何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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17.津々浦々

 何処か悲しみを感じさせるような琵琶の音色。盲いているのだろう、焦点の合わない濁った瞳で、僧はポツポツと語り続ける。

 ──祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響きあり。

 教科書で何度も目にして、音読させられた文。学生が惰性で読んだものとは全く違う、美しい声音だ。私は思わず懐から銭を出し、そっと僧の前の籠に置いた。

 

「あれ、そういうの興味あるの?」

「良いもの見せられたからね」

 

 城下町の一角に出来た人集りから私たちは離れ、羂索の目的の場所へと向かう。それにしても、活気のあるいい町だった。

 

 人里から離れた場所に、呪霊が溜まっている。昔よりは随分のその数も強さも減ったものだ。気配を消して、その場で佇んでいると別の術師がやってきた。

 あっという間に術師は呪霊を祓除し、その場を離れようとする。それを羂索が姿を現して、引き止めた。

 

 交渉事は専ら彼の役目だ。私はどうでもいいのでそっぽを向いておく。術師が私について尋ねると、羂索は堂々と用心棒のようなものだと嘯いた。誰がやねん。

 

 こうやって全国を行脚しながら羂索は死滅回游の泳者を探している。もう10年は経っただろうか。

 色良い返事を貰えることもあれば、怪しいと切り捨てられそうになる時もある。

 相手と敵対するような事態になったら大体私はコイツに盾にされた。まじでやめてほしい。

 

 閉じない領域の研究も続けてはいるものの、未だ何も掴めていない。

 結界術の方も帳ぐらいなら下ろせるけど、そこから条件を色々と加えようとするのが難しい。

 羂索に聞いてみたけど『センスないんじゃない?』と煽られるだけだ。宿儺といい、ちょっとは教える気とかないのか。

 

「あー……」

 

 宿の布団にダイブして、呻き声をあげる。未だ進捗ゼロ。

 掛け布団をもぞもぞ弄ったり、抱き枕のように丸めてみたり。鼻をくっつけて息を吸えば、お日様の香りがする。

 

「まだ日も落ちてないのに寝転がるもんじゃないよ」

「うるさいなあ。アンタは私の母親かよ」

「流石に母親にはなったことがないね」

 

 これからなるんだよ。

 羂索はぐうたらする私を足で跨ぐ。失礼だぞ、と抗議してもどこ吹く風。遠慮というものが全くない。

 

「羂索、準備できてるの? そろそろ時間なんだけど」

「はいはい。本当に面倒だよ、もう少し長く生きられないのかい?」

「むーりー」

 

 28年と8ヶ月。私の肉体はそれを超えると勝手に死ぬのは最近……というより平安時代に気付いた。アレに問い合わせてみたけど、『仕様です』の一言で終わり。

 私が生まれてから夏油が死ぬまでの年月しか生きられないのだ。これ、目標達成したら治るよね? 治らないと流石に欠陥品すぎる。

 受肉元の肉体が大体17歳。そして10年ぐらい経ったからそろそろ寿命だ。

 

 というわけでまた呪物になって暫く生得領域に引きこもろうと思います。サヨナラ。

 

 

「諸行無常ぉ〜の響きぃ〜あり〜〜っ」

 

 領域の中はよく声が響く。城下町で聞いた平家物語を真似するけど、あんな風にビブラート? こぶし? を効かせることは出来なかった。私そんなに歌得意じゃないし。

 

 ぐるぐると体内に呪力を回す。やっぱりこっちの方が呪力操作はしやすい。精密な操作が出来れば何かと楽になるだろうと思って、色々と考えてみた。

 縫い針を作って糸状に細めた呪力を通すだとか、1枚の紙を呪力で綺麗に折って式神を作ってみるだとか。

 長年やっていればそのうち誰でも出来るようになる。何年経ったか正確には分からないが、片手間で出来るぐらいには慣れた。

 

 それにしても、暇だ。

 仏塔の中に式神を放し飼いにしていると、夏油の前髪を弄ったり、身体の上で寝たりと好き勝手に振る舞う。なんだか本当に涅槃みたいになってるよ。

 気が向いた時に遺体を綺麗にしていたんだけど、もう皆汚れも落ちきってしまった。

 

「話し相手が欲しい……」

 

 もう万でもいいから話したい。孤独。圧倒的孤独。他の呪物化した皆はどうやってこれに耐えているんだろう?

