仮面ライダービルドーWe The Oneー   作:K-K

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こんな風な展開を書きたいというダイジェストでした


その3

「がはっ……クソッ、何て力だ……!」

 

 万丈はやむを得ずクローズチャージ変身して戦うが、仮面ライダーヴェノムスの力は圧倒的であった。

 装甲を黒い粘液が激しく波打つのを感じていた。だが、それは共生による強化ではない。 内側から伝わってくるのは、心臓を鷲掴みにされるような根源的な恐怖だった。

 

『万丈……逃げろ……! 早く、今すぐここから離れろ!!』

「おい、ヴェノム!? 何ビビってんだよ、お前の力でこいつを──」

『無理だ! あれは……あれは俺たちの「種」としての格が違う! 喰われる……魂ごと、跡形もなく飲み込まれるぞ!!』

 

 万丈の右腕に纏わりついていたヴェノムの頭が、文字通りヒュッと縮こまり、万丈の背中に隠れるようにして震えている。かつての獰猛さは微塵もなく、ただ怯える小動物のような有様だった。

 

「ハハハ! 聞こえるぞ、共生体の悲鳴が。恐怖こそが最高のスパイスだ」

 

 ヴェノムスが、漆黒の爪でクローズチャージの首を締め上げる。ヴェノムは万丈を助けるどころか、恐怖のあまり実体化を維持できず、ドロドロと地面に滴り落ちていた。

 

「万丈!」

 

 ビルドが助けに入ろうとした瞬間、ヴェノムスは奪ったビルドドライバーのハンドルを猛烈に回す。

 

『Ready Go!』

『ボルテックフィニッシュ!』

「消えろ、失敗作ども」

 

 黒い波動がビルドとクローズチャージを直撃し、二人は派手に火花を散らしてコンクリートの壁を何枚も突き破り、吹き飛んだ。

 

「……さて。次は貴様の番だ」

 

 ヴェノムスが、変身を解除し倒れ伏す戦兎へとゆっくり歩み寄る。もはや戦兎にも、怯えきったヴェノムにも、抗う術は残されていない。ヴェノムスの口が裂け、戦兎を丸呑みにしようとしたその刹那。

 

 ──シュンッ! 

 

 赤い光弾がヴェノムスの足元を正確に射抜き、強烈な爆圧が彼を後退させた。

 

「……チャオ。随分と無様な姿を見せてくれるじゃないか、戦兎。それに万丈」

 

 爆煙の中から現れたのは、コブラの意匠を纏った星を喰らう超越者、仮面ライダーエボル。そしてその隣には、無機質な殺気を放つ仮面ライダーマッドローグが控えていた。

 

「エボルト……内海……」

 

 戦兎が苦しげに顔を上げる。

 

「勘違いするなよ。お前たちがここで死んだら、俺のゲームがつまらなくなるんでね。……内海、掃除をしろ」

「御意」

 

 マッドローグがネビュラスチームガンを構え、ヴェノムスへ向けて牽制の連射を叩き込む。その隙に、エボルが戦兎と万丈の首根っこを、まるで荷物のように乱暴に掴み上げた。

 

「ヴェノム! 早く来い!」

 

 万丈が叫ぶとヴェノムは逃げるように万丈の体に飛び込む。その様子をエボルは鼻で笑う。

 

「あんなゴミクズ、放っておけばいいのによぉ。……内海、撤退するぞ!」

 

 エボルが空中に向かって掌をかざすと、空間が歪み、巨大なワープホールが出現する。

 

「待て! 逃がすか!」

 

 ヴェノムスが黒い触手を伸ばすが、マッドローグが放った煙幕弾が辺り一帯を真っ白に染め上げた。

 

「……次に会う時は、そのドライバーを返してもらうぞ。シンビオートの『王』を気取る偽物さん」

 

 エボルトの嘲笑を残し、空間の歪みが閉じる。 後に残されたのは、獲物を逃したヴェノムスの咆哮だけであった。

 

 

 

 

