【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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7.清濁併せ呑む

 9月ってさ、私は秋だと思いたいんだけど、実際全然暑いよね。

 夏とそう変わらない日差し、湿気に襲われて、夏バテから少しずつ回復していた私の身体は悲鳴を上げていた。

 

 それでも任務というのは割り振られてくる。書類の概要を読めば、村での起こった神隠しや変死の原因となる呪霊の祓除。ミミナナたちが迫害されていた村での出来事だ。

 

 本来なら夏油に振られる任務だが、最近アイツが働き詰めということもあって私が代わりにやることになった。夜蛾先生の優しさだね。

 だというのに──

 

「なんでアンタが着いてくんの」

「刹那1人だと不安だろう。まだ夏バテ治ってないんだって?」

「いや、そうだけど。折角休み入れてもらったのに無下にしちゃってさあ……」

 

 何故か夏油が着いてきてしまった。私は何度もいらん、休めと言い聞かせたのに。夜蛾先生の優しさをなんだと思ってるんだ。

 

「君だって灰原たちの任務に無理矢理同行していただろう」

「うぐっ……」

 

 あれは最終的に1級案件になったから有耶無耶になったが、あまり褒められるものでもない。だからそこを突かれると何も言えなくなってしまった。

 

 山に囲まれて、周りからも隔離された村落。インフラもろくに整っていない辺鄙な村は、前の任務で来た廃村とはまた別の、陰鬱な空気が立ち込めていた。

 それは呪霊の残穢なのか、それとも人がもたらす悪意なのか。

 

 少し嫌な記憶を思い出した。私がこんな風な片田舎に生まれた時のことだ。

 皆に襲いかかる呪霊を祓って、親にバレないように夜にこっそり家を抜け出し呪力を操る練習をして。我ながら中々いじらしかった。

 

 だが、その行動は出る杭は打たれる田舎において、忌避されるものだった。

 見る見るうちに我が家は村八分。親は心を病み私共々一家心中。

 

 それからは田舎に生まれても何も見ないフリで誤魔化していたが、時折ボロが出て迫害されることも多かった。

 いかに呪霊のタチが悪かろうと京都か東京付近に生まれるのが安牌である。山とか離島は以ての外。

 

「……刹那、やはりまだ具合が悪いんじゃないのかい?」

「え?」

「眉間に皺が寄ってる。頭痛?」

 

 過去のことを思い出していると、無意識的に顰めっ面をしていたらしい。皺を伸ばすように眉間を揉む。

 別に大丈夫だよ、と夏油に声を掛けて、呪霊の残穢を辿ることに集中した。背後から夏油の視線を感じる気がするが、無視無視。

 

 異変の原因だろう呪霊は大して強くもなかった。特級2人で来るような任務じゃないよ、本当に。

 私が呪霊玉を呑み込もうと手を伸ばすと、夏油が私の腕を掴んで止める。

 

「ん? 何?」

「いや、その……私が呑み込むよ」

「別にいいよ。私もストック貯めたいし」

 

 そう言っているのに夏油は中々手を離そうとしない。うら若き乙女の肌に布越しとはいえ不躾に触るんじゃねえ。

 

「刹那、君は呪霊の味は改善できていないんだろう」

「する必要がない。不味くても私は問題ない。あれはアンタのためだけだったし」

「私だけが恩恵を受けたままで、何も返せていない。せめてこういう形で君に報いたいんだ」

 

 まさか、最近異常に任務に出ていたのって、そういうことなのか? 夏油に訪ねると、バツが悪そうに頷いた。

 

「もう少しやり方ってもんがあるでしょう。ちょっと呪霊が不味いからって私がそう簡単にへこたれると思ってるわけ? 大体、そうやって守られてばっかりだと、呪霊のストックが消えたら私攻撃手段無いじゃん!」

 

 今まで何度このゲロ雑巾より辛い思いをしてきたと思ってるんだ。いや、夏油はそんなこと知らないけど。

 私は夏油のために奔走しているのに、その張本人が私のために過労死したらなんも意味もないではないか。

 

