あのあと私は裏梅の術式を利用した氷室へと連行された。めちゃくちゃ広いし、その中には様々な種類の食材が収納されている。
猪、熊や鹿など肉類がやっぱり多いけど、何の肉か分からないものもあって、少し不安な気持ちになってきた。絶対深堀しないでおこう。
肌寒い氷室を歩き回って食材を調達する。ちなみに裏梅は私の見張りとして、氷室の入口に立っていた。
あんまり料理が得意じゃないから、できれば裏梅に手伝って欲しいけど……駄目だよな。宿儺の許可さえ取れれば今すぐ私を殺しそうな目をしている。
仕方がない、自分で頑張ろう。私がレシピなしで作れる料理なんて数は少ない。やっぱりアレかな。
肉と玉ねぎ……はないから白ネギでいいや。これらを細かく刻む。フライパンもないから構築しちゃえ。火をつけて、醤と塩、甘葛で味付けして、卵で包めば完成。お母さんのに比べると随分形が歪だけど、ちゃんとオムレツだ。
「ど、どうぞ……」
ケチャップもないから、何もかかっていないありのままの姿で出す。なるべく中の具を濃いめの味付けにしたけど大丈夫だろうか。
「鶏卵とはなんと不吉な……! このようなものを宿儺様に食べさせる訳には!」
「卵を食べると祟りが起きるなんて、ただの迷信でしょう。 呪いの王がそのような噂話に怯えるなんてことありませんよね?」
「貴様……!」
私たちが言い合いをしている間に、宿儺はジロジロとオムレツを眺め、匙で救いとった。止めようとする裏梅を必死に抑えていると、宿儺の口へ匙が吸い込まれていく。
しばらく咀嚼して、飲み込んだ後、宿儺は一言だけ言った。
「確かに目新しいが……裏梅が作った方が美味いだろう」
そりゃそうだろうよ。ガチの料理人と素人を比べないでくれ。
私の腕の中で暴れていた裏梅が随分大人しくなったと思ったら、歓喜に震えていた。良かったね。
「私は他にも料理を知っています。それを裏梅さんに教えますので、どうかお傍においてはいただけませんか?」
「どこの馬の骨とも分からぬような奴が、言うに事欠いて宿儺様に仕えたいだと!? いい加減にしろ、この下臈が!」
「私は宿儺様にお尋ねしてるんです。裏梅さんは黙ってて」
「その変な呼び方を止めろ!」
裏梅、凄い沸点の低さだ。氷属性なのにこんなキレやすくていいんだろうか。
「──よい。まあ暇潰しにはなるだろう」
「宿儺様!」
「ただし、俺の興を削いだら殺す」
「は、はい……!」
多分これガチだ。いらんことをしたら文字通りクビになるんだろう。それでも一応許可は頂けたということで、床に額をつけて感謝の意を述べた。
そもそも、なぜ私が平安に来ているのか? それは『閉じない領域』を習得するためだ。
色々弄っていたら、転生できる時代が未来だけじゃなく過去まで行けることがわかったので、閉じない領域を使える2人と確実に接触できるこの時代まで来たのだ。
羂索の方は姿が分からない以上、宿儺とどうしても関係を持ちたかった。そのうち……宿儺が寿命か何かで死ぬ前には羂索とも会えるだろう。
しかし、思っていたよりも簡単に事が運んだ。あと3倍ぐらいは死ぬことを覚悟していた。幸先いいね!
『裏梅さん』と呼ぶと嫌な顔をするので、裏梅のことは呼び捨てにすることにした。宿儺は宿儺様。それ以外は絶対切られる。
私のふわっとしたレシピもどきでも裏梅は料理人らしく完璧に対応して、宿儺の舌を唸らせるような料理を作っていた。時折血に塗れた姿で何かを引きずっている裏梅の姿を見たが、何も言わない。私は何も見なかった。
裏梅は最初の方こそ私を警戒して、刺々しい態度だった。しかし、宿儺に危害を加える様子もないからか、やがてその警戒心は解かれていった。但し扱いは未だ雑だが。
「あつい……裏梅、削氷食べようよぉ……」
「氷室のものを持ち出して勝手にやっていろ。私を巻き込むな」
「そう言わないで、出したてが1番美味しいんだよ……」
「ええい、ひっつくな!」
平安の夏は現代よりは涼しいと言った。だが、夏は夏。暑いものは暑いのだ! 特に耐性のない私なら尚更。
拒絶する裏梅に縋れど、にべもなし。すぐに剥がされて私は床にべちゃりと倒れ込んだ。
そこにやってきた宿儺。彼も人の子、気温のせいか当然のように上半身裸だ。いや、いつも上裸な気もする。
「よいではないか。出してやれ、裏梅」
「……宿儺様が仰るのなら」
「ありがとうございます!!」
いつも足を舐めんばかりの勢いで媚びへつらった甲斐があった。宿儺に言われて裏梅が断れる訳もなく、不純物のない透き通った氷の立方体を作る。
早速削ろうと小刀を取りに立ち上がったが、宿儺に止められた。彼の精悍な腕が氷塊を掴み、私の方へと押し付けられる。
「俺手ずから削ってやろう。
「至れり尽くせりですね。畏まりました!」
私は氷を両手で抑える。宿儺の術式をこんなふうに使ってもいいのだろうか、なんて思いつつも、本人がいいならいいやとすぐに思考放棄した。
『解』によってサクサクと削られて器に盛られていく氷。早く食べたいな。心が浮き足立ってたまらない。
ふと、不可視の刃が私の指先を掠めた。危ないので、手を動かそうとすると──
「俺は動くなといったのだ。分かるな?」
「えっ」
宿儺からの圧。でも、このままだと私の指ごと切れちゃう。でも命令に刃向かったら殺されそう。どうするべきなんだ!? 動揺しているうちにも刃は進んでいき、私を切り刻む。
「い゛っ……! す、宿儺様!? いた、痛いです!」
「そうだろうな」
「ちょ、やめ……っ! い、だ……!」
今すぐ手を離したいけど、宿儺がこちらをジロリと見ている。逃げようとすれば確実に殺される。
綺麗な金椀に盛られた真っ白な氷が、やがて私の血と肉が混ざり赤く染まっていく。こんな血なまぐさいシロップがあるかよ。
「ケヒッ……! どうだ裏梅、中々楽しめるだろう」
「ふ、そうですね。夏の煩わしい暑さも吹き飛びそうです」
私が痛みで喚き続けるさまを見て、宿儺と裏梅は大層面白そうに笑っていた。ゲラゲラウフフ。喧しい!