 羂索、早くここから出してくれ。

 

「あ」

 

 また領域内に侵入者の気配。哀れな犠牲者の魂をひっ捕らえ、無理矢理底へ沈めた。ごめんね。

 

「遅い!!」

「あーごめんごめん」

 

 受肉してすぐに、目の前の男の胸倉を掴んだ。羂索は平然とした顔で私の腕を外す。

 あれから一体何年経ったのか聞くと、大体300年位らしい。そりゃあ暇だわ。

 

「で、まだ泳者探しの旅?」

「それもある。だが、もう1つ重要な目的があるんだ。──天元の同化阻止だよ」

「ああ……」

 

 だとしたら大体今は1500年前後だな。

 天元様の同化は500年に1度。前回は失敗したから今度こそ成功させようと躍起になっているのだろう。その辺はあまり知らないけど。

 羂索はいつもと違って少し余裕がなさそうだ。それが何だか面白くて、笑い声が漏れてしまった。

 

「もう、笑わないでくれる? 真剣にやってよ」

「ごめんごめん、私はアンタに協力する。そういう縛りでしょ。だから大丈夫」

 

 羂索が言うにはもう既に六眼保有者も星漿体も殺してはいるらしい。生後1ヶ月のしない赤ん坊を殺すなんて殺生な。

 だが念の為同化の日までは気が抜けないらしい。だから私を受肉させたというわけだ。

 

 ま、私は知ってるんだけど。同化当日に六眼も星漿体も現れて同化が成功するってね。

 

 雲ひとつない夜空に、真丸のお月様が爛々と光り輝いている。そんな中、私は必死に走っていた。

 当然同化阻止は失敗。私と羂索は今敵に追われている最中だ。

 一歩踏み出す度に開いた傷口から血が漏れ出す。急いで反転を掛ける。

 

「しぬ……っ」

「私なんかもうほぼ死んでるよ」

「うるせ!」

 

 ワハハ、と私の腕の中で笑う羂索。彼は今生首姿だった。

 六眼保有者に襲われて、わたしも深手を負ったから庇い切れなかったのだ。コイツの本体は脳だから、とりあえず首を掻っ切ってこれだけ連れてきた。

 

 幸い六眼の術師は振り切れた。あとは恐らく有象無象の連中だと……信じたい。

 何かが飛んでくるような音がして、咄嗟に避ける。呪力が籠った暗器が私の耳元を掠めた。

 

「ちょっと隠れてて」

 

 生首を影に無理矢理呑み込ませて、敵と向き合う。暗いけど呪力探知すれば分かる、5人だ。

 やっぱり羂索見捨てようかな。

 一瞬そう思ったが、縛りもあるしやめだ。やるしかない。

 私は手を広げて、少しだけ重ね合わせる。

 

「『鵺』」

 

 バチリ、と轟く雷光。怪鳥が羽を広げると、術師たちに向かって雷が落とされた。

 5人に分散させたから殺せるほどの威力はない、一瞬麻痺させる程度だ。

 だけど、それでも十分。

 1番近いところにいた男の腹に呪力を込めて拳を振り抜く。鈍い音、衝撃。吹き飛んでいった男は太い木の幹に思い切りぶつかった。頭ごといったし暫くは動けないでしょ。

 

「と、十種影法術……?」

「まさか、禪院家の手の者か!?」

 

