軍事大国『ナトリ』と宗教国家『アオバ』の国境、オーブの怪物『クジラ』の討伐依頼を受注した『酒匂 いぶき』は国境に向かう国際鉄道『ちょうかい』に揺られながら、目の前に座る一人の男が話しかけた。
「久しぶり、アオバの代表『加古 リュウスケ』さん。」
酒匂は、長くスラリと伸びた髪を一本にまとめながら加古に挨拶をすると、加古は酒匂に微笑みながら会釈をした。
「クジラを討伐した報酬について、ひとつ提案がある。うち(アオバ)で開発中のアシストスーツを今回の報酬にしたいんだ。おまえのような剣の腕に秀でたものにテストベッドとしてアシストスーツを使ってもらい、それをフィードバックした完成品を各国に輸出して、金を得たい。あぁもちろんアシストスーツ以外にもいつも通り金も包む。」
加古の提案、酒匂は少し疑問を感じていた。酒匂はかつてアオバを壊滅寸前まで追い詰めた。加古はその損害をアシストスーツの輸出で賄おうとしている。ならそのアシストスーツのテストベッドに酒匂を選ぶのは少々、いやかなり可笑しい。本来ならば酒匂に復讐するべきであろう。
「アシストスーツに爆弾でも仕込む気?」
上の荷物置きに掛けた得物…過去の自分に後悔しつつ、着ていた黒のコートに仕込んでいた小刀に手を掛けながら加古に酒匂は尋ねる。酒匂の様子に加古は少し目を下にして、酒匂と目を合わせなかった。…自分と自分の前任者の所業が原因で、疑われているのだと分かっていたからだ。
「仕込むものか…おまえがそう思うの仕方がない…あの件はすまなかったと思っている。”あれ”のせいでおまえが”国”から出され、おまえの婚…「黙ってくれない?」だが…「黙れ」」
いつのまにか、酒匂は加古の首に小刀の刃を当てていた。加古は下を向いていたために酒匂の表情の変化に気づけず、酒匂の”触れてはいけない”領域を踏んでいた。加古は刃を当てられながらでも言葉を続けようとするが、酒匂に黙れとその体躯に見合わぬドスの効いた恐ろしい声に一瞬怯えてしまい黙ることにした。
「別に出されたこと、"彼"がキミらに殺されたことの復讐はもう済ませた。これ以上キミが私に対して申し訳なく思うということはやめて欲しい。」
酒匂は先ほどの圧をかけていた声色からいつもの年相応の声色に戻しながら、加古に謝罪をすることをやめるように
伝える。復讐をした酒匂はもうこれ以上のことを望んでいなかったのだ。
加古は頭を一度下げてから、わかった、と一言だけ。そのあとは静かに二人で電車に揺られていた。
やがて国境が近づくにつれて、銃声が聞こえるようになってきた。恐らくはナトリの国境防衛軍がクジラを討伐しようと必死に撃っているんだろうと窓の外に頬杖をしながら見ている酒匂。しかし酒匂と対称的に加古は少しずつ不安が生まれてきていた。ナトリの国境防衛軍は『47mm徹甲弾』というクジラ専用弾を少なくとも200発以上使用しているはず、しかし一向に銃声は止まない。それは現れたクジラが専用弾にも耐えるような重厚な装甲を有していることにつながる。もしそんなクジラがアオバの都市を襲撃すれば数時間と持たず、壊滅するだろう。アオバは非軍事化を酒匂の一件以来進めていた、抵抗する術がないのだ。
酒匂は落ち着きのない加古の様子から事態を察すると、荷物置きに置いていた太刀を取り出し、背中に携える。そのまま車窓を片足で蹴り破った。酒匂の蛮行とも言うべき行為に驚く加古であったが、すぐに何をしょうとしているのかを理解して酒匂を止める。
「飛び降りて行く気か!?300キロの鉄道から線路に落ちたらひとたまりもないぞ!!」
酒匂はまるで好奇心旺盛な子供のような純粋無垢の笑顔で車窓の縁に手を掛ける、急いで加古は飛び降りる酒匂の手を掴む。酒匂は後ろを振り向く、その顔には驚いていた。驚きの訳は酒匂は言葉だけで止めようとしないと考えていたためで、思わずその手を握り返してしまった。
「!…驚いた、君がまさか私を止めるなんてね。」
見つめ合っていた二人だが、突然加古の電話が鳴ったことでその間の時間は終わった。しかし加古は電話を繋げるなり、驚いたように言葉をあげた。
「なにっ!?”アイタカ”の最新鋭巡洋艦が艦砲射撃でクジラを足止めしているだと?」
愛鷹という言葉が出た途端、酒匂は一瞬だけ身体を震わせたのを見逃さなかった加古はその様子に疑問を抱きながら電話先の相手に指示を飛ばした。
「わかった、ア…いやあの国はなにかしら訳があってクジラを止めているはずだ。うちの残存艦隊を偵察に向かわせろ。俺もすぐ現地につく、作戦指揮諸々はつき次第取る。」
電話を切った加古は酒匂に目を配ると、荷物置きに置いていたスーツケースを取り出し、酒匂の前で開く。そこにあったのは黒地で出来た酒匂専用の”アシストスーツ”。
「艦砲射撃をかいくぐるためにアシストスーツを使え、これとおまえなら行けるはずだ。別にこれは詫びでもなんでもない、アオバを守るために渡すからおまえは気にせず使え。」
酒匂は加古の言葉に大きくうなずくと、その場で服を脱ぎ始める。あられもない少女の姿を加古は見ないように後ろ向いていたが鏡の反射であまり意味はなかった。加古も男、少女とはいえ酒匂はかなり成熟した体つきに引かれないといえば嘘になる、しかしいまの一大事が最優先だと切り替える。
アシストスーツを身に着けた酒匂は再び窓の縁に手を掛けると、今度こそ飛び降りる。…酒匂は飛び降りる瞬間に加古に手を振っていた。
「(手を出したら”あいつ”にあの世で殺されるな。互いに憎しみを持っているからこそ対等に接せられる。…それにしても愛鷹は酒匂になんの関係がある、酒匂の出身は”ナガト”のはず。それにアイタカとナガトは30年以上国交断絶している…調べたほうがよさそうだな)」
席に座った加古はふと、酒匂が座っていた席に目を向けると下着だけが投げ捨ててあった。むわっとしている下着を仕方なくスーツケースに入れた加古は大きくため息を吐きながら駅まで揺られるのであった。
オーブ:作中世界に存在する、オーパーツ。古来から存在し常に突如と現れ、クジラという形状自由の人を襲う怪物を一体生み出す摩訶不思議な物体。ブラックマーケットで高額取引されているがその正体は解明されていない。
ちょうかい:由来は高雄型重巡洋艦4番艦「鳥海」から。鉄道関係に精通していないのでうまく書けないかわいそうな子。
カタカナ、ひらがな:主に国名や名前。