【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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*いつかどこかの話③

 渋谷事変は終わりを迎え、日本全土では新たに死滅回游が始まった。生き残った面々は上層部に見つからないように高専へ集合していた。

 獄門疆・裏の存在、虚枝刹那の皮を被った何かの正体──天元から話を聞いたあと、九十九由紀はふと首を傾げる。

 

「……そういえば夏油君はどうしたんだい? 彼がいてくれると戦力的に助かるんだけど」

「夏油先生は今海外にいて……」

 

 ピロピロ、まるで見計らったかのように乙骨の携帯がなる。出ると、ビデオ通話らしく画面に夏油の姿が映った。

 

『や』

「夏油先生!」

『日本で今、何が起きているのか、聞かせてもらえるかい?』

 

 情報共有をしたあと、夏油も現状を話し始める。

 五条悟が封印されたと聞いて、すぐにでも戻ろうとしたが、たまたま海外で仲良くなった友人がとある呪具を知っていると聞いた。それを何とか貰うために交渉していたのだ。

 

「呪具……?」

『あらゆる術式効果を乱し相殺する『黒縄』さ』

「天元様の言ってた奴! じゃあ!」

 

 ──五条先生の封印が解ける! 

 虎杖は暗い顔から一転して、希望に満ちた顔をする。

 

『ああ、悟の封印は戻ったらすぐにでも解こう。ただ、日本行きの便がなくてね。呪霊に乗って帰ることになるから少し時間がかかりそうだ』

 

 虹龍なら飛行機並みのスピードで帰れたのに、と不満を漏らす夏油。この場にいる誰もそのことは知らないので、皆何も言えなかった。

 

「ああ、夏油君。君も呪霊操術の使い手なら少し術式の詳細を教えてくれないか?」

「俺も知っておきたい。まだ呪霊操術についてはよく分からん」

 

 九十九と脹相の言葉を聞いて画面越しに夏油は頷き、自分の知る全ての情報を吐き出す。

 自分は呪霊の視覚は共有出来ないが、優れた術師である羂索ならば出来るかもしれない。彼はそう語った。

 

「ありがとう。他にも術式を持っている可能性がないとは言いきれないのがやな感じだね」

「……それなら展延を使えばいいのでは?」

「ああ、あの特級呪霊が使ってたヤツかい? そんな簡単に出来るもんじゃ──」

「僕出来ますよ? というか、高専で領域を使える人は皆出来ます。九十九さんは出来ないんですか?」

「マジんが〜!? 出来ないよ! 最近初めて知ったよ! 寧ろなんで出来るのさ!」

「夏油先生に教えてもらいました」

 

 九十九は顎が外れそうな程驚愕する。折角の美人が型なしである。

 携帯に映る夏油も少し気まずそうに頬を掻く。

 

『私は刹那に教えてもらったんだけどね……』

 

 なぜ一介の術師に過ぎない彼女がそんな高等技術を知っているのか? 九十九は一瞬疑問に思ったが、もう本人から聞くことも出来ないのだからと流した。

 

 夏油は日本に向かっている間、電波が繋がっている時は教えると言った。九十九程の実力者なら会得にそう時間はかからない、とも。

 凶悪な術師相手に少しでも不確定要素が潰せるのは嬉しい。九十九は喜んで夏油の提案を飲んだ。

 

「じゃあ僕はさっき言った通りに、仙台結界に参入してくるよ」

「スンマセン」

 

 後輩たちに別れを告げて、乙骨は単身、北へと向かった。

 

 仙台結界。4人の強者によって拮抗していた結界は、1人の特級の参入により終わりを迎える。

 乙骨憂太がドルゥヴ・ラクダワラを殺害した後、リカと接続した5分間。

 ──その5分間で、仙台結界は平定を迎えた。

 

 夏油傑から模倣した呪霊操術。呪霊たちで民間人の保護も行えるから乙骨はリカと共同戦線をすぐに展開、黒沐死を叩きのめす。それを取り込めば烏鷺は相性からあっさりと無力化された。

 

「う、まだ口の中がまずい。……夏油先生はいつもこんなのを平然と呑み込んでいるのか……やっぱり凄いなぁ」

 

