【完結】何度やっても君が死ぬ   作:ほほほのほ

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IF:3.優しくないよ、無関心だよ

 部屋の中だというのに、そこは常夏の空の下。パラソルを差して、その影に2つの真っ白なビーチチェアが並んでいる。

 虚枝はそれに仰向けで横たわり、那由多は虚枝の太もも辺りに頭を置いて隣の椅子に足を放り出していた。

 

「呪術師からは呪霊は基本的には生まれない。でも一つだけ例外があるんだ。何かわかるかい?」

「わかんない!」

 

 頬を太ももの肉に圧迫されながら、那由多は少しも考えずに答えた。

 

「死後、本人が呪いに転ずるケースがあるんだよ」

「ふーん。それって強いの?」

「そうだね、呪霊になれば基本的には呪力も増えるし、反転術式がなくとも自分の肉体を回復させることが出来るから……大体一階級ぐらいは上がるかな?」

「じゃあさ、特級の人が呪霊になったら超特級ってこと?」

 

 那由多の疑問に、虚枝は首を横に振る。

 

「残念ながらそんなものはないよ。それに特級が呪霊になるのってほとんど前例がないんだよね」

「なんで?」

「術師が死後呪霊になるには条件がある。呪力を介さずに死ぬことだ。基本的に特級なんて任務で引っ張りだこだから、呪術関連以外で死ぬなんてこと滅多にないんだよ。そもそも数も少ないしね」

「そうなんだ〜。ちなみに私は何級?」

「間違いなく特級だね」

「わーい」

 

 虚枝は時々、このように那由多に知識を与える。

 もしかすると、コイツは何でも知ってるんじゃないかなあと那由多は思っていた。彼女がどんな疑問をぶつけても、少しも思案することなく解答を出すからだ。

 

「……どうだった?」

 

 膝に乗る那由多と目を合わせてくる虚枝。自分とは真反対の真っ黒な瞳。

 もし虚枝が死んだらくり抜いて飾ってあげよう。那由多がそう思えるほどにはお気に入りだ。どこか懐かしい感じがする。

 

「今日も面白かったよ、ありがとう虚枝」

 

 那由多がそう言うと、虚枝は悪戯に彼女の髪を撫でる。少しだけくせっ毛の黒髪は、虚枝とお揃いだ。

 2人の姿を見ていた漏瑚は『気色悪い』と呟く。見た目だけだが身体は治っていて、懐から出したパイプのような何かを咥えて砂浜にのんびり腰を下ろしていた。

 

「気色悪いってなんだよー」

「貴様は呪霊だろう。何故人間とそこまでベタベタと密着する必要がある」

「虚枝は特別なの!」

「ハァ?」

 

 何を言ってるのか分からない、という顔をする漏瑚に、那由多は声高に語り始める。

 

「何だか一緒にいると安心して、このまま溶け合いたくなる。きっと私にお母さんがいるなら、こんな感じなんだよ……」

 

 恍惚とした顔で頬に手を当てる那由多に『君の母親になったつもりはないんだけどね』と虚枝は苦笑いを浮かべる。

 

「……付き合ってられん」

「自分から聞いといて!?」

「聞いとらんわ!」

 

 


 

 

 ある日、那由多はアジトから出ていく真人の後をこっそりついて行った。いい加減彼の隠れ家を知りたくなったのだ。

 ふらふらと人の隙間を縫うように自由に歩く彼の後を追うのは難しい。

 なので、那由多はこっそり彼の服に追跡用の小型呪霊を付けておいた。

 恐らくはバレているだろうが、外さないということは歓迎してくれるのだろう。那由多の希望的観測ではそういうことになっている。

 

 ぐるぐるとそこらかしこを歩き回っていたが、暫くすると彼の居場所は一定の場所に留まった。そこに向かって那由多もゆるゆると歩き始める。

 時折、解き放たれた人の負の感情を喰らいながら道中を進んでいく。気分は食べ歩きだ。

 都会と言うのはどうにも呪いの数は多い。人が群れているせいなんだろうが、那由多にとっては喜べばいいのかそうでないのかイマイチ分からない。

 

 目的地に近づくにつれて、しっとりと湿った空気が纏わりつく。だが、案外不快感はない。

 呪霊にとっては住み心地のよい、暗がりのトンネル。以前那由多と真人が出会ったような下水道とは違い、流れている水は不浄な気配はしなかった。

 

 ゆっくりと近付いて、真人に話しかけようとした那由多だったが、コンクリートの洞穴の中からは小さな話し声が聞こえる。彼女の仲間だけじゃない、老人と思わしい嗄れた声もあった。

 

 ──なんだ。お楽しみ中かあ。

 

 先程まであった好奇心は急に萎み、那由多はその場からすぐに立ち去った。

 彼の話に付き合えるのなら、さぞかし知恵を蓄えた人間なのだろう。那由多にはよく分からぬ話なので、きっと会話には混ざれない。

 

 真人と老人の間に入るのはやめて、那由多は虚枝とお話したり、呪霊を取り込んだり、外を散歩したりと自由気ままに過ごしていた。

 そんなある日、真人から久々に声が掛かった。

 

