透き通る様な世界観でお送りするブルアカ短編集 作:fayth
ノアの笑顔と♪口調は可愛い……可愛い……。
――カリカリカリカリ……。
インクの減ったペンが紙の上を否応なく走り続ける。
積み上がった書類に目を通していると、カツンカツンと床を鳴らす足音が聞こえてきた。
「先生、こちらの書類は確認し終えました。こちらに置いておきますね」
白いシャツに青ネクタイという、ミレニアムの制服の上からこれまた白のブレザーとパーカーを羽織った生徒――
彼女の場合はそのサラリと伸びる長髪すら白色なので、まるで御伽話に出てくる人物の様な神秘さすら感じさせられる。
「ありがとう、ノア。ごめんね、手伝わせて。大変だったでしょ?」
「いえ、これくらいなら問題ありません。セミナーの業務で慣れていますので」
ノアは涼し気な表情で笑いながら書類をこちらに持ってくる。
彼女が持ってきた書類は今自分の目の前に置かれている書類の山と比べて二倍……いや、三倍はあるかもしれない。自分なら思わず逃げ出したくなってしまう程の量だった。
「……これ、本当に全部見終わったの?」
「はい。よろしければ、確認されますか?」
「いや! 大丈夫だよ! そこに置いておいて」
まだこちらの書類すら見終わっていないというのに、そこから更にあの量の書類と向き合うというのは流石にキツい。
それに、ノアの書類整理は確実に自分よりも的確だ。流石、セミナーの書記を務めるだけのことはある。
だからこうして、ノアが当番の時は何度か一緒に書類整理を手伝ってもらっている訳だが……。
「……? どうかされましたか、先生? 手が止まっていますよ」
「ノアは、私に何かしてほしいことある?」
「してほしいこと……ですか?」
「ノアにはいつも手伝ってもらっているのに、まだ何もお礼が出来ていなかったなって思って」
正直に思っていたことを伝えると、ノアは暫く目を瞑って考え込む。
「そういうことでしたら、一つ私のお願いを聞いていただけますか?」
「私に出来ることなら、何でも聞くよ」
そう答えると、ノアは嬉しそうに「ふふっ、ありがとうございます♪」と笑ってみせた。
……笑っているはずなのに、何処か寒気がするのは気のせいだろうか。
「それでは、私は準備をしておきますので、また後日お伺いさせていただきますね」
「……後日? ……準備?」
……この後、一体何をお願いされるのか分からない不安に襲われながら執務に追われることになった。
* * *
数日後――。
何とか目下の業務を終えて一休みしていると、モモトークに一件の通知が届いた。
――こんにちは、先生。
――先日ご提案していただいたお願いについて準備が出来ました。
――少々お時間をいただきますので、ご都合のいい日時を教えていただけますか?
メッセージにはそう記されていた。
――ちょうど今、仕事が一段落したところだよ。
そう返信すると、スマホの画面が再び光る。
――それはよかったです。
――それではこの後、シャーレにお伺いさせていただきますね。
* * *
その返信から十分程経った後、ノアと合流して連れられたのはシャーレに併設された体育館だった。
「それでは先生、こちらを握ってみてください」
ノアは胸元から筒状のアイテムを手渡してくる。
試しに軽く握ってみると、ピピピという軽快な音が鳴り響いた。
「これは……?」
「握力計です。シャーレの体育館に保管されていた物はどうやら故障していたみたいなので、エンジニア部の皆さんにお願いして作っていただきました。22口径の弾丸なら跳ね返すことが出来るくらい頑丈なんですよ」
言われてみれば、確かに握りやすい形をしているし、中央には液晶の様な物も付いている。
「けど、何で握力計を……?」
握力計に22口径を跳ね返す強度が必要なのかについては一先ず置いておくとして、頭に浮かんだ疑問を口にする。
未だ話の全容が見えていない私を見兼ねたのか、ノアが自身の「お願い」について説明を始めた。
「これから先生には身体測定をしていただき、それを観察・記録させていただくことが私からの『お願い』になります」
「測定種目は一般的な体力テストで用いられる、計八項目を予定しております。ここまでで、何か質問はありますか?」
「どうして私の身体測定を……?」
「それはですね……」
「単純に、興味があるからです♪」
ノアは物事全てに興味を抱く子供の様な無邪気さでそう答えた。
「けど、理由はそれだけではありません。先生は私たち生徒と一緒に現場へ出ることも多いですから、ご自身の身体についてある程度理解しておくのは必要な事だと思います」