 呪霊玉の味に苦しみながらも、最後の1人、石流を倒す。烏鷺から模倣した術式で、相手の呪力の放出をそのまま返した。

 

「はぁ、……流石に、疲れたかな……」

 

 傷だらけになりながらも、乙骨は倒れた石流と話をする。

 乙骨はルール追加によってポイントを2人から貰い、数日後憂憂と真希から情報を受け取る事になる。

 

「……え? 夏油先生によって五条先生が解放されて羂索を捕縛した?」

 

 ポカンとしていたが、すぐに口を閉じて、2人の教師の顔を思い出す。

 

「やっぱり凄いなあ……」

 

 


 

 ──11月16日 薨星宮

 

 空性結界の中、九十九由紀と脹相は羂索と対峙していた。

 閉じない領域、呪霊操術、3つ目の術式──重力。2人は深手を負って血塗れになりながらも、必死に羂索に喰らいつく。

 

 ──重力は展延があれば何とか対処出来る! 呪力も、肉体も削った! ここは……攻める!

 

 あくまでも攻めに徹する九十九に対し、羂索が極小のうずまきを練る。その瞬間、何か胸騒ぎがした。

 懐に入れていた獄門疆。それが音を立てて、崩れていく。

 

「まずい……っ!」

「隙だらけだぜ! 羂索!!」

 

 九十九が丸まったガルダを思い切り質量を加えて蹴り上げると、衝突した羂索の左腕がぶちりと音を立てて千切れた。

 そして、その場にいるはずのない誰かが姿を現す。

 男は目を開く。一切曇りも濁りもない澄んだ青空のような瞳が、羂索を捉えた。

 

「悟、殺すな! そいつにはまだ聞きたいことがある!」

「りょーかい」

 

 空性結界の一部が割れ、そこから降りてきたのは夏油。彼の言葉に従って、五条は羂索を残りの四肢を捻じ切るだけに留めた。

 

「と、友達の身体に対してちょっと容赦ないんじゃない?」

「この状態でよくそんな口が聞けるものだね」

 

 達磨状態になった女を縄で縛る夏油。断頭台の刃の紐を持つ処刑人のような雰囲気で、五条は羂索を見下ろしてこう言った。

 

「──今際の際だぞ」

 

 

 高専の地下。呪詛師を捕縛して尋問する用途のために作られた部屋に、四肢のない女と男が2人。

 

「『君は嘘偽りなく、私たちの質問に絶対に答える』。良いね?」

「脅しかい? こんな状態で縛りをしたって意味ないよ」

「……はあ、出来たらそれで済ませたかったんだけどね。こちらとしても友人の身体に自白剤を打つのは気が引けるんだ」

 

 そう言いながらも、夏油は羂索に注射針を刺した。押し子を少しずつ指の腹で押せば、中の液体が羂索の体内へと行き渡っていく。

 

 暫くして薬が効いてきたのか、意識が朦朧とした羂索に向けて、夏油たちは尋ねる。

 死滅回游の役割、終わらせる方法、その他羂索が狙っていたこと──天元から聞いたこととそう変わらない。自白剤はしっかりと機能しているようだ。

 そして、夏油はまた別の話を口にする。死滅回游とは一切関係のない、個人的な問題だ。

 

「……刹那、虚枝刹那を殺したのはお前か?」

「ああ、そうだよ」

「…………何故だ。呪霊操術が欲しかったのなら私でも良かったはずだ、どうして彼女を狙った!?」

「傑」

 

 声を荒らげる夏油を宥めるように五条は彼の肩を掴む。掴んだ手は微かに震えていた。

 

「どうして……? どうしてだって?」

 

 クツクツと羂索の喉から邪悪な笑いが漏れる。

 ──彼女はそんな笑い方はしなかった。

 神経を逆撫でするような態度によって、夏油の苛立ちは増していく。

 しかし、次の女の一言で、頭から冷水を浴びせられたように熱は冷めた。

 

「彼女が望んだんだよ。君に手を出さない代わりに私の身体をあげるってね」

「…………は?」

 

 思考が一瞬止まる。そして、また動き始める。

 ──私の代わりに身体を差し出した? いや、そもそも彼女は羂索の計画を知っていたのか? どうなっている、何が、どうなっている?