「……ちょっと処理して欲しいんだけど」

「いーよー」

 

 あの日那由多が立ち去ったトンネル。コンクリートで塗り固められた無機質な空間の片隅に、肉の塊が転がっていた。

 落窪んだ眼窩には本来収められているはずの眼球がなく、焼き焦げたように黒ずんでいる。枯れ枝のようにやせ細った身体は蹴られてもしたのか、時折へし折れている。

 顔にまで広がる殴打の痕。だが、不思議とその表情は穏やかであった。

 

「死んじゃったんだ」

「うん」

「……悲しい?」

「別に〜」

 

 いつも通りの軽薄な態度。その姿に少しだけどこか空虚な雰囲気を感じて、那由多は何か言おうかと口を開いたが、言葉が紡がれることもなく、空気が漏れるだけだ。彼女は口を閉じた。

 那由多は呪霊を出して、血すら流れなくなった肉袋を片付けた。真人は一言だけ礼を言って、トンネルから軽い足取りで出ていく。

 

「あ、待ってよー!」

 

 真人の後を必死に追いかける那由多。ふと、何かの気配があるような気がして振り返る。しかし、トンネルにはもう何もいない。ただ、川のせせらぎだけが響いていた。

 

 

「ねえ、映画一緒に見に行かない?」

「映画? あれってお金がいるんじゃないの」

「俺らは呪霊だよ? 関係ないさ」

「悪いやつだな〜。いいよ、いこ!」

 

 老人の死から、真人はどこか自由さが増した気がする。踊るように歩を進める彼の後ろを歩きながら、『全く真人ってば仕方ないなあ』とお姉さん気分の那由多であった。

 映画館に着くと、真人は手のひらからポロポロと〝かつて人間だったもの〟を落としていく。

 

「ポイ捨てだ」

「まあまあまあ」

 

 シアターの前にいる店員は呪霊たちの姿を視認することは出来ず、目の前を通っても止められることはない。

 客席はスカスカ。前の方には3人の学生が固まって座っていたが、他にはほとんど客はいなかった。

 

 適当に最後部の座席に座って、那由多は映画の上映を待つ。何故か真人は隅に立ったままだ。暗闇の中、男子生徒の話し声と映画の音声が重なって聞こえる。

 那由多は映画の内容に興味もなかったので、背もたれに身を預けているうちに目を瞑ってしまっていた。

 

「君達、マナーは守ろうね」

 

  真人の動く気配がして、那由多は閉じていた瞼を上げる。

 寝ぼけまなこを擦りながら、彼女は仲間が前方にいたマナーの悪い学生連中の魂をぐちゃぐちゃにしている姿を眺めていた。

 

 真人は映画の感想を語っていたが、那由多は大半寝ていたので全く覚えていない。せっかく誘ってくれたのに申し訳ないなあと思いながらも、暗い路地裏を進む。

 

「あの」

 

 そんな2人に、背後から声をかける人間がいた。

 

「映画館の……アナタ達がやったんですか」

「へぇ、君……俺達が見えるんだ」

 

 まだ若い、恐らく高校生ぐらいの男は少し陰気そうで、長い前髪で片目を隠している。

 呪霊が見える側だけれど、呪術師のように抵抗する力は持っていないようだ。そういう連中がこちらにわざわざ接触してくるのは珍しい。那由多は少しだけ興が湧いた。

 

「こっちの奴がやったの。私は見てただけー」

「で、それを知って君はどうするの? 責める? 彼らは君にとって特別だった?」

「……僕にも、同じことができますか?」

「へえ?」

 

 真人も物怖じしない彼に好奇心が疼いたのか、殺さずに様子を見るらしい。隠れ家に彼を招いた。

 

 真人による呪霊の解説。それを那由多は男──順平の隣に座って、同じように聞いていた。

 

「大地、森、海……真人さんは人間。じゃあ、那由多さんは何の呪霊なんですか?」

「何だと思う?」

「え? ……え、と……」

「ふふふ、分かんないの! 私にも!」

「そんなことってあるんですね」

「言っておくけどレアケースだよ。本来なら本能で理解するんだから。那由多はきっと、脳をどっかに落っことしてきたんだよ」

「ひどい!」

 

 軽口を叩く真人に、那由多はハンモックを揺さぶって抗議の意を示す。その光景がなんだか面白くて、順平は笑みを零す。

 

「やっと笑ったね」

「え、あ……」

 

 しまった、といわんばかりに口を抑える彼。那由多はその手を握ってゆっくりと外させる。

 

「ずっと暗い顔してたからね。良いんだよ、笑って」

「……ありがとう、ございます」

「那由多って人間に優しいよねー」

「えー、そうかなぁ……」

 

 那由多はふかふかの毛皮を持つ呪霊を呼び出して、その腹に転がった。また順平と真人が小難しい話を始めたので、会話に入れなくなったのだ。

 ぶよぶよに膨れた人間と、掌に収まるぐらいに縮められた人間。それを眺めながら、那由多は自分にも同じことが出来るんじゃないかと考えていた。

 

