それから夏油の体調もすっかり良くなり、また五条と仲良く組手だの領域展開の押し合いだの圧し合いだの楽しくやっているようだ。
あれだけ言ったからか、私が呪霊を飲み込む時も物言いたげな目付きはするものの何も言わない。むしゃむしゃ。不味い。もう一個。
繁忙期であり、暑さで苦しかった夏が終わり、落ち葉を集めて焼き芋を食べていれば秋も過ぎ、冬は寮の炬燵で丸まっていると、気付けば桜咲く季節になっていた。
私たちはもう4年生。5年生になるとほぼモラトリアム期間だから、実質これが最終学年と言える。
桜が満開のうちに、毎年恒例の花見をしてしまおうと五条が提案した。私らも当然ノリノリで許諾。
何故か私以外の3人はコソコソと何かを計画している風だったが、まあ見ないふりをしておく。
当然後輩2人と、伊地知も誘った。七海は若干面倒くさそうだったが、断る方が大変なことになると思ったのだろうか、案外素直に頷いた。灰原は当然オッケー。
伊地知はもう既に補助監督へ舵を切り替えていたので、分不相応だと戸惑っていたが、五条の『断ったらマジビンタ』の一言であかべこ人形のように首を縦に振るようになった。パワハラだ……。
ついでに折角だし歌姫先輩と冥さんも誘ったが、歌姫先輩は任務で忙しく、冥さんはギャラが十分出ないならいかない、と言われてしまった。世知辛いものだ。
そういうわけで学生同士仲良く宴会が始まった。
学生寮に植えられている立派な桜の樹の下で、私たちはレジャーシートを何枚も広げて、思い思いの場所へ座り込む。
何故か当然のように酒が用意されている。硝子は躊躇無く缶ビールのプルタブをこじ開けて飲む気マンマンだ。
この世界には未成年飲酒とか未成年喫煙を咎める罰則はなかったのだろうかと疑いたくなる。まあ令和でもないし多少は緩いんだろう。
私も硝子と同じく缶ビールを手に取る。
五条は不味そうなのでいらないと断り、夏油は私真面目ですからみたいな顔して首を横に振った。
ちゃんとしている後輩たちはコーラを開け、皆が盃を掲げる。
『カンパーイ!』
缶同士をぶつけて、1口。喉越し滑らか。
「未成年飲酒……」
私らをじっと見つめる七海を肘でつつく。
「硝子が煙草吸ってんの大して咎められてない時点で今更でしょ」
「家入さんは分かりますけど、虚枝さんも飲むのは意外でした!」
「意外と不真面目だからね、刹那」
昼下がりの暖かな日差しが指し、アルコールの酩酊感で気分は上々。やっぱり春っていいなあ。
夏油のお茶が空いたのを見計らって、ハイボールを投げる。
「飲みなよ」
「絡み酒かい?」
「ははは、まだそんな酔ってないつーの。飲みたそうな顔してるから」
「そんな顔してないけどね。そこまで言うなら……」
満更でもないだろうに、勿体ぶって缶を開ける夏油。私も新しい酒を開けて、缶と缶を打ち鳴らす。
「誰1人欠けることなく4年生まで来れたのは、中々珍しいらしいよ」
「そうなの?」
「夜蛾先生が言っていたんだ。酷い時には学年に1人も残らなくなる時もあるって」
「へえ……」
まあ私ら特級だし? 硝子は反転アウトプットまで出来るし? 凄いんだもん。
「七海と灰原はちょっと危なかったよね」
「産土神の時ですよね!? 等級誤認があるなんて知りませんでしたよー!」
あわや死にかけたというのにワハハと笑う灰原に、七海はこいつマジかという険しい視線を送っている。灰原はそれに気付かない。
「2人とも気をつけるんだよ、命あっての物種だ」
「そーそー。伊地知! オマエもちゃんと事前調査しっかりしろよ」
「は、はいぃ……」