 ナシタ店内。本来なら戦兎たちの拠点であるはずのその場所に、今は土足で踏み入るように、仮面ライダーエボルことエボルトが悠然とコーヒーを入れていた。

 嘗ての主が戻ったようで戦兎や美空は複雑な気分になる。

 

「……何で助けた」

 

 壁に背を預け、脇腹の痛みに耐えながら戦兎が問いかける。その視線には、命を救われた感謝など微塵もなく、ただ目の前の超越者に対する強い警戒と嫌悪だけが宿っていた。

 

「あぁ?」

 

 エボルトは、まるで「今日の晩飯は何だ?」とでも聞かれたかのように、心底どうでもよさそうな声を出す。そして、コーヒーを淹れたマグカップを勝手に手に取ると、一口啜って顔をしかめた。

 

「相変わらず不味いコーヒーだな。……助けた理由? そんなの決まってるだろ。お前たちがここで死んだら、俺の計画が台無しになるからだ」

「計画だと……?」

「そうだよ、戦兎。お前は俺がパンドラボックスを完成させ、究極の姿を取り戻すための大事な『歯車』だ。あんな出所不明の泥団子に喰われて終わってもらっちゃ困るんだよ」

 

 エボルトは、クスクスと肩を揺らして笑い始めた。その笑い声は、戦兎を救ったことへの慈悲などではなく、自分の所有物を守っただけの飼い主のような傲慢さに満ちている。

 

「それにしても傑作だったなぁ! 天才物理学者が、自分の作ったおもちゃを奪われて、挙句の果てに宇宙の寄生虫と一緒に震えてるんだから。……万丈、お前の相棒(ヴェノム)はどうした? まさか恐怖で分子レベルまで分解しちまったか?」

「うるせえ! ……あいつは、あいつなりに必死なんだよ!」

 

 万丈が食ってかかるが、エボルトはそれを小馬鹿にしたように手で制した。

 

「必死? ハハハ! あれはただの『本能』だよ。シンビオートってのはな、自分より上位の捕食者を前にすると、あぁやって溶けるしかない哀れな生き物なんだ。ヴェノムス……あいつは、お前たちが簡単に相手にできる奴じゃない」

 

 エボルトの瞳が、一瞬だけ冷酷な輝きを放つ。

 

「俺は人間が好きだ……。滅ぼし、絶望し、足掻く姿を見るのが最高に楽しいからな。だが、あいつは違う。あいつはただ『喰う』だけだ。感情も、文明も、パンドラボックスのエネルギーさえも、ただ無に帰そうとしている」

 

 エボルトはソファから立ち上がり、戦兎の目の前まで歩み寄ると、その鼻先で指を鳴らした。

 

「感謝してほしいねぇ、戦兎。俺が『敵』でいるうちは、まだお前たちには『絶望する権利』が残ってるんだから。あいつに捕まれば、絶望する暇もなく消化されて終わりだ」

「……ふざけるな」

 

 戦兎が低く唸る。エボルトは満足げに、その屈辱に満ちた表情を覗き込んだ。

 

「あぁ、その顔だ。最高だね。……じゃあ、俺はこれで失礼するよ。精々、奪われたドライバーを取り返す方法でも考えるんだな。ま、今の空っぽのお前たちに何ができるかは知らないがね。チャオ!」

 

 赤い閃光と共にエボルトが姿を消す。残されたのは、静まり返った地下室と、かつてない敗北感に打ちひしがれた戦兎、そして自分の殻に閉じこもったままヴェノムを心配する万丈だけだった。

 

 

 

 

 エボルトが去った後のナシタは、通夜のような静まり返りを見せていた。 万丈の足元では、回収された「ヴェノム」の残骸が、小さな黒い水溜まりのようにドロドロと波打っている。時折、白い双眼が浮かび上がっては、周囲の物音に過剰に反応してビクンと縮み上がった。

 

「……おい。いつまでそうしてんだよ」

 

 万丈の低い声が響く。だが、ヴェノムは答えない。それどころか、ナシタの冷蔵庫の影へと這いずり、光を避けるようにして震え続けている。

 

『無理だ……万丈……。奴は「深淵」だ……。俺たちの記憶にある、どの捕食者よりも冷たくて……おぞましい。あいつに近づけば、俺は……俺の意識は一瞬で塗り潰される……』

