詞。いまどき珍しいくらいのこじらせ系だ。JK4人組でこんな曲になるのか。もっとキャピキャピ、ピカピカした曲をやるのかと思っていたのに。
流れで他の曲も聞いてみたが、悪くない。いや、正直言って、すごくいい。
俄然、興味が湧いてきた。
自分とたいして年の変わらない、高校生バンド。だから、ちょっと侮っていた部分もあるかもしれない。でも女子高生がこれをやってるとは全然思えない。普通にうまい。さすがにプロ並、とまではいえないけど。
僕は別窓を開いて、結束バンドについて検索した。
当然ながら、そのまま「結束バンド」だと何も出てこなかった。「結束バンド バンド インディーズ」で、ようやくいくつかヒットした。
一番上にあるのは、音楽情報サイトの記事だ。「ブレイク間違いなし新人インディーズバンド」みたいな記事に名前が出てくる。
公式サイトや、ウィキペディアの記事は見つからない。インディーズなら当然か。
いくつかサイトを巡って、分かった情報は以下の通り。
結束バンドは、去年下北沢で結成された4ピースガールズバンド。
リーダーは伊地知虹夏。
ベースは山田リョウ。
ギターは後藤ひとり。
ボーカル・ギターは喜多郁代。
楽曲提供は受けず自分たちで作詞作曲している。
作詞は、ギターの後藤ひとりが担当しているようだ。すごい名前だな。芸名とかじゃなく本名なのか……。
ツイッター公式アカウントらしきものも見つけた。認証マークはついてないけど。
だが、それ以上に
「……なんだこれ?」
僕は思わず呟いた。このアカウント、ほとんど女の子の自撮り写真と、美容関係のツイートしかないぞ。バンドの公式垢にはとても見えない。なりすましか、のっとりを疑うレベルだ。
リプ欄を見ると、これが通常らしい。「この前のライブも良かったです」みたいなものに混じって「たまにはバンドの通知もしてください」みたいなものがちらほらある。
ついでに、見覚えのある名前をリプ欄に見つけて、困惑した。
……豚野郎さん、公式垢フォローしてる! なんで?
思わぬところで知り合い(?)の名前をみて戸惑う。慌てて豚野郎さんの垢に飛んでチェックすると、数は少ないが、いくつかのツイートが出てきた。
どうやら、ボーカルの喜多という人を推してるらしい。うん、たしかにあの人が好きそうなタイプだな……。
喜多という人はインスタのアカウントもあるようだ。飛んでみると、映えるカフェの写真、友たちとの写真、自撮りなどがずらーーーーーっと出てきた。いかにも典型的なインスタ女子って感じだ。フォロワー数もかなり多い。
……ちょっと待て。これ、ボーカルの人なのか?
慌ててバンドのライブやMVを見返した。うん、同じ人だ。でも全然イメージが違うぞ。このキャピキャピした人と、あの力強い声が全く結びつかないぞ。
僕はすっかり混乱してしまった。
結束バンド、いったい何者なんだ??
数日後、僕は下北沢にいた。
いや、なんで?
駅から降りた瞬間から、得も言われぬ陽キャの匂いを感じる。まちゆく人たちがみんなオシャレに見える。僕のような陰キャは、半紙に落とした墨汁のように、周囲を歪めて汚しているような感覚に陥る。
いや待て。さすがに自意識過剰だ。僕は自分を戒めた。陰キャだろうが陽キャだろうが、同じ人間だ。そもそも周囲の人たちは誰も僕のことなんか気にしていないだろう。
ようやく自分を落ち着けて、人の流れに乗り、僕は駅から出た。なんだ、よくある住宅街じゃないか。
そもそも、なんでこんなところに来たのか。
今日の午後、予定がぽっかり空いていた。山田は朝から仕事だそうだ。普段の僕なら、家でのんびり漫画や本を読んだり、次のテストに備えて予習したりする。でも、なんだか家にいたくない気分だった。
駅前まで出て、行く宛もなく電車に乗った。どこにいくつもりだったのだろう。自分でもわからない。気がついたら渋谷で乗り換え、下北沢に来ていたのだ。
駅からしばらく歩いたところに、結束バンドが拠点にしているというライブハウス、「スターリー」がある。
今日、ライブがあるかどうかは、僕は知らない。調べていない。だいたい、ライブを見に来たわけじゃないのだ。入れるわけ無いだろう、僕が、ライブハウスに。
スターリーは駅から歩いてすぐのところにあった。周囲には誰もいない。まだライブの始まる時間じゃないからだろう。僕はちらっと横目でみて、そのまま通り過ぎた。
何をやってるんだ、僕は。
自分で自分がわからない。僕は結束バンドに興味がある。それはそうだ。でも、ライブに行く気はない。なら、どうして……
ここに来れば、だれか結束バンドのメンバーに、会えると思った、のか?