 今は違います。

 動揺する術師と動じずに向かってくる術師は半々。2人がかりで刀を振るわれる。気を抜けば切られる。緊張感で、私の胸がヒリついていく。

 

「『玉犬・渾』」

 

 十種使ってた時に式神はほぼほぼ破壊されてるからあんまり数いないんだよね。

 玉犬が1人を相手してくれる間にもう1人を始末せねば。月明かりに照らされて鈍く光る刃が、私のポニーテールの毛先を切り落とした。

 命のやり取りが今、目の前で起こっている。瞳孔が広がっている気がする。全神経が、私を生かすために働いていた。

 

 先ずは武器。ふらり、とわざと誘えば相手は乗ってくる。頭の上から振り下ろされた刀を白刃取りの要領で受け止めて、思いきりへし折る。

 武器を失って、僅かな隙が生まれた。無防備になったその顔面を引っ掴み、膝で思い切り叩き潰した。

 極限状態で、背中に流れる汗の雫も気にならない。

 

 ──その時、黒い火花は私に微笑んだ。

 

 黒閃──打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。まるで私を祝福するように、黒い稲妻が奔る。

 そこからはもう流れ作業。動揺の解けた術師も戦闘に加わったが、話にならなかった。

 ただ拳を振るう、蹴りを放つ。それだけなのに、今までよりも遥かに力も速さも圧倒的に違う!

 

 ──黒閃!

 

 最後の1人の顎にアッパーを放った時、また呪力が黒く弾けた。

 身を包むような全能感。まだまだ戦っていたいけど、相手がいないなら仕方がない。術式を解いて羂索を出す。

 

「わ、本当に倒したのかい」

「うん。……黒閃しちゃった」

「……もしかして初めて?」

 

 生首に対してこくりと頷き、次の身体はどれにするか選ばせてやる。私に負けるような大したことない術師だが、ここで選り好みするような奴でもないだろう。

 

「いや、本当に死ぬかと思ったよ」

「私のセリフなんだけど」

「まさか殺したのに新しいのが現れるなんてね。殺害じゃなくて封印の方に舵を切るか……」

 

 私の言葉なんて聞いちゃいない。羂索は1人でブツブツと話し続ける。

 その顔には少しだけ焦燥感のようなものが滲み出ている。2度目の失敗。想定外の事態により辛酸を舐めされられたからか、苛立ちも混じっている気もする。

 それを肴に1杯やってもいいが、それより呪術。

 黒閃の経験により、私は1歩呪力の確信に近づいたというわけだ。

 ──今ならいけるか?

 

「また駄目だったの? 私はもうとっくに出来るのに」

「うるさい」

 

 駄目でした。

 というか、羂索はもう閉じない領域が出来るようだ。ずるい。話を聞いたら宿儺に見せてもらったあと割とすぐに真似できたらしい。これだから天才は!

 

 その後10年間研鑽を積んで、結界術も上達した。複雑すぎなければ条件変更も多少出来るようになったし、中々良いんじゃないだろうか。領域の方はまだまだである。

 そろそろまた呪物になる時が来た。割と嫌だ。

 

「また300年放置だったら怒るよ」

「はいはい」

 

 適当な返事が返ってきて、私は不安になる。されど何もできることはない。生得領域にまた舞い戻ってきてしまった。

 

 領域展開は工程がある。生得領域の具現化と、術式の発動。

 そのうち、閉じない領域でより重要なのは言わずもがな、生得領域の具現化だ。

 区切られていない心象風景を無理矢理外界に持ち出すのだから、境界がないと話にならない。なぜ領域展開に結界術が必要なのかというのはそういうわけだ。

 

 どうやってそこから外殻を失くすのか? 見当もつかない。

 なくなれ〜と念じてみるが、それで済むなら皆出来る。

 疲れたから仏塔に背中を預けて、少し眠りについた。また虚枝刹那の夢を見た。最近多いな。

 

