呪霊化IFだよ。
本編よりもちょっとだけ強くて、ちょっとだけ五条と仲が良かった世界線。
IF:1.私悪い呪霊じゃないよ
一般出にも関わらず、入学する前から独学で領域展開を会得した稀代の天才。それが私、虚枝刹那だ。
編入直後こそイザコザはあったものの、同期との仲は良好。
「刹那ァ!! 俺のシュークリームにわさび仕込んだのてめぇだろ!!」
「アンタが私のエクレア勝手に食べたのが悪いんでしょうが!!」
「うっせえぞ! 名前書いてない方が悪ぃんだよ!」
私と五条はよく喧嘩する。争いは同じレベルの者同士でしか発生しないとはよく言ったものだ。
クソガキに対抗するにはクソガキになるしかないのである。私の積み上げた経験たちが『本当にそうか?』と問いかけている気もするが、気にしない。
「全く、君たちはどうしてそう喧嘩ばかりするんだ」
「うるせぇよ傑、前髪ちぎるぞ!」
「額縁に入れて飾ってあげるよ」
「……この間の近接訓練でボコボコにされたのを忘れたようだね」
そして夏油もまた、同レベルであった。優等生ぶっていても中身は獰猛な獣。藪をつつけば蛇が出るように、ちょいと挑発してやれば本性を剥き出しにする。
「また怪我して。もう治してあげないよ?」
「そんな事言わないで、ちゃんと煙草カートンで買ってきたから」
「よろしい」
硝子に治療をしてもらいながら、先のことを考えていた。
完璧だ。何もかもが。
私に呼応するように、夏油も五条も領域展開を使えるようになった。コツは教えたけど、そんなにあっさり出来るようになるのもなんだかなあ。
「五条、報告書ぐらい真面目にかけ! 私に押し付けんな!」
「やーだね、無限バーリア〜」
「オラッ展延!」
「待て待てなんだよそれ!!」
「刹那、それ後で私にも教えてくれ」
「またやってらバカども」
青い春。殆ど挫折を知らずに、私たちは進んでいく。星漿体の任務も無事
「私たちは最強なんだ」
「ま、オマエがどうしてもっつーんなら入れてやってもいいけど?」
「素直に認めなよ、私が強いってこと!」
まるで私は部品みたいだ。夏油の救済、五条の封印。それが出来るように条件を満たしたら、機械にはめ込まれるのをただ待つだけ。
──でも。
「それじゃあ、ちょっと……つまらないよね」
「何の話だい?」
「こっちの話、だよ……」
少し、平安の猛者に挑みたくなった。どうせ死ぬなら最後まで足掻きたい主義なので。結果はまあ、見ての通りだ。
羂索によってグシャグシャに押しつぶされた私の身体。これもきっと、彼女の反転で綺麗さっぱり元通りになるんだろう。ゲホ、と咳をすれば口から出るわ出るわ、鉄臭い液体。
私は呪力操作を解く。それを死の前兆と受け取ったのか、羂索は1歩こちらに近付いた。
隠し持っていた小さな刀。それを、辛うじて動く左手で持って、自分の喉を掻っ切った。頸動脈から溢れ出る血は、私を死に至らしめるのには十分な量だ。
どうせ死ぬなら、何かを残してみたかった。ただそれだけ。
私はこの先進めないけど、残滓が少しでもこの世界を変えてくれると嬉しいな。
大規模な戦闘の跡地。大地は抉れ、木々はへし折れ、人1人分はあるだろう血液が辺りに点々とこびり付いている。
そこに残された無念と呪力が、渦巻き、ひとつの形を成す。
あくまで、残骸。
輪廻の記憶は別の世界へ、肉体の記憶は不法占拠者の元へ。ほんの僅かな記憶の欠片と感情を元にして作られた抜け殻のような何かは、今、目を覚ました。
最初、その呪霊は人を球状に押し固めたような姿で、呪詛を垂れ流し、本能のままに暴れ回っていた。
しかし、自らの術式を理解すると共に、やがて理知を取り戻し、その形は変容していく。
形こそ人型だが、胸の辺りにポッカリと黒い穴が空いた何かがそこに佇んでいた。手足は赤黒く染まっていて、少し潰れたような形をしている。
その相貌は生前とあまり変わりないが、顔の上半分は血のように彩られていて、瞳は黒目と白目が反転したような色合いであった。真っ白の瞳が、ギョロギョロと動いて周りを見渡す。
呪霊には名前がなかった。否、覚えていなかった。
脳に残っている朧気な記憶を辿ると、強い未練と憎悪がそこにはあった。髪の長い男を守る。そして、顔に傷のある年上の女を殺す。
辛うじて、それだけが彼女──呪霊には性別がないが、生前を鑑みてこう呼称する──の心に刻まれていた。
「……どうしようか」
てくてくと、辺りを歩き回る。まるで犬のように鼻をひくつかせながら、森の中を彷徨っていた。
草木の青々しい香り、時折咲いている花、全てが新鮮に見える。
歩みを止めない彼女の前に、醜く崩れた人のなり損ないのような何かが現れた。
「ァ…………ヴぉ……」
本能的に彼女は察する。これは、同類だ。但し、意思疎通が測れないタイプの。
大きく口を開けて襲いかかってくる呪霊を、彼女は優しく抱き留めて、思い切り潰した。少しだけ抵抗はあったものの、あっさりとそれは小さくなり、黒く輝く、宝玉のような球体へ変化した。
「おいしい」
球を躊躇なく口へ入れると、フレッシュな甘みが彼女の味蕾を刺激する。同時に、自分の体内に呪霊が取り込まれたのも分かった。
──昔はもっと不味かった気がしたけど。あれ、昔ってなんだ?