「アンタの中で私はそんなに頼りないの?」

「いや⋯⋯」

 

 胸元あたりをベシベシと叩きつつ、夏油の暗い琥珀色の瞳にガンつける。

 ……なんか、コイツちょっと顔が赤い気がする。気のせいかな。

 

 馬鹿なことをしていると、村の人達が私たちを呼びに来た。慌てて腕を下ろし、そっちへ向かう。呪霊はどさくさに紛れて呑み込んでおいた。

 

 呼ばれた民家の中には、座敷牢が設置されていた。悪趣味な木造のそれは、使い込まれていうようで古く、傷だらけだ。その中に、小さな2つの人影があった。

 少女たちの顔には殴打されたような傷。糞尿の始末もされていないのか、排泄物特有の悪臭が鼻をつく。

 

「……これはなんですか?」

 

 夏油は村の人に尋ねる。

 村の若い衆が言うにはこの小さな子どもが異変の原因と見て、閉じ込めていたらしい。村の老婆が言うには彼女の孫も殺されそうになったらしい。

 

 手負いの獣のように息を荒くしていた2人は、老婆の言葉に反論する。だがそれを老婆が遮り、罵倒する。

 田舎というのはやはり、異端者に手厳しい。うんざりしてきた。

 

 夏油が一瞬、村人たちにゴミを見るような目を向けた。

 

「皆さん、一旦外に──」

 

 夏油が言い終わる前に、私は手を叩く。そして笑顔を貼り付けて、若者と老婆の肩に手を置いた。

 

「少し、大事なお話をしましょう。夏油、アンタはその子たちを頼むわ」

「刹那、待ってくれ」

「この任務に任命されたのは私。無理やり着いてきたのはアンタ。……何か?」

「……はあ。村人に、手は出すなよ」

 

 びっくりするほど信用がない。無辜の民に手を出すと思われている。

 無言でVサインをして、村人を家から出す。何やら言っていたが、まあまあと笑顔で誤魔化した。

 

「何なんですか!?」

「ですから、大事なお話をしましょうと言ったではありませんか」

「あの子どもたちを見張ってないと何をするか分からないじゃないか!」

「大丈夫です。もう1人が見ているでしょう」

 

 慌てふためく2人を必死に宥める。正直面倒くさいけど、穏便にことを済ませるには仕方がない。

 

「結論から言いましょう。あの2人は無実でした」

 

 また騒ぎ始めた。それを落ち着かせて、私は口を開く。呪霊のこと、そしてそれを祓うことの出来る呪術師という存在について。

 規定では非術師にあんまりこういう話はしちゃいけないことになってるけど、状況が状況だけに許されるだろう。未来の術師の芽を潰されちゃ叶わん。

 

「そういうわけなので、子どもたちはこちらで預からせてもらっても構いませんね?」

「ええ、むしろ早く引き取ってください」

 

 私の話は半信半疑、と言ったところだろう。突拍子もない話だからね。

 

「またこういう事態がありましたら是非ご連絡を。では、私たちはこれで」

「さっさと帰ってちょうだい。もうウンザリよ……」

 

 シバくぞ、と口から漏れそうになったが、必死に我慢する。やっぱ田舎なんか嫌いだよ畜生!

 民家へ帰ると子どもたちはさっきより少しだけ綺麗になっていた。流石夏油。

 

「ごめん、お待たせ。この子達は高専に連れて帰ることになったらよろしく」

「……あ、ああ」

 

 夏油の様子がやっぱりおかしい。露骨にふらついてるし、もしかして気づかなかったけど呪霊の攻撃でも受けていたのだろうか?

