「準備はいい?サクラ」
「うん、準備万端だよ」
丹念に靴の確認をする。蹄鉄は外れなさそうだし、紐も解けそうにない。
(1600m………コーナーは二つか)
コーナリングは上手くできるのか、そもそもちゃんと走れるのか。不安は全くないわけじゃない。
「___じゃあ、いくよ〜」
ラブが、スタートの合図を送る。
「位置について___よーいドン!!」
___ザッ、と地面を強く蹴り上げる。
誰もいないに等しい静かなグラウンドに、私の足音だけが響いていた。
(___やっぱり、走るのって楽しい)
前へ前へ進む度に、風を感じる。
作戦なんて何もない、ただひたすらに走っていくだけ。
(あっ、コーナリングちょっと失敗したかも)
コーナーを曲がる際、少し外に膨れてしまう。
(次は、もう少しスピードを落として曲がろう)
すぐに次のことを考え、再び加速する。
(………よし、スピードを落として)
今度は、上手くできたのではないか。ギリギリのところを曲がって、ロスを少なくしていく。
(___あとは、この直線だけ)
少し先の方に待ち構えるラブの姿が見えた。
「___ふっ!」
残っている力を振り絞り、ラストスパートをかける。
(あと100mくらい………っ!)
一歩、一歩と前へ進む。
ゴールはもう目前だった。
…………………………
「___やっぱり」
そのウマ娘は只者ではなかった。
ラブペインターには、ユウシンサクラの『才能』が分かった。
(サクラは、とにかく『速い』)
それは、スタートの良さ、脚の回転、加速___
加えて、走り方も独特だった。
(普通、あれだけ速く脚を回転させてたら歩幅は小さくなりがちなんだよな〜)
いわゆる、ピッチ走法というもの。
脚への負担は少なくなるが、その分歩数は多くなる。
反対に、ストライド走法は加速力が上がり歩数も少なく済むが、脚への負担は大きくなりがちだ。
………が、
(___サクラは、ピッチ走法とストライド走法を使い分けている)
今まで、そんな器用な走り方をしたウマ娘はほとんどいなかった。
(え〜アタシでもそんなのできないんだけど………)
(………あ〜でも流石にスタミナ保たない?多分タイムとかは考えてなさそうだし___)
しかし、二つ目のコーナーを曲がってもスピードが衰えることはなかった。
(………え!?まだ加速するの!?)
序盤にあれだけ飛ばしていたのに、最後の直線でさらに加速してきた。
「………あはは、やっぱり最高だよサクラ!!」
風よりも速く駆け抜けていった彼女。
(さて〜タイムは______)
「………え?」
…………………………
「___『1:31.3』!?」
ラブはそう告げた。
「………って、そのタイムって速いの?」
「速いどころじゃないんだけど〜!?デビュー前のウマ娘が出していいタイムじゃないんだけど〜!?」
「そ、そんなに………?」
ものすごい勢いで捲し立てるラブ。どうやら、それほど凄いタイムらしい。
「………いやまあ、単走だし不利はないから速くなるものではあるだろうけどさ〜サクラ最初のコーナーとか下手だったも〜ん」
「下手って………」
「なのにこのタイムだしさ〜マジでわけわかんないじゃん」
「………とりあえず、褒め言葉として受け取っておく」
(………初めてちゃんとしたコースで走った)
コーナリングは難しかったし、実際に他のウマ娘たちとレースしたらどうなるかは分からないけど、ただ走るだけより確実に良いはずだ。
普通の地面とは違う芝の感覚も、走った時に感じる風も、今までのものと全然違った。
「………あ、次はダート走る?」
模擬レースのためにも、自分の適性をある程度知っておきたい。
「ん〜………」
ラブは、何かを考え込んでいた。
そして、
「___いや、決めた。サクラ、キミは芝のマイルがベストだ」
そう言った。
「………え、そうなの?」
「うん………あ、まあ『絶対!』ってわけじゃないけどね〜」
ラブは、根拠を語った。
「まず、サクラの強みはスタートの良さ、トップスピード、走法を瞬時に変えられること。今見てた感じだとアタシはそう思った」
「えっ、そういうの見てるだけで分かるものなの?」
実際、ラブが言ったことは私が気をつけていたことだった。
レースで出遅れたら一気に不利になる。
だから、スタートは特に気をつけた。
周りの『
小ささを補うために歩幅の大きい走り方を身につけた。
でも、それだけじゃダメだと思ったから歩幅の小さい走り方も身につけた。
「だってアタシだよ?」
「………」
「………すみませんね〜で、次にサクラの弱点はとにかくコーナリング!だから、コーナーが多くなる中距離以上のレースはまだ早いと思うんだよねえ。あと、短距離レースはとにかく忙しないからレース初心者のサクラにはこれもまだ早いと思う」
「そうなんだ」
「まあ、走ったら案外違うかもしれないけどね〜ちなみに芝オススメの理由は単純に見てくれる人が多いから。サクラは多分ダートもいける力はあると思うけどより多くのトレーナーに注目されたかったら芝の方が良いと思うよ〜」