 

 頭の中に直接響くヴェノムの声は、弱々しく、今にも消え入りそうだった。あの奔放で、生肉を貪り、自信満々に「We are Venom」と名乗った面影はどこにもない。

 

「……情けねえこと言ってんじゃねえよ」

 

 万丈が、冷蔵庫の影に手を突っ込み、無理やりヴェノムの核を引きずり出した。粘液状のヴェノムは抵抗する力もなく、万丈の腕の中で力なく形を崩す。

 

「お前、言ったよな? 『俺たちの本気を見せてやれ』って。あの時、俺はお前を信じて変身したんだ。……それが何だ、あいつをひと目見ただけで尻尾巻いて逃げ出して、俺のドライバーまで奪われちまって……!」

『……お前には分からない! シンビオートにとって、格付けは絶対なんだ! 逆らうなんて自殺行為だ!』

「そんなもん、知るかよ!!」

 

 万丈の怒号が地下室に爆発した。戦兎も驚いて顔を上げる。 万丈はヴェノムの顔──歪んだ白い眼の部分を、自分の鼻先がつくほどの至近距離で睨みつけた。

 

「俺はな、火星の王だか何だか知らねえエボルトにだって、負ける気がしねえって喧嘩売ってきたんだ。相手が神様だろうが怪物だろうが、そんなの関係ねえ! 負けを認めた瞬間に、本当に負け犬になるんだよ!」

 

 万丈の掌の中で、ヴェノムが小さく震える。

 

「お前は、俺の相棒じゃねえのか? 俺と一緒に、戦うって決めたんじゃねえのかよ! 筋肉バカの俺に、知性(おまえ)が加われば最強だって……そう言ったのはお前だろ!」

『だが、勝機がない……』

 

「勝機なんて、自分たちで無理やり作るもんだ! 筋肉で押し通すんだよ! ……いいか、ヴェノム。俺はあいつをぶっ飛ばして、戦兎のドライバーを取り返す。一人でも行く。……だが、お前がいないと、俺の『最高に熱い攻撃』が完成しねえんだ」

 

 万丈は、少しだけ声を和らげ、しかし強い意志を込めて告げた。

 

「お前は『出来損ない』なんかじゃねえ。俺の、たった一人の共生体だ。……もう一度、俺に力を貸せ。お前が震えてるなら、俺がその震えごと、熱いマグマで焼き切ってやる!」

『……万丈……。お前、本当にバカだな。俺が火に弱いって知ってて、そんなこと……』

 

 ヴェノムの形が、ゆっくりと、しかし確かな輪郭を持って万丈の腕を這い上がり始めた。漆黒の表面に、かすかな熱が宿ったかのように脈動が戻る。

 

『……ふん。熱すぎて死にそうになったら、その時はお前の脳みそを一番に喰ってやるからな』

「ハッ、言いやがったな! ……戦兎、聞いてたか? こいつ、やる気になったみたいだぜ」

 

 万丈がニカッと笑って振り返る。 その隣で、ヴェノムもまた、吊り上がった眼を細めてニヤリと牙を剥き出した。

 

 

 

 

「……ハアッ、ハアッ! 負けるかよ、ヴェノム!」

 

 万丈はスクラッシュドライバーに、いつも通り青いドラゴンスクラッシュゼリーを叩き込んだ。 激しい音とともに溢れ出したゲル状の成分に、ヴェノムの黒い粘液が上から覆い被さり、万丈の全身を強固な装甲へと変えていく。

 戦兎もまたジーニアスフルボトルによって変身する。

 

『変身っ!』

『完全無欠のボトル野郎! ビルドジーニアス! スゲーイ! モノスゲーイ!』

『ドラゴンインクローズチャージ!』

 

 戦兎はジーニアスフォームに、万丈は黒いクローズチャージと化す。

 

「万丈、今の俺らなら、計算上奴の再生能力を上回れるはずだ。一気に決めるぞ!」

「おう! ヴェノム、震えてんじゃねえぞ。あいつをぶっ飛ばしてやれ!」

 