 ぐちゃぐちゃになった思考回路では未だ答えを見つけるには程遠い。そんな夏油を他所に、羂索は矢継ぎ早に口を動かし続ける。

 

「私もねえ、この身体から記憶を読み取ればその辺わかると思ったんだけどね。不思議なことに、ちっとも分からないのさ。ただ1つ確実なことは、虚枝刹那は夏油傑の身代わりになったってことだけさ」

「そ、んな」

「私も出来たら君の身体の方が欲しかったんだけどね、背に腹は変えられないってことさ」

 

 同じ術式、同じ特級。お互い親友には程遠いが、親友とは別の感情を持った、名前も付け難い、とりあえず『友達』と呼称したものの、もう少し特別な関係。恋愛とはとても言えないが、友愛という言葉では足りなかった。

 夏油の心がギリギリと締め付けられるように痛む。脳から彼女の姿が離れない。

 ──なぜ、何も相談してくれなかったんだ? きっとそうしたら、何かが変わったかもしれないのに。

 

「ふざけた事ばっか言ってんじゃねえよ」

 

 五条はガン、と羂索を縛り付けている椅子を力任せに蹴った。口調も落ち着いたものから学生時代の少し荒っぽいものに戻っており、目付きも剣呑としている。視線だけで人を殺せそうだ。

 

「そもそもお前がいなけりゃ済んだ話だ。傑がどうの、刹那がこうのってうるせぇんだよ」

「やだなあ、怖い怖い。乱暴な人は嫌われちゃうよ」

 

 あくまでおどけてみせる羂索に、五条の怒りのボルテージが上がる。聞きたいことは聞けたし、もうさっさと殺してしまおうか。呪力を指先に込めた時、羂索は口を開く。

 

「君だって他人事じゃないんだよ、五条悟。あのビデオは君のために彼女が考えたことなんだから」

 

 ピタリ。五条の動きが止まる。

 

「アレはオマエの趣味じゃねえの?」

「私もあそこまで露悪的な嗜好は持ってない。彼女が望んだんだ」

「んなわけねえだろ!」

 

 彼女は痛みに敏感だった。呪霊と命懸けで戦っているにも関わらず、転けて膝を擦りむいた程度で泣き言を言う。

片腕が切れた直後こそアドレナリンの影響か割と平然としていたが、天気が悪い日には傷跡が痛むらしく、硝子に泣きついていた。その時夏油は古傷を抉られたような苦い顔をしていたが、大抵その後すぐパシらされて有耶無耶になった。

 

 ──そんなアイツがわざわざ拷問じみたことを望む? 何のために?

 五条は羂索の言うことなど信じられなかった。しかし、自白剤は未だ効いているはずだ。じわりと嫌な汗が流れた。

 

「獄門疆の封印条件は知っているかい? 対象の脳内時間1分だ。ただ単純に虚枝刹那の姿で私が現れるだけでは、きっと足りないだろう?」

「…………」

「そう言うと、彼女はなんて言ったと思う?」

 

『たとえただの友人だとしても、そいつが惨たらしい死を遂げたなら? その姿をもう一度見た時、その光景を思い出しませんか?』

 

 刹那と同じ顔、同じく声音をあえて形作って、羂索は話す。

 五条の優秀な脳味噌は本能的に告げる、間違いなく、嘘じゃない。真実だ。

 

「な、」

「何もそこまでしなくとも、と思ったよ。でも彼女がなんだか楽しそうに語るから止められなくってね。あ、そういえばまだ感想を聞いてなかったね、どうだった?」

 

 ──彼女、中々演技上手いでしょ?