「先生は興味ありませんか? ご自身の現在の身体能力がどの程度のものなのか」
「……確かに。身体測定なんて、それこそ学生の時以来かも……」
最近は特にオフィスで籠って仕事ばかりしていたから、階段を昇るだけで息切れする様になってしまった。
学生の時と比べてどれだけ身体が衰えているのか、最早想像もつかない。
「そう考えると、今回の私のお願いは先生にとっても利のあるものだと思いませんか?」
……ノアの言う通りだ。
ここで今一度、自分の身体について正しく理解しておくのも悪くないかもしれない。
「分かった。それじゃ、お願いするね」
「ふふ、分かりました♪」
「あ、身体測定の前に、まずは先生の身長と体重を計測させていただきますね。どうぞ、こちらへ」
用意された懐かしの身長計に背中を合わせ、背筋を正す。
「そのままの体勢でお願いしますね…………うんっ……しょっ……!」
測定バーを下げようと背伸びをしてぴょんぴょんと跳ねるノアだったが、それでも彼女の手は空を切る。
必死に跳ねる彼女を見て可愛らしく思っていると、視線に気づいたノアが頬を膨らませてこちらを睨んできたので、大人しく頭上の測定バーを下げた。
「……ありがとうございます」
少々不服そうな表情を浮かべながら測定バーを私の頭に合わせ、表示された数値を読み取る。
「177.3センチ……ですね。OKです。次は体重の測定に参りましょう」
「……測らなきゃダメ?」
「ダメです」
「……そこを何とか……!!!」
駄々を捏ねている間にも、ノアは体重計の電源を入れてこちらへ向ける。
「私の『お願い』、聞いてくださるんですよね? せ・ん・せ・い?」
いつもと明らかに違うノアの笑顔を前にして、私は大人しく体重計の上に乗ることしかできなかった。
「体重は……78.6キロ、ですか。先生の年齢を考慮すると、少々肥満傾向にあるみたいですね」
「最近はコンビニの弁当ばかりだったから……」
「健康には気を付けないとですね、先生」
「はい……」
……これからはコンビニ弁当の回数を減らそうと、そう心に誓った。
* * *
この後はいよいよ身体測定が始まるのだが、流石にスーツのままでは動きにくいということで、ノアが動きやすい服装を用意してくれた。
そうして渡された服に手早く着替え、体育館へと戻ってきたのだが――。
「……ノア?」
先程までいたはずのノアの姿がない。測定の準備でもしているのかと思って倉庫を見に行ったが、物音一つしなかった。
取り敢えず体育館の中で待っていると、館内に備えられた更衣室の扉が開く。
「――お待たせしました、先生」
先程までの制服姿から一変、体操服に着替えているノア。普段は上着やタイツで隠れた真っ白な素肌が露わになっている。
「身体測定を行う際、生徒は二人一組になって互いに協力しながら行うものですが、今回測定を行うのは先生一人のみ……」
「ということで、私が測定係兼先生のバディを務めさせていただきます♪」
「確かに、上体起こしとかは支えてくれる人が必要になるもんね」
ノアがそこまでしてくれるのであれば、一層やる気が湧いてくるというものだ。
「それでは先生、早速一つ目の測定――『握力』の測定を始めましょう」
そうして再び登場する握力計をノアの指示の元、今度は全力で握る。
ピピピという音が鳴り、ノアが握力計の数値を読み取って手元の紙に記入していく。
「――はい、もう大丈夫です。えぇと、左右ともに60キロ……なるほど……」
「記録、完了しました。次に行きましょう」
「わ、分かった……」
これは……思っていたよりも、本格的な測定になりそうだ。
* * *
「次は上体起こしになります。仰向けになって手を胸の前で交差させてください」
言われた通り仰向けになって手を組むと、ノアは私の足先に座り、その細い足を絡めて私を固定した。
すらっとしていて、それでいて降り積もった雪の様な肌が目に映る。
ノアは片手にストップウオッチ、もう片方の手に記録用紙を抱えて視線を落とした。
「それでは、いきますよ――始めっ!」
ノアの合図で上体起こしを始める。
「…………っ! ふぅ…………っ!」
出来ないことはないが、思っていた以上に身体が持ち上がらない。自分の身体の衰えを早くも実感する。
「残り十秒です。頑張ってください、先生」
「――っ! うぉぉぉぉぉぉ!!!」
ノアの笑顔と声援によって湧き出た力を片っ端から掻き集め、最後の力を振り絞る。
――ピピピピ、ピピピピ!