突然五条に矛先を向けられた伊地知が恐縮したように肩をすくめる。硝子が元気づけるように背中をポンと叩いた。
「家入さん……!」
「ま、頑張んなよ」
あ、伊地知泣き始めた。え? 普段そんなに優しくされたことなかったから? か、可哀想……。
軽く1時間ぐらいは経っただろうか。床には缶やお菓子の残骸の入ったゴミ袋が少し膨らんでおり、私もそろそろ酔いが回ってきた。
硝子は最初から殆ど変化がないように見えた。齢18にして酒豪の片鱗を感じる。
「じゃーん!」
いつの間にか姿を消していた五条が、紙袋を持って再登場。私にその袋を押し付けてきた。
中を見ると、襷と眼鏡。どちらも誕生日仕様だ。
「誕生日おめでとう、刹那」
「おめでとうございます」
私は『本日の主役』と書かれた襷をかけ、ロウソクが縁に乗っかった愉快な眼鏡を掛けた。皆口々に祝いの言葉を拍手と共に言ってくれる。
「あ、ありがとう……」
そういえば今日は私の19歳の誕生日。同期の中というかこの中でも1番早い。なんたって4月。
照れくさくなって、嬉しくなって、顔を下に向ける。
「泣いてる?」
「な、泣いて……るかも」
「マジ?」
揶揄い混じりの五条の言葉を否定しきれない。込み上げてくる感情の渦が、涙になって発露していた。酒のせい、酒のせいです。
「皆! 好き!!」
涙腺は既に決壊した。集まっている皆に腕を広げて、手当り次第に抱き締める。やっぱ世の中愛だわ。
グズグズになった顔を、袖で拭っていると、夏油がティッシュをくれた。ちーんと鼻をかんで、ゴミ袋に投げ捨てた。
「おいクズ共、何か宴会芸でもしろよ」
お祝いムードが終わっても宴は続く。
女王様みたいになった硝子が五条と夏油に無茶振りを仕掛ける。慌てふためくものかと思ったが、2人は案外冷静そうだ。
少し準備してくる、と言っていたので酒を飲みながら待つ。時間がかかればかかるほど期待が増していくんだけど、アイツらにそれが越えられるのだろうか?
「じゃん!」
「待たせたね」
数分後やってきた彼らの姿に、後輩も含めて私たちは絶句する他なかった。
短いスカートから伸びる長い下肢。すね毛の1本も見当たらない、滑らかだが筋肉の着いた眩しい生足。わざわざ毛剃ったんか?
いや、それ以上にツッコミどころがある。
「そのスカートって……」
七海が恐る恐る尋ねる。
「え? これ? 俺は硝子の」
「私は刹那のを借りさせてもらってるよ」
「呪霊操術 極ノ番──『うずまき』」
私は一切躊躇することなく呪霊の塊をぶつけた。残念なことに2人とも無傷である。
私のプリーツスカートと硝子のタイトスカートがとんでもない尊厳破壊、虐待を受けている。
「硝子」
「私もこれは聞いてない」
「えっ、無許可で女性陣のスカートを……?」
伊地知のドン引きする声が聞こえた。はい、私らは何も聞いておりません。完全無許可、違法スカートです。
とりあえず返せ。スカートに手を伸ばすと、難なく避けられる。
「ちょっと、この下パンツ1枚なんだけど」
「さっさとパンツ晒してお縄につけ」
「ちょ、刹那! 怒ってるのかい!?」
「逆に怒らないとでも……?」
常日頃思ってるけども人間、超えてはいけないラインがあると思うねんな。そして夏油たちはその一線を超えたのだ。
回し蹴りを放つ。夏油は身体を大きく逸らして回避、だが──
「あっ」
元々サイズが合わなかったのだろう、無理矢理履いていたスカートが大きく動いたことによって裂け、ずり落ちていく。それに動揺した夏油が一瞬固まる。
その隙を見逃すほど私は甘くない。無防備なその股間に向けて再度蹴りを放つ。
──黒閃!!