「そっか………ありがと」
「あははっ、どういたしまして〜」
(………こんな風に、私の適性を考えてくれる人なんていなかったな)
同級生とかはもちろん、先生だって考えてはくれなかった。お母さんは、『私は未勝利だったから』って教えることを躊躇っていた。
(………教えてもらう、ってこんな感じか)
「___ラ、サクラ?」
目の前をヒラヒラとラブの手のひらが舞う。
「………あ、ごめん何?」
「聞いてなかったんか〜い!とにかく、模擬レース登録しちゃうよ!芝1600mのレースで!」
「うん、分かった」
「そして、明日以降はより本格的にトレーニングしていくよ〜目指すは2週間後のレースでトレーナーとの契約だ〜!」
「ふふっ、そうだね。お互い頑張るか」
そして、ラブによるトレーニングの日々が始まった。
…………………………
「サクラ!もっと重心を下げて走って!」
「分かった!」
「腕にも意識持っていって〜」
「了解!」
「コーナリングウウゥゥゥゥゥ」
「ごめんんんんんん!!」
…………………………
「___そういえば、ラブはどのレース走るの?」
ふと気になった。私のレースはラブに決めてもらったような形になったけど、ラブのレースについて私は何も知らない。
「アタシはね〜芝2000mのレースに出るつもりだよ」
「へえ、中距離なんだ」
たしかに、ラブは短い距離よりも長い距離のレースの方が向いていそうな気がした。トレーニング中に走りながら指示を出してくるけど、呼吸が全く乱れていない。多分、スタミナとかが私よりもずっと優れているんだと思う。
「なになに?アタシと一緒のレース走りたかった〜?」
「いやそれはない」
「もうちょっとオブラートに包んでほしかったな〜………」
…………………………
「___『逃げ』?」
「そ、サクラの脚質」
『逃げ』、それはレースを引っ張る存在。
「前にも言ったけど、スタートの良さはサクラの強みの一つだよ。それを活かすなら前目のレースが良い。先行でもいいんだけど、逃げならコーナリングが下手でも包まれにくいからね〜」
「なるほど………」
「さらに言えば『差す逃げ』かな」
「差す逃げ?」
『逃げ』なのに『差す』?反対の脚質を言うラブの意味が分からなかった。
「『逃げて差す』ってヤツ。たとえば、サイレンススズカ先輩とかがそうかな〜逃げってだいたい最終直線ではヘロヘロになってることが多いんだけど、あの人は止まらないんだ」
「そんなの可能なの?」
「まあ、難しいけど可能ではあるよね。そして、アタシはサクラもこれができると思ってる」
「………本当に?」
「うん。だって、この間の走りがまさにそれだったから」
「その戦法で、明日の模擬レース走ってみて」
「………分かった」
模擬レースまで、あと少し。
…………………………
「………今日はラブの方が遅起きか」
「あはは〜今日模擬レースと思ったら楽しみで眠れなくってねえ」
「小学生じゃん………」
「まあ数週間前までそうだったし、ね?」
「『ね?』じゃないよ」
今日午前10時、ついに模擬レースが始まる。
「もう………たしか9時にグラウンド集合だっけ?」
「そうそう〜」
「………ところでラブ、今が何時か分かってる?」
「へ………?」
時計は、8時50分を示していた。
「___マジでごめーん!!」
「早く着替えなよ。遅れちゃったらやばいでしょ」
模擬レース当日だというのに、ラブはまさかの寝坊をしでかした。
(………なんか、気が抜けるなあ)
まだ寝ぼけ眼でジャージに着替えているラブを急かして部屋を出た。
…………………………
「___ラブペインターさん、ユウシンサクラさん!もう少し時間に余裕をもって来るように!」
「「すみませ〜ん………/すみません………」」
その後、猛ダッシュでグラウンドに行った結果、1分前にギリギリ到着した。
「まったく………では皆さん!本日は___」
そして、模擬レースについての説明が始まった。
(………結構人いるなあ)
流石に重賞とかと比べると少ない。が、グラウンドには多くの人がいた。
きっと、この中の誰かが私のトレーナーになるのかもしれない。
そう思うと、心の底からワクワクした。
(私のレースは、3走目)
その前に、芝1200mのレースとダート1600mのレースが行われた。
『___勝ったのはティアードリボン!まさに横綱相撲でした!』
『この激しい競り合いを制したのはソンニドーロ!惜しくも2着はテーィフシュワルツ!3着以下には7バ身もの差をつけました!』
(………おー、凄い勝ち方)
「___いや〜今年の新入生たちは一味違いますね〜!」
「だな。他のウマ娘たちもどんなレースをするのか楽しみだな」
トレーナーたちの会話が、拍手の合間に聞こえてくる。
「___私だって」
他の子たちに負けたくない。
靴紐よし、解けそうにはない。
蹄鉄よし、外れそうにはない。
脚よし、いつも通り動いてくれそう。
「___よし」
息を目一杯吸い込んで、ゲートの中へと進んだ。