 二人のライダーが、ヴェノムスへと肉薄する。 ジーニアスフォームが放つ虹色の打撃がヴェノムスの動きを制限し、その隙間を縫うようにクローズチャージが重い一撃を叩き込む。ヴェノムも恐怖を怒りに変え、万丈の拳を巨大化させて追撃する。

 

「……フフ、ハハハ! 素晴らしい! それこそが俺の求めていた『刺激』だ!」

 

 ヴェノムスは、奪ったビルドドライバーのハンドルを凄まじい速度で回す。 しかし、ジーニアスの能力で成分を中和され続け、次第にその動きに精細を欠いていく。

 

「これで終わりだ、ヴェノムス!」

 

 戦兎が必殺技の体勢に入る。全ボトルのエネルギーが右足に集中し、周囲の空間が歪むほどの密度に達した。だが、勝利を確信したその一瞬、戦兎は自身の腰に違和感を覚える。

 

「……何!?」

 

 戦兎のベルトの左側。そこに装着されていた、黒い禁断のデバイス──ハザードトリガー。 ジーニアスの能力を底上げする為にやむを得ず連結していたはずのそれが、音もなくヴェノムスの伸ばした「目に見えないほど細い触手」によって引き抜かれていた。

 

「バカな……いつの間に!?」

「戦兎!?」

 

 万丈が叫ぶが、ヴェノムスはすでにその漆黒のトリガーを手にしていた。

 

「科学の進歩には、常に『狂気』が付き物だ。……桐生戦兎、お前なら分かるはずだ。このトリガーがもたらす最高の狂気がな」

 

 ヴェノムスは躊躇なく、奪ったビルドドライバーの空いたスロットへハザードトリガーを突き刺した。

 

『ハザードオン!』

 

 瞬間、戦場に響き渡ったのは、この世のものとは思えない耳障りな電子音。 ハザードトリガーから溢れ出した漆黒の液体が、ヴェノムス自身のシンビオートと融合し、物理法則を無視した巨大な繭となって彼を包み込んだ。

 

『スーパーベストマッチ!』

 

 繭の中から、真っ赤な眼光が二つ、鋭く光る。 バリバリと音を立てて繭が割れると、そこには地獄を体現した姿のライダーが立っていた。

 本来のスパイダーの意匠は歪み、全身の至る所から鋭利なハザード特有のスパイクが突き出している。シンビオートの質感は金属のような光沢を帯び、ドロドロとした黒い蒸気が常に体表から立ち昇っていた。

 

『アンコントロールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!』

「……ハッ、アハハハハ!! 力が……狂気が満ち溢れるぞ!!」

 

 ヴェノムスが咆哮する。その衝撃波だけで、ジーニアスフォームとクローズチャージは数十メートル後方まで吹き飛ばされた。

 

「嘘だろ……。ハザードトリガーが、奴のシンビオートを『強制進化』させやがった……」

『万丈……もうダメだ……。あれは、もう同じ種族ですらない……悪魔だ……』

 

 ヴェノムが絶望に沈む声を上げる。 真っ黒に染まったヴェノムスは、長く裂けた口から紫色の炎を吐き出し、まるで「死」そのものが歩いてくるような威圧感で二人へ詰め寄る。

 

「さあ……実験を始めよう。どちらが先に、俺の糧になるかな?」

 

 

 

 

『……ああ、もうこれしかない』

 

 ハザード・ヴェノムスが放つ狂気の波動。 ジーニアスフォームの輝きさえも飲み込むような漆黒の絶望の中で、万丈は震える手でスクラッシュドライバーを握りしめた。 隣で倒れている戦兎を助ける力は、今の自分たちにはない。

 

『おい、万丈……。聞こえるか?』

「……お前、正気か? それをすれば……お前もタダじゃ済まないぞ!」

 

『あいつを止めるためだ。……お前も、食われて終わるのは嫌だろ?』

「……ハ。ああ、その通りだ。他人に食われるくらいなら、お前に食われる方がマシだぜ!」

 

