つよつよシュヴァルのお話 詰め合わせ。   作:秋穂寿

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何より欲しい、ただひとつ。

「トレーナーさん、まだかな……。」

 普段はシュヴァルグランのトレーナーが利用しているトレーナー室。しかし、今日はそこにトレーナーの姿は無い。ただシュヴァルグランが一人、所在なさげな顔で机の前に座っているだけだった。

「ちょっと遅れる、ってメッセージが来たきりなんだよね。」

既に何度目かもわからない、スマホを取り出してのメッセージ確認。十分ほど前に「ごめんねシュヴァル、ちょっと遅れる!トレーナー室で待ってて!」との言葉を最後に、トレーナーからの連絡は途絶えたままだった。こちらから何かを送っても、返事はおろか既読すらつかない。ぱたりぱたり、と尻尾が所在なさげに揺れる。

「どうしたのかな、トレーナーさん。」

「何かトラブル?心配ね、シュヴァル。」

「ため息ついたら幸せが逃げちゃうよ、シュヴァち。」

「うわあっ⁉」

瞬間、突如自分を挟むように投げかけられた言葉にシュヴァルグランは飛び上がった。隣に佇むのは青毛に菱形の流星を持つ姉ヴィルシーナ、そして反対側から机上に身を投げ出すような姿勢で椅子に膝をついて座り、次姉の手元を覗き込む妹、ヴィブロス。いつの間に部屋へやってきたのか、二人はまるで当たり前のような顔をしながらシュヴァルグランの脇を固めていた。

「むぅ、そんなに驚くことないでしょ~?」

「入る前にちゃんとノックしたわよ。あなた、よっぽど不安なのかしらね。」

普段通りの調子を崩さない姉妹に、シュヴァルグランは悟られぬよう深く息を吸い、暴れていた心臓を鎮める。落ち着け僕、トレーナーさんをどう思っているかなんて、二人に知られるのはちょっと怖い。いやヴィブロスは知ってるのか。でもお姉ちゃんにまで伝わるのは勘弁。

「シュヴァちのトレーナーさん、割と時間にルーズな感じ?」

小首を傾げる妹に、シュヴァルグランは大きくゆっくりと首を振って見せた。

「ううん、そんな事は無いかな。待ち合わせの時は毎回僕より先にいるし、いつものトレーニングだって事前に準備してくれてる。遅れる時だってこっちが連絡したらすぐ返してくれるし、なにより遅刻したって数分で来てくれるから。」

「……わぉ。」

さも当たり前のような顔で語るシュヴァルグランに、ヴィブロスはその一言だけを返した。そのまま視線を投げかけた姉の口が「愛されてるのね」と動き、それに頷きを返す。遅れない、担当より先に行動する。単純な言葉ではあるが、実行し続けるのは字面ほど簡単な事ではない。そして、その事実を告げつつ平然としているシュヴァルグラン。

「お姉ちゃん、いきなり予想を越えてきたよ?」

「シュヴァルのトレーナーさん、何というか相当ね。もちろん良い意味で。」

「相当?うん、確かに見てもらい始めてからタイムもどんどん良くなったし、すごい人だと思う。」

自分の事を話す時とは違い、トレーナーについては淡々と事実を語るような調子で言葉を紡ぐシュヴァルグランに、その姉と妹は揃って小さく肩をすくめる。その行動の意味をシュヴァルグランが問おうとした時、ちょうどこんこん、とドアが音を立てた。

「シュヴァルー?ごめん、遅れちゃった!ちょっとドアを開けてもらってもいい?」

その向こうから聞こえる声に、シュヴァルグランはぱあっと表情を明るくして立ち上がり――ノブに手をかけようとして、小さく眉を顰めた。今のノック、少しドアを叩く位置が低くなかったか。普段のトレーナーさんなら手の位置はもっと高いはず、今のはまるで子供がそうしたような。

「あら、シュヴァルグランさん。お元気そうで何よりですわ、お姉さまの調子はいかがかしら?」

「えーっと、あれ?」

疑念を抱きつつもシュヴァルグランがドアを開けると、そこにはトレーナーの姿は無く、何故か両手に飲料入りの大きなペットボトルを数本抱えたウマ娘、ジェンティルドンナが笑みを浮かべていた。