 

「ちょっと夏油、アンタだいじょ──」

 

 あ、倒れた。

 近づいて様子を確認すると、顔は赤いし息も荒い。丸出しの額に手を当てると、とんでもなく熱かった。

 体調を崩していたらしい。だから休めって言ったのに……。

 

 せめて夏油だけなら私でも運べたけど、子どもたちも連れて帰らないといけないから1人じゃ無理だ。携帯を出して、五条に掛ける。

 

『何? 俺忙しいんだけど』

「五条? 今任務終わったんだけどさ、夏油が倒れたから今すぐ来てくんない?」

『今すぐ行く。場所メールで送って』

「はいはーい」

 

 五条に現在地を送るついでに硝子にもメールを送る。「夏油体調不良」っと。返信早。「ウケる」……だって。こっちがウケるわ。

 

 五条は数十分もしないうちに現着した。早すぎて引くわ。

 発熱中の筋肉ダルマを引き渡して、私は双子と一緒にのんびり帰る。

 

 帰る途中、私のポッケにストックされているお菓子を幾つか渡してみたけど、1番反応が良かったのはプチマドレーヌだった。ボンタンアメ美味しいのになあ。

 

 高専について、夜蛾先生にとりあえず双子を託す。私は急いで救護室へ向かう。夏油はベッドで横になっていた。

 ちなみに診察結果は過労。当たり前だ! 休み無しで全国飛び回ってたからな!!

 

「生きてんの?」

「……すまない、自己管理不足だったようだ」

「適度な休息は大事だよ夏油」

「返す言葉もない」

 

 冷えピタが貼られているオデコを指先でつつき回す。プニョプニョヒンヤリで気持ちいい。

 されるがままの夏油で遊んでいると、急に手を握られる。やべ、怒った?

 

「…………私は、うん。非術師が嫌いなんだ」

 

ようやく自分の気持ちに気付いたらしい。この世界だと理子ちゃんも灰原も生き残ったし、自覚が遅れたのだろう。

 

「あの日、君の尻に敷かれながらも、理子ちゃんに醜い形相で迫っていた盤星教の信者を見て、無意識の内に非術師への嫌悪感を覚えていたんだ。村で君が声を掛けてくれなければ、私は何をしていたのか自分でも分からない」

「…………へえ」

「高専からスカウトを受けた時、『非術師(じゃくしゃ)は守るべき存在だ』と自分で決めて術師になったのに、少しずつそれが揺らぎ始めていた。だから、非術師なんかを守る為に身を削る君を、これ以上見たくなかったんだ。これは私のエゴだ、我儘だ。付き合わせてしまってすまない」

「別にいいよ、気にしてないし。私も非術師は嫌いだしね」

「……そうなのかい?」

 

 ポカンとする夏油。

 

「正直、弱者生存だの、強者の義務だのどうでもいい」

「じゃあ何で、術師なんか」

「アンタ……術師を守るため」

「……」

「夏油もさあ、非術師が嫌いなら別にそれでいいじゃん。アンタの心はアンタが決めるべきだし。非術師を守ることを理由に出来なくなったんなら、代わりに私……だけじゃないな。五条、硝子、七海、灰原。皆のことを、術師を続ける理由にしちゃえば?」

「そう、だね……ありがとう」

「夏油は真面目すぎんの。五条を見習いなよ、アレそういうのあんま考えてないでしょ」

「確かに」

 

 憑き物が落ちたように、ハッとした顔をする夏油。非術師が嫌いでも良いんだよね。御三家とか大体一般人のこと見下してるし。無問題!

 

「それにね、世の中やっぱ白と黒じゃ分けらんないよ。呪術師でもイヤな奴はいるし、非術師でも良い人はいる。夏油の家族はどう?」

「⋯⋯良い人だよ、すごく。私が怪しい私立の宗教学校に行くと言った時も、心配してくれた」

 

噛み締めるように夏油は呟く。

ちなみに私の家族も非術師だけど良い人たちだ。3日に1度は連絡寄越さないと焦って電話掛けてくるし。

 

「そりゃ良いね。また今度会ってみたいな」

「是非。私も君たちを紹介したい」

「うんうん、また今度硝子たちと話をしよう」

「悟を見て腰を抜かさないだろうか」

「確かに、芸能人みたいだもんねアイツ」

 

未来の話をするのは少し心苦しい。それが叶う頃に私が生きているか分からないから。

苦々しい気持ちを無理矢理心の隅へ追いやった。

 

