「あらためて、よろしくね〜サクラ」
荷物の準備を終えて、ラブペインターが言った。
「………こちらこそ、よろしく」
「あははっ、教室でも隣だし部屋も一緒ってなんか変な感じだね?」
「たしかに」
これから毎日、教室だけではなく部屋でも顔を合わせるとなるとなんだか変な感じだ。
「___まあ、それより!」
「わっ!?」
突然、ずいっと顔を近づけられる。ずっと高いところにあった顔が一気に近づいてくると、些か恐怖を感じてしまう。
「………な、何?」
「ん〜模擬レースどこ走るか決めたいな〜って」
「………あ、2週間後の?」
「そ、アタシのもだけどサクラのもね〜」
「え、私のも?」
「うん。だって、3日後までに先生に『これ』提出しないといけないし」
「………あ、そっか」
そう言ってラブペインターが手に取ったのは先生が配っていたプリント。内容は、模擬レースについて。
「………いや、ラブペインターのだけでよくない?私のは自分で決めるし」
「でも、サクラどんなレースが自分に向いてるか分かんないでしょ?レース走ったことないし」
「ウッそれはたしかにその通り………」
実際、ラブペインターの言う通りだった。
ただ毎日がむしゃらに走ってただけで、自分の限界が何mなのか、そもそも芝とダートのどっちが走りやすいのか、自分の脚質は何なのか。
何もかもが分かっていない。
「___だからさ、アタシがサクラの走り見てあげる」
「………え」
「アタシはママもパパも今はトレーナーやってるからある程度のことは教えられるし」
「………いや、むしろ、キミの脚が一番輝くのはどんなレースなのか、アタシが見てみたい」
「___なんで、そんなに私に関わるの?」
「へ?」
「いや、私今日会ったばかりのウマ娘じゃん。なんでこんなに親切………?にしてくれるのか分かんなくて、今までこんな人いなかったし」
「………」
「………ん〜、『一目惚れ』!」
「………は?」
「ただ、キミのその脚に惚れただけだよ。アタシが今まで見てきた脚の中でもずば抜けて綺麗に鍛えられてるから」
「………そう」
………彼女は脚フェチなのだろうか?そういえば、寮に着くまでの間にも脚を褒められた気がする。
とはいえ、ウマ娘として脚を褒められるのは悪い気はしない。しかも、毎日走った結果得た脚ともなれば尚更だ。
(なんか、ちょっとだけ努力が報われた気分かも)
我ながら単純だ、とは思うけど、少しだけ嬉しくなる。
「………まあまあ、そんなことはさておき!さっそく模擬レースについて考えちゃお〜」
「………あ、そうだね」
「まずは〜距離かな?サクラは、今まで走っててどのぐらいの距離が自分に向いてそうかなって思った?」
「んー………実は、そういうの意識して走ったことないから分かんないんだよね」
「あらま〜じゃ、とりあえず最初はマイル辺りにしておく?いきなり短距離も長距離もキツイと思うし」
「じゃあ、とりあえずそれで」
「おっけ〜あとは、バ場と脚質かな?でもまあ、これは実際に走ってみないと分かんないと思うからさ………サクラ、明日ヒマ?」
「うん、特に用事はないよ」
「りょーかい。なら、明日さっそく軽く走ってみない?」
「グラウンドで?」
「そ、せっかくだしちゃんとしたコース使って走ろうよ」
「………」
「………うん、走りたい」
「あははっ、じゃあ明日の………午前は結構空いていたはずだからさ。早めに起きて走るか〜」
いつの間に調べていたのか、ラブペインターはグラウンドの空き具合まで把握していたらしい。その手際の良さはきっと、両親譲りのものなんだろう。
(きっと、走りも凄いんだろうな)
「___よし、明日は6時起き!で、すぐに軽く朝ごはん食べて行くぞ〜!」
「分かった」
ふと時計を見ると、時刻は午後11時。明日早めに起きることを考えると、そろそろ寝た方がいいかもしれない。
「………私はそろそろ寝るけど、ラブペインターは?」
「ん〜、アタシも寝ようかな。けど___」
ラブペインターも時計を見る。が、何故かすぐに私の方に視線を向けた。
「___できれば、『ラブペインター』なんて堅苦しい呼び方じゃなくて、『ラブ』って呼んでほしいな?」
「………は?いや、なんで___」
「おねが〜い!『サクラ』!」
「………」
「………………分かったよ、『ラブ』」
「!………あははっ、じゃあおやすみ〜」
「は?え?ちょっ、」
そう言ってラブペイン………
………ラブは、一足先に眠ってしまった。
「………本当に、変な距離感」
(でもまあ、今までにないタイプで、ちょっとだけ面白い………かも?)