「どうしたのシュヴァル、入口で立ってないで――ッ!」

不思議そうに覗き込み、来客の姿を認めると同時に、ヴィルシーナは尻尾を大きく膨らませる。そのまま飛び退くように下がり、威嚇するように声を張った。

「お姉ちゃん?どうしたの、おっきな声出して。」

「シュヴァルとヴィブロスは下がっていなさい、ここは私がどうにかするわ!」

「ああ、そこにいたのね。そんな可愛らしい顔をなさる必要はないわ、貴方が私を『どうにかする』などできっこないのだし、なにより貴方と妹さん達の時間を邪魔しにきたわけではないのですから。今日は彼女の誕生日なのでしょう?」

両腕を広げて必死の形相で身構えるヴィルシーナに、あくまで悠然と微笑んでみせるジェンティルドンナ。額に青筋を立てる『二番手』を尻目に、彼女はそっと室内のシュヴァルグランを示した。

「わたくし、少々彼女のトレーナーさんに手を出してしまいまして。せっかくの誕生日、お祝いまでに戻して差し上げられないかと試行錯誤していたのですが……どうにもなりませんでしたわ、ごめんなさいね。」

「遅れてごめんねシュヴァル!ヴィルシーナさんとヴィブロスちゃんも来てくれてたんだ!」

その声を受け、シュヴァルグランはようやく本来の待ち人を思い出し、声の方向に視線を向けると。

「お待たせ!ちょっと遅れちゃったけど、早速始めよっか!」

ジェンティルドンナの足元に、笑顔を見せる小さな女性が立っていた。が。

「……あの、どちら様ですか?」

彼女はまるでトレーナーのようで、それでいて明らかに違っていた。顔こそ変わらないが、具体的には体躯が。確かにもともと小柄な人ではあったが、今は普段より一回り小さく、まるで子供のような背丈になってしまっている。身にまとっているのも、スーツではなくトレセン学園の制服一式になっていた。ウマ娘の耳と尻尾は無いとは言え、この見た目ならば学生を名乗っても問題なく通るだろう。

「やだなぁ、どうしたのシュヴァル。私だよ、あなたのトレーナーだよ?」

「僕のトレーナーさんは自称成人女性なんですが……。」

「自称じゃない!ほんとに成人してるから!」

「ウマ娘さんでは?」

「制服は生徒会に貸してもらったの!いつものスーツだとぶかぶかなんだもん!」

「シュヴァちのトレーナーさん、かわいい~!ねぇねぇ、一緒に写真撮ろ!」

「いいよ!でも外であんまり騒ぐと怒られちゃうから先に中入れて?」

戸惑うシュヴァルグラン、あっさり順応しておねだりするヴィブロス、そして何故か小さく、というより幼くされている妹のトレーナー。突如として訪れた混沌に固まっっていたヴィルシーナだが、やがて正気を取り戻したように瞬きを数度すると、恐る恐ると言った風に口を開いた。

「ジェンティルドンナさん。その、シュヴァルのトレーナーさんに手を出した、と仰っていましたが。まさか?」

「ええ。先ほどこちらの大きなボトルを担ぐ彼女に出会いまして、ああこの人はシュヴァルグランさんの、あなたの妹を担当している方だな、と。そう思い出した瞬間、ちょっとちょっかいをかけてしまおうかと思ったら居ても立っても居られなくなってしまって――こう、ぎゅっと。」

「……ぎゅっと、とは?」

「わたくしにもよくわからないのですが、気が付いたらこちらのトレーナーさんが幼くなっておりましたの。重ね重ね、お詫び申し上げます。」

謎の能力を発揮した事に対する謝罪として、粛々と頭を下げた天敵。そこで許容量の限界が来たのだろうか?ふらり、とヴィルシーナは姿勢を崩し――そのまま、床に頽れた。

「お姉ちゃん⁉シュヴァち大変、お姉ちゃんが倒れちゃった!」

「姉さん!どうしよう、トレーナーさん!」

「まずは安静に寝かせよう、シュヴァルはパイプ椅子組み立てて並べて!上に寝転がれるように!ヴィブロスちゃんはお姉さん持ち上げられる?シュヴァルが椅子を組み終わったら、その上に寝かせてあげて!」

 

 

「……このような醜態をお見せして申し訳ございません、シュヴァルのトレーナーさん。」

「全然大丈夫、気にしないで。怪我もなさそうだし、私の事は気にせずゆっくり休んで?」

かくして、数分後。ヴィルシーナは並べたパイプ椅子の上で意識を取り戻し、今しがた運ばれてきたばかりの冷たいペットボトルを枕代わりに頭の下に敷いていた。ジェンティルドンナこそもう一度詫びた上で去っていったが、残された四人の顔色はいずれも浮かないものとなっている。