呪力を込めていないはずのに、何故か黒い光が私に微笑んだ気がした。多分夏油の夏油へのダメージがそれほどまでに大きかったのだろう。
「ぐ、ぅ……ぁ……!!」
下半身を抑えて、夏油は膝から崩れ落ちる。悪は去った。スカート弁償しろ。
振り返ると、後輩たちが青ざめていた。別になんも悪いことしなかったらこんなことしないよ。どうか怯えないで。
硝子の方を見ると、あちらも終わっていた。
下半身がパンツ一丁の五条を腰掛けに、硝子は脚を組んで優雅に煙草の煙を吐いた。いつからここはSMクラブになったんだ。
さすがに見苦しいのでさっさとズボンを取りにいってもらった。
嫌なことがあった時はやっぱり酒に限る。本日何本目か分からない缶ビールを開けて、炭酸で喉を潤す。
ぐるぐると視界が揺れてくる気配。そろそろヤバいかも。
「刹那、飲みすぎじゃない?」
「いや……まだだ……」
「ほら、水飲んで」
硝子は私と倍ぐらいスコアをつけているにも関わらず本当に何の変化もない。
夏油に貰った冷たいお水をちびちび飲みながら、酒で鈍った思考回路を冷ましていく。
「……あ、そうだ」
「うん?」
「私、夏油とやりたいことがあって……」
「…………なんだい?」
コイツも少し酒のペースが上がってきているからか、少しだけ頬が赤い。だが、私が真剣に見つめると顔色が悪化していく。なんでやねん。
夏油の胸倉を掴む。
「うずまきの呪詞一緒に考えよ!」
「…………何で?」
ビシッと指を立てると、夏油が大きく息を吐いた。
呪詞。本来術式を行使する際には必要だが、現代においてはもっぱら省略されるものだ。
威力を増幅させる際には、手間を惜しまずきちんと詠唱することが必要なのだが──別にそんなことどうでもいい。
「あった方がかっこいいでしょう!!」
アルコールに浸された脳みそは、元の私の年齢にまで巻き戻りかけていた。
中学2年生。ちょうど
ベロベロになりながらべちべちと夏油のアタマを叩く。コイツは酔っ払いには厳しく、冷たい視線が降り注いだ。
「考えるって言ってもねえ……」
「うん、本来なら呪詞ってのは自然に術式に付随してくるものだから、考えるという表現はちょっとおかしいかもしれないね。でも現代においてはいかに呪詞や掌印を省略できるかが大事だから、それに意識を割いた結果廃れてしまい、必要な際にも思い出せないという事態が起こったんだよ。たぶん。知らんけど!」
「急によく喋るな」
舌が急に回り出したので五条が引いている。すまん、呪術のことになるとつい早口になってしまった。
「五条みたいに代々受け継がれているような相伝術式は省略される前の文献なんかもしっかり残されているだろうけど、私たちは違うでしょう? だから呪詞を考えるというか……削り出すというか……あれ……順序を逆に……う〜ん……?」
「どんどん自信を失ってきている……」
「うう……なんか不安になってきた……」
ようは自分の術式であっても呪詞がちゃんと分かんないから、一緒に割り出して欲しいんだわ。
とりあえず携帯のメモ帳を開いて、『わたしのかんがえたさいきょうの呪詞候補集』を夏油に見せる。
何かに使えないかと思って、心に刺さる単語をちまちまメモしていたやつだ。
「……どうしよう、私が思っていたよりも遥かに刹那は重症なのかもしれない」
「なんだと……!」
「これ素面の時に打ったんだよな? おもしれぇコイツ」
五条と夏油は私の携帯を回し読みして口々に嘲ってくる。あんまりではないだろうか。
ここはちょっと泣き真似でもして困らせてやろう。
「……ぐす……」
「え?」
「わ、私は……もっと強くなって……2人に追いつきたくて……っ」
鼻をすする。俯きながら手で顔を覆えば泣いてないことには気付かれないだろう。
「うわっ、刹那のこと泣かせたの? 最低〜」
「いたいけな少女を泣かせるのはどうかと思います!」
「19歳は少女という年齢でもないでしょう灰原……」
「何言ってるんだい七海! 女性はいつだって女の子なんだよ!!」
硝子たちが援護射撃をしてくれる。多分七海と灰原は演技に気付いてないな。硝子は絶対気付いてる、だって声が笑ってるもん。
伊地知は白いハンカチを手渡してくれた。優しい。
五条と夏油はぐ、と言葉に詰まっていた。特に五条。何ヶ月か前に強さ云々の話をしたからこれは刺さるだろう。
「わ、悪かったって!」
「…………うん……」
「すまない、お詫びに出来ることなら何でもするから……」
「ほんと……?」
言質とったなり。
「はい縛りね。じゃあ、今から麓のコンビニまでダッシュしてぶどうジュース買ってきて。術式無しで」
「は?」
顔を上げて舌を出す。夏油がやられた、と悔しそうに漏らした。いってらしゃい。