そのあとで反転もかけてもらったし、ちゃんと甘葛のかかった削氷を食べられたからいいけど。もしかして宿儺は私を虐めるために側仕えを許したんだろうか。
「あれ、宿儺ってば新しい従者増やしたの?」
私が裏梅と一緒に外の掃除をしていると、知らない人が話しかけてきた。黒髪を結わえて烏帽子を頭に載せた男。それなりの立場っぽいけど、誰だろう?
「何だ貴様か。宿儺様は今お休み中だ。出直せ」
「裏梅、この方は……」
聞こうとした瞬間、その額にある傷に気付いた。羂索かよ。
「やあ、私は羂索。裏梅と宿儺の友人だよ」
「誰が貴様と……!」
「ま、まあまあ裏梅。宿儺様が寝ていらっしゃるから静かに……。私は刹那です。よろしくお願いしますね」
彼は友好的な笑みを浮かべて、握手を求めてきた。私も当然握り返す。
いつか、私はこいつを殺してみせる。でも、今は友好関係を築いておきたい。
「君はなんで宿儺のところに? 裏梅は人肉料理しちゃうような奴だから、まあわかるけど」
「喧しいぞ」
「うーん……一言で言えば宿儺様が強いからですけど」
そしてあわよくばその力の一端を私に教えて欲しい。
羂索はわかる〜と緩い反応。裏梅は後方従者面で深く頷いている。
「他にもあるんじゃないの?」
「これ以上は知り合い未満では少しお話できませんね。友人になってからまた話しましょう」
「手厳しいねえ」
「さっさと帰れ」
「はいはい。また来るね〜」
2度と来るな、と裏梅は吐き捨てた。何故そんなに嫌うのか尋ねると、単純にうざったいかららしい。そっか……。
「それより、今日は貴様も夕餉の準備を手伝え」
「はーい」
裏梅が私に手伝いを頼むなんて珍しい。普段は手つきの覚束無い私を鬱陶しがって無下にするくせに。
でも頼んでくるってことは私の力が必要なんだろう。是非是非手伝います。
氷室の一角に、それは転がっていた。私が必死に見ないふりをしていたものを、裏梅はいとも容易く私に突きつける。死体なんて自分のもの以外もう見たくないのに。
「内臓は保存の観点から先に抜いてある。解体を手伝え」
「……はい」
よく研がれた刀で、その首を落とす。床に転がる生首の顔は生気がない。当たり前だ、死んでいるんだから。
どうやって死んだのかは分からないが、驚愕に満ちた相貌のそれはこちらを見つめている気がした。気分が悪い。
四肢を断ち切り、骨を抜く。氷室の中は快適な涼しさを通り越して寒いぐらいなのに、私は汗ばんできていた。
内臓を予め取っておくために切り開かれた胴体。皮を剥いで、余分な筋や脂を落とす。肉磨きって結構大変だ。裏梅は今までこれを一人でやってきたんだろうな。なるべく余計なことは考えないようにする。
綺麗になった肉塊。これが何だったのかは傍目から見ると分からないだろう。
ようやく終わって、私は大きく息をついた。裏梅も調理には私を関わらせる気はないようで、私を追い払うように手を動かす。助かった。
「随分と顔色が悪いのではないか?」
「宿儺様……」
面白がっているとすぐに分かる。この人は意外と感情が表に出るタイプだ。
「氷室にずっといたので、少し身体が冷えてしまって。それだけですよ」
「そうかそうか」
自分が見世物にされているのはあまり気分がいいものではない。文句を言おうものならすぐに膾にされるだろうから何も言えないけど。
私は少し外を散歩してきます、と言って足早に離れた。まだ夕餉までは時間がかかるはずだ。
とぼとぼと外を歩く。相変わらず病や飢えに苦しんでいる人達ばかりで、空気が重苦しい。気分転換にもならないや。
やっぱり帰ろうかと踵を返そうとしたところで、先日会ったばかりの男と目が合った。
「や、また会ったね」
「お久しぶり……でもないですね、羂索さん」
「ここであったのも何かの縁でしょ、少し話でもしない?」
断ろうとも思ったがどうせ時間はあるし、まあいいかと頷く。
羂索は私を小さな小屋へ案内した。畳に粗末な布が敷かれただけの簡素な部屋だが、気にせず腰を下ろす。
「何か嫌なことでもあった?」
「まあ……そうですね」