「姉さん、さすがに驚きすぎたのかな。確かに僕も、トレーナーさんが小さくなったのはびっくりしたけど。」

「むしろ、シュヴァちはそんな驚いてなかったような気がするけど。前にもこんなことがあったの?」

妹の心配げな声に、シュヴァルはまさか、と片手を振る事で答えた。さすがにトレーナーが小さくなったことは無い。気を引いたり、指に噛みついて指輪を刻んだり、手にかじりついたりしたことはあるが。

「……なんかシュヴァち、顔赤くない?」

「い、いいや全然っ⁉」」

妹の手前、冷静に思い返せば何という事をしていたのか。頬を朱に染めたシュヴァルグランは、誤魔化すようにトレーナーへと話を振った。

「それより、姉さんは大丈夫でしょうか。病院に連絡、とか必要だったり……。」

「それはいらないかな。ストレスで血流が悪くなっちゃったとかだと思うけど……一応、保健室の先生に聞いたりした方がいいかなぁ。」

「あ、じゃあじゃあ私が行ってくる!」

トレーナーが思案気に呟くと、ヴィブロスが勢いよく手を挙げた。

「今日はシュヴァちのお誕生日でしょ?だから二人は休んでて、私が保健室まで行ってくるから!はい、掴まってお姉ちゃん。」

「ありがとうヴィブロス……その、お姫様抱っこよりも普通に背負ってくれた方がお姉ちゃんは嬉しいのだけど。」

「え~、こっちの方がセレブって感じしない?無理しないで寝てていいよ、ちゃんと私が運ぶって。」

ウマ娘の膂力を活かし、あっさりと胸の前で姉を抱きかかえたヴィブロス。そのままシュヴァルグランが開けたドアを通り、廊下に出る直前で、

「ところでシュヴァち。トレーナーさんの事、どう思ってるの?」

「へっ?」

腕中のヴィルシーナが眠った事を確認すると、小声でシュヴァルグランに問いかけた。固まる彼女に、ヴィブロスはいたずらっぽい笑みを浮かべると追い打ちをかける。

「お姉ちゃんはなんとなく察してる止まりだけどー、私はほら?前にシュヴァちのヤキモチが見たかったトレーナーさんのお手伝いしたからさ。かっこよかったよー、『トレーナーさんの1番は、僕でしょ?』きゃー、私もトレっちに言ってみようかなー!」

「な、なんでそこまで知ってっ⁉」

「近くにいたから聞こえちゃった。安心してシュヴァち、お姉ちゃんにもお父さんたちにも言ってないよ。秘密はちゃんと守るもんね。」

それだけ言い残すと、とってつけたような急ぎ足で保健室へと向かっていった。その様子を目だけで追いかけると、シュヴァルは操り人形のようなかくかくとした動きで室内に戻る。

聞かれてた。聞かれてた。トレーナーさんに、迫ったアレ。トレーナーさんは落とせたけど、まさかヴィブロスに。

「お疲れ様、シュヴァル。今日はあなたの誕生日でしょ、コンビニのだけどケーキ買っておいたんだよ。ドーナツにティラミスに、カップケーキ、バームクーヘン。あとマカロンも売っててさ、珍しいから買っちゃった。ひとつと言わずに好きなの選んでいいよ。」

担当の胸中はつゆ知らず、いつものパイプ椅子に座ったトレーナーは柔らかな笑顔でシュヴァルグランを手招きしていた。机上には、備え付けの冷蔵庫から取り出したらしいコンビニのロゴ入りレジ袋。挙げた通りのスイーツが、散らばるように並べられている。

「いいんですか?でも、僕太りやすいですし……。」

「いいのいいの、今日は気にせず食べちゃお。私も一緒に食べる、それで太ったら二人でダイエットしようよ。脂肪に効くトレーニングメニューとか考えるからさ。」

その言葉を受け、ならばとシュヴァルグランは手近にあったティラミスの蓋を開ける。いただきます、と二人で手を合わせ、スプーンを突き立てた。ほんのりした苦みと、クリームの甘さがあれこれと考えていた頭に染みる。