「あ、そうだ」

「うん?」

「私が術師を続けてる理由、もう1つあるんだよ」

「……へえ、何だい?」

「神の啓示」

 

 夏油はしばらく固まったあと、急に吹き出した。笑ってるけど残念ながらマジなのだ。

 笑い疲れたのか、それとも普通に熱でしんどいからなのか、夏油はひとしきり笑い転げたあと寝息を立て始めた。

 

「あれ、夏油寝たの?」

「寝てる寝てる。今なら落書きし放題よ」

「報復怖いからやめとくわー」

 

 硝子が音を立てないように扉を開けて、中に入ってきた。なんだかんだで心配していたらしい。最近の夏油の働きっぷりはやっぱり異常だったからな。

 

 硝子は夏油に握られたままの私の手を見る。

 

「なんで手ぇ握られてんの?」

「……赤ちゃん返りじゃない? 硝子も握る? もしかしたら握り心地がいいのかもしんない」

「ではお言葉に甘えて」

 

 夏油の手を解いて、硝子に手を預ける。むにむにもにもに、揉まれまくっているが、そんなに気持ちいいのだろうか。

 

「どうよ」

「いいね」

 

 簡潔な感想、だからこそ心からそう思っているんだろうことが伺える。夏バテの影響で近接訓練を最近サボってるせいからか、タコとかないからなあ……。

 

「そういえば爪、だいぶ伸びたね」

「硝子に言われてから、ちゃんと我慢してるから」

 

 私の爪。前はストレスのせいか、爪噛み癖が止められなくてガタガタで不揃いだった。硝子に指摘されて、なるべく噛まないようにしている。

 そのお陰で随分と形も良くなった。綺麗な縦長で、我ながらアッパレ。

 

「今度ちゃんと整えてあげようか」

「是非お願い致します硝子先生。私も硝子の爪弄ってみたい! ネイルとかしようよ!」

「いいじゃん。すぐ落とせるやつにしてね」

 

 話に花が咲き、盛り上がってると五条もやってきた。

 夏油のことを搬送したあと、残ってる任務を片付けるためにすぐまたその場を離れたらしい。ここに来たってことは終わったんだろう。

 

「傑は?」

「寝てる」

「全く、心配かけさせんなよな」

「本当だよ」

 

 ポッケに手を突っ込んで大きなため息を着く姿はまさしくヤカラ。顔は良いのにガラが悪い。

 

「……オマエら何で手握りあってんの?」

 

 五条は私たちが手を弄りあってることに目ざとく気付く。

 

「ネイルの件で。あと刹那の手が割と揉み心地がいい」

「えー? 俺も俺も」

「無下限切ってから言ってくださーい」

「うるせえ、解けばいいんだろ解けば」

「私許可出してないんですけど」

 

 片方を硝子に、もう片方の手を五条に揉まれ続ける。肉球をつつかれて嫌がる猫ってこんな気持ちなんだろうか。

 ていうか五条の手、デカ。私も大概大きい方なのに負けた。悔しい。

 

「確かにいいじゃん」

「でしょー」

「そんなにかな……」

 

 わいわいやってると騒がしかったようで、夏油が目を覚ましてしまった。寝ぼけまなこで「うるさいよ……」と非難の声を上げる夏油。ウケる。

 

「あ、起きちゃったか」

「オイ、刹那の手ェめっちゃ揉んでて楽しいぞ、傑もやれよ」

「いや夏油が第一人者だから」

「ごめん、何の話?」

 

 状況を一切掴めずに首を傾げる夏油に、私は笑いが堪えきれなくなってしまった。皆にもそれが伝染したように、治療室には4人の笑い声が響き渡った。

 

 さて。高専で私のやるべきことは終わった。

 この調子ならきっと夏油も大丈夫。

 

 ──じゃあ、別のやるべきことに取り掛からなくてはいけないな。




■虚枝 刹那
暑いの嫌い。熱烈田舎アンチ。

■夏油 傑
働きすぎです。

■五条 悟
傑が倒れたと聞いてマッハで駆けつけた。

■家入 硝子
刹那がお洒落するかはこの人に大体掛かっている。

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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