「よっインチキ教祖! 元気してる?」
「やあ蝙蝠野郎。見ての通り元気だよ」
私は夏油の宗教団体の本部にアポ無し訪問していた。何だかんだで顔パスだ。
菅田さんは少し渋い顔をしているが、夏油の前だからか何も言わない。
「あれ、刹那だー」
「どうしたの?」
美々子と菜々子が私に気付いて近寄ってきてくれた。お土産のお菓子を手渡す。海外のド派手なパッケージのそれは飛行機に乗る直前に慌てて買ったから、中身が何かよく分からない。食べ物なのは確かだ。
「海外から帰ってきてね。丁度いいからアンタらの顔でも見ようと思ったんだ」
「それだけなのかい?」
「まさか。今年も
「
私は持っていたカバンからワイン瓶を取り出す。ラベルも何も貼られていない、無銘の赤ワイン。
「セツナーヌーヴォーだ。今世紀最大の出来と言っても過言ではない」
「素晴らしい!!」
これは私お手製のワインだ。非術師の作ったものをできる限り口にしたくない夏油の為に毎年作っている。
夏油に渡すと、大事そうに抱きしめている。毎回これだけ喜ぶから、こっちとしても作りがいがある。
「毎年毎年悪いね」
「いや、別に大した手間じゃないよ」
正直作るより酒類製造の免許取るほうが遥かに面倒だった。
役所への書類提出、製造所を作るのに飛んでいく資金……あの頃の苦労を思い出し、ホロリと心の涙がこぼれる。
「そうだ、あと庭を自由に使っても良い?」
「構わないけど一体何をする気だい?」
「農業」
「……はあ」
許可も得られたことだし、外へ出て、自家用車から農具を取り出す。長年使い込んできた鍬は呪力に浸されていて、半ば呪具に近い。
わっせわっせと土を掘り起こし、耕していく。呪力で強化すれば細腕の私でも難なく作業することが出来る。
窓から私の土産を食べている美々子と菜々子がこちらを覗いていた。手招くと、菓子を咥えたままやってくる。
「何してるの?」
「野菜を育てるんだよ」
「刹那ならそんなことしなくても術式で簡単に育てられんじゃん?」
分かってないなあ。大袈裟にため息を着くと、菜々子はイラついたようでじっとこちらを睨みつけてくる。
「やっぱり手間暇掛けた方が美味しいのが出来るんだよ。術式でパパっと終わらせるんじゃなくて、ちゃんと一つ一つ工程を踏むのが大事なんだよね」
「だる……」
「まあまあ、そういわないでよ。夏油に美味いもん食わせてやりたくないの?」
そういうと2人の目の色は変わる。相変わらず夏油ラブだなあ。
手伝ってくれない? と尋ねると、渋々頷いて、動きやすい服装に着替えてきてくれた。
3人で畑を耕していると、祢木や菅田さんも何だ何だと様子を見に来た。事情を話すと2人も夏油の為なら、と喜んで協力してくれるようだ。
夏油がミゲルとラルゥも呼んだみたいで、結局夏油以外の家族たち全員勢揃いで畑作業をやっている。
老……はいないな。中若男女が雁首揃えて農作業という牧歌的な光景。これが呪詛師集団とはとても思えないだろう。
硬かった土が空気を含んでフワフワになってきたので、土作りは終了。植物の種を撒いて、術式を使う。
「叢生呪法──萌芽」
畑に向かって呪力を込めれば、数秒もしないうちに土からは新緑がにょきりと生える。同時に、どこに隠れていたのやら、雑草どもも跋扈し始めるので、皆で抜く。
綺麗になったらまた呪力を撒き散らして、立派な野菜が出来るまでその繰り返し。
気付けば日も落ちかけて、夕飯時だ。丸々と実った野菜を収穫していく。
「夏油様、みてみて!」
「私たちが作ったんです……!」
土を落とした野菜を夏油に見せびらかしに行く双子。夏油は「よく頑張ったね」と2人の頭を優しく撫でる。
祢木も羨ましそうに見ていたのがバレて、わしゃわしゃと髪を乱されていた。大人組はそれを微笑ましそうに眺める。
すごく朗らかだが騙されることなかれ。大量殺人犯とその狂信者達である。
収穫した野菜で作った料理が大きな机に所狭しと並べられていた。彩り豊か。やっぱり緑黄色野菜っていうのは鮮やかでいいね。
私は家族の団欒を邪魔する訳にも行かないので帰ると告げると、夏油は少し残念そうな顔をした。
「折角なんだし食べていきなよ」
「いや、もうそろそろ帰って休みたいんだよね。それに私はアンタの家族じゃない」
「じゃあ……なればいいじゃないか」
「そうだよ! 刹那なら私たち歓迎するよ?」
夏油や菜々子の言葉に同意するように小さく頷いた美々子。でも私は首を横に振った。
「悪いけど私はどっちにもつく気はないから。それじゃ」
背中を向けて施設を出た。
自家用車に乗り込んで、エンジンキーを回す。長時間のフライトと農作業でかなり身体がだるくて、眠ってしまいそうだ。
信号待ち中に目覚まし代わりに頬をベチンと強く叩いた。
──私は高専を卒業してからフリーの術師をやっている。
何故わざわざ高専所属ではなくフリーなのかというと、まあ自由だからだ。
時折依頼が来るがそれを受けるかどうかは私が決められるし、こうやって海外を放浪してようと誰にも文句は言われない。嘘、結構文句は言われるけど無視しているだけだ。
呪詛師から依頼されることもあるが、そこまで悪質なものでなければ報酬次第で受けることもある。全ては金のためだ。
冥さんみたいになっちゃったけど、フリーっていうのは何かと物入りなんだよね。私は得た金は9割ぐらい海外渡航に使っちゃってるけど。
初めて海外へ向かってから5年ぐらい経ったかな。
私の目的は獄門疆。生きた結界、源信の成れ果ての特級呪物であるそれは、条件さえ達成出来れば五条悟をも封印出来る力を持つ。
それを手に入れることが出来れば夏油一派の勝率も変わるんじゃないかなあと思って、ここ数ループ探し続けているが、中々見つからない。
もうこの世界線でも百鬼夜行も始まるはずだ。そろそろ諦めるべきなのだろう。やっぱり呪詛師ルートはなしだ、なし!