頭の片隅で何かが呼び起こされようとしたが、すぐにうんともすんとも言わなくなる。彼女は首を傾げた。腰まで伸びた黒髪が連動してパサリと靡く。
とにかく、彼女は自分に残された小さな手がかりを見つけようと思った。髪の長い男と、顔に傷のある年上の女性。心の底に溜まった微かな魂の代謝だけを頼りに、彼女は歩み続ける。
彼女は襲ってくる同族を喰らいながら、人の多い南へと進んで行った。時々人間にも出会ったが、大半は彼女に目も向けない。それが何だか寂しくて、肩を叩いたり、服を引っ張ったりしたものの、怯えるからやめた。
極わずかだが、彼女と目を合わせることの出来る人間もいた。パチリ、視線が合うと、嬉しくなって声を掛けた。残念ながら無視してくるものが殆どだ。
その日も、人通りの少ない通学路で出会った男の子にちょっかいを出す。彼はうんともすんとも言わなかった。
「ねえ、君。私のことが見えてるんでしょ」
「…………」
「無視するなんて、酷いなあ」
黒髪で、ピョコンと髪の毛がよく跳ねた少年。目が合ったのに、何事もなかったかのように振る舞うその姿に、彼女は少しだけ悲しくなった。
「悪戯しちゃうよ?」
「……!」
えい、と小さく声を上げて、呪霊は自分の取り込んでいた小さな蠅頭を少年に向けて放った。傷つけるつもりではなく、ちょっと驚かせてやろう。それぐらいの軽い気持ちだ。
だが、少年からすればそんなのは知ったこっちゃない。呪霊が敵意を向けてきた。それが事実。
小さな術師の卵は手をかざし、2匹の犬を呼び出した。獣はすぐに蠅頭を噛み殺し、彼女に向かってくる。
まさか攻撃されるなんて思ってもいなかった彼女は、逃げた。初めて向けられる殺意に戸惑い、必死に足を動かす。
恐怖。人間というのはこちらに襲いかかってくることもあるのか。距離を取ったあと彼女は暫く震え、誰も来ないような場所で引きこもっていた。
「恵〜僕に連絡くれるなんて珍しいじゃない、どうしたの?」
「……人と意思疎通できるぐらい流暢に言葉を話せるような呪霊って特級でしたっけ」
「まあ大体そうだね。もしかして会っちゃったの?」
「はい」
「よく生きてるね、幸運! ……僕も気になるから、ちょっと詳しく教えてくれる?」
下水道の中、グスグスとしゃくり上げるように泣きながら、彼女は歩く。
──折角お話できると思ったのに。襲ってくるなんて酷い。
先に仕掛けたのは彼女なので自業自得だが、そのことはすっかり頭から抜けていた。都合のいい脳みそである。
人間は駄目だ、怖い。呪霊も意思疎通が出来るようなのは見たことがない。
このまま1人寂しく暮らすんじゃないかと思うと、涙が溢れて止まらない。彼女は孤独であった。
ドブのような匂いが立ち込め、陽の光も当たらない地下道。陰気臭いその空間は、少しだけ彼女の心を落ち着ける。
丁度曲がり角にさしあたったところで、トン、と誰かにぶつかった。ひ、と彼女の口から小さな悲鳴が漏れる。
「……君、呪霊?」
「うん……」
薄い水色の髪を幾つかに束ねた、男性に寄った姿の呪霊。その言動は理性的で、しっかりとコミュニケーションがとれる。涙で濡れた彼女の瞳が、希望を得て輝いた。
「わ、わたし、あの……! さみしくて、ちが、えっと……」
言葉が次々に溢れ出てきて、何から話せばいいのか分からなかった。男は彼女の様子を見て、考えるように顎に手を当てた。そして、その掌を差し出す。
「……うん、とりあえずこっちに来なよ」
彼女は躊躇することなく彼の手を取った。
道中、お互い自己紹介をする。彼女は自分の境遇を。彼は『真人』という名前と、自身が人が人を憎み、恐れる気持ちから生まれた呪霊であることを。
「君は何の呪霊なの?」
「わかんない……」
「自分のことなのに?」
「自分のことなのに。名前も何も、わかんない。これって凄く怖いことなんだよ」
「そうだろうね」
真人はその魂の形をよく観察する。生まれて数年、と言ったところだろう。だが、もっとその奥底に何か別のものも僅かに含んでいた。
──もしかすると、これは。真人は彼女にバレないように小さく舌舐りをする。
「じゃあ、俺が名前をつけてあげるよ。呪霊を取り込めるんだろう? 今は君は小さな一欠片に過ぎない。だけど、沢山喰らって、取り込んで。君はいつかきっと大きな存在に成る」
──だから、『
「那由多……」