 ヴェノムが、万丈の覚悟に応えるように牙を剥く。 万丈が持っているドラゴンスクラッシュゼリーのキャップをこじ開け、中へ入り込んだ。そして、パウチの中でヴェノムとドラゴンゼリーが一つに混ざり合う。

 スクラッシュドライバーにセットする。

 

『ヴェノムドラゴンゼリー!』

 

 瞬間、ゼリーの中で黒と青が激しく衝突し、渦を巻く。 シンビオートがドラゴンの成分を捕食し、同時にゼリーのエネルギーがヴェノムの組成を書き換えていく。それは「融合」という生易しいものではなく、互いの存在を削り合い、一つに作り替える「共食い」だった。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 万丈は、禍々しく脈動するそのゼリーをドライバーに装填し、レバーを力任せに押し下げた。

 

『喰らう! 貪る! 喰らい合う!』

 

 溢れ出したのは、これまでのクローズチャージとは全く異なる「何か」だった。 粘液状の液体は、青い炎を纏いながら万丈の肉体を侵食し、骨を軋ませ、筋肉を再構成していく。 あまりの激痛に、万丈の咆哮はもはや人間のそれではなく、龍の咆哮へと変わった。

 

『ヴェノムインクローズチャージ!! We are…… The One!!!』

 

 完成したのは、クローズチャージの意匠を残しつつも、全身が脈動する漆黒の龍の鱗に覆われた、究極の共生フォーム。 複眼はヴェノムの白い眼光を宿しながら、奥底でドラゴンの青い炎が燃え盛っている。 その背中からは、粘液と炎で形成された巨大な翼が広がり、空気そのものを焼き尽くした。

 

「……ハァ、ハァ……。行くぞ。俺たちの『答え』を見せてやる」

 

 万丈とヴェノムの声が完全に重なり合い、地鳴りのような二重奏が響く。

 

「……面白い! 喰い合って強くなったか! だが、俺の『狂気』に勝てると思うな!」

 

 ヴェノムスがハザードの暴威を纏い、爪を振り下ろす。 しかし、クローズ・ヴェノム・ドミネーターはそれを避けない。 その左腕がシンビオートの盾へと変形し、ヴェノムスの攻撃を真正面から受け止めた。

 

「お前が『喰う』のが得意なら……俺たちは『飲み込む』のが得意だ!!」

 

 万丈の拳が、ヴェノムスの腹部へめり込む。 ただの衝撃ではない。接触した部分からヴェノムの触手がヴェノムスの体内へ逆侵入し、そのエネルギーを強制的に引き剥がし始めた。

 

「なっ、何だと!? 俺の力を……奪っているのか!?」

「これは、俺とこいつの……『命のやり取り』だ! てめぇの浅い狂気と一緒に、まとめて飲み込んでやるよ!!」

 

 命を削り合うことで極限までハザードレベルを引き上げたクローズ・ヴェノム。 スカイウォールの下、二人のライダーによる「最期の反撃」が、ハザードの闇を切り裂き始めた。

 

 

 

 

「万丈! 俺の中の渇きがお前を求めている!」

「うるせぇ……! 渇いてんのは、こっちも同じだ!!」

 

 クローズ・ヴェノムとハザード・ヴェノムス。 二つの影が衝突した瞬間、そのあまりのハザードレベルの高さに、空間が悲鳴を上げた。 互いの肉体に宿るシンビオートが、主人の意思を超えて「同族を喰らい尽くしたい」という凶暴な本能を爆発させる。

 

「ああああああっ!!」

 

 絶叫とともに、二人のライダーの体表から、黒い粘液が爆発するように外部へと噴き出した。 それは変身解除ではない。肉体は変身を維持したまま、シンビオートの「核」だけが、主人の肉体を足場にして飛び出したのだ。

 二重の戦場。

 戦いの場は、瞬時に二つへ分かたれた。

 

 一方では万丈が、ハザードの狂気に歪むヴェノムスの本体と激しい肉弾戦を繰り広げる。 ヴェノムスの死角を突き、万丈が龍の咆哮とともに重厚な一撃を叩き込む。

 