甲高く鳴り響くストップウオッチの音が聞こえた瞬間、力尽きて体育館の床に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……。ノア、どうだった…………?」
起き上がって結果を訊ねる。
「41回でした。平均よりも高い数値で――」
突然言葉が途切れたかと思うと、ノアの顔が次第に赤くなっていく。
「ノア……?」
彼女の視線の先――自分の胸元を見て、その原因が分かった。
「……ごめん、汗臭かったよね……」
今の上体起こしで、身体はかなりの汗をかいていた。そのせいで、シャツが薄っすらと透けてしまっている。
「い、いえ! その……問題ありません……///」
口ではそう答えるノアだったが、視線からして明らかに気にしている様子だったので、急いでノアから離れた。
* * *
他の六項目も計測し終えた頃には温かな夕焼けが顔を覗かせ、全身もヘトヘトになっていた。
服を着替え、シャーレのオフィスに戻って身体を休める。
「お疲れさまでした、先生。測定した記録は後程お渡しいたしますね」
「勿論先生の個人情報になりますので、私の方でも厳重に管理いたします。安心してください」
「分かった、楽しみにしてる」
「貸してもらったこの服はちゃんと洗ってから返すね」
「いえ、そのままで大丈夫です。私も汗をかいてしまったので、どの道洗濯しないといけませんから」
そうして服を回収し、挨拶を済ませてオフィスを去ろうとするノアを見て咄嗟に口が動く。
「――ノア。お願い、本当にこれでよかったの?」
私の身体測定が本当に彼女の為になったのか、という疑問から出た言葉だったが、ノアはそっと振り返って目を伏せた。
「新しいものを学ぶこと、理解することはいつだって楽しいものです」
「それが先生のことであれば、尚の事……いえ、何でもありません」
「……先生」
「今日は私の
ノアは今日一番の笑顔を私の目に残し、記録した用紙を大事に抱えながらシャーレのオフィスを後にしていった。
* * *
シャーレを後にして自室へと戻り、データを保存した後、汗をかいた体操服を洗濯機へと入れる。
「……これは」
体側服の下に積まれていた先生用の運動服。
その上着を手に取ると、脳に記録された映像――密着し、汗をかいたTシャツ越しに薄っすらと胸板が見える先生の姿が鮮明に思い出される。
普段のスーツ姿では分からない、けど確かに鍛えられたその肉体を見た瞬間……何というか、先生の姿が何処となく男らしく思えたのだ。
これが「大人」の魅力、ということなのだろうか。
「…………」
――スンスン。
単なる好奇心か、それとも「大人」の魅力に当てられたのか。手に取った上着を顔に近づけ、息を吸う。
そこには「先生の匂いがする」という当然の事実だけが存在し、それ以外の事象は観測されなかった。
だが――。
「…………先生」
胸の奥に宿る、未知の感情。これを正しく記録するのは、今の私ではきっと難しいだろう。
だからこそ、この気持ちを忘れてしまわない様に――私はこの一時を、強く胸に刻み込んだ。
――おわり――
【感想、お待ちしてます!】
満足しました!
インスピレーションが湧いたらまた更新したいと思います!