「どうせ宿儺に嫌がらせでもされたんでしょ」
「違うとは言えませんが、私の問題ですね」
自分の倫理観がよく分からなくなってきたのだ。呪詛師になったら人を散々殺し回ってたくせに、死体を解体するのにあれほど躊躇する。我ながら意味がわからん。
「倫理観ねえ……そんなものこの情勢だと捨てた方がいいんじゃない?」
「それは、分かっているんですけど……そう簡単にはいかなくて」
カリカリと自分の爪同士を擦り合わせた。正直噛みたいが、人目があるのにそんなことは出来ない。
私は中々難しい顔をしていたらしい。羂索は気を使ったのか、話題を変える。
「はあ、日月星進隊の隊長が……」
「うんうん。それに五虚将が最近会津の術師に返り討ちにあったらしいんだよね」
「へぇ、あなたよく知ってますね」
年の功なのか、彼は案外話し上手だった。会話の間のとり方や言葉選びが巧みだ。あっという間に時間が過ぎていく。
気付けば日は落ちかけていた。そろそろ戻らなければ。
「ありがとうございます。こちらの憂さ晴らしに付き合ってもらって」
「良いんだよ。だって私たちってもう友人でしょう? もっと砕けた話し方でも構わないよ」
「いつの間にか友人になってる……!?」
恐ろしい程に人の心の隙間に潜り込むのが上手い奴だ。私も友達になるのは別に吝かではない。いつか決別するのは確定だけど。
帰ると、もう既にご飯の支度は出来ていたらしい。食欲をそそるような香ばしい匂いが鼻腔を刺激する。それが人肉由来と考えると大分気が落ち込むが。
「遅い。宿儺様は先に召し上がっておられるから、貴様も早く食え」
「……私、ちょっと食欲がなくって」
だから今日はいらない、と続けようとしたが、宿儺は無言でこちらを見つめる。席につけ、ということだろうか。
タイミング悪く、私の腹の虫は無情にも泣き叫ぶ。裏梅にも促されて、私は食卓についた。
目の前には美味しそうなハンバーグ。私が裏梅に教えたものの一つだ。見た目はすごく、すごーく美味しそうなんだけど。
1口分、箸で切り分けたが、どうにも口へ持っていけない。
落ち着け。今まで何度もやってきたことじゃないか。あれから転生する度に、私は私を食らってきた。だから、大丈夫。
──そんなわけあるか! 自分と他人は全然違うし、あれはあくまでもただのイメージで本当にそのまま肉を食らってるわけじゃない。
やっぱり今日はやめておこう、その辺の木からすももでももぎ取って食べようと覚悟を決めた。
しかし、呪いの王は愉しそうに私へ話しかける。
「どうした、食わないのか?」
「あ、……え、っと」
「そんなに食べにくいのなら、俺が食わせてやろうか」
「いえ! 宿儺様の手を煩わせる訳には!!」
事実的な死刑宣告だった。食わなきゃ殺すって言われていた。
私は震える手で箸を握り、肉を呑み込む。裏梅が作っただけあって、何の臭みも感じない、香ばしいただのハンバーグだ。1口食べたらあとはもう一緒だ。急いで掻き込む。
脳裏にあの死人の顔が浮かんだ。今日の具材となった彼のイメージを掻き消したくて、必死に他のことを考えた。夏油、夏油……だめだ、夏油がハンバーグになってしまう! 余計に気持ち悪い。
「ぉ、う゛えぇ……っ」
食べきったあと、私はすぐに厠に駆け込んだ。今日食べたもの全部が胃からすぐに逆流する。固体が大量に含まれた吐瀉物は喉に負担が掛かる。ヒリヒリとする喉を必死に撫でて、落ち着かせようとした。
生理的な涙が零れた。これからも私時々肉料理が出たら人肉かどうか疑わなきゃいけないの、辛すぎる。
厠の外側から、悪趣味な笑い声が聞こえた。やっぱり私を虐めるために側仕えを許可しただろ。
■刹那
飛んで火に入る夏の虫。
一応料理は人並みには出来るけど比較対象が悪すぎた。
■裏梅
料理のアイデアは面白いけど本人の技量がカスなのが勿体ないと思っている。
■宿儺
よく鳴るおもちゃGET。
■羂索
お友達から始めましょう。
お気に入り1000人超えてました。ありがとうございます!
那由多の明日はどっちだ
-
しめりけ
-
だいばくはつ