「気に入った?」
「うん!」
ブツブツと己の新しい名前を呟く那由多。上機嫌になったようで、その足取りは軽い。
地上へと上がると、陽の光が2人の目を焼く。そのまま少し進めば、彼の目的地があった。
人が寄り付かないような廃墟。少し立て付けの悪い扉を力を込めて開けると、3人の呪霊がいた。
「ただいまー」
「真人、お前どこをほっつき歩いていたのだ! ……待て、その呪霊は何だ」
「拾ったんだよ、漏瑚」
「えっと、那由多です。よろしくお願いします」
「何を勝手なことを抜かしておる!!」
ポッポーと勢いよく、漏瑚と呼ばれた呪霊の頭が噴火する。那由多はその温もりをもっと享受したくて、側へと寄る。真人は話は終わりと言わんばかりに自分の本棚へと向かった。
マイペースを貫く2人に、漏瑚の放つ熱は高まっていく。
「あったかーい」
「ストーブ扱いするでない!!」
大地への畏怖、漏瑚。森への畏怖、花御。海への畏怖、陀艮。そして人への畏怖、真人。
それぞれ異なる畏怖から生まれた呪霊たち4人とは時々喧嘩(主に漏瑚と)もするけれど、那由多は基本的には仲睦まじく暮らしていた。
「……であるからして、我々こそ、真に純粋なる人間なのだ。分かったか?」
「…………うん!」
「分かっとらんだろう! なんだ今の間は!」
「漏瑚の話は少し難しい」
『まだあなたには早かったですかね』
花御の意思が那由多たちの脳内に流れ込む。漏瑚はこの感覚が嫌いなようで、『貴様は喋るでない!』とまた頭を噴火させていた。
那由多が漏瑚の言っていたことを頭で反芻していると、彼はどこかへ出かけるらしく杖を手に持った。花御と陀艮もそれに続く。
「あれ、どこ行くの?」
「最近我々と接触したいと宣う人間がいるのだ。精々利用してやろうと思ってな」
「私も行きたい」
「断る。貴様のような餓鬼がいたら交渉にならんわ!」
「ひど! 陀艮も連れていくのに!?」
──そもそも餓鬼じゃないし。
彼女の自認では、自分は花御と漏瑚には負けるけども、真人と陀艮よりは年上だろうと確信していた。
つまりこのメンバーの中だと丁度真ん中。子供とはとても言えないだろう。あくまで彼女の感覚だが。
猛抗議も虚しく、那由多は置いていかれてしまった。真人はそもそも行く気がなかったようで、ハンモックに揺られて本を読んでいる。
その呪詛師は、呪霊たちに協力してくれるらしい。あくまで利害の一致、いつか殺すと漏瑚は言っていた。
──漏瑚は人間嫌いだからなあ。
那由多は自分に害を与えなくて、話をしてくれる人間に初めて会う。少しだけ、心が浮ついていた。
真人はいつも通り外へ出てふらふら散歩している。漏瑚は『相変わらず軽薄な奴だ』と漏らしていた。
ギィ、と嫌な音を立てて扉が開いた。中に入ってきた女。その額には傷があった。
──傷のある、女だ。
呪いとしての本能が呼び起こされ、漏瑚が静止するのも構わず、那由多は女を押し倒して首元に手を回した。力を込めれば、ドクドクと血液が通っているのがはっきり分かる。
「何をやっとるか!!」
「んぐ、……苦しいよ」
「おまえ、おまえは……! ……いや、違うな」
年上じゃない。精々同い年か年下だ。
那由多は首から手を離して、彼女を起こした。
「ごめん、勘違いしちゃった」
「随分な歓迎だね」
『珍しいですね、あなたが攻撃的になるなんて』
「ついね、つい」
花御は初めて見せる那由多の獰猛な一面に驚いていた。感情表現こそ豊かだが、彼女が誰かに牙を向ける場面など見たことがなかった。
呪詛師は服の汚れをはたきおとして、那由多と目を合わせる。
「あー……漏瑚から聞いたかい? 私は虚枝刹那。君たちに協力しよう」
「うん、聞いた聞いた! 私は那由多。何のかは分かんないけど呪霊だよ!」
「へえ、那由多って言うんだ……面白いね」
虚枝は那由多を見て、クスクスと艶っぽく笑う。その奥に秘められた悪意に気付かず、那由多は虚枝と握手をして、ブンブンと手を振った。
羂索だけがいい空気吸う予定です。
たぶん渋谷までいったら終わる。
那由多の明日はどっちだ
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しめりけ
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だいばくはつ