 そしてその頭上、あるいは足元の影の中では、二つの巨大な異形の意思が、実体を持った怪物となって絡み合っていた。

 

『死ね! 出来損ないが!!』

 

 ハザードの毒に冒され、赤く光る眼を持つヴェノムスのシンビオート。

 

『黙れ!! お前を喰って、俺が万丈を救うんだ!!』

 

 青い炎を纏い、ドラゴンの翼を広げたヴェノム。

 

 怪物たちは互いの肉を引き千切り、食らいつき、黒い飛沫を戦場に撒き散らす。 本体がダメージを受ければシンビオートも怯み、シンビオートが肉を喰らわれれば本体も激痛に叫ぶ。命を完全に共有した四者による、凄惨なデスマッチ。

 

 

 

 

「終わりだ……! てめぇのその汚ねぇ『狂気』、俺たちが全部飲み込んでやる!」

 

 万丈の右拳が、ヴェノムスの胸部装甲へ深くめり込む。 青い炎が、ハザードトリガーの放つ毒々しい漆黒の蒸気を焼き払い、万丈のハザードレベルが限界を突破して臨界点に達した。

 

「な、何だ……この、熱さは……! 狂気さえも……焼き尽くされるというのか!?」

 

 万丈の拳から、巨大な青い炎の龍と黒い牙を持つヴェノムが一体となった衝撃波が放たれた。それはヴェノムスの肉体を貫通し、その最深部にあるハザードトリガーのエネルギー供給を強制的に遮断する。

 

「ぐ、あああああかっ!! 嘘だ……あり得ない……。俺が……俺たちが……『出来損ない』にいいいいい!!」

「出来損ない! 出来損ない! うるせぇ!」

『スクラップブレイク!』

 

 青い炎を噴き上げながらクローズ・ヴェノムは跳び上がる。背部から黒い炎を噴射させ、急降下。蒼炎に覆われた右足がヴェノムの顔をとなり、口を開く。

 

「この力……! 何なんだ! お前らは!」

『俺たちは──』

「仮面ライダーだぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 大爆発の余波が収まり、スカイウォールの壁面に静寂が戻る。 戦場の中央には、変身を解除した万丈が、まるで糸の切れた人形のように突っ伏していた。

 

「万丈……! 万丈!!」

 

 戦兎が必死に駆け寄り、その体を抱き起こす。だが、万丈の体は氷のように冷たく、呼吸は浅い。ハザードトリガーを使用したヴェノムと近距離で戦い続け、さらにシンビオートとの「共食い」による過負荷は、人間の肉体が耐えられる限界を遥かに超えていた。

 

「嘘だろ……。おい、起きろよ万丈! 負ける気がしねえんじゃなかったのかよ!」

 

 戦兎の呼びかけにも、万丈の瞳は開かない。その時、万丈の胸元から、力なく黒い粘液が這い出してきた。 それは、かつての獰猛さを失い、今にも霧散してしまいそうなほど薄く透けたヴェノムの残滓だった。

 

『……ハ……。何泣きそうな面してやがる、戦兎……』

 

「ヴェノム!? 何とかしてくれ! 万丈が、万丈の命が消えかかってるんだ!」

 

 ヴェノムは、小さな白い瞳を細め、万丈の寝顔を見つめた。

 

『……分かってる。こいつはバカだが、面白い器だった……。俺に恐怖を乗り越えさせてくれるぐらいに……』

 

 ヴェノムの体が、粒子のように消えていく。それは、シンビオートが宿主を生かすために行う、自らの全生命エネルギーを譲渡する禁断の処置だった。

 

『……戦兎。こいつが起きたら、生肉じゃなくて……ちゃんと焼いた肉を食わせてやれよ。……あばよ』

 

「待て、ヴェノム! お前──」

 

 ヴェノムの体は万丈の皮膚の中へと吸い込まれていった。 直後、万丈の胸が大きく跳ね上がり、肺が力強く空気を求めて動く。

 

「……ッ、がはあぁぁぁっ!!」

 

 万丈の瞳がカッと見開かれた。 顔色は瞬く間に血色を取り戻し、体温が急上昇していく。ハザードレベルの暴走でボロボロだった細胞が、ヴェノムという命を代償に、完全に再構築されたのだ。

