「→シュヴァルは眠っている時に口をもぐもぐする
→シュヴァトレを眠っている時にもぐもぐする
→シュヴァルが眠っている間にシュヴァトレが堕ちていく」
そんなお話。
「よわよわシュヴァトレVSつよつよシュヴァル概念 アディショナルタイム(https://bbs.animanch.com/board/2883387/)」より、書かせていただきました。
「……うぅん。」
放課後のトレーナー室に、小さなうめき声が響いた。私はレースの開催予定表から一度顔をあげ、声の方向、部屋の片隅に視線を向ける。そこに置かれているのは、二人が並んで座れるほどのソファ。そしてその上では、私の担当バ・シュヴァルグランが横になり、仮眠をとっていた。
『トレーナーさん。今日も……ふわっ。』
本日分のトレーニングメニューをこなすべく、シュヴァルがここに足を運んできたのがつい先ほどの事であったが、口を開くと同時に零れたのは小さな欠伸。それに留まらず、あれこれとメニューの内容を確認している間にも、どこかぼんやりとしたり、焦点の合わない視線を向けてきたりと、まるで寝不足のような様相を呈していた。シュヴァル、大丈夫?
『す、すみません。レースが近いってなると、なんだか眠れなくて……。』
私の問いに、更に零れようとしていた欠伸を飲み込み申し訳なさそうに頭を下げてきたシュヴァル。しかし、その言い分も充分に理解できるものではあった。十分な戦績を残した強豪の姉に、成長中でありながらも圧倒的な才能を誇る妹。そんな二人に挟まれている彼女には、トレーナーたる自分の想像を超えるようなストレスがかかっているとしてもおかしくない。そして襲い来る睡魔を撃退する確実な方法は、私が知る限りただ一つ。
『寝よう、シュヴァル。一回、お昼寝しよう?』
『い、いやいやいや。大丈夫ですよ、僕は全然っ。』
私の提案にもシュヴァルは首を振っていたが、そろそろ本格的にトレーニングの強度をあげようとしていた頃合いだ。効果に比例しリスクも上がる、そんなメニューを寝ぼけ半分で行い、結果怪我などしようものなら最悪アスリートとしての生命にも関わる。
『それに、短時間の昼寝には有意な効果が認められているってスポーツ医学でも認められて……』
『わ、わかりました!そんなにぐいぐい勧められなくても、わかりますからっ!』
そして、しばしの逡巡の後、ためらうような様子を見せながらもシュヴァルはソファの上に寝転がった。
『起きたら、トレーニングやりますから。ちょっと寝たら起こしてくださいね?』
『わかった。あ、子守唄とか歌ってあげようか?』
『僕はそんなに子供じゃないですよ……』
という訳で、今はソファの上ですやすやと安らかな寝息を立てて眠るシュヴァル。あっさり寝入った辺り、やはり疲れていたのかもしれない。私は小さく胸をなでおろした……が、しかし。シュヴァルの様子にはひとつ、些か気になる点があった。問題は、彼女の手中。
「……その子、食べ物じゃないんだけどなー。」
なんとなく空の座席が気になったので私がソファに座らせていた、柴犬を模した両手で包めるほどのぬいぐるみ。いざシュヴァルが腰を下ろした時こそ『君も一緒に寝ようか?』などと話しかけ、抱きかかえて眼を閉じていたものだが……今やぬいぐるみの耳は、哀れにもシュヴァルにかじりつかれていた。しかし彼女の表情から伺う限り、特に気にしている様子はない。歯型こそついてはいないようだが、どこか食まれ続ける犬の顔にも哀愁のようなものが感じられる。
「うん……。」
譫言を言い、もごもごとシュヴァルの口が動くたび、犬の耳につけられた染みが少しずつ大きくなっていく。……邪魔してはいけないだろうし、多少は見守る心づもりではあったが、染みはもはや耳を覆いつくし、犬の頭にまで来ようとしていた。