なんだか腑に落ちないような気もするが、気にしたら負けな気がする。
そして、私も明日に向けて眠りについた。
…………………………
「お〜は〜よ〜う〜!!」
「………!!??」
目を覚ますと、目の前に広がっていたのはラブの顔面。
「なっっっっっっにをしているの???」
「え、6時だから起こしてあげようかと___」
「目覚ましがあるから!」
___やっぱり距離感が変!!
「あははっ、まあ今日だけだからね〜?」
「………本当に、それで頼む」
相変わらずどこか掴みどころのないような、ふわふわした笑い方だった。
今日のトレーニングに向け、入学前に学園から渡された指定のジャージに着替えてく。
「あっ、朝ごはん………というか軽食はあるよ〜安心してね」
はい、と小さな包みを渡してきたラブ。
「開けていい?」と聞くと「いいよ〜」と返ってきたので、包みを開いてみる。
「___わ、美味しそう」
「ふふ〜ん、流石アタシでしょ?」
中に入っていたのは、ハムにレタスにたまごにツナ………具沢山のサンドイッチたちだった。具沢山ではあるが、小さめサイズで食べやすそうである。
「………なんか、こんなにしてもらっていいの?私、適当に何か買おうと思ってたんだけど」
「ん〜そんなに気にしないで〜アタシが勝手にしてるだけだし」
「はあ………」
………なんか、距離感どうこうの話じゃない気がしてきた。
「まあまあ、ささっとご飯食べちゃってトレーニング行こ?」
そう言って、ラブはサンドイッチを口の中へ放り込んだ。
私も、サンドイッチを口の中に運ぶ。
ゴロゴロとたまごがいっぱい入っていたそれは、ほんのり甘くて美味しかった。
…………………………
「___ではでは〜、早速トレーニングしていこー!」
「………おー」
朝ごはんを食べ終え、グラウンドに着いた。
(………しかし、道中凄かったな)
私たちのクラスは凄いウマ娘が多いというのは事実らしく、グラウンドに行くまでの間、意識せずともラブへの視線が強く感じられた。
(それだけ、両親もラブ自身も凄いってことだよなあ)
私よりもずっと高い位置にある顔をなんとなく見つめてみる。
「___ん、何かあった?」
「………いや、何でもない」
「___ではでは、早速走ってみよ〜!」
ストップウォッチを手に取り、ラブは言った。
「とりあえず、芝1600mを走ってもらえる?」
1600m、マイルの距離だ。
「分かった………ダートも後で走る?」
「ん〜………芝がイマイチそうだったら一応。サクラがどんなレース走りたいかにもよるけど、芝のレースの方がGⅠとか大きいとこも多いからいいかなって」
「おっけー。特にこだわりないからそれでいいよ」
たしかに、レースの数が多い芝コースを走れるならわざわざダートコースを走る必要はないかもしれない。
芝コースに出る。
(___これが、ターフの感覚)
初めて踏み締める芝の感覚。ただがむしゃらに走ってただけじゃ味わえなかっただろう感覚。
思わず、その感触を染み込ませるように、何度も踏み締めた。
「あははっ、初めてのターフの感覚はどう?」
「………なんか、変な感じ」
「何それ〜?………あ、ちなみにサクラの好きなように走っちゃっていいからね。タイムとか脚質は今は気にしなくていいよ〜」
「分かった」
(………好きなように、か)
それは、漠然とした指示のようなもの。
今までがむしゃらに走ってきただけの私に、作戦なんてない。
(___なら、)
「___キミの脚をみせて、サクラ!!」
今まで通り、がむしゃらに走るだけだ!!