借りてるマンションに着いたので、部屋に服をその辺に脱ぎ捨ててベッドに飛び込んだ。
雇っているハウスキーパーはしっかり仕事をしてくれているようで、部屋には埃ひとつ無い。布団もいい香りがする。
疲労によって瞼がどんどん閉じていき、私は眠ってしまった。
薄いグレーのカーテンから漏れ出す朝日で目が覚めた。携帯を見ればまだ9時。
昨日入れなかった風呂を済ませて、また外出の準備をする。今日は高専に行こう。硝子や五条に顔見せないと。
車を走らせて小一時間。いや、もうちょい掛かったかも。高専は山奥にあるから時間がかかるんだよな。道は空いてるからいいけど。
車を止めて高専の中へ入ると、待ち構えていたように五条が立っていた。無駄に長い足をみせびかしやがって。
「やあ刹那。海外はどうだった?」
「悪くはないけど、やっぱ日本が1番だね」
「そんなこと言うならずっと日本にいればいいじゃん。硝子も寂しがってるよ?」
「考えとくね。とにかく硝子に会いたいから案内してよ」
「ハイハーイ」
久々に来たから校内が全く分からない。5年間通っていたのに情けないが、人間の記憶容量なんてこんなもんだろう。私の頭の出来が悪いわけではないはず。
「で、どうせ傑にも会いに行ったんでしょ」
「バレた? 残穢はついてないはずだけど」
「僕の勘。元気なの?」
「うん、すごい元気。写真見せてあげようか?」
「いや、いいよ」
信者にこっそり流通させようと思っていた夏油の隠し撮り写真は、懐から出る機会を失った。美々子と菜々子に送ってやるか。
高専の廊下を私たちはひたすら歩く。ここだよ、と五条が立ち止まったので、私はその扉を開けた。
「硝子、やっほー!」
「久しぶりだね、刹那」
薬品臭さが漂う部屋に、白衣を着た硝子が椅子に座っていた。随分髪伸びたな。
私は持っていた鞄からワインを出して、渡す。
「はい、今年の分ね」
「ありがとう。大事に飲ませてもらうよ」
「え? 僕の分は?」
五条が自分を指差す。アルコール嫌いなくせに何言ってんだろうコイツ。
勿論、五条の分も持ってきてはいるんだけどね。
「じゃん、アンタの分は普通のぶどうジュースだよ」
「いいね。流石〜」
「私も自分で飲むならこっちの方がいいからね。多めに作っといたの」
硝子がワイングラスを持ってきたので瓶を開けて、グラスに並々とジュースを注ぐ。ワインだったらこんなに注ぐのは良くないんだけど、これはジュースだからいいのだ。
グラスを少し上げて、乾杯。1口飲むと、葡萄の芳香と上品な甘みが口に広がる。我ながら上出来。
「今年も良い出来だね」
「そうでしょう。来年もお楽しみに」
丁寧にお辞儀をすると、2人は拍手してくれる。ノリがいい。
注いだ分を飲み終え、五条はまた瓶を傾ける。1本まるまるこの場で飲み干しそうな勢いだ。糖尿病に気をつけろよ。もういい歳なんだから。
「刹那は夏油からあの話聞いたのか?」
「あの話? いや別に何にも」
硝子の問いに、私はNOと答える。多分百鬼夜行の件だろう。えっ、もう宣戦布告したの!? 海外に居たから日時感覚が完全に狂っている。
五条は『何も言ってないのかよ傑のヤツ』と呆れた顔をして、私に説明してくれた。はいはい、クリスマスイブに鏖殺ね。
「で、刹那は一体どうする気かな? こっちとしては呪霊の祓除を手伝ってもらえると助かるんだけど」
「やだ」
「そういうと思った」
即答した私に、目隠し越しだが五条の非難するような視線を感じた。
「夏油にも言ったけど、私は高専と呪詛師、どっちにも付かないよ」
「今回って結構異例の事態だからね? そろそろ僕の権力でも庇い切れなくなるんだけど……」
特級でもない唯の術師が任務もまともにこなさず海外でフラフラしているとは何事だ、と上層部からの私の印象は頗る悪い。
日本にいるときはちゃんと気が向いたら任務こなしてるのに。これ以上馬車馬のように働けと言うのか。
上から睨まれている私を同期のよしみで五条は庇い続けている。
『呪術界追放にでもなったら真面目に海外で生活するから庇わなくて良い』と言ったが、『知ってる顔が減るのは寂しいからね』と物憂い顔で心情を吐露されてしまった。態度こそ軽薄だがコイツは情を持ち合わせている。いつもありがとう。
だから五条の頼みはできる限り聞くようにしているのだが──今回は訳が違う。