「最近のコンビニスイーツはすごいね、どんどん美味しくなってる。」

ドーナツをかじりながら、独り言のようにつぶやくトレーナー。身体が小さくなったせいか一口あたりの大きさも減っており、ぽろぽろと欠片が彼女の膝にこぼれていた。

「こぼれてますよ、トレーナーさん。」

「えっ?あれ、ほんとだ。」

シュヴァルグランの指摘に、トレーナーは照れたような顔で笑った。

「ま、まあそれはいいとして。何か飲む、シュヴァル?紅茶でいいかな。」

そのままペットボトルを取り、キャップに手をかけるとそのままの姿勢で固まる。しばらく見守っていると、次第にその腕が震えだした。

「……僕が開けますよ?」

「ありがとうシュヴァル、お願い。」

シュヴァルグランが出した手にボトルを渡すと、ため息をつくトレーナー。ドーナツの最後に残った欠片を口に放り込むと、机の上に突っ伏した。と言っても、小さくなっているせいで腕だけ乗せるような形だが。

「あうう、せっかくシュヴァルが誕生日なのにさ。私、いいとこなしだぁ……。」

幼げとは言え普段の彼女は食べ物をこぼしたりしないし、ペットボトルも自分で開けられるぐらいの力はあるのだが、急に小さくなったせいか、どうにも想像の動きが取れていないらしい。がっくりと肩を落とすトレーナーに、シュヴァルグランは。

「かわいいですね、トレーナーさん。」

「あれ?」

欲望に素直な感想を漏らしていた。そこから、ちょっと失礼します、と呟き、トレーナーの脇に腕を差し入れるシュヴァルグラン。そのまま椅子から持ち上げると、自分の膝に乗せる。

「えーっと、シュヴァル?私、一応大人なんだけどな?」

「今は子供じゃないですか。」

「そうだった……。ジェンティルさん、なんでこんなことができるんだろ?」

「僕に聞かれても……。」

そもそも口ぶりから察するに、偶発的な可能性もある。しかし飲んだ者を発光させる薬品を作ったり担当にドロップキックを見舞ったりオペラの合間に人生やってるような生徒も在籍しているトレセン学園、力が強ければそれぐらいは出来るものなのかもしれない。そう伝えると、膝に乗ったトレーナーはカップケーキをかじりながら首を捻ってみせた。

「うーむ、謎多きはウマ娘ってことか。ってのんきに話してたけどさ。私って元に戻れるのかな?」

「それもわからないです。僕どころか、姉さんだってこんな現象は初めてでしょうし。」

「え、困る!このままだったら今まで以上に大人って言っても信じてもらえなくなるし、多分お酒も飲めなくなっちゃうし!」

それにそれに、と子供の身体では不便な事を指折り挙げていくトレーナー。しかし、折れた指の数が増えていく毎に、何故かトレーナーの顔色は落ち着いていった。

「買ったばかりの自転車も乗れなくなっちゃってるし、あと夜に出歩いたら心配されちゃうし……待って。うん、問題がこれぐらいなら別に戻らなくても大丈夫か。」

「どうしました急に。」

突如冷静さを取り戻したトレーナーに、つい問いかけるシュヴァルグラン。まさか姉さんのように倒れたりしないだろうか、と抱きとめる準備をしたその時、トレーナーはくるりと身体を回し、シュヴァルグランと眼を合わせ。

「だってさ?逆に考えれば、私の体が小さくなっただけだもん。トレーナー資格をなくしたわけでも、シュヴァルとの契約が切れちゃったわけでもない。小さくなってもトレーニングは考えられるし、レースのローテーションだって組めるよ。ずっとあなたと、あなたの夢を目指していける。私はそれさえ叶えばいいんだ、ちっちゃくたってあなたの為に動けたら満足だもの。」

にこり、と純粋な、なにより輝く笑顔を見せた。……その途端。シュヴァルグランの胸の中で、何かが切れる音がした。

「トレーナーさん。ちょっとお話があるんですけど。」

つい先ほどまでと比べ、湿度を増した声。

「誕生日なので、欲しいものがあるんですが良いでしょうか。」

「いいよ?あ、でもあんまり高いのは無理かな。」

担当バの様子が変わった事にも気付かず暢気にケーキを口にしていたトレーナーの声を聞くや否や、シュヴァルグランはぎゅっと腕に力を込め、膝の上にいる者を抱きしめた。

「トレーナーさんが欲しいです。」

「……ごめん、聞き間違いかな。」

「僕は、あなたが欲しいです。」

向かい合って眼を合わせ、言葉を繰り返しながら、シュヴァルグランは腕の中にあるトレーナーの感覚を確かめた。その小さな身体は、自分に抱きすくめられながらも一切震えたり、怯えたりしていない。その気になれば、ウマ娘は人間の子供くらい抱きしめて潰してしまえる力があるのに。担当バがその気になってしまえば殺される立場、なのに恐怖を感じることなく自分を信じて、身を任せてくれている。なんて小さい、それでいて愛しい存在だろう。