 呪力をこねくり回していると、また侵入者。今回は前よりも随分早い。私の話を一応聞いていたらしい。

 そういえば羂索は『次受肉する時は、顔だけそのままにしておいて』と言っていた。ずっと同じ顔の人がそばに居たらおかしいもんな。納得したので彼の言う通りにする。

 

「おはよう」

「や、前よりは早かっただろう?」

「うん。今は何年経った?」

「100年ぐらいかな」

 

 100年。江戸時代ぐらいだろうか。歴史には疎いからあまり自信がない。

 肘で羂索をつつく。

 

「なんか面白いことないの?」

「んー……あ! そういえば近日中に禪院家と五条家の御前試合があるみたいだよ」

 

 見に行く? と聞かれたので首を縦に振る。十種と無下限。2つの相伝術式がぶつかり合うところは是非見たい。

 羂索はあわよくば2つの家が潰しあってくれないかな、とため息をついていた。

 

 

「ふ、……アハハハハ!!! 見た? ねえ、ちゃんと見てた?」

「見てたよ。バッチリ」

 

 マジで潰しあった。無下限を破れなくて歯痒い思いをしていた禪院家当主を五条家当主が煽りに煽り、切れた禪院家当主が魔虚羅を呼び出して両者相打ち。

 羂索は相当面白かったらしく、さっきから笑いが止まらないようだ。うるさい。

 散々六眼に苦しめられてきたから、胸がスっとしたのだろう。

 

 彼の足取りは軽く、ウキウキしたまま泳者の勧誘へとむかっていく。私もそれに着いていった。

 

「うわっ……」

「……羂索と、誰だ?」

「私の友人。で、どう? 楽しめた?」

「全くだ。やはり貴様と戦るべきだった」

 

 老人が1人、座っている。それだけならまだ何もおかしくはない。

 しかし、その周りには焼き焦げた草木、刀が胸に突き刺さった死体、断面がグズグズになった生首など酷い有様であった。肉の焦げたような匂いが鼻につく。ごはん食べてなくてよかった。

 

「勘弁してよ。今は特に戦闘向きじゃないんだ」

「……ならば、そこの女はどうだ」

「私、まだ死にたくないから嫌だよ」

 

 防御不能の電気はちょっと相手取るには厳しすぎる。

 羂索は代わりと言わんばかりに別の人物を挙げるが、距離も遠く、戦う前に老人が死にそうだ。何かの病にでもかかっているのか、喀血していた。

 宿儺と戦うことだけを望んで、彼は羂索との契約を呑んだ。パリ、と電気が空気中を流れる音が轟いた。

 

「で、次はその陸奥の術師に会いにいくってことね」

「その通り」

 

 江戸時代に交通インフラなんてものはほとんど整備されていない。辛うじて、道があるだけだ。

 老人のいた場所から陸奥──現代で言う東北辺りに行くのは非常に時間と労力がかかる。何日もかけて、私たちは北上して行った。

 

「どうだい?」

「いやぁ、俺はこの人生に不満なんてねえからなぁ」

「本当に? 君の心は満たされているのかい?」

 

 トン、と羂索の指先が男の胸を突く。案外人の心が読めるやつだ。男は立派に結わえた髷を撫で、ふう、と煙管から吸った煙を吐き出した。

 

「腹八分目、だな」

「食後のおやつが足りてないんだよ」

 

 つい口を挟んでしまう。懐から取り出した干し柿を男に渡すと、パクリと1口。

 

「甘ぇ……」

「きっと、もっと甘いものが食べられるよ」

 

 男もまた、羂索と契約を交わした。

 

「意外だったね。君が私の交渉に口を挟むなんて」

「んー……甘いものは大事だからね」

 

 甘味と言うのは心の潤いでもあるのだ。それを知らずに死ぬなんて、勿体なさすぎる。

 そうでしょう? と問いかけると、彼はあまり納得していないような顔で頷いた。

 




■刹那
初めての黒閃です。

■羂索
六眼嫌い!!!!

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ

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