 女は妖艶に笑う。こんな笑顔、見たことないと五条は思った。

 その頭蓋を掴んで割り開く。ブチリ、と縫合糸が切れて、床に舞った。その中で微かに蠢く脳を無理矢理引き摺り出して、呪力を込めた掌で潰した。脳汁と肉片が辺りに散らばる。

 

 術師が死んだことにより、呪霊の暴走が始まる。山のように溢れた呪霊も、2人の前では有象無象に過ぎなかった。雑魚は夏油の領域展開で、少し骨のあるものはうずまきや蒼、赫で蹴散らしてやれば良い。

 

「はぁ、……っ!」

 

 全てを処理しきった後、五条は大きく、息を吐いた。

 あの時の映像がフラッシュバックして、彼の脳内を駆け巡る。

 嘘じゃない、演技なんかじゃない。あの時の彼女の悲鳴は生々しく、本物だった。痛がっていた。死にたくないと、吠えていた!

 

『わ、わたしのこと、忘れないで』

 

 それでも刹那はあの呪いの言葉を吐いたのだ。本心なのか、封印のための虚偽の言葉なのか、それだけが分からなかった。

 

 ──忘れられるか。忘れられるわけがねぇだろ!

 

 五条の吐く息は荒く、心臓が絶え間なく動き続ける。

 司令塔を失った刹那の身体は最早ただの肉塊に過ぎない。息もせず、心臓も動いていない。ただ虚ろな瞳が何も無い空間を見つめている。

 

「ふざ、けんな……!」

「悟……」

 

 この感情を何処にぶつけるべきなのか、分からない。元凶は既に殺した。刹那はもういない。

 片や天元を手中に収める術式として、片や封印の幇助として。便利に使われた虚枝刹那の身体は、あの時から身長も変わっていないのに、四肢をもぎ取られた以上に小さく見えた。

 

 真実はいつだって残酷なものだ。あのビデオを見た時以上に、2人の心には何かが刺さって抜けなくなっていた。そして、この場に硝子がいなくて良かった、とも思った。

 遺体を布で包み、高専に設置されている殉職した職員用の火葬場へ向かう。

 

 ──刹那の親友だった硝子には、見せたくない。彼らなりの気遣いだった。

 だが、道中に白衣を来た女が立っているのを見て、五条たちは動揺を隠せない。彼女はヒールの音を鳴らしながらズカズカとこちらに近付いて、2人の頬を思い切り叩いた。

 

「情けない顔すんなよ」

「しょ、硝──」

「私は、最後に顔を見る権利すらないのか?」

 

 沈黙。家入は夏油が抱えている塊から布切れを剥ぎ取る。布から覗いた顔は額に一閃の傷こそあれど、両目がしっかり揃っていて、学生の頃の姿とほとんど変わらなかった。

 

 懐から小さなライトを取り出して、目に当てる。開ききった瞳孔は1ミリたりとも動かない。

 口元に手をやって、呼吸を確認する。空気の流れは何も無い。

 首から下げている聴診器を胸元に当てる。何の拍動も感じない。

 当然だ、死んでいるのだから。

 

 いつもと同じ、運び込まれた患者が手遅れかどうかを確かめる工程。これは彼女なりの死を受け入れるための儀式でもある。男たちはそれを黙って見ていた。

 

 家入は白衣のポケットから煙草を取り出して、口に咥えた。ライターの火を先端に近付けると、ジリジリと焼け付く音がして、煙が昇る。

 彼女は煙を深く吸い込んで、遺体の顔に思い切り吹きかけた。

 

「ばか、2回も死ぬなんて、おかしいだろ」

 

 ポツリと呟いて、家入は空を見上げる。その瞳には、微かに膜が張っていた。

 木偶の坊のように突っ立っている男たちの尻に蹴りを入れ、家入は遺体を運ばせる。そして、二度と利用されないように、業火の中へと放り込んだ。

 ──お前は地獄行きだよ。私たちを置いていったんだからな。

 燻る煙は空へと伸びていく。ちっぽけな骨だけになった彼女を、拾い集めて、壺に入れた。

 

 ──全国の結界。干渉してきた海外の軍、腐って蛆の湧いた上層部、世間に露になった呪術の存在。対処すべき問題は山積みだ。

 それでも、今だけは。彼らは級友の死を悼む。

 雲に覆われていた空の隙間から、微かに青空が見えた。

 




■さしす
しっとり。

那由多の明日はどっちだ

  • しめりけ
  • だいばくはつ
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