僕は首をかしげた。
会ってどうするんだ?
わからない。自分のやってることが全然わからない。
僕は当てもなく、下北沢の街をさまよった。
日が少しずつ傾いていく。そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか。そんなことを思いながら通りかかった公園で、僕はその人が俯いているのを見た。
あまり広くない公園の、影の掛かった隅のベンチ。そこで髪の長い女の人ががっくりと項垂れている。
上下ともにピンクのジャージというすごい格好だ。背中にギターケースらしきものを背負っている。年齢は僕より少し上だろうか。顔色があからさまに悪い。汗を流しながらぶつぶつとなにか呟いている。病気だろうか……?
「あ、あの、大丈夫ですか?」
よせばいいのに、僕は思わず話しかけてしまった。大丈夫って、そんなこと聞いてどうするんだ。僕は医者じゃないんだぞ。
女の人は顔を上げ僕を見て、「ヒェッ」と小声で言い若干のけぞった。顔色がさらに悪くなる。ほ、本当に大丈夫かこの人?
「あっ、えっと、だだだ大丈夫です。元気いっぱいです。き、気にしないでください」
ひきつり笑顔でそう言った。その顔を見て、僕は首を傾げた。どこかでみたことのある顔だ。いや、この人、結束バンドのギターの人じゃないか? 名前は、たしか後藤ひとり……
「あ、あの、もしかして結束バンドの……」
僕がそう言いかけると、なぜかその人の顔がぱっと明るくなった。
「えっ、も、もしかして私たちのファン……」
「いえ、違いますけど」
僕の言葉に、その人はがっくりと項垂れ、あまつさえ、その場にうずくまってセミの墓を作り始めた。
しまった……なにか余計なことを言ってしまったか。
「あの、僕じゃないですけど、僕のかの……と、友達が好きなんです、結束バンド」
僕は大慌てで言いつくろった。慌てすぎて、危うく「彼女」などと口走るところだったが。
「友達がすごく褒めてて、僕もそれで聞いたんですけど、いいですね。音楽には詳しくないけど、演奏も曲もクオリティが高くて、そう、このバンドはこれから上がってくるだろうな、と思いました」
早口でそう言い切ると、その人はたちまちにやけ面で照れ始めた。
めちゃくちゃわかりやすいな、この人。
「あ、ありがとうございます……へへ……あ、よかったらチケットいります?」
いきなり営業してきた。しかも、
「ただでいいです」とまで付け加わえた。
「え、いいんですか」
「あっ、だ、大丈夫です。どうせノルマ分の残りなんで。いつも家族と常連さんにしか売らなくて、売れ残るんで。へへへ……」
その人は力なく笑った。顔色はずっと悪いままだ。
それにしても……僕は思う。後藤さん、あきらかに人前に出るのが得意ではない、僕と同じ陰キャタイプだ。とてもバンドを組んでギター演奏するようには見えない。
「こっ、このあとライブあるんで……ど、どうぞ。よかったら来てください、へへ」
「えっ、あっ、ありがとうございます……?」
僕は押し切られてチケットを受け取ってしまった。本当にいいんだろうか? そもそも、このあとライブなら、こんなところにいて大丈夫なのか。あきらかに具合が悪そうなのに。
「あっ、大丈夫です。公園のトイレで吐いたらちょっと楽になりました」
「いやそれ大丈夫じゃないですよ!」
僕は思わず素で突っ込んでしまった。
「やっぱり、病院に行ったほうが」
「ら、ライブ前はよくこうなるんです」
若干引きつった顔で、それでも後藤さんは笑っていた。
「緊張するけど、逃げ出したくなるけど、そ、それでも私なんかのために来てくれる人がいる……そう思うだけで、や、やる気が湧いてくるんです」