 

「……あれ。戦兎……? ヴェノムは……あいつはどうなった?」

 

 万丈は、自分の胸を叩きながら不思議そうに起き上がる。 痛みも、疲労も、何もない。どころか、かつてないほど力が漲っている。

 

「……万丈。お前……」

 

 戦兎は言葉を失った。万丈の体からは、もうあの黒い気配は微塵も感じられない。 万丈の右腕を、首筋を、影を、どれだけ探しても、皮肉屋で食いしん坊な「相棒」の姿はどこにもなかった。

 

「おい、ヴェノム! 出てこいよ、勝ったんだぞ!」

 

 万丈が自分の肩や腹を叩き、呼びかける。 しかし、返ってくるのは自分の声の反響だけだった。 戦兎の悲しげな視線、そして地面に残された、わずかな黒い染みが急速に乾いて消えていくのを見て、万丈はすべてを悟った。

 

「……そっか。あいつ、自分を全部使って……俺を直したのか」

 

 万丈は、拳をぎゅっと握りしめた。 そこにはもう共生体の力はない。だが、万丈の血肉の中には、ヴェノムが遺した熱が確かに刻まれていた。

 

「……バカ野郎。勝手に一人でカッコつけやがって……!」

 

 万丈は空を見上げ、こぼれそうになるものを堪えるように鼻を鳴らした。 スカイウォールの影に、夜の帳が降り始める。 一人のヒーローの命が救われ、一つの未知の命が去った。

 

 

 

 

 

 あの日から数日が過ぎた。 ヴェノムスという驚威も、今は遠い出来事のように街は静まり返っている。

 

 ナシタの屋上。万丈は一人、手すりに腰掛けて夜空を見上げていた。

 

「……これ、そんなに美味いのかよ」

 

 万丈はポケットから取り出した、安物のミルクチョコレートの包みを開けた。 ヴェノムがナシタで騒いでいたとき、戦兎が「脳の成分に近いからあいつの好物なんだ」と呆れながら言っていたアイテムだ。

 パキッ、と乾いた音が夜の空気に響く。 一欠片を口に放り込み、ゆっくりと噛み締めた。

 

「…………ッ」

 

 その瞬間、万丈の動きが止まった。 今まで、万丈にとってチョコレートはただの「甘い菓子」でしかなかった。プロテインや焼肉の影に隠れる、取るに足らない嗜好品。 けれど、今は違う。

 舌の上で溶けるカカオの香りと、脳を突き抜けるような強烈な甘み。 それが、驚くほど美味いと感じてしまった。 味覚の奥底に、自分のものではないはずの、しかし確かに共有していた「歓喜」の記憶が呼び起こされる。

 

『美味い! 良い味だ!』

『万丈……チョコはもっとあるか?』

 

 頭の中で、あの野太くて図々しい二重の声が聞こえた気がした。 万丈の体からヴェノムの細胞は消えたはずだ。戦兎の分析でも、万丈の体は完全な人間に戻ったと結論づけられた。 だが、この鋭敏すぎる味覚が、命を分け合った記憶が、隣にいたアイツの存在を証明していた。

 

「……バカ野郎。勝手に味覚だけ残してくんじゃねえよ」

 

 万丈の視界が、じわりと滲む。 拭っても拭っても、夜空の星が歪んで見えた。 万丈は顔を伏せ、残りのチョコを乱暴に口に押し込んだ。

 甘い。 喉の奥が焼けるほど甘くて、そしてどうしようもなく切ない。 かつて「we are Venom」と叫び、共に地獄を駆け抜けたもう一人の相棒。 万丈は、鼻を啜り、ボロボロと涙を溢れさせながら、一人でチョコレートを噛み締めた。

 

「……最高に美味いじゃねえか、これ……」

 

 星空の下、万丈の独り言に答える者はもういない。 けれど、万丈が流した涙の熱さと、口の中に広がるチョコレートの甘みだけは、二人が「一つ」だった確かな証として、いつまでも残っていた。

 

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