 彼女の術式では呪霊を組み替えたり、合体させたりも出来るが、虚枝曰く『あまり意味はない』らしい。

 だが、呪霊である自分自身にもそれが適用出来るならもう少し何かあるんじゃないかと、自分の身体を弄り始める。

 

 自身の一部分だけを体内に取り込む。そして、残ったものを見てくれだけ綺麗に整えれば、完成だ。水面に映った那由多の姿は小学生ぐらいの大きさになっていた。

 

「人が大事な話してるときに何してるのさ」

「術式の拡張ってやつ?」

「わ、すごい! 小さくなってる……!」

 

 体内に取り込んで小さくすればその分身体を巡る呪力量は減るし、呪霊をくっ付けて見た目だけ大きくすれば取り回しがきかない上に、肉を纏ったように感覚が鈍る。

 1発芸ぐらいにしかならないなあと那由多は元の姿へ戻る。結局あるべきままでいるのが1番生きやすいものだ。

 

 

「順平の術式は〝毒〟だね」

 

 真人に頭を触れられながら、順平は驚いたような顔で自身の海月のような式神を眺めていた。

 これが自分の持つ力ということが未だ信じれないらしい。空中を揺蕩う触手には、可愛らしい姿とは裏腹に針が付いている。

 

「呪力から精製した毒を式神の触手から分泌する。毒の加減、式神のサイズや強度の可変はこれから覚えればいい」

「私も同じような呪霊持ってるから、あとで例として見せてあげるよ」

「普通の術師が時間をかけて掴む感覚は俺が教えられるから、すぐに戦えるようになる」

 

 2人の呪霊によって、1人の人間は十分術式を扱えるように変化していく。

 

「順平、才能あるよ」

「うんうん!」

 

 優しく肯定された順平の瞳が、光り輝いた。

 

「私たちって先生向いてるんじゃないかな」

「そうかもね」

 

 那由多はイモガイ型の呪霊で順平を襲いつつ、術式を行使する練習をさせている。当たったら死ぬかも、と小さく那由多が呟けば、順平の顔が青ざめた。

 

「ま、人間に教えるなんてこれっきりでしょ」

「やっぱりそうかな」

 

 着地の瞬間を狙って放たれた毒銛が彼の足を掠め、小さく悲鳴が上がる。可哀想なのでここまでにしておいてやろうと那由多は呪霊をしまった。

 

「どう? 毒なんて当たらなきゃ意味ないからね、頑張ってその触手を刺す事を考えないと」

「は、はい……本当に、死ぬかと思いました……」

「お疲れ様。今日は早いけど終わりでいいでしょ。ね、真人?」

「うん、慣れてないと脳に負荷がかかるからね。また明日ね」

 

 トンネルの外、日が差す方へと順平は帰っていく。那由多と真人は手を振って、彼を見送った。

 

「で、最近さあ、どうもコソコソ俺らのことを探ってる連中がいるみたいだよ」

「あ、そうなの?」

「そろそろここが突き止められると思うんだよなぁ」

「ええ……」

 

 那由多は少し眉を下げた。外では術式をなるべく使わないように虚枝に言われているから、戦闘になると困る。

 

「なんで使っちゃ駄目なのさ。残穢ぐらい消せるでしょ」

「うん。でも『高専連中に君の術式が見られると計画に支障が出るかもしれない』って」

「……人間の言うことなんてさぁ、聞く必要ある?」

 

 真人は那由多に顔を近づける。色を持たない濁った虹彩と、2つの色の虹彩が混じり合う。先に目を逸らしたのは、那由多だった。

 

「でも、計画に支障が出たら皆困るし……」

「それもそうか」

 

 口篭りながらも言葉を吐き出した那由多に、あっさり真人は引いた。『なんだよー!』と那由多が声を上げようとしたとき、真人は彼女の口を塞いで物陰へと隠れ、改造人間を放つ。

 

「出てくるならさっさとしてください。『異形』『手遅れ』とはいえ、人を殺めるのは気分が悪い」

 

 異形と化した人間をいとも容易く鉈でかち割る術師。

 中々強そうだ。真人は目をギラつかせて、彼の前へ姿を表そうと動く。

 

「ま、那由多はその辺で見ときなよ。術師と戦ったこともないんだから、いきなりアレは危ないでしょ」

「……うん」

 

 小声でやり取りをして、那由多はなるべく身体を縮め、息を潜めた。

 

「いやぁ良かった良かった。五条悟が来ても困るけど、あんまり弱いと実験にならないからさ」

「残業は嫌いなので、手早く済ませましょう」

 

 初めて見る、術師と呪霊のまともなぶつかり合い。那由多の胸は小さく高鳴っていた。

 それは、目の前の戦闘の気配に興奮しているだけでなく、魂が反応していたからだ。ギュッと、那由多は穴の空いた胸元を抑えた。




那由多「特級なんですけど! りょういき……てんかい?も出来るんですけど!」

那由多の明日はどっちだ

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  • だいばくはつ
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