「こんなに可愛らしくて、か弱いトレーナーさん。僕が守ってあげないと、危ないですよね。」

「よし一回落ち着こうシュヴァル、ウマ娘のあなた達からしたら人間は大抵か弱いからね?」

「あなたの為に動けたら満足、って言ってくれましたけど。僕も満足です、あなたと一緒にいられたら。」

自分を信じ、自分に全部を賭けてくれる。そんなトレーナーに出会えた事、幸運と呼ばずに何と呼ぶのか。

「大人って信じてもらえなくても大丈夫ですよ、僕が一緒にいますから。もう少しして、僕が大人になったらずっと一緒になれます。指輪も噛み跡みたいなのじゃなくて、絶対消えないようなのを。」

「シュヴァル?シュヴァル⁉ねえ、聞こえてる?」

しかし何らかの危機を感じたらしく、腕の中で踏ん張る気配がした。包む両腕が、中から押し返される。いじらしく、甘い抵抗――ウマ娘相手には無意味なのに。

「一回待ってよシュヴァル、落ち着いて!そんな、急すぎる話――。」

「それだけ大好きなんです。急でもなんでも、あなたを僕のものにしたい。僕だけ見てください、トレーナーさん。」

しっとりと濡れていながら、何より強い覚悟を決めたシュヴァルグランの目。それを見たトレーナーの身体から、抗っていた力が抜けた。シュヴァルグランも、わざと強めに抱いていた腕を緩める。そのままトレーナーを抱き寄せ、二人の顔を、唇を近づけていく。

「力を抜いてくださいトレーナーさん。大丈夫です、優しくしますから。」

「わ、わかった。お願い……。」

「やっほーシュヴァちー、帰ってきたよー!あ、スイーツ食べてる!このバームクーヘンもらっていい?」

しかし、あと僅かでシュヴァルの為すがままに事が運んだというその刹那。姉を保健室に寝かせてきたらしい一人のウマ娘が、トレーナー室の扉を勢いよくはね開けた。瞬間、担当の膝から飛び出して隣の椅子に移るトレーナーと、帽子を音がするほど勢いよく、深く被って目元を隠してティラミスの残りを口に運ぶシュヴァル。扉が開けられてから何事もない風を装うまで、文字通り一瞬の出来事だった。

「ねえねえシュヴァちー。このバームクーヘン、食べていいでしょ?」

「……それは、トレーナーさんに聞いてくれないと。」

「も、もちろんいいよ!なんなら他のも食べて食べて!」

トレーナーの大盤振る舞いに、わぁい、と明るい声を出すヴィブロス。バームクーヘンの包装を破りながら、ひとかけら摘まんだところで思い出したように口を開いた。

「そういえば、お姉ちゃんが言ってたんだけどね?電話でジェンティルドンナさんを問い詰めたら『前にも似たような事をやってしまったのですが、その時は気が付いたら戻っていました』だって。だから、シュヴァちのトレーナーさんも多分大丈夫だと思います、ってさ。よかったねシュヴァち。」

「……そっか。うん、よかったよ。ありがとうヴィブロス。」

「あれ、なんかシュヴァち別のこと考えてる?」

そのまま、しばしヴィブロスが振る話に、二人の答える時間が続いていたが、ややあって。

「そうだ、トレーナーさん。もう一枚写真撮らない?今度はー、一緒にスイーツ食べてるところで!」

突然そう言うなりトレーナーの後ろに回ると、ヴィブロスはスマートフォンを取り出して内側のカメラを起動した。腕を伸ばし、トレーナーと自身の顔を画面内に収める。と、そのまま画角を調整しながら。

「私、シュヴァちとトレーナーさんが近づくのは応援してるからね?」

トレーナーに顔を寄せつつ、その耳元でヴィブロスが囁いた。トレーナーの表情が凍る。

「でもー、シュヴァちがあんなぐいぐいいけるのは初めて知ったかな。ちょっとドキドキしちゃった。」

「……ちょっと待って、どこから聞いて――」

「あー、トレーナーさん顔カタい!もっと笑って笑ってー!」

今のを聞いて、笑えるものか。なんとかひきつった笑みを浮かべるトレーナーに、ヴィブロスは。

「とにかく、私は全然オッケーだよ?『お義姉ちゃん』。」

シャッターを押しながら、そう告げるのだった。

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