小さくなっていく夏油の背中を見ながら爆笑する。あー飯が美味い。
「刹那、テメェ……」
「ひえっ」
揶揄われたと分かり、五条がドスをきかせた低い声で私の名を呼ぶ。本能的な恐怖が呼び覚まされて、思わず飛び退こうとした。
その前に、五条は姿勢を低くし、私の身体の側面へ組み付いた。そしてそのまま私を持ち上げて、背中が弓なりになるよう顎と腿を強く引く。
「があああああっ!!」
「あ、あれは……アルゼンチンバックブリーカー!?」
「いや解説している場合ですか家入さん!?」
「ごじょ、ごめん!! 悪かったって!!」
誠心誠意込めて必死に謝罪すると、意外とあっさり下ろして貰えた。痛めつけられた腰を撫でる。ここまで怒るのは割と想定外だったな。
「これに懲りたらふざけた真似二度とすんなよ!」
「はい……」
とどめと言わんばかりに額に思い切りデコピンされた。ただのデコピンとは思えない衝撃、音がした。
硝子に患部を冷やしてもらっていると、レジ袋を引っ提げた夏油が息を切らして走ってきた。
あれから数分しか経ってないけど、どんだけ急いだんだよ。
よく冷えたジュースを有難く受け取って飲んだ。美味い。馬鹿なことしてたら酔いも冷めてきた。
「コイツ俺がちゃんとシメといたから」
「ありがとう、悟」
「はあ……酷い目にあった。ところで、話を戻していい?」
「まだ酔ってるのかい刹那」
「いや、さっきは酔ってたけど真面目に検討したいんだよね。呪霊操術の弱点って圧倒的な個だから、それに対抗できる手段を伸ばすのは悪いことではないと思うんだけど」
圧倒的な個、で伏黒甚爾のことを思い出したのか、夏油の顔が険しくなる。そういうことなら、とマトモに話を聞いてくれるようになった。
「やっぱり技によく関連した単語がいいよね、これとかどう?」
「……いや、それはダメだ」
『烏合』の文字を指で差すと、さらに夏油の顰め面が悪化する。
あ、そういえばこれも伏黒甚爾が使ってたな、そりゃ駄目だ。
「じゃあこっち?」
「悪くないんじゃないか、これも中々……」
乗り気になった夏油は凄い。自分も携帯を取り出して、ポチポチと調べ始める。しっくりくるような、身体に馴染むような単語をサクッと探してきてくれた。
「じゃあいくよー」
なんとなくは決まったので、簡易的な結界を貼って検証する。効果がちゃんとあればこれで決定。
比較用に夏油には何もなしのうずまきを打ってもらう。
「〝
心なしかいつもよりも何だか呪力の流れが滑らかな気がする。いや、まだ気のせいというかプラシーボ効果かもしれない。
「〝
一塊となる呪霊の群れに、より強い呪力が込められていく。
「呪霊操術 極ノ番──『うずまき』」
極小のそれが弾けた爆風は、無詠唱のものよりも明らかに大きかった。
成功、ということだろうか。
「……どうよ」
「いいじゃないか」
私たちは数秒見つめあった後、パアンと勢いよくハイタッチした。
気分はまるでテニス大会で全国優勝が決まったダブルスペアのようでもあり、喧嘩で互いに背中を託して何十人もの相手をボコボコにした不良のようでもあった。
つまりは素晴らしく爽快。
宴も酣。すっかり暗くなり、桜を見るどころじゃなくなったので解散することになった。缶でいっぱいになったゴミ袋を持つと、カラカラとアルミたちがぶつかり合う音がする。
終わりというのはいつだって寂しいものだ。
男性陣と別れて、硝子と2人で月明かりが差す寮の廊下を歩く。私は別れを惜しむ気持ちで胸がいっぱいだった。
「……今日は楽しかったよ」
「それは良かった。毎年毎年、アイツらもよくあそこまでテンション上げられるもんだ」
「すごいよね、ホント」
「ねえ、刹那」
少し俯いていたけど、硝子が名前を呼んだので顔を上げる。
「来年もまたやろうか」
「……うん、出来たらいいね」
そんな未来が来ないのを分かっているのに、私は笑顔を取り繕って硝子に笑いかけた。本当に、吐き気がする。
明け方、まだ皆が寝静まっている頃に、私は高専を抜け出した。
私はいつもの制服を脱いで私服に着替え、仙台行きのチケットを握りしめていた。
■虚枝 刹那
春生まれ。
酒は弱くはないけど強くもない。
■家入 硝子
花見と誕生日会を一緒にしようと提案した。
公式酒豪。
■夏油 傑
刹那のスカートでも割と限界ギリギリだった。硝子のは無理。
酒強そう。
■五条 悟
余裕で硝子のスカート履ける。
公式下戸。
あと2話ぐらいで一区切りつきそう。
あと誤字報告機能ってめちゃくちゃ便利ですね。ありがたく使わせてもらってます。
那由多の明日はどっちだ
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しめりけ
-
だいばくはつ