百鬼夜行の最後に夏油は五条の手によって死に、私はまたループへと放り込まれる。ならば最後に私にしか出来ないことをやってやろうと思い立っているので、残念だが断るしかない。
「問題はない。アンタら高専の連中に手を出すつもりもないから安心して。なんなら縛りをしてもいい」
「そこはまあ、なんとなく分かってるけどさあ……」
僕的には問題大アリなんだけどー……と逆立っている白い毛がへにゃへにゃと元気をなくしていく。すかさず写真を撮って高専の連中に回した。
「人の心とかないの?」
「ごめん、もう使い切っちゃった」
傍若無人な五条の弱った姿は良い娯楽になったらしく、真希ちゃんから笑い転げるパンダと狗巻、控えめに笑う乙骨の写真が送られてきた。
写真を見せると五条の頬が緩む。なんだかんだで可愛い教え子なのだろう。
私たちが話している間にもどんどん硝子はワインを飲み続け、あっという間に瓶1本を空っぽにしてしまった。
最後の1滴まで注いで、少し切なげな顔をする硝子に、私は鞄からもう一本新しいものを取り出す。
「いい飲みっぷりだ。1本贈呈」
「ありがとう。まだまだ物足りなかったんだ」
歳を取る事に硝子の酒豪具合が増している気がする。肝硬変は反転術式でどうにかなるものなのだろうか?
服も長い黒髪も乱れきって、片腕をなくした男がべちゃりと床へ座り込む。傷口からは今も血が滲み出ており、歩いてきた道なりに点々と赤い血痕が残されていた。
その前に立つのは擦り傷ひとつない白髪の大男。目を覆う包帯は既になく、海のように輝く碧眼を露わにし、へたりこむ男をじっと見ている。
「あ、いたいた〜」
まるで2人だけの世界をぶち壊すように、腑抜けた声が掛かった。
男たちには劣るが、これまた長身の女が現れる。
「刹那」
「今更何しに来たんだい? もう全部終わったよ」
「私にとってはまだやることがあるの」
そう言って女は呪力を練り、片腕のない男に向ける。悪意も、敵意の一欠片もないそれを、男は甘んじて受け入れた。
「叢生呪法──供花」
暖かく、包み込むような呪力に思わず目を瞑る。パッと見は何の変化もなかった。
用が済んだのでそれじゃあ、と淡白に女は去っていく。
「おい、もういくのか? というか何をした?」
「すぐにわかるよ。これは私からの餞だからね」
そう言って振り返ることもなく女は姿を消す。相も変わらず情とか愛とかそういうものを持ち合わせないように振る舞う奴だ、と男たちは視線を合わせ、少しだけ笑う。
そして最後の言葉を交わし、1つの命が今、絶たれた。
「……これは」
手にかけた親友の死体が見る見るうちに形を変えていく。これがさっきの呪術の効果なのだろうか? 180cm越えだった男は縮んでいき、最後には手を乗るサイズのかわいらしい球根へと変わった。
「花でも育てろってこと? 餞だけに?」
いまいち何考えてるか分からんないなあと男は頭を掻いた。だが逡巡することもなく、球根を懐に入れて、生徒たちの元へ行く。
それから女は姿を見せなくなった。海外で死んだのか、上層部に消されたのか、それともただ放浪しているだけなのか。全く分からないが、級友が寂しそうな顔をしているんだから生きてるなら早く帰ってこいよ、と男は思った。
球根は鉢植えにちゃんと植え、毎日世話をしていると最近やっと芽が出始めた。ちょこんとした新緑があの男から生まれたものとは思えず、思わずにやけてしまう。
いつか花が咲くのを楽しみに、今日も男は水をやる。
■刹那
名字出す機会なかった。
呪詛師に農家は務まらなくても呪術師なら⋯?(但し専業ではない)
■夏油 傑
最近の悩みは空港に毎日雨が降ること。根腐れしそう。
■五条 悟
GTG(ガーデニングティーチャーゴジョウ)。
最近花の元気がなくて少し寂しい。
■家入 硝子
毎日水をやるのは良くないよ、とアドバイスした。
時折憂いを帯びた顔をする。
評価バーMAXになってました。
目標にしていたのでとても嬉しい。ありがとうございます。
那由多の明日はどっちだ
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しめりけ
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だいばくはつ