そう言って後藤さんは、やる気も気合も感じられない、へにょへにょのガッツポーズをした。
ああ、この人は……頑張ってる人だ。唐突に、僕はそう思った。
「ありがとうございます」
思わず、僕は頭を下げた。
「えっ、えっ」
後藤さんが「??????」な顔をしている。そりゃそうだ。僕も自分で何をやっているのかよくわからない。
それでも。
「僕は……根性なしだから」
つっかえながら、僕は想いを口にした。
「自分ひとりでは、なかなか動けないんです。じっとうずくまって、冷めた目で周りを見て、動かない言い訳を探してる。でも、頑張ってる人がいて……そういう人たちを見て、もっと進もう、先へ行こうって思えるんです」
そんなことを口にしながら、やっぱり僕の頭の中に浮かぶのは山田の顔だった。
山田が前にいてくれるから、手を引いてくれるから、やっと僕は前に進めるのだ。光の中へ。眩しくて行きたくないと思っている場所でも。
「だから、僕は……その、なんていうか、その」
結局何が言いたいか分からなくなって、僕はしどろもどろになった。そんな僕を見て、後藤さんは小さく笑うと、
「ありがとうございます」
頭を下げた。背負ったギターケースがぐわんと揺れた。
「ら、ライブ……がんばります。じゃあっ」
後藤さんは立ち上がった。その顔に西日が差して、眩しそうに目を細めた。
そしてへっぴり腰のまま、逃げるようにその場を立ち去った。
その数十分後。僕はライブハウス「スターリー」にいた。
数日前まで、絶対こんなところには来ないだろうと思っていたのに。人生とは分からない。中に入ったとたんに、陰キャ遺伝子が拒絶反応を起こして心停止する、なんてこともなかった。当たり前だ。
でも受付で「今日はどのバンドを見に来られました?」と聞かれたときは動揺して「ウエッ」と口走ってしまった。そんなこと聞かれるのか。怖いところだ、ライブハウス……。
しかも受付の人、よく見たら結束バンドのベースの人だ。このあとライブがあるのに、自分で受付するのか。やっぱり新人バンドって大変なんだな。
客の入りはまずまずだった。立錐の余地もない、なんてことはないが、すれ違うのに苦労するくらいの人は入っている。
身の処し方がわからない僕は、無言で壁際に控え、腕を組んでいた。なんとなく「音楽がわかっている人」みたいな顔をして。誰かに話しかけられたら心臓が爆発してしまうが。あいにく、というかありがたいことに、誰も僕には興味を抱かないようだった。みんなバンドを見に来てるんだから当然か。
わりとすぐに、結束バンドの出番が来た。前の方に陣取った、常連っぽいファンの人が手を降って歓声を上げている。後藤さんは若干端っこで、無言でギターを抱えていた。さっきよりましだけど、やっぱり顔色が悪い。
「どうもー、結束バンドでーす!」
ドラムの人の挨拶とMC。
そしてライブが始まった。
ライブがどうだったのか、僕は語らないようにしようと思う。
その理由は、単純に、言葉で表す自信がないからだ。「すごいライブだった」とか、「感動した」とか、そんな陳腐な言葉に直して、あのときの思いを表すのは馬鹿馬鹿しいというのがひとつ。もし結束バンドの音楽を知りたいなら、実際にライブへ行って聞いてもらうのが、一番早い。
あれから僕は、次のライブの告知を待ち望んでいる。今度は、山田を誘って行ってみようと思う。
ファンがひとり増えたというわけだ。
ライブが終了後、引き上げていく後藤さんと目があった。後ろの方にいる僕のことが見えたとは思えないけど。
後藤さんはにっこり笑って、僕に手を降ってくれた……のかもしれない。たぶん。
その表情は、緊張からの開放でぐにゃぐにゃに崩れていて、子供が雑に並べた福笑いみたいになっていたけれど。
了