さすがに私は立ち上がり、シュヴァルの下へ。彼女が眼を覚まさないよう気をつけながらも、ぬいぐるみの耳をシュヴァルの口から抜き取り、慎重に手から取り上げる。かちり、と捉えるものを無くした歯の鳴る音がしたが、彼女が起きる気配は無く、再び夢の中へ戻ろうとしていた。取り敢えず柴犬を机の上に避難させ、改めてシュヴァルを観察してみる。
眠る時も頑なに被り続ける帽子に、癖の無い髪。なにより、同性の私でも惹かれる整った顔立ち。
ふと、まるで児戯のような発想が湧いたのは何故だったのか。
「……。」
先ほどまで柴犬を抱いていたシュヴァルの手に、私は自分の片手を置いた。まるで、ぬいぐるみの代わりにしてくれとでも言うかのように。我ながら、どうしてそのように動いたのかはわからない。確かに、私はシュヴァルの事をそう憎からず思っている。向けている感情は、いっそ好意と言えるかもしれない。だが、好いている相手になら手をかじられてもいいと?自分の中から出てきたとは思えない、幼稚とも言えるような発想に思わず苦笑いし、腕を引っ込めようとしたその時。私の手が、ぎゅっと握られた。予想外の出来事に硬直する私の事など意にも介さず、シュヴァルは依然眠ったまま私の手を取り上げ。握ったその手、親指の下あたりを、ゆっくりと口に咥えた。
「っ……!」
ヒトより体温の高いウマ娘が故か、少し熱く感じられるほどの湿った空間。柔らかい唇に挟まれて、そのままはむはむと弱く力をかけられる。思わず声が出そうになった私は、自由な方の手で自分の口を塞いだ。……これは、中々。
「シュヴァル?ねえ、シュヴァル?」
小声で呼びかけてはみるが、シュヴァルはそのまま少しずつ私の手を動かしていく。親指から、人差し指、中指。一本ずつ、まるで味わうかのようにしゃぶっていった。
「んっ……」
シュヴァルの声が、耳だけではなく咥えられた指にも響く。最終的に私の小指を口に含んで止まったシュヴァルは、また動きを止め、静かに寝入っていた。今のうちに指を抜いてしまおう。……いや別にちょっと惜しいとか思ってないし。首を振って邪念を払い、そっと指を抜こうとした瞬間。
「ひゃっ⁉」
シュヴァルの舌が指を優しく舐めたのだ、と気付けるまで、数秒。初めて味わう蠱惑的なその感覚に、わたしの背中にぞくぞくと背徳的な快感のようなものが奔った。その間にも、爪の隙間、指の腹、感覚の鋭敏な箇所を、まるで細かく調べるかのように舌が撫でていく。なにこれ、ナニコレ。全く知らない感覚に、理解なんて追いつかない。
「シュ、シュヴァル!これ以上は駄目、起きて……!」
「いいんですか?」
懇願のような私の囁きに、返事が。ちらりと見てみれば、何故かシュヴァルの両眼は半分開いていた。……よく眠れた?シュヴァル。
「これ、離してもいいですか。」
咥えたままだった私の手を、とんとんと叩くシュヴァル。私が大慌てで頷くと、シュヴァルは小さく笑ってその手を離した。私はシュヴァルに顔が見えないよう背を向けながら、そうとは知れないように大慌てでハンカチを出し、濡れた指を拭う。……いやいや、帰ったら洗濯しますからね。大丈夫か私、相手は教え子だぞ。
「びっくりしたよ、シュヴァル。まさか私の手まで食べちゃうなんてさ。」
努めて冷静に言ったのは、はたして誤魔化せていたのか。視界の端で伺うと、シュヴァルは至って落ち着いた様子で帽子を被りなおしているところだった。
「僕も驚きましたからね?まさか、寝ている間にトレーナーさんの指を咥えていたなんて。」
ほ、本当にその通りだね。クッキーとか肉まんとかじゃないんだから、私の手なんて美味しくないでしょ?
「そうでもないですよ。」
……今、なんて?予想外の解答に硬直した私の前に、シュヴァルはすいと回り込んできた。その場でくるりと回り、私と眼を合わせると、どこか妖しげな笑顔で。
「今度は指じゃないところがいいですか?トレーナーさん。」
……私は、心まで咥えられているのかもしれない。